死刑執行人少女 ~女子高生ひとりに負け殺された12人の男たち~
日差しも傾いてきた裏通りに、女子高生が立ち入った。
人っ子一人いない晩秋のシャッター街の果て、廃倉庫の引戸式の大門は錆びきり、人一人分ほど開いたままの隙間から、黒髪がなびく紺ブレザーの少女が入っていく。廃倉庫内、ほこりを被った機械が並ぶ中を怖じ怖じと歩きながら、たったひとりの少女は静かに口を開いた。
「あのう……ここに、困っているおばあさんがいらっしゃるのですか?」
――少女は男たちに連れられていた。
前に一人、後ろに二人、金髪やら茶髪やらのチャラチャラとした3人の若い男たちは、少女の問いに『まぁまぁ』とやんわり返答しながら、奥へ奥へと足を進める。男3人と女子高生ひとり、4人は少女が何も言い返せないまま歩いているうちに、いよいよ目的地に到着した。
廃倉庫の最奥区に入るなり、少女はきょとんと驚いた。
「え……?」
少女を出迎えたのは――ダブルベッドだった。
廃倉庫の奥一角、わりかし整えられた空間の中央には、黄ばんだ白のダブルベッドが置かれていた。そして、あちこちに山積みの廃棄荷物の陰からは――ひとり、またひとりと、非行者然とした男たちが次々と現れる。わらわらと集まってくる男たち、少女は頻りに辺りを見回すが、《困っているおばあさん》などどこにもいないのは明白だった。
気がつけば少女は――12人の男たちに囲まれていた。
「そんな……。私をだましたのですか……?」
声を震わす少女の肩に、後ろから男が、にたりと手を伸ばす。
「きゃっ! さわらないで!」
か細い悲鳴、子犬のように身をひねって振り払う少女に、男たちの下劣な歓声が上がった。少女はもう一度ベッドを見ると、周りには一眼レフカメラに三脚付きのスマートフォン、レフ版などが並んでいることに気がついた。
少女は、ようやく理解した。
「私の……身体が目的だったのですね……」
せせら笑う男たちの中で、うつむき、ただ立ち尽くすばかりの少女の身体を、ぎとぎとした視線が舐め回す。
――女子高生の、ぷりぷりの女体を、視姦する。
あどけない顔立ち、サラサラと流れた黒の長つや髪。
名門校の校章が光る、小皺ひとつない紺色ブレザー。
角襟の白ブラウスはしっかり第一ボタンまで留めて。
真っ赤で大房なリボンが胸を飾り、その下では――
――ふっくらと、メロン大ふたつを制服が覆い隠す。
赤茶チェックのスカートは、膝上10㎝のややミニ丈。
その中から、生脚のふとももをむっちりと覗かせて。
ふくらはぎは、紺色のハイソックスが、ぴっちりと。
小さな足には、つや光る黒革のローファーを履いて。
同じく黒革のスクールバッグを、片肘に雅に掛けて。
――青春の憧憬。儚げに咲く一輪花のような女子高生。それを男たちは寄って集って包囲して、ねっとりと、隅々まで目で嬲る。四方八方からの下劣な視線に囲まれる中で、少女はただ立ち尽くすばかりだった。うつむき、胸元に添えられた手は握られ、小刻みに震えていた。
しかし、少女の震える肩へと、一人の男が手を伸ばした瞬間だった。
《一本背負投》。――少女が、男を投げたのだ。
見事な早技だった。少女はバッグを放すと同時に男の片腕をとり、男の懐に背から入り込むと、赤茶チェックのスカートのお尻をぷりっと突き出し、背負い浮かせた。男のもがく両足は高らかに天を通過していき、そのままコンクリートの床にビタンと背中から叩きつけられ、さらには男の胸に少女が倒れ込んで来て、男は少女と床にサンドイッチにされた。
思わぬ余興の開幕に、倉庫内は悪辣な歓声で沸き立つ。女子高生にくるりと背負い投げられた男は、今なお少女の上体に下敷きにされたまま、肺の空気をすべて失ったみじんこのようなむせ声を上げている。自分よりも身体の小さな少女にまんまと醜態を晒された愚か者に、周りの男たちは手を叩いて嘲笑の歓声を送った。
歓声の中に突如――鈍い音がひとつ、不気味に響く。
