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死刑執行人少女

死刑執行人少女 ~女子高生ひとりに負け殺された12人の男たち~

作者: E.C.ユーキ
掲載日:2022/12/28

 日差(ひざ)しも傾(かたむ)いてきた裏通(うらどお)りに、女子高生(じょしこうせい)が立(た)ち入(い)った。

 人(ひと)っ子一人(こひとり)いない晩秋(ばんしゅう)のシャッター街(がい)の果(は)て、廃(はい)倉庫(そうこ)の引戸(ひきど)式(しき)の大門(だいもん)は錆(さ)びきり、人(ひと)一人(ひとり)分(ぶん)ほど開(あ)いたままの隙間(すきま)から、黒(くろ)髪(かみ)がなびく紺(こん)ブレザーの少女(しょうじょ)が入(はい)っていく。廃(はい)倉庫(そうこ)内(ない)、ほこりを被(かぶ)った機械(きかい)が並(なら)ぶ中(なか)を怖(お)じ怖(お)じと歩(ある)きながら、たったひとりの少女(しょうじょ)は静(しず)かに口(くち)を開(ひら)いた。

「あのう……ここに、困(こま)っているおばあさんがいらっしゃるのですか?」

 ――少女(しょうじょ)は男(おとこ)たちに連(つ)れられていた。

 前(まえ)に一人(ひとり)、後(うし)ろに二人(ふたり)、金髪(きんぱつ)やら茶髪(ちゃぱつ)やらのチャラチャラとした3人(にん)の若(わか)い男(おとこ)たちは、少女(しょうじょ)の問(と)いに『まぁまぁ』とやんわり返答(へんとう)しながら、奥(おく)へ奥(おく)へと足(あし)を進(すす)める。男(おとこ)3人(にん)と女子高生(じょしこうせい)ひとり、4人(にん)は少女(しょうじょ)が何(なに)も言(い)い返(かえ)せないまま歩(ある)いているうちに、いよいよ目的(もくてき)地(ち)に到着(とうちゃく)した。

 廃(はい)倉庫(そうこ)の最奥(さいおう)区(く)に入(はい)るなり、少女(しょうじょ)はきょとんと驚(おどろ)いた。

「え……?」



 少女(しょうじょ)を出迎(でむか)えたのは――ダブルベッドだった。



 廃(はい)倉庫(そうこ)の奥(おく)一角(いっかく)、わりかし整(ととの)えられた空間(くうかん)の中央(ちゅうおう)には、黄(き)ばんだ白(しろ)のダブルベッドが置(お)かれていた。そして、あちこちに山積(やまづ)みの廃棄(はいき)荷物(にもつ)の陰(かげ)からは――ひとり、またひとりと、非行者(ひこうしゃ)然(ぜん)とした男(おとこ)たちが次々(つぎつぎ)と現(あらわ)れる。わらわらと集(あつ)まってくる男(おとこ)たち、少女(しょうじょ)は頻(しき)りに辺(あた)りを見回(みまわ)すが、《困(こま)っているおばあさん》などどこにもいないのは明白(めいはく)だった。

 気(き)がつけば少女(しょうじょ)は――12人(にん)の男(おとこ)たちに囲(かこ)まれていた。

「そんな……。私(わたし)をだましたのですか……?」

 声(こえ)を震(ふる)わす少女(しょうじょ)の肩(かた)に、後(うし)ろから男(おとこ)が、にたりと手(て)を伸(の)ばす。

「きゃっ! さわらないで!」

 か細(ぼそ)い悲鳴(ひめい)、子犬(こいぬ)のように身(み)をひねって振(ふ)り払(はら)う少女(しょうじょ)に、男(おとこ)たちの下劣(げれつ)な歓声(かんせい)が上(あ)がった。少女(しょうじょ)はもう一度(いちど)ベッドを見(み)ると、周(まわ)りには一眼(いちがん)レフカメラに三脚(さんきゃく)付(つ)きのスマートフォン、レフ版(ばん)などが並(なら)んでいることに気(き)がついた。

 少女(しょうじょ)は、ようやく理解(りかい)した。

「私(わたし)の……身体(からだ)が目的(もくてき)だったのですね……」

 せせら笑(わら)う男(おとこ)たちの中(なか)で、うつむき、ただ立(た)ち尽(つ)くすばかりの少女(しょうじょ)の身体(からだ)を、ぎとぎとした視線(しせん)が舐(な)め回(まわ)す。



 ――女子高生(じょしこうせい)の、ぷりぷりの女体(にょたい)を、視姦(しかん)する。



 あどけない顔立(かおだ)ち、サラサラと流(なが)れた黒(くろ)の長(なが)つや髪(かみ)。

 名門校(めいもんこう)の校章(こうしょう)が光(ひか)る、小皺(こじわ)ひとつない紺色(こんいろ)ブレザー。

 角襟(かくえり)の白(しろ)ブラウスはしっかり第一(だいいち)ボタンまで留(と)めて。

 真(ま)っ赤(か)で大房(おおふさ)なリボンが胸(むね)を飾(かざ)り、その下(した)では――

 ――ふっくらと、メロン大(だい)ふたつを制服(せいふく)が覆(おお)い隠(かく)す。

 赤茶(あかちゃ)チェックのスカートは、膝上(ひざうえ)10㎝のややミニ丈(たけ)。

 その中(なか)から、生脚(なまあし)のふとももをむっちりと覗(のぞ)かせて。

 ふくらはぎは、紺色(こんいろ)のハイソックスが、ぴっちりと。

 小(ちい)さな足(あし)には、つや光(びか)る黒革(くろかわ)のローファーを履(は)いて。

 同(おな)じく黒革(くろかわ)のスクールバッグを、片肘(かたひじ)に雅(みやび)に掛(か)けて。



 ――青春(せいしゅん)の憧憬(しょうけい)。儚(はかな)げに咲(さ)く一輪花(いちりんか)のような女子高生(じょしこうせい)。それを男(おとこ)たちは寄(よ)って集(たか)って包囲(ほうい)して、ねっとりと、隅々(すみずみ)まで目(め)で嬲(なぶ)る。四方八方(しほうはっぽう)からの下劣(げれつ)な視線(しせん)に囲(かこ)まれる中(なか)で、少女(しょうじょ)はただ立(た)ち尽(つ)くすばかりだった。うつむき、胸元(むなもと)に添(そ)えられた手(て)は握(にぎ)られ、小刻(こきざ)みに震(ふる)えていた。

