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7話 ゆきの想い

四対四の空戦はどうしてもワンパターンになってしまうので、時系列をかなりすっ飛ばします。すみません。

 ヒュゴゴオオオオオォォォォォォ


 鉄輪がジョイントの上を通り過ぎる軽快な音と共に、四百五十馬力のディーゼルエンジンの吠える重低音が腹に響く。


「珍しいな、ゆきから誘ってくるなんて」


 ロッテ戦法と一撃離脱戦法を巧みに扱うBf109やLa-7なんかに苦しみつつも、なんとか三回戦、四回戦と勝ち抜き、次はいよいよ準決勝という所までやってきた。

 その間にもオフラインで何度か会う機会はあったが、いつも誘ってきたのはつばきだった。


「今日は二人とも忙しいみたいだから」

「それにしても…… 今日映画を見に行く必要あったか? 明日が準決勝なんだぞ?」


 今までで対戦した相手ももちろん手強かったが、準決勝ともなるとレベルが段違いだ。

 優秀なパイロットが操る高性能戦闘機の組み合わせと、俺の腕をもってしても単機では太刀打ちできないだろう。

 三人の腕を少しでも引き上げるために、寸暇を惜しんで訓練したいところだ。


「このところずっと練習ばっかりだったでしょ? アウトプットしてばかりじゃなくて、たまにはインプットもしないと」

「インプット?」

「出してばかりだと、いつか壁に行き詰る。今日得たものが、それを乗り越える梯子になるかもしれない。勉強と一緒」


 勉強と一緒って、この前赤点取ったとか言ってなかったか?

 まあ、今日見に行くのは空中戦を描いた映画らしいから、実際何かの参考になるかもしれない。


「よし、昼は存分に楽しもう。けど、その分今晩の訓練はビシバシ行くぞ。少ないチャンスでも敵を仕留められるように、吹き流しで射撃訓練だ」


 次の対戦相手の乗機はP-51H、レシプロ戦闘機最高峰の高速性を活かして一撃離脱戦法をとられると、零戦で有効な攻撃を与えられる時間は数秒もない。

 だからこそ、その一瞬でも敵を落とせるように、、射撃の感覚を極限にまで研ぎ澄ます必要があるのだが……


「えー、模擬空戦やりたい」


 ゆきはそんな懸念、これっぽちも抱いていないようだ。


『次は終点――、終点です。お忘れ物のないようにご注意ください。この列車、駅に到着しますと――』


 ガタゴト揺れる列車の中に車内放送が流れる。

 列車が目的地の駅に到着したようだ。

 改札を出て、駅前の商店街にある小さな映画館に向かう。

 スクリーンも席数も少ない小さな映画館だが、その分シネコンで上映されないニッチな作品を見ることができる。


 各々チケットとドリンクを購入し、自由席のシートに座った。

 照明が落ち、映画が幕を開ける。



 内容は第二次世界大戦後期のドイツの防空を描いたもので、空を埋め尽くす重爆撃機のコンバットボックスを如何にして迎撃するかというものだった。


 空を這う鈍重な亀に攻撃するため、次々と新兵器が登場する。

 第一世代ジェット戦闘機Me262や、ロケット戦闘機Me163が空を駆けずり回る。


 硬派な作品でゆきは楽しめているのだろうかと心配になったが、隣に座っているゆきの目は輝いていたので問題なさそうだった。


 でも、空戦の参考にはあまりならないな。

 戦闘機同士の戦いは、爆撃機編隊を攻撃しようとするドイツ軍戦闘機に攻撃する護衛機のシーンが描かれただけだったので、正面からぶつかり合うトーナメントに応用するのは難しそうだ。