一転して廃倉庫内は静まり返った。聞き慣れない不審音に一同の視線は、上に被さった少女と下敷きの男へと集まる。少女は難なく立ち上がったが、男は仰向けに倒れたまま起き上がらない。むせ声も止まった。不穏な空気が漂う中、一同は男を凝視した。
――男の首が、真後ろにまで曲がっている。
曲がり得ない角度まで首が曲がった状態で、男は仰向けに倒れていた。――少女の仕業だ。一本背負投の形で二人ごと倒れ込んだ後、歓声が上がったと同時に、少女は流れるように男の頭を小脇に抱え込み、一瞬で体重をかけて圧し折ったのだ。
首を折られた男は、目を見開き、手足を痙攣させ、泡を吹き、尻の下にみずたまりを広げながら、だんだんと動かなくなっていき――ついに、こと切れた。それを少女は立ったまま、哀れむような表情で見下ろしていた。
周りの男たちは、一斉に身構えた。
一気に廃倉庫内が緊迫する。男たち12人、一人がやられて完全に戦闘態勢の11人が、仲間の仇を包囲する。張り詰めた空気、一帯の沈黙を破ったのは少女だった。猛烈な敵意に囲われる中、少女は顔をうつむけたまま、悲しい表情でつぶやいた。
「他の女の子たちのためにも、やむを得ません……」
少女は顔を上げると、かわいらしい顔を凛々しく引き締め、真摯な眼差しで男たちを見据える。そして、やわらかな声で、しかしどこまでも冷たい声色で、少女は男たちに言い放った。
「あなたたちを――断罪します」
女子高生ひとりと、男12人組との戦闘が始まった。
斜陽差す廃倉庫、鈍色の戦場を支配したのは――女子高生だった。
《女子高生のハイキック乱舞》。次々と襲いかかってくる男たちを、少女は自らの脚を高く上げて、振り回し、蹴り飛ばし、突き返す。ときには片足を完全に真上まで上げて、両脚が縦一本のⅠ字を描くほどの自在な足さばきを見せ、縦横無尽に戦場を舞い踊る。
男たちは少女を止められない。続け様に打ち込む男たちの拳は、少女にひらりと身をひねってかわされ、一発も当たらない。それどころか、お返しの蹴りで――鞭のようにスナップの利いたハイキックで、次々と男たちは鼻を潰される。
強烈なハイキックだ。赤茶チェックのスカートの中から振り上げられる、肉付きたっぷりのふともも、その重みを存分に乗せた蹴りは、大の男をもとんぼ返りに吹き飛ばす。スクールローファーがもろに側頭に入ったときには、鍛え上げた身体の男ですら千鳥足によろけさせる。そうして男の頭が下がったところを、少女は細腕でしなやかに受け止めて――
――ブレザーの小脇のギロチンで、処刑する。
《女子高生による死刑執行》。ハイキックに酔い潰された男を、少女は互いの身体が対面したまま、男の下がった後頭部を片脇の下に挟み込み、両腕をハイエルボーギロチンの形に組み上げる。挟み込んだ方の腕の手を空いた手でつかみ、手首で男の顎下を圧迫しながら、肘を高く揚げるようにしてギロチンを組むのだ。
少女のギロチンにはめられてしまったら、もう抜け出せない。少女の手首が顎下に食い込み、あわあわと悶えることしかできない男を、少女は躊躇なく上肘を引き上げて――首を圧し折る。少女の細腕であっても、てこを利かせればなんてことはない。男の太ましい首が、まるで小枝のように折れてしまった。
当然、他の男たちは間髪入れずに殴りかかった。しかし少女のあまりもの手際の良い執行に、間に合わなかった。逆に、次に首を狩られるだけだった。
少女の足元には、初めの一人の他に、早くも追加で二人が転がった。
男3人の死体を足元に、少女は毅然と言い放つ。
「さあ、次はどなたですか?」
男たちの攻撃は止まっていた。包囲する男たちは皆、ますます身構えるばかりで、動かなくなっていた。
膠着状態の中、男たちは仲間同士で視線を送り合うと、ようやく行動に移した。4人の男が歩み出て、少女の四方を塞ぎ込む。その様子に少女は、はぁ、とひとつため息をついた。
「一人では敵いませんか? いいですよ。まとめていらっしゃい」
――少女の勢いは止まらない。