 しかし、少女(しょうじょ)の震(ふる)える肩(かた)へと、一人(ひとり)の男(おとこ)が手(て)を伸(の)ばした瞬間(しゅんかん)だった。

 《一本背負投(いっぽんぜおいなげ)》。――少女(しょうじょ)が、男(おとこ)を投(な)げたのだ。

 見事(みごと)な早技(はやわざ)だった。少女(しょうじょ)はバッグを放(はな)すと同時(どうじ)に男(おとこ)の片腕(かたうで)をとり、男(おとこ)の懐(ふところ)に背(せ)から入(はい)り込(こ)むと、赤茶(あかちゃ)チェックのスカートのお尻(しり)をぷりっと突(つ)き出(だ)し、背負(せお)い浮(う)かせた。男(おとこ)のもがく両足(りょうあし)は高(たか)らかに天(てん)を通過(つうか)していき、そのままコンクリートの床(ゆか)にビタンと背中(せなか)から叩(たた)きつけられ、さらには男(おとこ)の胸(むね)に少女(しょうじょ)が倒(たお)れ込(こ)んで来(き)て、男(おとこ)は少女(しょうじょ)と床(ゆか)にサンドイッチにされた。

 思(おも)わぬ余興(よきょう)の開幕(かいまく)に、倉庫(そうこ)内(ない)は悪辣(あくらつ)な歓声(かんせい)で沸(わ)き立(た)つ。女子高生(じょしこうせい)にくるりと背負(せお)い投(な)げられた男(おとこ)は、今(いま)なお少女(しょうじょ)の上体(じょうたい)に下敷(したじ)きにされたまま、肺(はい)の空気(くうき)をすべて失(うしな)ったみじんこのようなむせ声(こえ)を上(あ)げている。自分(じぶん)よりも身体(からだ)の小(ちい)さな少女(しょうじょ)にまんまと醜態(しゅうたい)を晒(さら)された愚(おろ)か者(もの)に、周(まわ)りの男(おとこ)たちは手(て)を叩(たた)いて嘲笑(ちょうしょう)の歓声(かんせい)を送(おく)った。

 歓声(かんせい)の中(なか)に突如(とつじょ)――鈍(にぶ)い音(おと)がひとつ、不気味(ぶきみ)に響(ひび)く。

 一転(いってん)して廃(はい)倉庫(そうこ)内(ない)は静(しず)まり返(かえ)った。聞(き)き慣(な)れない不審(ふしん)音(おん)に一同(いちどう)の視線(しせん)は、上(うえ)に被(かぶ)さった少女(しょうじょ)と下敷(したじ)きの男(おとこ)へと集(あつ)まる。少女(しょうじょ)は難(なん)なく立(た)ち上(あ)がったが、男(おとこ)は仰向(あおむ)けに倒(たお)れたまま起(お)き上(あ)がらない。むせ声(ごえ)も止(と)まった。不穏(ふおん)な空気(くうき)が漂(ただよ)う中(なか)、一同(いちどう)は男(おとこ)を凝視(ぎょうし)した。



 ――男(おとこ)の首(くび)が、真後(まうし)ろにまで曲(ま)がっている。



 曲(ま)がり得(え)ない角度(かくど)まで首(くび)が曲(ま)がった状態(じょうたい)で、男(おとこ)は仰向(あおむ)けに倒(たお)れていた。――少女(しょうじょ)の仕業(しわざ)だ。一本背負投(いっぽんぜおいなげ)の形(かたち)で二人(ふたり)ごと倒(たお)れ込(こ)んだ後(あと)、歓声(かんせい)が上(あ)がったと同時(どうじ)に、少女(しょうじょ)は流(なが)れるように男(おとこ)の頭(あたま)を小脇(こわき)に抱(かか)え込(こ)み、一瞬(いっしゅん)で体重(たいじゅう)をかけて圧(へ)し折(お)ったのだ。

 首(くび)を折(お)られた男(おとこ)は、目(め)を見開(みひら)き、手足(てあし)を痙攣(けいれん)させ、泡(あわ)を吹(ふ)き、尻(しり)の下(した)にみずたまりを広(ひろ)げながら、だんだんと動(うご)かなくなっていき――ついに、こと切(き)れた。それを少女(しょうじょ)は立(た)ったまま、哀(あわ)れむような表情(ひょうじょう)で見下(みお)ろしていた。

 周(まわ)りの男(おとこ)たちは、一斉(いっせい)に身構(みがま)えた。

 一気(いっき)に廃(はい)倉庫(そうこ)内(ない)が緊迫(きんぱく)する。男(おとこ)たち12人(にん)、一人(ひとり)がやられて完全(かんぜん)に戦闘(せんとう)態勢(たいせい)の11人(にん)が、仲間(なかま)の仇(かたき)を包囲(ほうい)する。張(は)り詰(つ)めた空気(くうき)、一帯(いったい)の沈黙(ちんもく)を破(やぶ)ったのは少女(しょうじょ)だった。猛烈(もうれつ)な敵意(てきい)に囲(かこ)われる中(なか)、少女(しょうじょ)は顔(かお)をうつむけたまま、悲(かな)しい表情(ひょうじょう)でつぶやいた。

「他(ほか)の女(おんな)の子(こ)たちのためにも、やむを得(え)ません……」

 少女(しょうじょ)は顔(かお)を上(あ)げると、かわいらしい顔(かお)を凛々(りり)しく引(ひ)き締(し)め、真摯(しんし)な眼差(まなざ)しで男(おとこ)たちを見据(みす)える。そして、やわらかな声(こえ)で、しかしどこまでも冷(つめ)たい声色(こわいろ)で、少女(しょうじょ)は男(おとこ)たちに言(い)い放(はな)った。




「あなたたちを――断罪(だんざい)します」




 女子高生(じょしこうせい)ひとりと、男(おとこ)12人組(にんぐみ)との戦闘(せんとう)が始(はじ)まった。

 斜陽(しゃよう)差(さ)す廃(はい)倉庫(そうこ)、鈍色(にびいろ)の戦場(せんじょう)を支配(しはい)したのは――女子高生(じょしこうせい)だった。

 《女子高生(じょしこうせい)のハイキック乱舞(らんぶ)》。次々(つぎつぎ)と襲(おそ)いかかってくる男(おとこ)たちを、少女(しょうじょ)は自(みずか)らの脚(あし)を高(たか)く上(あ)げて、振(ふ)り回(まわ)し、蹴(け)り飛(と)ばし、突(つ)き返(かえ)す。ときには片足(かたあし)を完全(かんぜん)に真上(まうえ)まで上(あ)げて、両脚(りょうあし)が縦一本(たていっぽん)のⅠ字(あいじ)を描(えが)くほどの自在(じざい)な足(あし)さばきを見(み)せ、縦横無尽(じゅうおうむじん)に戦場(せんじょう)を舞(ま)い踊(おど)る。

