その1.警部補 オリヴィア・ボナム=カーター
「オリヴィア、3件目です。今度は、重症です。」
そう言って私に声をかけてきたのは、真面目な堅物ルナ・セレーネ=ヘンドリクス。
おべっかの一つも言えないルナは、優秀なその能力と釣り合っていない低い階級・・・巡査部長という地位に留められている。
簡単に言えば、バカ正直すぎて嘘がつけないので、世渡りが苦手な子なのよね。
あっ、私の名前は、オリヴィア・ボナム=カーター。
フルーク王国の都ソアーの警察署に勤務する30歳。階級は警部補をしているの。
捜査課の捜査第3係の主任をしており、毒入りお菓子事件の捜査班を指揮しているわ。
えっ、毒入りお菓子事件を知らない?
えーと、この事件の始まりは、「どくいり きけん たべたら しぬで」って書かれた紙きれがテープで貼り付けられていたコンビニのカステラを、小さな子供が食べてしまったこと。
中に入っていた毒物は、次亜塩素酸。
幸いにもすぐにお菓子を吐き出した子供は、無事だったわ。
2人目も子供。
お母さんが、スーパーで買ってきたお団子を食べてしまって、大変なことに。
この子の場合は、病院で胃の洗浄までするハメになって、しかも、世間的にも大騒ぎになっちゃったんだよね。
というのも、お買い物した袋の中から「おだんごの なかに どく いれた」のメモが出てきたことをマスコミがかぎつけちゃったから。
大騒ぎになっているのだから、当然、警察としても手をこまねいているわけにはいかなかったわ。
この連続毒入り菓子事件を王都警察重要114号事件と指定して、優秀な私たちが、対応することになっちゃったってわけなの。
そして、今度の事件が3件目。
被害者は・・・
「ルナっ。状況は?」
「被害者は、30歳の男性。現在、王都セントラル病院に搬送され、意識不明。回復は、見込めないとの報告があがっています。」
名前は、ヨーク・ラファエル・プランタジネット。
被害者のヨークは、カフェ・ラヴェッロというお店で購入された隣人の旅行土産のキャラメルマフィンを食べて数分後に倒れたという。
「同じものを食べた同室のジェイコブ・ペプシコカ・フェニックスは、何ごともなかったと言いますから、ヨークの食べたキャラメルマフィンだけに毒が入っていたと思われます。また、ヨークのマフィンは、アーモンドの匂いが香ばしかったので、自分が食べたものと、種類が違ったかもしれないとも言っております。」
残念ながら、残されたマフィンは無く、残留物からの毒物の検出は望めない。
「食器類から、毒物の検出はありませんでした。現在、科学捜査研究所にて、ヨークの胃内残留物の検査を行っておりますので、そちらの結果待ちとなります。」
そうして、ルナからのイヤな報告は、続く。
「今回の犯行文は、メモではありませんでした。」
そう、今までと違い菓子にメモは無かった。
その代わりであろうか。
王都の「月日新聞」宛てに、犯人から「犯行声明」の手紙が送られてきたのだ。
「どくいり かし うまかったか けいさつ どじばっかり 小がくせいでも あいて してくれへん ように なる ぜい金 むだづかい せえへんよう べんきょう せえや」
何ということだろう。
犯人は、警察を嘲笑するような内容を手紙に綴っていたのだ。
この犯行声明により、私たち警察は追い込まれた。
被害者のヨークの死が伝えられた その夜の捜査会議で、署長は、「警察の面子にかけても、次の犯行は阻止する。」とげきを飛ばし、さらに、夜の記者会見においては、菓子を扱う店へ警察官100人態勢での日中のパトロールをその場で発表した。
しかし、それは、悪手であった。
「まぁ、日中のパトロールだけでしたからね。」
ルナがぽつりとつぶやく。
そう、夜間に菓子に毒を混入させるならば、日中のパトロールは関係ない。
4件目の被害者となった女性は、自宅キッチンでコンビニの新作スウィーツを口にしたところ、一口食べた瞬間に苦味を感じて吐き出したという。
「すぐに吐き出したため、問題なさそうでしたが、念のために病院に向かったそうです。あっ、この後、鑑識が入る予定なので、現場を荒らさないよう指示がありました。」
「無駄よね。連続毒入り菓子事件だもの。ここ・・・被害者宅で鑑識が仕事をしても、何も出てこないでしょ。」
何気なくつぶやいた私に対して、ルナは真剣に答える。
「それでも、現場を鑑識が調べることで、何かの手がかりが見つかるかもしれません。」
この真面目ちゃんめっ。
ルナは、こう言うけれども、どちらかと言えば、重視すべき犯行の現場は、コンビニだと思う。
コンビニの防犯ビデオのほうが、このキッチンでの鑑識より犯人逮捕の手がかりをつかむ近道であることは、想像に難くないよね。
ぐるりとキッチンを見渡す。
そのダイニングテーブルの上にあったのは、・・・さくら抹茶のもちもちパフェ。
抹茶のゼリーに抹茶のムース。
その上に重なるのは、さくら餡ホイップ。
抹茶のお団子、桜のお団子。
上に乗っかるつぶあんとホイップ。
なんて豪華なパフェなのっ。
美味しそうなパフェに、思わず顔を近づけるも、塩素の匂いに鼻をつまむ。
「次亜塩素酸ね。」
「はいっ。被害女性によると、購入した時は、全く匂いは無かったそうですが、団子を1つ口に含んで噛んだ瞬間に、塩素の匂いと苦味を感じて吐き出したそうです。」
とすると、お団子の中に次亜塩素酸が入っていたということになるわね。
「いつもの犯行予告は?」
「容器の側面を見てください。マジックで「きけん どくいりやで」と書かれているのが分かります。」
本当だ。
警告としては、ちょっと分かりにくいけれども、、新聞社に手紙を送りつける方法でなかっただけ、私たちにとっては、まだマシかな?
そんなことを思いながら、被害者宅を出ると、その足でこのスウィーツを販売したコンビニへ向かう。
私の用事は1つだけ。
このスウィーツを仕入れてから販売するまでの防犯カメラの記録を全て提出してもらうことだ。
あとのメンドクサイ聴取は、他の捜査員に任せればいい。
データと、従業員の勤務表の入った段ボール箱を抱えて、ルナが言う。
「オリヴィアさんは、本当にこまごまとした仕事を嫌いますよね。」
必要なら、こまごまとした作業もするけれどもね。
どう考えても、防犯カメラの映像で毒が入れられる瞬間を見つけることで、犯人逮捕に近づくことが明白なんだもん。
ってことで、ルナ。映像チェックお願いねっ。
次の日の朝には、ひとりの容疑者が浮かび上がっていた。
「これ、明らかに注射器ですよね?」
「あぁ、ホントだ。じゃぁ、逮捕状請求しちゃうね。」
映像を映し出した画面には、注射器で、パフェのお団子に何かを注入しているような男の姿が、はっきりとうつっている。
こうして、私は、容疑者モヴシャ・ショウス・リナインの逮捕にたどり着いたのであった。
このお話は、【美容師の娘】のエイプリルフール用の閑話としても使っています。
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