4対1、数的不利などものともせず、少女は男たちを翻弄する。同時攻撃を仕掛けようとする男たちに対して、少女はそのうちの一人へと距離を詰めて、必ず1対1の状況を作るのだ。左右の脚を存分に振り回しては、腕をとって一本背負投と、男たちは次々と返り討ちにされる。そして一瞬でも男たちが攻撃を途切れさせたら――手近な者からギロチンに処される。4人が同時に襲いかかっても、少女に指ひとつ触れられなかった。
4人の男は、瞬く間に全滅させられてしまった。
4人のうち3人がギロチンに処され、最後の一人もハイキックをもろに顔面に喰らい、意識朦朧と膝から崩れ落ちる。しかし身体は倒れずに済んだ。
――少女が、男の前髪をつかんだからだ。
少女を包囲する男たちに向けて、小さな手に髪を握られた仲間の姿が、まじまじと見せつけられる。鼻は潰れて曲がり、血を流し、目は焦点が合っておらず、髪を握った少女の手の動きに合わせて、声にならないうめき声を上げるばかりである。少女に盾にされる仲間を前にして、残りの男たちは固まってしまった。少女はそんな男たちに向かって、胸を張り、淡々と問いかける。
「どうしたのですか? 女の子ひとりが、怖いのですか?」
男たちは、歯ぎしりをするばかりで動かない。そうこうしているうちも、少女は捕らえた男の髪をきゅっと握り閉め、引っぱり回して盾にし、全方位を警戒する。仲間の血だらけの顔が、自分たちの未来とばかりに見せつけられる中、男たちは互いに目で合図を送り合い、やっとのことで行動に出た。
男たちは一斉に――少女に背を向け、走り出した。
少女に捕らわれた仲間を見捨て、個々人が一目散に別々の裏口へと向かう。そんな男たちを見ながら、少女はまたひとつ、ため息をついた。そして、右手はくびれた腰に悠々と甲をあてて、左手は意識朦朧の男の髪を一段と高くにつかみ上げる。
猫背を向けて走る男たちに、少女は朗々と言い放った。
「逃げるのですか? 男の人が? たったひとりの女の子を相手に? ――そうですよね。そうやってこれまで生きてこられたのですものね。負けそうになったら逃げて、失敗しそうになったら逃げて。嫌なことからも逃げて、社会からも逃げて。逃げて逃げて、逃げ続けて来た人生ですものね。――あなたたち、男の子でしょう? おちんちんついているのでしょう? たまには根性を見せたらいかがですか? 今度は女の子からも逃げるのですか? 少し強そうだと思ったら逃げるのですか? どうやら大きいのは身体だけのようですね。――いいですよ。お逃げなさい。負け犬さん。負け犬なら負け犬らしく、きゃんとないてごらんなさいな。たったひとりの女の子を相手に、こんなに大きな身体の男性が何人も寄って集って、なのにかんたんに返り討ちにされて。その上しっぽを巻いて逃げるなんて……あなたたち、いったい何ならできるの? 女の子にすら負かされて逃げたあなたたちを、いったい誰が必要とするの? 今、私からは逃げ伸びたところで、このことを綺麗さっぱり忘れられるのですか? 思い出はあなたたちを、どこまでも追いかけ回すのですよ? それでもいいというのなら、どうぞお逃げなさい。誰にも言えないまま、何も吐き出せないまま、今日の出来事を一生悔やみながら、社会の隅っこで生き続けなさい」
逃走する男たちは、皆、足を止めていた。
少女の凛とした論説は、廃倉庫内だけにとどまらず、男たちの芯にまで響き渡った。
背を見せて逃げ出した5人の男たちが皆、少女の周りへと、溢れ出る闘志を引っ提げて戻っていく。少女に髪を掴まれていた男も、ようやく意識が戻りはじめる。少女の握り拳を、気迫で自ら髪を引き抜いて振りほどき、戦線に復帰した。
12人いた男たちは、既に半数の6人となった。6人の死体が転がる中に、ひとり立つ少女、さらにその周りを6人の男たちが、再び完全に包囲した。
――女子高生の、花らかな独壇場が始まる。