 男(おとこ)たちは少女(しょうじょ)を止(と)められない。続(つづ)け様(ざま)に打(う)ち込(こ)む男(おとこ)たちの拳(こぶし)は、少女(しょうじょ)にひらりと身(み)をひねってかわされ、一発(いっぱつ)も当(あ)たらない。それどころか、お返(かえ)しの蹴(け)りで――鞭(むち)のようにスナップの利(き)いたハイキックで、次々(つぎつぎ)と男(おとこ)たちは鼻(はな)を潰(つぶ)される。

 強烈(きょうれつ)なハイキックだ。赤茶(あかちゃ)チェックのスカートの中(なか)から振(ふ)り上(あ)げられる、肉付(にくづ)きたっぷりのふともも、その重(おも)みを存分(ぞんぶん)に乗(の)せた蹴(け)りは、大(だい)の男(おとこ)をもとんぼ返(がえ)りに吹(ふ)き飛(と)ばす。スクールローファーがもろに側頭(そくとう)に入(はい)ったときには、鍛(きた)え上(あ)げた身体(からだ)の男(おとこ)ですら千鳥足(ちどりあし)によろけさせる。そうして男(おとこ)の頭(あたま)が下(さ)がったところを、少女(しょうじょ)は細腕(ほそうで)でしなやかに受(う)け止(と)めて――

 ――ブレザーの小脇(こわき)のギロチンで、処刑(しょけい)する。

 《女子高生(じょしこうせい)による死刑(しけい)執行(しっこう)》。ハイキックに酔(よ)い潰(つぶ)された男(おとこ)を、少女(しょうじょ)は互(たが)いの身体(からだ)が対面(たいめん)したまま、男(おとこ)の下(さ)がった後頭部(こうとうぶ)を片脇(かたわき)の下(した)に挟(はさ)み込(こ)み、両腕(りょううで)をハイエルボーギロチンの形(かたち)に組(く)み上(あ)げる。挟(はさ)み込(こ)んだ方(ほう)の腕(うで)の手(て)を空(あ)いた手(て)でつかみ、手首(てくび)で男(おとこ)の顎下(あごした)を圧迫(あっぱく)しながら、肘(ひじ)を高(たか)く揚(あ)げるようにしてギロチンを組(く)むのだ。

 少女(しょうじょ)のギロチンにはめられてしまったら、もう抜(ぬ)け出(だ)せない。少女(しょうじょ)の手首(てくび)が顎下(あごした)に食(く)い込(こ)み、あわあわと悶(もだ)えることしかできない男(おとこ)を、少女(しょうじょ)は躊躇(ちゅうちょ)なく上(うわ)肘(ひじ)を引(ひ)き上(あ)げて――首(くび)を圧(へ)し折(お)る。少女(しょうじょ)の細腕(ほそうで)であっても、てこを利(き)かせればなんてことはない。男(おとこ)の太(ふと)ましい首(くび)が、まるで小枝(こえだ)のように折(お)れてしまった。

 当然(とうぜん)、他(ほか)の男(おとこ)たちは間髪(かんぱつ)入(い)れずに殴(なぐ)りかかった。しかし少女(しょうじょ)のあまりもの手際(てぎわ)の良(よ)い執行(しっこう)に、間(ま)に合(あ)わなかった。逆(ぎゃく)に、次(つぎ)に首(くび)を狩(か)られるだけだった。

 少女(しょうじょ)の足元(あしもと)には、初(はじ)めの一人(ひとり)の他(ほか)に、早(はや)くも追加(ついか)で二人(ふたり)が転(ころ)がった。

 男(おとこ)3人(にん)の死体(したい)を足元(あしもと)に、少女(しょうじょ)は毅然(きぜん)と言(い)い放(はな)つ。

「さあ、次(つぎ)はどなたですか?」

 男(おとこ)たちの攻撃(こうげき)は止(と)まっていた。包囲(ほうい)する男(おとこ)たちは皆(みな)、ますます身構(みがま)えるばかりで、動(うご)かなくなっていた。

 膠着(こうちゃく)状態(じょうたい)の中(なか)、男(おとこ)たちは仲間(なかま)同士(どうし)で視線(しせん)を送(おく)り合(あ)うと、ようやく行動(こうどう)に移(うつ)した。4人(にん)の男(おとこ)が歩(あゆ)み出(で)て、少女(しょうじょ)の四方(しほう)を塞(ふさ)ぎ込(こ)む。その様子(ようす)に少女(しょうじょ)は、はぁ、とひとつため息(いき)をついた。

「一人(ひとり)では敵(かな)いませんか? いいですよ。まとめていらっしゃい」

 ――少女(しょうじょ)の勢(いきお)いは止(と)まらない。

 4対(たい)1、数的(すうてき)不利(ふり)などものともせず、少女(しょうじょ)は男(おとこ)たちを翻弄(ほんろう)する。同時(どうじ)攻撃(こうげき)を仕掛(しか)けようとする男(おとこ)たちに対(たい)して、少女(しょうじょ)はそのうちの一人(ひとり)へと距離(きょり)を詰(つ)めて、必(かなら)ず1対(たい)1の状況(じょうきょう)を作(つく)るのだ。左右(さゆう)の脚(あし)を存分(ぞんぶん)に振(ふ)り回(まわ)しては、腕(うで)をとって一本背負投(いっぽんぜおいなげ)と、男(おとこ)たちは次々(つぎつぎ)と返(かえ)り討(う)ちにされる。そして一瞬(いっしゅん)でも男(おとこ)たちが攻撃(こうげき)を途切(とぎ)れさせたら――手近(てぢか)な者(もの)からギロチンに処(しょ)される。4人(にん)が同時(どうじ)に襲(おそ)いかかっても、少女(しょうじょ)に指(ゆび)ひとつ触(ふ)れられなかった。

 4人(にん)の男(おとこ)は、瞬(またた)く間(ま)に全滅(ぜんめつ)させられてしまった。

 4人(にん)のうち3人(にん)がギロチンに処(しょ)され、最後(さいご)の一人(ひとり)もハイキックをもろに顔面(がんめん)に喰(く)らい、意識朦朧(いしきもうろう)と膝(ひざ)から崩(くず)れ落(お)ちる。しかし身体(からだ)は倒(たお)れずに済(す)んだ。



