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4話 共同撃墜

 乾燥した砂漠に灼熱をもたらす太陽は、十時過ぎにもなれば、それなりの高さまで昇っている。

 直視すれば当然眩しく、目をそらすか太陽を手で覆う必要があった。

 苦し紛れに目を細める。


 その瞬間、猛烈に嫌な予感がして、全身に鳥肌が立った。


 操縦桿を急激に奥へ押して、ラダーペダルを右に蹴り飛ばす。


 バシュッ


 強烈なマイナスGが体を押し上げ、気流が翼から剥がれる大きな音と共に、機体が左に転がるようにして一回転した。


 直後、頭のすぐ上を赤い閃光の雨が通り過ぎていった。


 危機一髪、なんとか回避できたようだ。

 さっきのネガティブスナップロールで落としたほんの少しの高度がなければ、今の射撃でやられていただろう。


 ネガティブスナップロールは急激なピッチ動作とヨーの動きによって、主翼の片翼を失速させてロールさせるマニューバで、空戦エネルギーを失うが、その分回るスピードは段違いに早い。


「奴め、太陽の中から攻撃とはなかなかやるな」


 太陽と機影が重なると、圧倒的な光量が機影を隠してしまう。

 そのため奇襲に利用したり、追われた際に太陽に逃げ込んだりするが、格闘戦の最中に利用する奴は始めて見た。

 意図してやったのか偶然なのかは分からないが、ここ最近で一番危険な状況だったかもしれない。


『当たれーっ!』


 体勢を立て直したつばきの零戦が、離脱していった敵に向けて弾をばら撒く。

 しかし、敵との交差する角度が大きかったので、弾は敵の過ぎ去った後を過ぎ去っていた。


「助かったよ、ありがとう。だが、これで形勢は逆転した。一気に畳みかけるぞ!」

『よーし、私も一つ落としちゃうぞ!』


 つばきは零戦の優秀な旋回性能を生かしてヘルキャットに追いすがり、攻撃の手を緩めない。

 俺はその上方に位置して、つばきを攻撃しようとする敵を警戒する。

 状況把握が正しければ、現在は四対三で数的にこちらが優位に立っているはずだ。


『なかなか当たんない! どうして!?』


 発射速度の早い七ミリは敵の機体に火花を散らしているが、肝心の二十ミリが命中している様子はない。


「功を焦るな。回避機動をしている敵には当たらないから、よく狙える時が来るまで待つんだ」

『んんーっ、なんかモヤモヤするー!』


 翼中の二十ミリが発砲を停止し、機首の七ミリ機銃だけが火を噴いている。

 本気で逃げに入った猫は恐ろしく速く、零戦では追いつくことができない。


「駄目か、あいつはこのまま逃げるな。戦闘空域に戻るぞ」

『で、でも、あともう少しで落とせそうなんだよ!?』

「俺たちがこのままあいつに誘われたら、残りの二人が同じ数の敵を相手にすることになる」

『それなら諦めるしかないね…… よし、あの二人を助けよう!』


 緩降下をやめて反転し、二人の戦っている空域に戻る。

 一機の零戦が二機のヘルキャットに追われ、もう一機の零戦がそのヘルキャットを追尾していた。


「二機に追われてるが大丈夫か!? 今助けるからな!」

『大丈夫。私、避けるのは得意だから』


 ゆきの誇らしげな声が聞こえてきた。

 追われている方がゆきということは、追尾している方はさばせか?