廃倉庫の灰色にふわりと咲いた、少女一輪花。紺ブレザーの女子高生が、手を上げて、脚を上げて、縦横無尽に躍動する。バレリーナのようにくるくると回っては、赤茶チェックのスカートのひだを目一杯に広げて。小さな両手でたおたおとバランスを取っては、黒の長御髪をサラサラとおどらせて。ひらひらと。ゆらゆらと。少女は流れるように舞い踊りながら――
――男たちを、蹴り嫐る。
むちむちのふとももから繰り出される、強烈な蹴りの数々が、男たちを蹂躙する。たっぷりと贅肉の乗ったふとももが、スクールローファーの蹴りに重みを与え、男たちをとんぼ返りに吹き飛ばす。
男たちの攻撃は、まったく少女に当たらない。先の6人以上に大振りで力任せな拳は、ひらりひらりと少女にかわされ、逆に蹴りのフルコースを振る舞われる。
――たちまち少女に、サンドバッグにされる。
少女が繰り出す多彩な蹴り、そのすべてが男の身体へクリーンヒットする。必死にガードを固めても意味がない。頭へ、脇腹へ、脚へ、顎へ――少女の蹴りは変幻自在だ。男たちを弄ぶように軌道を変えて、いとも簡単にガードをすり抜ける。脚を揺るがせ、五臓を揺さぶり、脳を揺るがし、なおも少女は生脚で嫐り続ける。まるでサンドバッグへ打ち付けるような、ズドン、ズドンと打撃音が立て続けに響く。鞭のようにしなる蹴りの、花らかな嵐、それを全身をもって堪能させられる。そしていよいよ締めくくりには――
――ぷりぷりの乳のとなりへ、ギロチン台へとはめ込まれる。
少女の前で背を丸くしたら最後、下がった頭部をブレザーの小脇に抱え込まれる。当然男は死に物狂いで暴れるが、ギロチン台にはめ込まれてしまってからではもう遅い。腕っぷしに自信のある男であっても、蹴りのフルコースを堪能させられた後では、赤子も同然である。五臓六腑を蹴り込まれ、首関節まで極められたら、もう動けない。少女の細腕なのに振りほどけない。さらには、頬に押し当てられたブレザー越しの胸が、メロン大の乳房までもが、むにっと変形し、頭部を隙間なくホールドしてくる。そして――
頬を乳に圧迫されたまま、刑は執行されるのだ。
あわあわともがくばかりの男の首が、少女の細腕と乳房によって、曲がらない方向に無理矢理曲げられる。すると男は、四肢の感覚が途絶えるのはもちろん、呼吸すらもできなくなって、だんだんと意識が遠のいていく。やがてコンクリートの冷たい床に糞尿をまき散らしながら、頬に残ったやわらかな温もりを恋しがりつつ――永い眠りにつかされる。
それでも男たちは、少女に立ち向かう。
蹴られても、投げられても、諦めない。鼻を潰されても、目の上に青コブを作られても、立ち上がる。腕の骨を折られても、目の前で仲間の首を圧し折られても、立ち向かい続ける。
当初の目的などどうでもいい。これまでに培ってきた男たちの芯を、男が男であるための最後の砦を、この少女は踏みにじったのだ。そして今なお、飄々と踏みにじり続けているのだ。そんな女を、雌を、このままにしてはおけない。男たちは、男の敵に、共通の敵に立ち向かう。しかし――
また一人、また一人と、男たちは少女に殺されていく。
――ぷりぷりと、女肉に、嫐り殺されていく。
鈍色の廃倉庫で繰り広げられる、女肉おどる殺戮劇。バチン、バチンと強打音を響かせながら、少女は男たちを足蹴りにし、サンドバッグにする。黒光るスクールローファーを頭の上にまで上げて、赤茶チェックのスカートの裾をめくれ上がらせて、二本の脚をぶるんぶるんと大振りに振り回す。真っ白な肌のふともも、丸みを帯びた輪郭、滋養たっぷりに肉付いた少女の生脚。それで鞭のようにスナップの利いた蹴りを繰り出すものだから、一打の度に――ぷりんぷりんと、ふとももの肉が波を打つ。
女肉はふとももだけではない。首元の赤リボンの下では、紺ブレザーをはち切らんとばかりに――メロン大の乳房、ふたつの肉玉が暴れ回る。厚手のブレザーであっても隠し切れない、乳房のわんぱく。ふたつはそれぞれが独立に暴れ回って、ブレザーの閉められた前ボタン二つが吹き飛びかねない。たぷん、たぷんと重量感のある躍動に、少女のか細い胴は引っ張られて、逆に振り回されていた。