 ――少女(しょうじょ)が、男(おとこ)の前髪(まえがみ)をつかんだからだ。



 少女(しょうじょ)を包囲(ほうい)する男(おとこ)たちに向(む)けて、小(ちい)さな手(て)に髪(かみ)を握(にぎ)られた仲間(なかま)の姿(すがた)が、まじまじと見(み)せつけられる。鼻(はな)は潰(つぶ)れて曲(ま)がり、血(ち)を流(なが)し、目(め)は焦点(しょうてん)が合(あ)っておらず、髪(かみ)を握(にぎ)った少女(しょうじょ)の手(て)の動(うご)きに合(あ)わせて、声(こえ)にならないうめき声(こえ)を上(あ)げるばかりである。少女(しょうじょ)に盾(たて)にされる仲間(なかま)を前(まえ)にして、残(のこ)りの男(おとこ)たちは固(かた)まってしまった。少女(しょうじょ)はそんな男(おとこ)たちに向(む)かって、胸(むね)を張(は)り、淡々(たんたん)と問(と)いかける。

「どうしたのですか? 女(おんな)の子(こ)ひとりが、怖(こわ)いのですか?」

 男(おとこ)たちは、歯(は)ぎしりをするばかりで動(うご)かない。そうこうしているうちも、少女(しょうじょ)は捕(と)らえた男(おとこ)の髪(かみ)をきゅっと握(にぎ)り閉(し)め、引(ひ)っぱり回(まわ)して盾(たて)にし、全方位(ぜんほうい)を警戒(けいかい)する。仲間(なかま)の血(ち)だらけの顔(かお)が、自分(じぶん)たちの未来(みらい)とばかりに見(み)せつけられる中(なか)、男(おとこ)たちは互(たが)いに目(め)で合図(あいず)を送(おく)り合(あ)い、やっとのことで行動(こうどう)に出(で)た。

 男(おとこ)たちは一斉(いっせい)に――少女(しょうじょ)に背(せ)を向(む)け、走(はし)り出(だ)した。

 少女(しょうじょ)に捕(と)らわれた仲間(なかま)を見捨(みす)て、個々人(ここじん)が一目散(いちもくさん)に別々(べつべつ)の裏口(うらぐち)へと向(む)かう。そんな男(おとこ)たちを見(み)ながら、少女(しょうじょ)はまたひとつ、ため息(いき)をついた。そして、右手(みぎて)はくびれた腰(こし)に悠々(ゆうゆう)と甲(こう)をあてて、左手(ひだりて)は意識朦朧(いしきもうろう)の男(おとこ)の髪(かみ)を一段(いちだん)と高(たか)くにつかみ上(あ)げる。

 猫背(ねこぜ)を向(む)けて走(はし)る男(おとこ)たちに、少女(しょうじょ)は朗々(ろうろう)と言(い)い放(はな)った。



「逃(に)げるのですか? 男(おとこ)の人(ひと)が? たったひとりの女(おんな)の子(こ)を相手(あいて)に? ――そうですよね。そうやってこれまで生(い)きてこられたのですものね。負(ま)けそうになったら逃(に)げて、失敗(しっぱい)しそうになったら逃(に)げて。嫌(いや)なことからも逃(に)げて、社会(しゃかい)からも逃(に)げて。逃(に)げて逃(に)げて、逃(に)げ続(つづ)けて来(き)た人生(じんせい)ですものね。――あなたたち、男(おとこ)の子(こ)でしょう? おちんちんついているのでしょう? たまには根性(こんじょう)を見(み)せたらいかがですか? 今度(こんど)は女(おんな)の子(こ)からも逃(に)げるのですか? 少(すこ)し強(つよ)そうだと思(おも)ったら逃(に)げるのですか? どうやら大(おお)きいのは身体(からだ)だけのようですね。――いいですよ。お逃(に)げなさい。負(ま)け犬(いぬ)さん。負(ま)け犬(いぬ)なら負(ま)け犬(いぬ)らしく、きゃんとないてごらんなさいな。たったひとりの女(おんな)の子(こ)を相手(あいて)に、こんなに大(おお)きな身体(からだ)の男性(だんせい)が何人(なんにん)も寄(よ)って集(たか)って、なのにかんたんに返(かえ)り討(う)ちにされて。その上(うえ)しっぽを巻(ま)いて逃(に)げるなんて……あなたたち、いったい何(なに)ならできるの? 女(おんな)の子(こ)にすら負(ま)かされて逃(に)げたあなたたちを、いったい誰(だれ)が必要(ひつよう)とするの? 今(いま)、私(わたし)からは逃(に)げ伸(の)びたところで、このことを綺麗(きれい)さっぱり忘(わす)れられるのですか? 思(おも)い出(で)はあなたたちを、どこまでも追(お)いかけ回(まわ)すのですよ? それでもいいというのなら、どうぞお逃(に)げなさい。誰(だれ)にも言(い)えないまま、何(なに)も吐(は)き出(だ)せないまま、今日(きょう)の出来事(できごと)を一生(いっしょう)悔(く)やみながら、社会(しゃかい)の隅(すみ)っこで生(い)き続(つづ)けなさい」



 逃走(とうそう)する男(おとこ)たちは、皆(みな)、足(あし)を止(と)めていた。

 少女(しょうじょ)の凛(りん)とした論説(ろんぜつ)は、廃(はい)倉庫(そうこ)内(ない)だけにとどまらず、男(おとこ)たちの芯(しん)にまで響(ひび)き渡(わた)った。

 背(せ)を見(み)せて逃(に)げ出(だ)した5人(にん)の男(おとこ)たちが皆(みな)、少女(しょうじょ)の周(まわ)りへと、溢(あふ)れ出(で)る闘志(とうし)を引(ひ)っ提(さ)げて戻(もど)っていく。少女(しょうじょ)に髪(かみ)を掴(つか)まれていた男(おとこ)も、ようやく意識(いしき)が戻(もど)りはじめる。少女(しょうじょ)の握(にぎ)り拳(こぶし)を、気迫(きはく)で自(みずか)ら髪(かみ)を引(ひ)き抜(ぬ)いて振(ふ)りほどき、戦線(せんせん)に復帰(ふっき)した。

 12人(にん)いた男(おとこ)たちは、既(すで)に半数(はんすう)の6人(にん)となった。6人(にん)の死体(したい)が転(ころ)がる中(なか)に、ひとり立(た)つ少女(しょうじょ)、さらにその周(まわ)りを6人(にん)の男(おとこ)たちが、再(ふたた)び完全(かんぜん)に包囲(ほうい)した。



