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6話 ロッテ

 眼下に青い海の水面が広がる。

 一回戦の枯れた砂漠とは全然違う。


『あの崖、すごい綺麗だね』


 進行方向から左を見ると、なだらかな緑の草原が急にスパッと垂直に切られて、切り立つ純白の崖が海面にその姿を落としている。


『あれはドーバーの白い崖という場所で、白く見えるのはチョークで構成されてるからだけど、所々に黒――』

『はい、そこまで! その話は、後でじーっくり聞いてあげるから! 今は戦いに集中しよ!』


 照準器の輪の中には、三つの横並びになった黒点が見えている。

 あれが二回戦の対戦相手スピットファイアMk.XIV三機、イギリスの象徴とも言えるドーバーの白い崖に救国戦闘機の姿はよく似合っているだろう。


 なんだかバトルオブブリテンみたいだな。って、それだと俺たちが負けちまう!

 いや、こっちの乗機はBf109でもBf110でもない、零式艦上戦闘機だ。新しいバトルオブブリテンの歴史を作ってやる。


 試合開始時刻が近づいて、頭の中にカウントダウンの音が鳴る。


 五、四、三、二、一、〇、試合開始だ。


「さあ始めるぞ、ロッテごとに散開、敵にかかれ!」

『了解、打ち合わせ通り、私たちは右にいく』


 俺を先頭にして左後ろにつばき、右後ろにゆきの率いるロッテがついた、フィンガーフォーという右手の四本指のような形状をした編隊から、ゆきのロッテが右旋回で離れていった。

 俺も翼を少し振って合図して左旋回を行う。


 ロッテごとに分散することで、敵の目標選定を難しくすることが狙いだ。

 相手は三機しかいないので、ロッテを二つとも攻撃しようとすると片方が一機で二機を相手することになり、三機まとめてかかればもう一つのロッテが自由な行動ができるって算段だ。


『うお、敵ぜんぶこっち来た!』


 スピットファイア全機の舳先が俺たちに向けられている。


「貧乏くじを引いたってわけだ。だが心配するな、ロッテで戦えばそう落とされることはない」

『そ、そうだよね! 今日こそは私も敵を落とすから!』


 グリフォンスピット、やはり早いな。

 こちらもエンジンをフル回転させて上昇しているが、相手の上昇速度は段違いに早い。


「……やるしかないか、俺は敵にヘッドオンを挑む。つばきは敵の攻撃の回避に専念しろ、落とさんでもいいから落とされるなよ!」

『わかった!』


 照準器の中にあるスピットファイアの姿が大きくなっていく。


「さあ、敵の編隊長機、いざ勝負!」


 先頭を飛んで他の二機を率いていたスピットファイアに向けて威勢よく突撃する。

 すると、その機軸が真っすぐこちらに向いた。奴もやり合う気のようだ。

 しかし、引き連れていたもう一機のスピットファイアも俺を狙う動きをしている。


 三機目はつばきにかかったが…… このまま真っすぐ突っ込むとやられかねんな。


 バシュッ


 操縦桿を一気に引いて、ラダーペダルを左全開に蹴った。

 今やったのは通常のスナップロールで、一回戦でやったネガティブスナップロールは最初に機首を下に向けるが、これは機首を上向きにする。


 急激な動きによって照準なんかとっくに外れていたが、自分の感覚を信じて射撃トリガーを引く。


 ダダダダダダダダダッ


 ゥゥヴヴヴオオォォン


 相対速度が千キロに迫るヘッドオンの結果は、互いに有効打を与えるに至らなかった。

 落とされなかっただけよしとするか……


「ヘッドオンは外した! 反転して追いかけるぞ! そっちは大丈夫か!?」

『大丈夫! つるぎ君の後ろにぴったりついていくよ!』


 よし、つばきも敵の攻撃を回避できたようだな。

 反転急降下で機体の向きを百八十度変えるスプリットSを行う。

 急降下して一気に距離が縮まっているはずだが、どの距離でも同じような見た目の真っ青な海面は俺の距離感を狂わせる。

 注意せんと、いきなり海面にドボンなんてこともあり得るな。


 左旋回をしているスピットファイアの後ろについて七ミリで牽制を行う。

 しかし、さすがグリフォンエンジンというべきか、俺の方がより内側を回って距離が短いはずなのに、ぐいぐいと離されてしまっている。


『つるぎ君、後ろ!』


 六時方向!? あれか!