なのに少女は、体勢を崩さない。暴れ回る乳の動きを巧みに流しながら、いっそう流されながら、鞭のようにしなる蹴りで男たちを蹴り嫐る。ぷりぷりと、ぷりぷりと。乳がふとももが躍動を止めない。女肉が唯一大人しくなるのは――ギロチン執行のときだけだった。
6人目、7人目、8人目が、少女の細腕に捕まり、首を折られる。9人目が、10人目が、ブレザーの小脇のギロチン台に、消えていく。そして11人目も、少女に散々にサンドバッグにされて、少女の乳と脇に頭を挟まれ、言葉にならない喚き声を上げながら――少女の細腕に捻り上げられた。
――残る男は一人のみだ。
勝敗はすでに決していた。たった一人だけ生き残った男は、11人の仲間の最期を目の当たりにした結果、脚が震えて止まらず、立てなくなってしまったのだ。
そんな男のもとに――スクールローファーがゆっくりと、コツン、コツンと鳴り迫る。男は尻もちをついたまま後退るも、たちまち背中を壁に打った。L字の角隅。絶体絶命だ。
男は、少女に懇願した。
L字の角隅に子犬のように縮こまりながら、迫り来る女子高生に許しを請うた。『すまなかった』『もう二度としない』『許してくれ』……。思いつく言葉を手当たり次第に並べて、懇願した。
すると少女は、諭すかのように男に訊ねた。
「あなたたちは、女の子にそう言われたとき、聞き入れてきたのですか?」
男は、何も言えなかった。
女子高生の足元に、男が――ひれ伏す。
十も二十も年の離れた少女の前で、砂ぼこりの床に額をつけて懇願する。『お願いだ』『助けてくれ』……。声も身体も震わせて、涙を流し、心の底から震え上がりながら、土下座して少女に許しを請う。すると天から声がかかった。
少女の声は、穏やかだった。
「もういいですよ。顔を上げてください」
思いがけない優しい声色と返答に、男は恐る恐る顔を上げた。
――少女は、I字バランスの姿勢をとっていた。
片足を完全に頭の上まで上げて、180度開脚、きれいな一本の垂直線を両脚で描きながら、少女は男の一歩すぐ前に立っていた。あまりにも唐突過ぎるI字バランス、これがいったい何を意味するのか、男には皆目見当がつかない。しかし、そんなことはどうでもよい。男の視線は既に、釘付けだった。
――真っ白、ぷりぷりなふとももに。
上下に開脚した少女の脚は、当然スカートをめくれ上がらせ、ふとももが全貌をさらけ出していた。色白の肉がたっぷりと実った、筋肉質を一切感じない、やわらかなふともも。贅肉たっぷりな少女のふとももに、男の視線は止まらない。丸みを帯びたもも肉の輪郭、内股に盛り上がった筋のライン、前から見えるぷりんとしたお尻……。
そして、上下に伸びたふとももの付け根、赤茶チェックのスカートの陰の中にある、純白の三角――そこへ視線が向いた瞬間だった。
横側を向けるスクールローファーが、くるりと90度回り、背の踵をこちらへと黒光らせた。まるで――峰から刃へ、刀を反すかのように。
12人目の男に、少女の審判が下る。
裁きの鉄槌、黒革のスクールローファーが振り下ろされ――男の脳天へと、踵が直撃した。男は全身の筋肉が硬直し、少女の前に跪いたまま、ビクン、ビクンと痙攣すること数秒、やがて前のめりに倒れていく。コンクリートの床が顔面に迫り来る中、男の視界は真っ暗になった。
倒れた男は違和感を覚えた。顔にぶつかった感触が、コンクリートの床などではなく、むにっと柔らかく、ほんのりと温かかったのだ。においも酸味や甘味や苦味、色々と混ざった不思議な香りに包まれる。そして男は気が付いた。
――少女の脇に、ギロチン台にはめられていることに。
男にできることは、もう何もない。身体どころか、口すらもまともに動かせず、ただ喚くことしかできなかった。言葉にならない言葉で喚いているうちに、男の顎下に、少女の手首が圧し込まれる。紺ブレザー越しの少女の乳房が、男の頭をホールドする。――もう、その時が来たのだ。身体が動かない。何もできない。後はもう、あるがままを享受しているしかなかった。