 ――女子高生(じょしこうせい)の、花(はな)らかな独壇場(どくだんじょう)が始(はじ)まる。



 廃(はい)倉庫(そうこ)の灰色(はいいろ)にふわりと咲(さ)いた、少女(しょうじょ)一輪花(いちりんか)。紺(こん)ブレザーの女子高生(じょしこうせい)が、手(て)を上(あ)げて、脚(あし)を上(あ)げて、縦横無尽(じゅうおうむじん)に躍動(やくどう)する。バレリーナのようにくるくると回(まわ)っては、赤茶(あかちゃ)チェックのスカートのひだを目一杯(めいっぱい)に広(ひろ)げて。小(ちい)さな両手(りょうて)でたおたおとバランスを取(と)っては、黒(くろ)の長(なが)御髪(みぐし)をサラサラとおどらせて。ひらひらと。ゆらゆらと。少女(しょうじょ)は流(なが)れるように舞(ま)い踊(おど)りながら――

 ――男(おとこ)たちを、蹴(け)り嫐(なぶ)る。

 むちむちのふとももから繰(く)り出(だ)される、強烈(きょうれつ)な蹴(け)りの数々(かずかず)が、男(おとこ)たちを蹂躙(じゅうりん)する。たっぷりと贅肉(ぜいにく)の乗(の)ったふとももが、スクールローファーの蹴(け)りに重(おも)みを与(あた)え、男(おとこ)たちをとんぼ返(がえ)りに吹(ふ)き飛(と)ばす。

 男(おとこ)たちの攻撃(こうげき)は、まったく少女(しょうじょ)に当(あ)たらない。先(さき)の6人(にん)以上(いじょう)に大振(おおぶ)りで力任(ちからまか)せな拳(こぶし)は、ひらりひらりと少女(しょうじょ)にかわされ、逆(ぎゃく)に蹴(け)りのフルコースを振(ふ)る舞(ま)われる。

 ――たちまち少女(しょうじょ)に、サンドバッグにされる。

 少女(しょうじょ)が繰(く)り出(だ)す多彩(たさい)な蹴(け)り、そのすべてが男(おとこ)の身体(からだ)へクリーンヒットする。必死(ひっし)にガードを固(かた)めても意味(いみ)がない。頭(あたま)へ、脇腹(わきばら)へ、脚(あし)へ、顎(あご)へ――少女(しょうじょ)の蹴(け)りは変幻(へんげん)自在(じざい)だ。男(おとこ)たちを弄(もてあそ)ぶように軌道(きどう)を変(か)えて、いとも簡単(かんたん)にガードをすり抜(ぬ)ける。脚(あし)を揺(ゆ)るがせ、五臓(ごぞう)を揺(ゆ)さぶり、脳(のう)を揺(ゆ)るがし、なおも少女(しょうじょ)は生脚(なまあし)で嫐(なぶ)り続(つづ)ける。まるでサンドバッグへ打(う)ち付(つ)けるような、ズドン、ズドンと打撃(だげき)音(おん)が立(た)て続(つづ)けに響(ひび)く。鞭(むち)のようにしなる蹴(け)りの、花(はな)らかな嵐(あらし)、それを全身(ぜんしん)をもって堪能(たんのう)させられる。そしていよいよ締(し)めくくりには――

 ――ぷりぷりの乳(ちち)のとなりへ、ギロチン台(だい)へとはめ込(こ)まれる。

 少女(しょうじょ)の前(まえ)で背(せ)を丸(まる)くしたら最後(さいご)、下(さ)がった頭部(とうぶ)をブレザーの小脇(こわき)に抱(かか)え込(こ)まれる。当然(とうぜん)男(おとこ)は死(し)に物狂(ものぐる)いで暴(あば)れるが、ギロチン台(だい)にはめ込(こ)まれてしまってからではもう遅(おそ)い。腕(うで)っぷしに自信(じしん)のある男(おとこ)であっても、蹴(け)りのフルコースを堪能(たんのう)させられた後(あと)では、赤子(あかご)も同然(どうぜん)である。五臓六腑(ごぞうろっぷ)を蹴(け)り込(こ)まれ、首(くび)関節(かんせつ)まで極(き)められたら、もう動(うご)けない。少女(しょうじょ)の細腕(ほそうで)なのに振(ふ)りほどけない。さらには、頬(ほお)に押(お)し当(あ)てられたブレザー越(ご)しの胸(むね)が、メロン大(だい)の乳房(ちぶさ)までもが、むにっと変形(へんけい)し、頭部(とうぶ)を隙間(すきま)なくホールドしてくる。そして――

 頬(ほお)を乳(ちち)に圧迫(あっぱく)されたまま、刑(けい)は執行(しっこう)されるのだ。

 あわあわともがくばかりの男(おとこ)の首(くび)が、少女(しょうじょ)の細腕(ほそうで)と乳房(ちぶさ)によって、曲(ま)がらない方向(ほうこう)に無理矢理(むりやり)曲(ま)げられる。すると男(おとこ)は、四肢(しし)の感覚(かんかく)が途絶(とだ)えるのはもちろん、呼吸(こきゅう)すらもできなくなって、だんだんと意識(いしき)が遠(とお)のいていく。やがてコンクリートの冷(つめ)たい床(ゆか)に糞尿(ふんにょう)をまき散(ち)らしながら、頬(ほお)に残(のこ)ったやわらかな温(ぬく)もりを恋(こい)しがりつつ――永(なが)い眠(ねむ)りにつかされる。

 それでも男(おとこ)たちは、少女(しょうじょ)に立(た)ち向(む)かう。

 蹴(け)られても、投(な)げられても、諦(あきら)めない。鼻(はな)を潰(つぶ)されても、目(め)の上(うえ)に青(あお)コブを作(つく)られても、立(た)ち上(あ)がる。腕(うで)の骨(ほね)を折(お)られても、目(め)の前(まえ)で仲間(なかま)の首(くび)を圧(へ)し折(お)られても、立(た)ち向(む)かい続(つづ)ける。

 当初(とうしょ)の目的(もくてき)などどうでもいい。これまでに培(つちか)ってきた男(おとこ)たちの芯(しん)を、男(おとこ)が男(おとこ)であるための最後(さいご)の砦(とりで)を、この少女(しょうじょ)は踏(ふ)みにじったのだ。そして今(いま)なお、飄々(ひょうひょう)と踏(ふ)みにじり続(つづ)けているのだ。そんな女(おんな)を、雌(めす)を、このままにしてはおけない。男(おとこ)たちは、男(おとこ)の敵(てき)に、共通(きょうつう)の敵(てき)に立(た)ち向(む)かう。しかし――