 後ろに向けた視界の端にスピットファイアが映る。

 操縦桿を左に倒して機体を百八十度ロールさせ、さっきとは逆の右旋回で攻撃を回避する。


 スピットファイアの二十ミリ二門、ブローニング二門の曳光弾が腹の下を流れた。

 ギリギリ照準に入らないくらいの旋回をして、後ろのスピットファイアが単調な飛行になるように仕向ける。


「このままこいつを引っ張る! そこがチャンスだ、やっちまえ!」

『よしきた!』


 後ろを向き、スピットファイアの様子を見つつ、操縦桿を引いて旋回のキツさを調節する。

 前なんて見てない。

 撃墜王になるくらいまで飛んでれば、前を見てなくても自機の姿勢くらい把握できる。


 後ろについたスピットファイアの更に後ろから、つばきの零戦が降下して速度を上げつつ接近してきた。

 射撃するがスピットファイアの移動量を見誤っていたようで、曳光弾はスピットファイアの後ろを通り過ぎるだけだった。


『ああもう! 当たってよ!』

「でも今のは惜しかった! 二回戦が終わったら猛特訓だ!」


 後方からスピットファイアが離れたので上昇し、つばきを攻撃しようとする敵が来ないか警戒する。

 やはり二機で三機を相手している現状、どうしても守勢に立ってしまう。


「ゆきのロッテはどうだ? 攻撃できそうか?」


 左右に分離して離れたとはいえ、そろそろこの空域に到着しても良い頃だろう。


 フアアアアァァァァン


 サイレンのような音が耳をつんざく。

 音の出どころを探すと、高高度から逆落としをになっている零戦二機が、スピットファイアに向けて急降下していた。


 二機がスピットファイアに直上から同時攻撃を浴びせる。

 単純にして二倍の瞬間火力は、標的の胴体を一瞬にして貫き、鮮やかな炎に包んだ。


 胴体の燃料タンクを撃ち抜いたようだ。それに動きに意思が感じられない、操縦席も同時にやったか?


『どう? 完璧だったでしょ、今の攻撃』

「意識外からの良い奇襲だ、次も頼むぞ!」

『わかった、高度を取り直して次の攻撃機会を伺う』


 二機の零戦は急降下で得た勢いを使って再度上昇していった。


「こっちは敵機の高度を奪う。ゆきのロッテを追わせるな、格闘戦に巻き込め!」

『またあの二人に落とされちゃったもんね! 今度こそは私が!』


 敵の数は一つ減ったので、ロッテ一つで相手したとしても同数。

 相手の方が性能が上だとしても、俺の腕をもってすれば押し負けることはない。


 仲間を落とされて連携の乱れたスピットファイアに対してつばきが攻撃を仕掛ける。

 回避機動を強要することで、敵の空戦エネルギーを削ぐ狙いだ。


 俺はその攻撃に加わらずに、敵機がつばきの後ろを取らないように警戒する。

 俺が後ろを見ておくことで、つばきが後方に気を取られずに前方への攻撃に集中できる。


 どれだけ旋回をしても、旋回性能で勝る零戦からは逃れられないと悟ったのか、スピットファイアは垂直に急降下を始めた。


 零戦二一型の急降下制限速度は六百三十キロ。それ以上の速度を出すと、機体が限界を超えて空中分解する危険性がある。

 対するスピットファイアMk.XIVは()()()()で七百二十キロを叩きだす。

 これは水平に飛んだ時の速度なので、急降下制限速度はそれよりも上だ。


 ダイブ速度の違う二機の距離は時が経つごとに広がる。

 逃げの姿勢に入られたらさすがに零戦では太刀打ちできんか……

 しかし、確実に敵の高度は奪っているので、このまま追わせて良いだろう。

 海面高度まで追い込めば落とせる高度は無くなるので、相手には巴戦の選択肢しか残らない。

 いや待てよ…… 海面?