少女が腕組むギロチンの中で、男はあるがままを――少女の匂いを享受する。紺ブレザーに染みたクリーニング剤、少女の肌からにじみ出た汗、黒の長つや髪から漂うシャンプーの花やぎ……。それらが混ざり合った、年頃の女子高生の匂いに包まれる中で――
最後に、少女のやさしい声を聞いた。
「――おやすみなさい」
女子高生ひとりと、男12人との戦闘が決着した。
男たち12人は、女子高生ひとりを相手に、全滅した。
男12人全員が、少女のギロチンによって、断罪された。
廃倉庫を真っ赤な夕日が染め上げる。
12人の物言わない男たちが転がる中で、少女は身だしなみを整え始めた。
まずは黒革のスクールバッグを開けると――白レースのハンカチを取り出した。それを自らの顔回りにぽんぽんとあてがって、薄っすらと滲んだ汗をふき取っていく。続けて布面を裏返すと、返り血などまったくついていない自らの手を、指の一本一本までもきれいにぬぐった。そうして使い終えたハンカチは、12人目の死体の顔の上へと、ひらひらと落として捨てられた。
次にバッグからコンパクトミラーを取り出し、前髪をなぞり、横髪を耳にかけ、胸元の赤いリボンを直す。あちこちに小首を傾げながら仕上げを確認すると、爽やかに微笑み、コンパクトをぱたんと閉じた。
最後にスマートフォンを入れ替えに取り出して、通話する。淑やかな声色で「12人、いつものお願いします」とだけ言って通話を終えると、ひとつ軽く伸びをして、やって来た方向へと歩き始めた。
――女子高生が、死の戦場を立ち去る。
死屍累々の廃倉庫、たったひとりだけの生存者である少女が、悠々と日常へと帰っていく。黒革のスクールバッグを片肘にかけて、物言わない男たちの中を、スマートフォンをいじりながら歩き抜けていく。錆びきった大門から差し込む夕日が、帰路につく女子高生を燦々と照らしていた。
少女は出口へと歩きながら、今度は長電話を始めた。
その声色は――先ほどまでとはまったく違うものだった。
「ママ、今から帰るね。ママ聞いて聞いて。今日は12人、ご案内してあげたの。うん、今日もどこも怪我してないよ。うん、そっちも大丈夫。またいつものおかたずけ屋さんを呼んでおいたから。しっかりおしおきもしたし、最後の子も反省してたみたいだから、みんな天国に行けると思うわ。途中、みんな一斉に逃げ出しそうになっちゃって、さすがにもう諦めるしかないと思ったの。だから少しだけ、強めの言葉で刺激してあげたわ。そうしたらね、ふふっ、面白いくらいにみんな顔を真っ赤にしちゃって――え? 今夜はハンバーグなの? やったー! 私、ママの手作りハンバーグ大好き! 大丈夫大丈夫、少し焦げ目があった方がおいしいよ。今日はいっぱい運動したから、たくさん食べるね。ソースはなぁに? え~お楽しみ~? ママのいじわる~。いいもん、お夕飯のときにパパに言いつけちゃうんだから。……あ、そうだ。今日学校でとっても面白いことがあったの! ミカちゃんとユキナちゃんがね、同じ男の子のことが好きになっちゃって――」
女子高生の後ろ姿が、真っ赤な夕日に染まっていく。
晩秋の風の中、長い黒髪をゆらゆらとなびかせて。
赤茶チェックのスカートをひらひらとおどらせて。
錆びきった大門の間を、足早に通り抜けていく。
ローファーの早い足音が、次第に遠のいていく。
時折漏れてくる話し声も、徐々にぼやけていく。
真っ赤な夕日が燦々と照らす、少女の後ろ姿。
男12人を屠り、断罪した、女子高生の後ろ姿。
長い黒髪を、スカートを、おどらせながら。
通話中の、幸せな笑い声を漏らしながら。
少女は、夕日の中へと消えていった。
街外れの廃倉庫に夜が迫る。
喧騒も過ぎ去り、花も去りゆき。
男12人の死体が転がるだけの戦場跡。
その中で――真っ白な一輪花だけが揺れていた。
一人の男の顔にかかった、白レースのハンカチーフ。
その白い花だけが、冷えた夜風に揺れていた。
物言わない男たちを見下ろしながら。
いつまでも。ふりふりと。