 また一人(ひとり)、また一人(ひとり)と、男(おとこ)たちは少女(しょうじょ)に殺(ころ)されていく。



 ――ぷりぷりと、女肉(にょにく)に、嫐(なぶ)り殺(ごろ)されていく。



 鈍色(にびいろ)の廃(はい)倉庫(そうこ)で繰(く)り広(ひろ)げられる、女肉(にょにく)おどる殺戮(さつりく)劇(げき)。バチン、バチンと強打(きょうだ)音(おん)を響(ひび)かせながら、少女(しょうじょ)は男(おとこ)たちを足(あし)蹴(げ)りにし、サンドバッグにする。黒(くろ)光(びか)るスクールローファーを頭(あたま)の上(うえ)にまで上(あ)げて、赤茶(あかちゃ)チェックのスカートの裾(すそ)をめくれ上(あ)がらせて、二本(にほん)の脚(あし)をぶるんぶるんと大振(おおぶ)りに振(ふ)り回(まわ)す。真(ま)っ白(しろ)な肌(はだ)のふともも、丸(まる)みを帯(お)びた輪郭(りんかく)、滋養(じよう)たっぷりに肉付(にくづ)いた少女(しょうじょ)の生脚(なまあし)。それで鞭(むち)のようにスナップの利(き)いた蹴(け)りを繰(く)り出(だ)すものだから、一打(いちだ)の度(たび)に――ぷりんぷりんと、ふとももの肉(にく)が波(なみ)を打(う)つ。

 女肉(にょにく)はふとももだけではない。首元(くびもと)の赤(あか)リボンの下(した)では、紺(こん)ブレザーをはち切(き)らんとばかりに――メロン大(だい)の乳房(ちぶさ)、ふたつの肉玉(にくだま)が暴(あば)れ回(まわ)る。厚手(あつで)のブレザーであっても隠(かく)し切(き)れない、乳房(ちぶさ)のわんぱく。ふたつはそれぞれが独立(どくりつ)に暴(あば)れ回(まわ)って、ブレザーの閉(し)められた前(まえ)ボタン二(ふた)つが吹(ふ)き飛(と)びかねない。たぷん、たぷんと重量感(じゅうりょうかん)のある躍動(やくどう)に、少女(しょうじょ)のか細(ぼそ)い胴(どう)は引(ひ)っ張(ぱ)られて、逆(ぎゃく)に振(ふ)り回(まわ)されていた。

 なのに少女(しょうじょ)は、体勢(たいせい)を崩(くず)さない。暴(あば)れ回(まわ)る乳(ちち)の動(うご)きを巧(たく)みに流(なが)しながら、いっそう流(なが)されながら、鞭(むち)のようにしなる蹴(け)りで男(おとこ)たちを蹴(け)り嫐(なぶ)る。ぷりぷりと、ぷりぷりと。乳(ちち)がふとももが躍動(やくどう)を止(と)めない。女肉(にょにく)が唯一(ゆいいつ)大人(おとな)しくなるのは――ギロチン執行(しっこう)のときだけだった。

 6人(にん)目(め)、7人(にん)目(め)、8人(にん)目(め)が、少女(しょうじょ)の細腕(ほそうで)に捕(つか)まり、首(くび)を折(お)られる。9人(にん)目(め)が、10人(にん)目(め)が、ブレザーの小脇(こわき)のギロチン台(だい)に、消(き)えていく。そして11人(にん)目(め)も、少女(しょうじょ)に散々(さんざん)にサンドバッグにされて、少女(しょうじょ)の乳(ちち)と脇(わき)に頭(あたま)を挟(はさ)まれ、言葉(ことば)にならない喚(わめ)き声(ごえ)を上(あ)げながら――少女(しょうじょ)の細腕(ほそうで)に捻(ひね)り上(あ)げられた。

 ――残(のこ)る男(おとこ)は一人(ひとり)のみだ。

 勝敗(しょうはい)はすでに決(けっ)していた。たった一人(ひとり)だけ生(い)き残(のこ)った男(おとこ)は、11人(にん)の仲間(なかま)の最期(さいご)を目(ま)の当(あ)たりにした結果(けっか)、脚(あし)が震(ふる)えて止(と)まらず、立(た)てなくなってしまったのだ。

 そんな男(おとこ)のもとに――スクールローファーがゆっくりと、コツン、コツンと鳴(な)り迫(せま)る。男(おとこ)は尻(しり)もちをついたまま後退(あとずさ)るも、たちまち背中(せなか)を壁(かべ)に打(う)った。L字(えるじ)の角(かど)隅(すみ)。絶体絶命(ぜったいぜつめい)だ。

 男(おとこ)は、少女(しょうじょ)に懇願(こんがん)した。

 L字(えるじ)の角(かど)隅(すみ)に子犬(こいぬ)のように縮(ちぢ)こまりながら、迫(せま)り来(く)る女子高生(じょしこうせい)に許(ゆる)しを請(こ)うた。『すまなかった』『もう二度(ど)としない』『許(ゆる)してくれ』……。思(おも)いつく言葉(ことば)を手当(てあ)たり次第(しだい)に並(なら)べて、懇願(こんがん)した。

 すると少女(しょうじょ)は、諭(さと)すかのように男(おとこ)に訊(たず)ねた。

「あなたたちは、女(おんな)の子(こ)にそう言(い)われたとき、聞(き)き入(い)れてきたのですか?」

 男(おとこ)は、何(なに)も言(い)えなかった。



 女子高生(じょしこうせい)の足元(あしもと)に、男(おとこ)が――ひれ伏(ふ)す。



 十(じゅう)も二十(にじゅう)も年(とし)の離(はな)れた少女(しょうじょ)の前(まえ)で、砂(すな)ぼこりの床(ゆか)に額(ひたい)をつけて懇願(こんがん)する。『お願(ねが)いだ』『助(たす)けてくれ』……。声(こえ)も身体(からだ)も震(ふる)わせて、涙(なみだ)を流(なが)し、心(こころ)の底(そこ)から震(ふる)え上(あ)がりながら、土下座(どげざ)して少女(しょうじょ)に許(ゆる)しを請(こ)う。すると天(てん)から声(こえ)がかかった。

