その2.巡査部長 ルナ・セレーネ=ヘンドリクス
私の名前は、ルナ・セレーネ=ヘンドリクス。
フルーク王国の都ソアーの警察署に勤務する30歳。階級は巡査部長。
現在は、捜査課の捜査第3係に所属していて、毒入りお菓子事件の捜査に従事している。
現在は、逮捕したこの事件の容疑者モヴシャ・ショウス・リナインを送検するための証拠固めをしている所。
「モヴシャの所持していたスマホのデータに、スーパーのお団子と、さくら抹茶のもちもちパフェのデータがありました。また、洗面所の下からは、漂白剤の次亜塩素酸ナトリウムの容器が発見されています。」
私は、上司であり警部補のオリヴィアに容疑者宅の家宅捜索にて発見された証拠について説明した。
「ルナっ、その証拠で、確実に毒入りお菓子事件に関係していると言える?」
これは、自信をもって答えることが出来る質問だ。
「そうですね。これらの状況証拠に加えて、確実にモヴシャを犯人と断定できる証拠が見つかっていますので。」
「え?聞いてないわ。」
「注射器です。彼の指紋が複数確認されており、注射器内に残留している液体から、塩素の匂いがします。さくら抹茶のもちもちパフェの桜のお団子に次亜塩素酸を注入するために用いたものと考えて問題ありません。」
オリヴィアは、パァンと手を叩いて立ち上がった。
「よぉし。取り調べよ。多少強引に出てもいいわ。何が何でも吐かせるのよ。」
私は、どんな時も規則を守るのが好きだ。
それは、相手が明らかな犯罪者であって、それを取り調べるときであっても同じ。
なので、強引に・・・というオリヴィアの言葉を聞いて、取り調べがおかしな方へ向かわないか少し心配をしていた。
しかし、思いのほかあっさりと自供を取ることが出来た。
防犯カメラの映像、スマホのデータ、空になった漂白剤の容器、そして何よりも使用済みの注射器がモノを言った。
これらの証拠品について言及すると、素直に犯行を認めたのだ。
ある1つの問題を除いて・・・。
「ルナっ、これで、全面解決ね。さっさと送検しちゃうわよ。」
「いえ・・・実は、あのぉ・・・」
「何よっ。はっきり言いなさい。」
「じつは、ケイシーさんが・・・。」
「ケイシーが、何をしたって言うのよ?」
ケイシーも、フルーク王国の都ソアーの警察署に勤務する警部補。
捜査課の捜査第9係の主任をしている所も、全く同じ。
つまり、オリヴィアの同期で出世争いのライバルってわけ。
「モヴシャが、犯人ではない可能性があるって言っており、地検への押送は、一度見送り、勾留期限を20日延ばすべきだと署長に提言されておられました。」
「もぉ・・・。いつもそうなのよね。あの子は・・・。私が手柄をたてる可能性があるとみたらスグ邪魔してくる。あぁ嫌だわ。女の嫉妬は・・・。んー、まぁいいか。ここまで証拠があがっていたら、ひっくり返ることはないでしょ。ルナ、送検のための書類作成をしておくのはもちろんだけど、ケイシーがおかしなことをしないかちゃんと見ておいてね。」
こう言って、オリヴィアは、休憩に入ってしまった・・・いったい、いつ仕事をしているんだろう?
モヴシャ・ショウス・リナインが、逮捕されたことは、すでに「月日新聞」で報道されており、署長や本部長は、王都を騒がせていた連続毒入り菓子事件の犯人を捕まえたことを自慢するためにも大々的に記者会見を開くであろうことが予想された。
なので、そんな中、モヴシャの勾留延長が決まったことは、私にとって意外であった。
ケイシーの意見が通ったのだ。
「なぜ勾留延長?犯人は、モヴシャではないの?」
証拠をまとめ、送検のための書類を作っている最中の私には、モヴシャ以外がこの犯行を行ったとは、到底思えない。
バタンっ。
ドアが開き、オリヴィアが私の隣の席に腰掛けた。
「なぜ、送検しないことになったんですか?」
イライラした様子で、自分の髪をクシャクシャっと、かき上げるオリヴィアにたずねる。
「理由は、夕方の捜査会議でケイシーが説明するらしいわ。ホント、人の足を引っ張るためには、労を惜しまないって、サイテーの女だわ。」
どうやら、オリヴィアにも理由は開示されていないらしい。
そのため、私は、不安を感じながら、夕方の会議までの時間を過ごすこととなった。
「さて、この連続毒入り菓子事件の容疑者としてモヴシャが逮捕されています。」
夕方の捜査会議、ケイシーは、気合が入ったバッチリメイクで特捜の捜査員たちの前で話し始めた。
「・・・と、いう経緯で、勾留を延長することをお願いしたわけですが、私は、モヴシャが毒入り菓子事件の犯人ではないと言いたいわけではありません。」
犯人でない・・・と、いうわけではない・・・。
分かりにくい言い回しだけれども、犯人だってことだねよね?
少しだけホッとした。
「しかし、1つだけ疑問に思われる点がありました。このことから、再度詳しく捜査をいたしましたところ、もう1名の逮捕状をとることとなりました。それは・・・」
えっ?もしかして共犯がいたってこと?
混乱する頭。
そうしてケイシーが、容疑者として名前を挙げたのは、意外な人物であった。
「やられたわ。結局、3件目が問題だったわけね。」
オリヴィアが、悔しそうにつぶやいている。
取り調べを多少強引に出て自供を取ったのは、間違いだった。
「月日新聞」宛ての警察を嘲笑する手紙で、追い込まれていたのは、言い訳にならないけれども、きっと焦っていたのだろう。
なるほど、言われてみればそのとおり。
私たちは、大切なことを見落としていた。
ケイシーの言う通り、逮捕されるべき人物が、もう一人いたのだ。