7 ミルクとおっぱいの真実
自室に帰ったシャルロッテは積み重なったトランクから、着替えだけを引っ張り出した。
「直ぐにガルガドル伯爵家の領地に帰るから、荷解きしません」
実現できそうにない望みが、口から出た。
アンナニーナの部屋で一巻から読み進めた黎明の乙女の童話は、驚愕の連続だった。
「確かに『忘却の魔法を用いて、自らの姿を消す』から、黎明の乙女の姿が歪むのは仕方がありません。でも王族との恋は、間違っています」
王族と結婚した黎明の乙女はいなかった。
「第二代のロッテリーナは『豊国の乙女』で、山に怯む王族を嗾けて、鉱山開発をしました。豊国は報告と言葉をかけて、意味を合わせています」
鉱夫が怪我をしないように、ロッテリーナは鉱山経営の現場主義を徹底した。人員の点呼をし、その日の体調を管理した。
「好きな言葉は『報告、連絡、相談』でした。童話では旗印になっています。宝石をちらつかせて、鉱山に王族を誘い出しました。今も豊かな鉱山です」
鉱山の入口に『報・連・相』と染め抜いた旗が靡く。どのページにも、旗が描かれる徹底ぶりだ。
鉱山は、イングラハム伯爵家の領地だった。
「オリヴィアは報・連・相を続けていて、素晴らしいですね。ロッテリーナは、逞しい樵を夫としました。王族と宝石の原石を一緒に持って見つめ合うラストシーンは、間違っていますわ」
長い息を吐いて天蓋を開け、ベットに横になる。乙女の嗜みは、横の置いておく。
「看護技術を編み出した『リボンの乙女』は第六代のルフロッテ。黎明の乙女の名前は、誰も伝わっていません。『ドレスのリボンを、怪我した王族に巻いて手当てした』って、違います。王族のジェストコールのリボンを引き裂いて、出血した侍従を助けました。その侍従と結婚しました」
服を引き千切ったと王族は喚いたが、ルフロッテは怪我の手当てが最優先だと一喝した。
「王族と恋に落ちる要素は、一切ないのです。第八代だって同じです」
オリヴィアが薦めた本を開いた。
第八代の黎明の乙女は、『ミルクの乙女』と名前がついているクグトロッテだ。
ガルガドル伯爵家の次女として生まれ、百六十八年前に黎明の乙女として王族の前に現れた。
「子供好きだったんですよね。クグトロッテは、十六歳にして母性の塊。乳幼児への愛に溢れ、出産した母への慈しみを忘れなかった」
当時のガルガドル伯爵家は、大所帯だった。二人の叔父が、邸で共に暮らし領地の運営をしていた。叔父たちには、総勢十人の子供がいた。クグトロッテは下に七人の弟姉がいた。十七人の子供の世話をするうちに、興味は乳児に向かった。
「力説すべきは、乳母の地位の向上を訴えたことです。子供の世話をするスキルを、唯の経験値にしませんでした」
乳母が唯、授乳をする存在ではなく、子供を育てる重要な役目を持つと乳児の体重を調べ始めた。
「乳母に牛乳を配って、その時に体重を測ったり、乳児の身体の成長発達を調べました。何より、乳児の体重を線で描いたのは素晴らしいって、数好きのダリル兄様が言ってました」
ダリルはシャルロッテが話す乳児の体重の線の話をとても喜んで聞いた。クグトロッテの編み出した線を、さらに計算し尽して、乳幼児期の体重の曲線を確立した。
「素晴らしい功績を残したミルクの乙女です。どんな童話になっているのでしょうか? 楽しみです」
開いた扉絵を、シャルロッテは直ぐに閉じた。恐る恐るもう一度開く。
「豊満な女性です。クグトロッテは、それほど特出した体型ではなかったですよ。凄い大きな胸です。まあ――」
胸の形を指でなぞってしまった。
どのページを開いても、クグトロッテは豊満な胸を零さんばかりに揺らしていた。胸の間に乳児を抱きしめていた。
「何故、王族も胸に顔を寄せているのでしょうか?」
クグトロッテは、童話の中で王族と共に手を携えて、乳児のいる家々を廻る。
「ミルクを与える乳母が、あれ、いつの間にかクグトロッテが乳母の代わりをしています。歪み切った童話になってしまいましたね。黎明の乙女に対する要求がすごいですわ」
容姿端麗で、豊満な胸を持ち、乳幼児に慈悲を与える。全てが間違いとは言い切れない。が、シャルロッテの心情的には大いに正しくない。
黎明の乙女として王族の前に現れた二年後に、クグトロッテは大規模酪農家の近くに家を建てた。豊富なミルクが魅力だったらしい。
「マクレガー農場は多くの畜産物の開発で、三十八年後に男爵家を叙爵されたカレンの家です。カレンが黎明の乙女だと言い張るのは、あながち噓ではありません。有意を持って、クグトロッテの子孫です」
体型も引き継いでいるとは思えない。シャルロッテが見ていたクグトロッテの肖像は、すっきりとしたスレンダーで、陽に焼けた働き者の女性だった。
メモが挟まっていた。オリヴィアが八冊目に紙を挟んでいた。読み上げて、握り潰しそうにりながら声に出た。
「みんな大好き、おっぱい乙女」
黎明の乙女の苦難は、始まったばかりだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
明日も、投稿予定です。