 少女(しょうじょ)の声(こえ)は、穏(おだ)やかだった。

「もういいですよ。顔(かお)を上(あ)げてください」

 思(おも)いがけない優(やさ)しい声色(こわいろ)と返答(へんとう)に、男(おとこ)は恐(おそ)る恐(おそ)る顔(かお)を上(あ)げた。

 ――少女(しょうじょ)は、I字(あいじ)バランスの姿勢(しせい)をとっていた。

 片足(かたあし)を完全(かんぜん)に頭(あたま)の上(うえ)まで上(あ)げて、180度(ど)開脚(かいきゃく)、きれいな一本(いっぽん)の垂直(すいちょく)線(せん)を両脚(りょうあし)で描(えが)きながら、少女(しょうじょ)は男(おとこ)の一歩(いっぽ)すぐ前(まえ)に立(た)っていた。あまりにも唐突(とうとつ)過(す)ぎるI字(あいじ)バランス、これがいったい何(なに)を意味(いみ)するのか、男(おとこ)には皆目(かいもく)見当(けんとう)がつかない。しかし、そんなことはどうでもよい。男(おとこ)の視線(しせん)は既(すで)に、釘付(くぎづ)けだった。

 ――真(ま)っ白(しろ)、ぷりぷりなふとももに。

 上下(じょうげ)に開脚(かいきゃく)した少女(しょうじょ)の脚(あし)は、当然(とうぜん)スカートをめくれ上(あ)がらせ、ふとももが全貌(ぜんぼう)をさらけ出(だ)していた。色白(いろじろ)の肉(にく)がたっぷりと実(みの)った、筋肉質(きんにくしつ)を一切(いっさい)感(かん)じない、やわらかなふともも。贅肉(ぜいにく)たっぷりな少女(しょうじょ)のふとももに、男(おとこ)の視線(しせん)は止(と)まらない。丸(まる)みを帯(お)びたもも肉(にく)の輪郭(りんかく)、内股(うちまた)に盛(も)り上(あ)がった筋(すじ)のライン、前(まえ)から見(み)えるぷりんとしたお尻(しり)……。

 そして、上下(じょうげ)に伸(の)びたふとももの付(つ)け根(ね)、赤茶(あかちゃ)チェックのスカートの陰(かげ)の中(なか)にある、純白(じゅんぱく)の三角(さんかく)――そこへ視線(しせん)が向(む)いた瞬間(しゅんかん)だった。

 横(よこ)側(がわ)を向(む)けるスクールローファーが、くるりと90度(ど)回(まわ)り、背(せ)の踵(かかと)をこちらへと黒(くろ)光(びか)らせた。まるで――峰(みね)から刃(は)へ、刀(かたな)を反(かえ)すかのように。

 12人(にん)目(め)の男(おとこ)に、少女(しょうじょ)の審判(しんぱん)が下(くだ)る。

 裁(さば)きの鉄槌(てっつい)、黒革(くろかわ)のスクールローファーが振(ふ)り下(お)ろされ――男(おとこ)の脳天(のうてん)へと、踵(かかと)が直撃(ちょくげき)した。男(おとこ)は全身(ぜんしん)の筋肉(きんにく)が硬直(こうちょく)し、少女(しょうじょ)の前(まえ)に跪(ひざまず)いたまま、ビクン、ビクンと痙攣(けいれん)すること数秒(すうびょう)、やがて前(まえ)のめりに倒(たお)れていく。コンクリートの床(ゆか)が顔面(がんめん)に迫(せま)り来(く)る中(なか)、男(おとこ)の視界(しかい)は真(ま)っ暗(くら)になった。

 倒(たお)れた男(おとこ)は違和感(いわかん)を覚(おぼ)えた。顔(かお)にぶつかった感触(かんしょく)が、コンクリートの床(ゆか)などではなく、むにっと柔(やわ)らかく、ほんのりと温(あたた)かかったのだ。においも酸味(さんみ)や甘味(あまみ)や苦味(にがみ)、色々(いろいろ)と混(ま)ざった不思議(ふしぎ)な香(かお)りに包(つつ)まれる。そして男(おとこ)は気(き)が付(つ)いた。

 ――少女(しょうじょ)の脇(わき)に、ギロチン台(だい)にはめられていることに。

 男(おとこ)にできることは、もう何(なに)もない。身体(からだ)どころか、口(くち)すらもまともに動(うご)かせず、ただ喚(わめ)くことしかできなかった。言葉(ことば)にならない言葉(ことば)で喚(わめ)いているうちに、男(おとこ)の顎下(あごした)に、少女(しょうじょ)の手首(てくび)が圧(お)し込(こ)まれる。紺(こん)ブレザー越(ご)しの少女(しょうじょ)の乳房(ちぶさ)が、男(おとこ)の頭(あたま)をホールドする。――もう、その時(とき)が来(こ)たのだ。身体(からだ)が動(うご)かない。何(なに)もできない。後(あと)はもう、あるがままを享受(きょうじゅ)しているしかなかった。

 少女(しょうじょ)が腕(うで)組(く)むギロチンの中(なか)で、男(おとこ)はあるがままを――少女(しょうじょ)の匂(にお)いを享受(きょうじゅ)する。紺(こん)ブレザーに染(し)みたクリーニング剤(ざい)、少女(しょうじょ)の肌(はだ)からにじみ出(で)た汗(あせ)、黒(くろ)の長(なが)つや髪(かみ)から漂(ただよ)うシャンプーの花(はな)やぎ……。それらが混(ま)ざり合(あ)った、年頃(としごろ)の女子高生(じょしこうせい)の匂(にお)いに包(つつ)まれる中(なか)で――

 最後(さいご)に、少女(しょうじょ)のやさしい声(こえ)を聞(き)いた。




 「――おやすみなさい」




 女子高生(じょしこうせい)ひとりと、男(おとこ)12人(にん)との戦闘(せんとう)が決着(けっちゃく)した。

 男(おとこ)たち12人(にん)は、女子高生(じょしこうせい)ひとりを相手(あいて)に、全滅(ぜんめつ)した。

 男(おとこ)12人(にん)全員(ぜんいん)が、少女(しょうじょ)のギロチンによって、断罪(だんざい)された。



 廃(はい)倉庫(そうこ)を真(ま)っ赤(か)な夕日(ゆうひ)が染(そ)め上(あ)げる。

 12人(にん)の物言(ものい)わない男(おとこ)たちが転(ころ)がる中(なか)で、少女(しょうじょ)は身(み)だしなみを整(ととの)え始(はじ)めた。

 まずは黒革(くろかわ)のスクールバッグを開(あ)けると――白(しろ)レースのハンカチを取(と)り出(だ)した。それを自(みずか)らの顔(かお)回(まわ)りにぽんぽんとあてがって、薄(う)っすらと滲(にじ)んだ汗(あせ)をふき取(と)っていく。続(つづ)けて布(ぬの)面(めん)を裏返(うらがえ)すと、返(かえ)り血(ち)などまったくついていない自(みずか)らの手(て)を、指(ゆび)の一本(いっぽん)一本(いっぽん)までもきれいにぬぐった。そうして使(つか)い終(お)えたハンカチは、12人(にん)目(め)の死体(したい)の顔(かお)の上(うえ)へと、ひらひらと落(お)として捨(す)てられた。

