8話 スーパーフォートレス
『うぅ、緊張するー!』
無線からつばきの萎縮したような声が聞こえてきた。
準決勝を勝ち進まなければならないのもあるとは思うが、今は別の要因もあるだろう。
四千試合以上もあるトーナメントの準決勝とだけあって、試合の行く末は全プレイヤーの注目の的だ。
選手の操る機体の様子は全世界に生配信されていて、戦闘空域直下の地上には大勢のギャラリーが詰めかけている。
「そう硬くなるな。いつも通りやれば必ず勝てる」
『そうそう、私たちにかかれば、敵戦闘機なんて紙飛行機も同然』
『……勝てる』
「ふっ、そうだな! 俺たちの空戦技術の前には、いくら優秀なパイロットといえども烏合の衆同然! 気楽にいこう!」
いつも少し抜けているゆきの言葉だが、今はその気楽さに助けられた。
試合が始まる前から萎縮していては、勝てる試合も勝てんからな。
五、四、三、二、一、〇、試合開始。
「戦闘開始! いつも通り、ロッテごとに縦隊で突入する!」
『了解、一キロ後方をついていく』
十試合近い経験の中で生み出した戦法が、前後の二機に距離を持たせて二段構えで突入するというものだ。
先行したロッテが敵とすれ違い、敵の注意が前のロッテに向いたところに後ろのロッテが急襲を仕掛け、敵を混乱に誘い込む。
この戦法で、試合開始直後に敵機を一、二機先制撃破したことだってある。
『……大きい?』
さばせの忠告を聞いて、エンジンカウルの下に隠れていた敵機が見えるように針路を変更する。
いつもは相手の方が上昇力が高くて見えなくなることはないが、今日は相手の調子が悪いのか、一切上昇している様子がなかった。
「確かに大きいな…… なんだ? 速度が速いのか?」
『なんにせよ、相手が上昇してこないならチャンスだよね!』
「そうだな…… よし、上から一気に降りかかるぞ」
どこか引っかかる気がするが、一体何なのだろうか。
目の前に広がる光景を、最近どこかで見たような気がする。
ギッ ギギッ ギ ギギ
零戦二一型の降下制限速度ギリギリまで加速しているので、機体のあちこちから軋む音が聞こえる。
照準よし、敵がこちらに気づいた様子は無く、四機固まって編隊飛行をしている。
敵の機種が判別できる距離まで近づいた。
エンジンが…… 四つ?
「攻撃を中止しろ! 回避だ!」
機体を左に捻り、機首を引き起こす。
直後、俺の降下コース上に真っ赤な閃光が雨あられのように流れた。
『こっち向いてないのに撃ってきた! どうして!?』
「敵にはハリネズミのように銃塔がついている。銃塔で狙いをつけて射撃してくるから、機首をこっちに向ける必要がないんだ!」
『なにそれ、そんな戦闘機いるの!?』
「あれは戦闘機じゃない…… 重爆撃機、B-29スーパーフォートレスだ!」
B-29はアメリカのボーイング社が開発した大型戦略爆撃機で、太平洋戦争後期に日本中を焼き払ったその名はよく知られているだろう。
『爆撃機って大会で使って良いの?』
『……ルールに特に規定はない』
ゆきの質問にさばせが即座に答える。
これまで戦ってきた内で、乗機を事前情報とは違う機に変えてくる相手もいたが、どの相手も爆撃機に乗り換えるなんてことはなかった。
「くそっ、奴ら、零戦対策で乗り換えやがったか」
二千五百馬力を発揮する四発のR3350と、迎撃に上がった戦闘機を迎え撃つ、ハリネズミのように配置された射撃管制装置付きの十二門のブローニングを擁するB-29は難攻不落で、まさに超空の要塞といった爆撃機だ。
防弾装備のない零戦で迂闊に近づけば、容赦ない防御砲火によって蜂の巣にされてしまうだろう。
『でも落とさなきゃだよね…… どうする?』
『体当たりしたら落とせるんじゃない?』
「やめろ、エルベ攻撃隊じゃないんだぞ」
末期のドイツや日本では重爆撃機に対する体当たり攻撃が行われ、一定の戦果を上げた。
教育もろくに施されていない未熟なパイロットにとっては、機銃で攻撃するよりも体当たりで攻撃した方が落とせる確率が高いからだ。
昨日見た映画にはエルベ攻撃隊という、ドイツ空軍が編成した爆撃機に体当たりを目的とする部隊が出ていた。
ゆきはそれを見て体当たりを提案したのだろう。
そんな案はもちろん却下だ。捨て身の攻撃など、俺は断じて許さん。
だが、あの要塞を落とす手が無いのが現状だ。どうにかしないとな……
その瞬間、俺の脳内に電撃が走る。
「ロケットだ、ロケットで落とそう」
『ろ、ロケット?』
「そうだ、空対空攻撃に使える三号爆弾をロケット化したものがあるんだ。あれならまとめてB-29を落とせるかもしれない」
『でも、私たちそんなロケット…… 爆弾? なんて持ってないよ?』
まさか、爆撃機を相手にすることになるとは思ってなかったので、機動性が低下するロケットなんて懸架していない。