 よく見れば、攻撃されている零戦が敵をおちょくっているように見える。

 敵の機首が向くまで翼を振って挑発し、ひとたび機首が向いたら急旋回で射線から外れる動作を繰り返している。


『まだ…… まだ……』


 さばせの方は射撃機会を伺っているらしく、一切発砲していなかった。


「な、なにをしているのかよくわからんが、追われているのは事実だ。前にいる方を車懸かりに攻め立てるぞ」

『よしきた!』


 後ろを確認して、先ほど逃した敵が戻ってきていないか確認する。


 よし、いないな。

 ヘルキャットはコクピットが胴体後部とつながった形状をしていて、後方への視界は決して良くない。

 奴が追撃を受けてないと判断してこちらに戻ってくるには、まだ時間を要するだろう。


 ブローニングを撃ちまくっているヘルキャットに狙いを定め、左手で武装の発射ボタンを押す。


 ダダダダダダダダダダダッ


「さすがの防弾か!」


 二十ミリを数発当てたが、ヘルキャットは何事もなかったかのように攻撃を続行している。

 このまますぐに再度攻撃といきたいところだが、今日の俺には仲間がついている。


『とりゃーっ!』


 俺に続いてつばきが果敢に攻撃する。七ミリだけで。

 つばきの攻撃を受けてもヘルキャットは涼しい顔をして飛んでいる。


「つばき、二十ミリはどこにやったんだ?」

『ん? なにそれ?』


 まさか…… 零戦の武装を知らないのか!?

 それを知らないってことはつまり……


「なら、武装選択は知ってるか?」

『知らないよ?』


 二十ミリは弾切れじゃねぇか!