 次(つぎ)にバッグからコンパクトミラーを取(と)り出(だ)し、前髪(まえがみ)をなぞり、横(よこ)髪(かみ)を耳(みみ)にかけ、胸元(むなもと)の赤(あか)いリボンを直(なお)す。あちこちに小首(こくび)を傾(かし)げながら仕上(しあ)げを確認(かくにん)すると、爽(さわ)やかに微笑(ほほえ)み、コンパクトをぱたんと閉(と)じた。

 最後(さいご)にスマートフォンを入(い)れ替(か)えに取(と)り出(だ)して、通話(つうわ)する。淑(しと)やかな声色(こわいろ)で「12人(にん)、いつものお願(ねが)いします」とだけ言(い)って通話(つうわ)を終(お)えると、ひとつ軽(かる)く伸(の)びをして、やって来(き)た方向(ほうこう)へと歩(ある)き始(はじ)めた。



 ――女子高生(じょしこうせい)が、死(し)の戦場(せんじょう)を立(た)ち去(さ)る。



 死屍(しし)累々(るいるい)の廃(はい)倉庫(そうこ)、たったひとりだけの生存者(せいぞんしゃ)である少女(しょうじょ)が、悠々(ゆうゆう)と日常(にちじょう)へと帰(かえ)っていく。黒革(くろかわ)のスクールバッグを片肘(かたひじ)にかけて、物言(ものい)わない男(おとこ)たちの中(なか)を、スマートフォンをいじりながら歩(ある)き抜(ぬ)けていく。錆(さ)びきった大門(だいもん)から差(さ)し込(こ)む夕日(ゆうひ)が、帰路(きろ)につく女子高生(じょしこうせい)を燦々(さんさん)と照(て)らしていた。

 少女(しょうじょ)は出口(でぐち)へと歩(ある)きながら、今度(こんど)は長電話(ながでんわ)を始(はじ)めた。

 その声色(こわいろ)は――先(さき)ほどまでとはまったく違(ちが)うものだった。



「ママ、今(いま)から帰(かえ)るね。ママ聞(き)いて聞(き)いて。今日(きょう)は12人(にん)、ご案内(あんない)してあげたの。うん、今日(きょう)もどこも怪我(けが)してないよ。うん、そっちも大丈夫(だいじょうぶ)。またいつものおかたずけ屋(や)さんを呼(よ)んでおいたから。しっかりおしおきもしたし、最後(さいご)の子(こ)も反省(はんせい)してたみたいだから、みんな天国(てんごく)に行(い)けると思(おも)うわ。途中(とちゅう)、みんな一斉(いっせい)に逃(に)げ出(だ)しそうになっちゃって、さすがにもう諦(あきら)めるしかないと思(おも)ったの。だから少(すこ)しだけ、強(つよ)めの言葉(ことば)で刺激(しげき)してあげたわ。そうしたらね、ふふっ、面白(おもしろ)いくらいにみんな顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしちゃって――え? 今夜(こんや)はハンバーグなの? やったー! 私(わたし)、ママの手作(てづく)りハンバーグ大好(だいす)き! 大丈夫(だいじょうぶ)大丈夫(だいじょうぶ)、少(すこ)し焦(こ)げ目(め)があった方(ほう)がおいしいよ。今日(きょう)はいっぱい運動(うんどう)したから、たくさん食(た)べるね。ソースはなぁに? え~お楽(たの)しみ~? ママのいじわる~。いいもん、お夕飯(ゆうはん)のときにパパに言(い)いつけちゃうんだから。……あ、そうだ。今日(きょう)学校(がっこう)でとっても面白(おもしろ)いことがあったの! ミカちゃんとユキナちゃんがね、同(おな)じ男(おとこ)の子(こ)のことが好(す)きになっちゃって――」



 女子高生(じょしこうせい)の後(うし)ろ姿(すがた)が、真(ま)っ赤(か)な夕日(ゆうひ)に染(そ)まっていく。

 晩秋(ばんしゅう)の風(かぜ)の中(なか)、長(なが)い黒髪(くろかみ)をゆらゆらとなびかせて。

 赤茶(あかちゃ)チェックのスカートをひらひらとおどらせて。

 錆(さ)びきった大門(だいもん)の間(あいだ)を、足早(あしばや)に通(とお)り抜(ぬ)けていく。

 ローファーの早(はや)い足音(あしおと)が、次第(しだい)に遠(とお)のいていく。

 時折(ときおり)漏(も)れてくる話(はな)し声(ごえ)も、徐々(じょじょ)にぼやけていく。

 真(ま)っ赤(か)な夕日(ゆうひ)が燦々(さんさん)と照(て)らす、少女(しょうじょ)の後(うし)ろ姿(すがた)。

 男(おとこ)12人(にん)を屠(ほふ)り、断罪(だんざい)した、女子高生(じょしこうせい)の後(うし)ろ姿(すがた)。

 長(なが)い黒髪(くろかみ)を、スカートを、おどらせながら。

 通話(つうわ)中(ちゅう)の、幸(しあわ)せな笑(わら)い声(ごえ)を漏(も)らしながら。

 少女(しょうじょ)は、夕日(ゆうひ)の中(なか)へと消(き)えていった。



 街(まち)外(はず)れの廃(はい)倉庫(そうこ)に夜(よる)が迫(せま)る。

 喧騒(けんそう)も過(す)ぎ去(さ)り、花(はな)も去(さ)りゆき。

 男(おとこ)12人(にん)の死体(したい)が転(ころ)がるだけの戦場跡(せんじょうあと)。

 その中(なか)で――真(ま)っ白(しろ)な一輪花(いちりんか)だけが揺(ゆ)れていた。 

 一人(ひとり)の男(おとこ)の顔(かお)にかかった、白(しろ)レースのハンカチーフ。

 その白(しろ)い花(はな)だけが、冷(ひ)えた夜風(よかぜ)に揺(ゆ)れていた。

 物言(ものい)わない男(おとこ)たちを見下(みお)ろしながら。

 いつまでも。ふりふりと。



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