「つばき、機首を引き起こせ! 今すぐに!」

『え?』

「そのまま降下を続けたらまずい! 操縦桿を引け!」

『もう! あともう少しなのに!』


 つばきの零戦は翼端から小さい渦の筋を引きながら機首を上げた。

 ダイブして逃げていたスピットファイアに目を移すと、追尾を振り切ったと知ってか同じように機首を引き起こしている。


 そのまま水平飛行に移るかと思ったが、スピットファイアは大きな水柱と共に海中に機を突っ込ませた。

 やはりな……


 少し早めに行動を起こしたつばきは、エンジンの押し出す空気が海面を蹴立てたところで水平に戻った。

 プロペラか尾輪をひっかけるんじゃないかとひやひやしたぞ。


『うわああっ! 海がこんな近くに!』

「真っ青な海面で距離感が無くなったんだ! 魚の餌にならないように気を付けろ!」

『って、敵を追わないと!』

「大丈夫、敵はもう落ちた。マニューバキル、撃墜だよ」


 空中戦において、低空に誘い込むなど何かしらの方法で相手の操縦ミスを引き起こし、自ら墜落させることをマニューバキルと呼ぶ。

 機関砲のような武器は使わないが、れっきとした撃墜戦果として扱われる。


『よし、よしよしよしよし、よし! やっと初戦果!』


 言葉にならない喜びが無線から聞こえた。

 これでつばきも自信をつけてくれただろう。


 残り一機となったスピットファイアは、やぶれかぶれなのか俺の後ろを取ろうとしている。

 僚機のつばきは低空に降りているので、俺のいる高度に上がってくるまでは少々時間が必要だ。


 こいつも低空に引きこんで料理してやってもいいが…… 単機なら俺一人で問題なく対処できるな。

 僅かにラダーを踏みこみながらエルロンを逆方向に入れて、横滑りさせながら太陽の方向へ飛ぶ。水平飛行をしているので、相手から見れば真っすぐ飛んでいるように見えるはずだ。


 シュシュチュシュシュ


 機体の右手をスピットファイアの発射した曳光弾が流れた。

 狙い通り、敵のパイロットは俺の進行方向を勘違いしてくれたようだ。

 機軸と機体の進行方向が一致してないので、機軸だけを見て撃つと横に逸らしてしまうのだ。


 ここで一気に機首を上げ、垂直に近い角度で上昇して、燦々と輝く太陽に飛び込む。

 太陽が眩しくて相手は俺の機体が見えていないはずだ。


 速度が低下して舵の効きが悪くなってきた。

 そろそろか。


 スロットル全開のまま、左ラダーを一杯に入力する。

 すると、重いエンジンを中心に尾部を振り出して、ドリフトのような機動を繰り出した。

 ハンマーヘッドターン、垂直上昇姿勢から一変、機首をガクンと下にして垂直降下姿勢に移る機動だ。


 釣り上げたスピットファイアの姿が視界正面に映る。

 零戦ですら舵の効きにくい低速、動翼がこっちよりも小さいスピットファイアは更に機動性が悪化しているだろう。

 三舵を操作して無理やり姿勢を安定させ、正面に向き合うスピットファイアを照準に収める。


 ダダダダダダダダダッ


 もらった。


 銃弾の飛び込んだグリフォンエンジンはシリンダーが焼き付いて、その鼓動を停止させた。


『あ、取られた』

「取られたって…… 攻撃しようとしていたのか?」

『……急降下中』


 ゥゥウウオォン

 ゥゥウウオォン


 俺の両隣を急降下する零戦が通り過ぎた。

 さては、俺が追っかけられてるところを狙っていたな?


『二回戦も突破できちゃったね。もしかして私たち、本当に優勝できるんじゃない!?』

「それはやってみないと分らんな。だが、決勝戦はまだ先、次も絶対に勝つぞ!」

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