 エンドロールが終わり、数時間ぶりに電灯に灯りが灯される。


「終わっ…… たな」


 二時間近く座ってガチガチに固まった身体をほぐす。


「いい映画だった。あんな機関砲が私の零戦にも付いてたら良いのに」


 恐らく削岩機というあだ名もつけられた、MK108のことを言っているのだろう。

 MK108はラインメタル社製の三十ミリ航空機関砲で、強力な破壊力から対重爆撃機迎撃に多用された。

 三十ミリの威力は強力で、試験ではスピットファイアの主翼を一発でへし折るほどだったらしい。


「まあ俺たちがやるのは対戦闘機だし、あそこまで強力な機関砲じゃなくても良いだろう。二号銃が欲しいと思ったことは何度もあるけどな」

「うんうん、一号銃の弾垂れには何度も泣かされた」


 零戦二一型に搭載されている九九式一号銃は、初速が毎秒六百メートルと低いので弾丸の落下量が大きい。

 弧を描くような弾道で飛んでいく様相はしょんべん弾とも言われた。

 二号銃ではこれが改善されているが、初期の零戦は二号銃を搭載していない。


「さて、もう昼だな。こっちで食べていくか?」

「うん、食べていこう。向こうに帰ったら昼過ぎちゃうよ」

「どこかいい所は知ってるか? あんまりこっちには来ないから、この辺は良く知らないんだ」

「それならいい店がある。ついてきて」


 映画館から十分ほど歩くと、パスタ屋に到着した。


「ここがその店。ここのパスタは良い小麦を使っているから結構美味しい」

「そ、そうなのか」


 小麦の良し悪しなんてそんなにわかるのか? と思いつつも店の中に入る。


「食べれないものとかはない?」

「ないな」

「それじゃぁマスター、鳥とネギの和風パスタを二つで」


 ゆきのおすすめのパスタがあるようだ。

 ここをおすすめしたゆきのおすすめなので異論はない。


「そういえば、ゆきって常に平常運転って感じだよな」

「どういうこと?」

「ほら、廃部を賭けたトーナメントにここまで勝ち進んできて、つばきもさばせもピリついた雰囲気があるだろ? それなのに、ゆきはいつもと変わらないからさ。部活が無くなるのにあんまり抵抗がないのかなって」


 ゆきはすぐに返事はせず、窓の外に目をやる。

 しばらくパスタのソースを炒める音を聞いた後、ようやく口を開いた。


「私だってモアホーム部が無くなるのは嫌だよ」

「ならどうして、そう平然としてられるんだ?」


 頬杖をついて横にむいていたゆきが、背を伸ばしてまっすぐ俺の目を見る


「悲しい空気のままで過ごしたくないから」


 いつもは少し抜けているゆきの真剣な面持ちに、俺は言葉を返すことができなかった。


「それにあの二人にそんな気持ちになってほしくない。だから私は、いつもと変わらない私であり続ける」

「そうか…… もしかしたらゆきが一番気苦労しているのかもな」

「かもね。でも、それが私の役割だから」


 役割とは何なのかと聞きたくなったが、それ以上は聞かないでおくことにした。

 どれもこれも、俺が彼女たちを優勝に導けば解決する話だ。


 気持ちを引き締めると注文したパスタが出てきた。

 やや太めのモチモチとした食感のパスタは、ソースとよく絡んでいて美味しく、次々と口に運んでしまう。

 気づけば皿の上のパスタを平らげており、ゆきがおすすめしたのも頷けた。


「美味しかったよ、ありがとう。また一緒に来ような」

「う、うん…… また一緒に」


 すこし顔を赤らめて顔を逸らされる。


「さ、帰ろうか」

「わかった、帰ったら何食べよう」


 まだ…… 食べる気なのか?