「なあさばせ、一つ聞きたいんだがいいか?」
『……いいよ、なに?』
「飛行場の再補給を禁止するってルールはあるのか?」
『……ない』
よし、相手がルールの穴をついてくるなら、こちらも容赦なくつかせてもらおうか。
「俺とつばきは、すぐに飛行場に帰投して再補給する。ゆきのロッテは、B-29の編隊から距離を保ちつつ、定期的に位置を報告しろ」
『了解、その間に敵を攻撃しても良い?』
「よっぽどの時以外は攻撃するな。やるときは防御砲火を分散させるために、全機で同時に攻撃するぞ」
離陸した飛行場に針路を取る。ここからだと十分くらいで到着するはずだ。
難度の高い編隊着陸で滑走路に下ろし、観戦しに集まったプレイヤーの飛行機が多数止まっている駐機場に滑り込む。
突如飛行場に舞い降りた俺たちに気づいたプレイヤー達が騒ぎ出した声が聞えてくる。
「急にどうしたんですか? 発動機の不調ですか?」
準決勝にもなると、万全の状態で挑む必要のある選手の機体は、実際に整備技術のあるプレイヤーが整備を担当するようになっていた。
今日の出撃前に整備をしてもらったプレイヤーが、翼の根元に乗って操縦席にいる俺に話しかけてきた。
「発動機はすこぶる快調だ、良い腕だな。今回は、武装の取り付けの為に下りたんだ。三式六番二七号、それを二機に頼む」
「三式六番ですか。ですが懸架装置がないので、それの取り付けからやらねばなりません。言われてすぐにできるものでは……」
「栄一二型をこんだけぶん回す腕前なんだ。きっと、どの整備員よりも迅速な作業が出来るはず、期待しているぞ?」
プレイヤーが目を閉じて少しの間無言になる。
「わかりました、最善を尽くしましょう。四十分…… いや、三十分頂ければやってみせます」
「よし、頼んだ」
俺の言葉に頷いた後翼から飛び降り、周りに集まっていた他の整備を担当するプレイヤーに指示を出す。
「おい、管理棟で中継を見てる連中も全員連れてこい。今すぐ艤装の装着開始、終わったらすぐに三式六番二七号を懸架して上げるぞ」
俺とつばきの機体の周りを多数のプレイヤーが取り囲み、各々がなすべき事をこなしている。
『敵の爆撃機が飛行場に向かってる』
B-29の編隊に追従しているゆきからの報告だ。
「どういうことだ? 詳細を頼む」
『今旋回が終わったところで、南南西の方角から飛行場に進入している。下のドアみたいなやつが開いてるように見える』
下のドア……?
爆弾倉のことか!?
「わ、わかった、ありがとう。そのまま監視を続けてくれ」
なんとか平静を装って返答するが、心臓の鼓動は加速していくばかりだ。
あと何分後かは分からないが、この飛行場に爆弾が投下される。
四機による爆撃なので、絨毯爆撃なんかはできないだろうが、十トン近い爆装量による投弾は飛行場に甚大な被害を与えるだろう。
爆撃される前に空中に上がってしまいたいが…… 既に限界まで急かしているってのに、これ以上急かすことなんてできない。
ゴゴゴオオォオオオォォオオオオォォォ
B-29の出す咆哮が俺の耳に入ってきた。
南南西の方角の空を見上げる。
「いた! あれか!」
四機のB-29が縦一列に連なって、滑走路を横切るようにして飛行場に向かってきていた。
胴体下の爆弾倉は既に全開になっていて、中に入っている爆弾が今にも見えてしまいそうだ。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
B-29の腹から大量の爆弾が産み落とされる。
爆弾が空気を切り裂く甲高い音が飛行場に響き渡り、作業をしていたプレイヤーが空を見上げた。
青い空を覆う、銀色の大きな翼。
優雅に飛ぶその姿に、つい見とれてしまう。
ズダダダダダダダダダダァァアアアンン
地上に落ちた爆弾が爆発を起こし、大きな轟音を発生させる。
PK無効空域内なので、飛び立つことなく地上撃破されることはないが、思わず身を屈めてしまう。
ズダダダダダダダダダダァァアアアンン
ズダダダダダダダダダダァァアアアンン
ズダダダダダダダダダダァァアアアンン
編隊列機も爆弾を投下したようだ。
飛行場一帯が茶色い土煙に包まれる。
「くっそ、どうなった!?」
無線を管制塔と交信する周波数に合わせる。
「損害状況は!? 離陸はできるのか!?」
『現在確認中! ――ッ! 速報来た! 滑走路、誘導路に損害、離着陸不能!』
「復旧にはどれくらいかかる?」
『……大穴を開けられた。うちに重機の類はほとんどない、二時間以上はかかる』
二時間だと……? その間、空にあがっているのがゆきのロッテだけという状況になるのか……?
B-29は爆弾を落として更に身軽になった。
零戦くらいなら直線飛行で振り切れるだろう。
くそ、一刻も早く上がらないといけないのに…… やってくれるじゃないか。