 って、すぐに弾の尽きる二十ミリをあんなに撃ってたら、そりゃすぐに弾切れになるわ。


 一応七ミリだけでも落とせるには落とせるが、何発も命中させたり動翼を狙って吹き飛ばす必要があるので、初心者には難しいだろう。

 勢子として、敵機を追い詰めてもらうしかないか。


『……今!』


 今まで鳴りを潜めていたさばせが射撃を始めた。

 目標は俺たちの攻撃したヘルキャットで、想定していなかった方向から二度の攻撃を受けて、少しの間だけ直線に飛んでいたところを狙った形だ。


 ずっと射撃機会を伺っていただけあって、二十ミリを何発も叩きこんで翼をへし折った。


「お見事! なかなかいい腕だ!」


 片翼を失ったヘルキャットは、安定を失って錐揉みに入った。

 撃墜確実だが、さばせは落ちていくヘルキャットを追いかけて、容赦ない射撃を続けている。

 満身創痍のヘルキャットは更なる被弾を重ね、左翼、尾翼、胴体と次々に解体されていった。


「そ、そこら辺にしといてやれ。そいつはもう落ちる運命だ!」


 しかし、俺の声は届かず、さばせの零戦から二十ミリの発砲炎が消えた。

 それでも射撃は止まらず、ヘルキャットの残骸が地面に叩きつけられるまで、機首の七ミリは軽快な音を鳴らし続けた。


『……撃墜』


 そりゃそうでしょうね。

 あれだけ撃ちこんでいたら疑う余地なんてどこにもない。


「ちょっと聞きたいんだが…… さばせにとっての撃墜ってなんだ?」

『……地面に叩き落とす』


 翼をへし折った敵機に執着していた理由が少し理解できた気がする。

 これは試合が終わったら言葉をきちんと定義して、認識合わせをする必要があるな。


 目線を地面から空に戻す。

 ゆきの後ろについていた二機のうち一機は排除したが、もう一機残っていたはずだ。


 案の定、零戦は攻撃するヘルキャットを挑発していた。

 一機に減ったから回避機動もだいぶ取りやすいだろうが、あれだけ撃たれているというのに目立った損傷がない。

 どうやら避けるのが得意というのは本当のようだ。


「ゆきが敵の気を引いている間に、数の有利を活かして落とすぞ。だが…… 来たな」

『あーっ! 逃げたのが戻ってきてる!』


 緩降下で逃げられたヘルキャットが、高度を回復させて空域に戻ってきた。

 こちらより高度が千メートルくらい高いか? 悠長に攻撃をしていたら上から降りかかってきそうだな。


 あいつを釘付けにしている間に攻撃してもらう必要があるか……


「ゆき、どれくらい弾を使ったか教えてくれ」

『一発も使ってない。ずっと逃げてたから』


 四機すべて落とすと言っていた、昨日の威勢はどこに行ったんだ。

 しかし、二十ミリを温存してくれていたのは素直にありがたい。


「三人でゆきの後ろについてる敵を落としてくれ。俺は残りのもう一機を引き受ける」

『よーし! 今度こそは!』


 やる気に満ち溢れているのか、翼を左右に振って速度を上げた。

 俺は向かってくる敵の方に機首を向け、一騎打ちを挑む。


「作戦はこうだ。まず、つばきとさばせが敵を追い立ててゆきの後ろからひっぺがす。そしたらゆきが後ろに回り込んで、釘付けにしているところを肉薄しろ」

『んんん、了解!』

『……了解』


 勢子が追い込んだところを射手が叩くって、なんだか狩猟みたいだな。

 まぁ、作戦が失敗したとしても、三機もいればさすがに大丈夫だろう。

 俺は目の前の敵機に集中するだけだ。


 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ


 栄エンジンを最大出力までぶん回して、スカイツリーの高さよりも高い位置にいるヘルキャットに勝負をしかける。

 速度計の針は次々と左に回転している。

 速度が落ちるのは承知の上、大きな動翼を装備して低速での機動性の良い零戦なら問題ない。


 タタタタタッ タタタッ タタタタタッ


 七ミリの曳光弾を、涼しい顔をして飛ぶヘルキャットの進路前方にばらまく。

 これで俺の存在に気づいたろう。

 奴からすれば、俺は食べごろの美味しそうな獲物に見えているはずだ。


 水平飛行していた奴の機体がこちらを向く。


 かかったな。


 スナップロール気味に機体を反転させ、急降下して速度を取り戻す。

 意地の悪い猫は食いついた餌を離さず、誘いに乗って俺を追ってきた。

 このまま地獄まで引きずりおろしてやる。


 速度計の針が一回りするところまで速度を回復させると、敵が俺を照準に収めようとしていたので、ぎりぎり照準に入らないくらいの左旋回をする。

 あともう少し手が届きそうな餌は、人の論理的に考える力を奪う。

 零戦に格闘戦で敵うわけがないヘルキャットは、取っ組み合いの格闘戦を始めた。


 頃合いを見て右に切り返し、敵の後ろをとるためにバレルロールをする。

 もちろん敵も追従してきたので、やすやすと後ろを明け渡してはくれなかった。

 しかし、零戦はヘルキャットの描く旋回の円よりも内側を抉り、敵を横並びの位置に押し出す。


 二機の軌跡はねじれ合い、DNAのような二本の螺旋を描く。

 体を座面に押し付けるGに負けじと、歯を食いしばって操縦桿を引き続ける。


 そして遂に、敵機を照準器の中に収めた。

 距離は近く、百メートルも離れていない。


 ダダダダダダダダダダダッ


 ここまで肉薄すれば外すこともない。

 小爆発を起こしてエンジンから火を噴いたヘルキャットは地面に落ちていった。


 念のため、もう一機を任せた三機の元へと向かうが、抱いた心配は杞憂だった。


『右は塞いだ、そっちはどう!?』

『……封じた』


 二機の零戦がヘルキャットの左右に七ミリを放ち、左右どちらにも動けないように封じている。

 そこに後ろから、もう一機の零戦が高速で突っ込んでくる。


『後は頼んだよ!』

『任せられた』


 猛禽類のように襲い掛かり、二十ミリの鋭い鉤爪を突き立ててヘルキャットの胴体を真っ二つにへし折った。

 尾翼を失って、舞い落ちる花びらのように落下している。


『見た? 今、私が敵を落とした』

『そりゃ見てたよ…… って、ゆきだけの手柄じゃないからね!?』

「そうだな、三人の共同撃墜が妥当だろう」

『つるぎ君!? もう一つの敵はどうしたの!?』

「とっくに落としたさ、今落とした敵で最後だ」


 この空域に残っているのは、四機の零戦だけ。

 地面に落ちた残骸が燃え上がり、黒煙が立ち上っている。


『ということはつまり』

『……勝利』

『私たち、勝ったの……?』


「ああそうだ。空戦の経過がどうであれ、俺たちは一回戦を突破したんだ。次の二回戦、更に強力な敵と戦うことになるが、絶対に勝つぞ!」


 編隊を組んで離陸した飛行場に帰投する。

 帰投する時、無線から彼女たちの声は殆ど聞こえなかった。

 駐機して飛行機から飛び降りたつばきの目尻が、ほんのり赤く染まっていたように見えた。

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