 駅に行って、ホームで待ち構えていた列車に乗り込む。


 昼過ぎの車内は結構空いていて、特に車内をうろつくことなく席につくことができた。


「……つるぎってさ、どうしてそんな私たちに力を貸してくれるの?」

「それは…… 最初は将来の獲物になって欲しいからって理由だったけど、今は乗りかかった船だからだな。ゆきたちの部活の廃部を阻止するって目的もあるし」

「思わなかった? モアホーム部を残すためにあの大会で優勝しないといけないって聞いた時に、別に生き別れになる訳じゃないんだから、廃部になってもいつでも会えるだろって」

「……そう思ったことは何度かある。喫茶店で作戦会議をしている時とかな」

「それでも、私たちを助けてくれるんだ」

「まあな、一度やり始めた手前、やり切らんと気分が悪いしな。それに、そこまで気の回るゆきが廃部を阻止したいってんなら、それ相応の理由があるんだろ?」


 ヒュゴゴオオオオオォォォォォォ


 列車がディーゼルエンジンを唸らせて加速すると、ゆきが少し微笑んだ。


「そこまでわかってくれてるなら、つるぎにはちゃんと話しておいた方がいいね」

「話って何をだ?」

「私たちのモアホーム部ができた理由」


 初めてモアホーム部の名前を聞いた時、何の活動をする部活なのか想像もつかなかった。

 結局今もどんな部活なのかはわかっていないが、俺が守ろうとしている部活がどんなのかは知っておいて損はないだろう。


「まず、モアホーム部はつばきが不登校のさばせの為に作った部活なんだ」

「さばせが不登校?」

「さばせは中学の時から、元々不登校気味だったらしくて、高校に入ってからも不登校が続いてたみたい」

「不登校なのによく中東に入れたな…… 東高は結構レベルが高いはずだろ?」

「ああ見えてすごい頭いいから。それが原因でいじめられ始めたらしいけど」


 なるほど…… 特異な存在を排除したい心理によって、いじめの対象となってしまったのか。


「それでつばきが出した答えが、学校の中に家みたいな逃げ込める場所を作ること」

「学校にも逃げ場を作るってことか?」

「そう、家にしか居場所がなかったら学校に来れないけど、それなら一応学校には登校できるからとかなんとか」


 何をするにおいても、逃げ道を確保するというのは重要だ。

 俺が空を飛ばすときでも、元々のプランが失敗したときの予備プランを、最低二つは常に用意して飛行している。

 予備プランを使わないに越したことはないが、今のプランが失敗しても問題ないという安心感は、緊張をほぐして更にプランを成功させやすくしてくれる。


「それでモアホーム部は本当に家みたいな存在になって、つばきの狙い通りさばせが学校に来るようになったんだけど…… そんな時に廃部の話が出てきた」

「せっかく軌道に乗ったってのに、誰がそんな話を出したんだ?」

「加藤康彦って先生の名前聞いたことある?」

「ん…… ああ、テレビで見たことあるな」


 加藤康彦、確か去年の秋ぐらいに地元のニュースで見た記憶がある。

 神の一声とも言われる指導力で中東サッカー部を鍛え上げ、夏のインターハイで準優勝まで勝ち進んだ敏腕指導者だと放送されていた。


「けどその加藤ってのがどうかしたんだ?」

「今年こそは優勝を目指しているらしくて、トレーニング設備を充実させるために方々から予算を増やそうとしていた。それで始めたのが部活の再編で、統合したり廃止したりして他の部にかかる予算を減らして、その分をサッカー部に全部回している」

「そりゃ酷いな…… インハイ準優勝だからってサッカー部が偉いわけでもないのに。まさか、それにモアホーム部も巻き込まれたと?」

「うん、大きな大会で優勝でもしてサッカー部以上の名声を獲得しないと、ただ予算を蝕むだけのモアホーム部は潰すって」


 これは…… 俺は絶対に、ゆきたちを優勝に導かねばならんということか。

 準優勝ではダメだ。優勝を勝ち取って加藤とかいう指導者の鼻っ柱をへし折ってやらねば。


「ゆきからその話を聞けて良かった。これからは成り行きなんかじゃなく、俺もモアホーム部を守るために戦う。さばせの、いや、皆の居場所を加藤に奪わせたりなんかしない」


 ゆきは「ふぅ……」と息を吐いて、天を見上げた。


「気持ちを一つにできて良かった」


 その横顔はどこか満足そうだった。

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