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4 びしょ濡れの入学式

やっと、舞台は学園です。

「帰りたいです」

 赤銅色の髪をおさげにして、分厚い黒い縁の眼鏡をかけたシャルロッテは制服を何度も撫でていた。

 藤色でプリンセスラインのワンピースは、シンプルなスクエアネックだ。飾りは裾のレースのみ。スレンダーで身体の線に沿っている。羽織ったボレロが、女子学生に禁欲的で貞淑な美しさをもたらした。

「父様は、私を置いて、直ぐに近衛騎士団へ行ってしまいました。私の荷物と一緒に馬車で出発した兄様と義姉様も、もう着いた頃でしょうか? その馬車に乗って、帰ってしまいたいです」

 ラズンマ学園では、十六歳から十八歳までの三年間を貴族子女が学ぶ。基本は男女で別の授業だが、一年は教養課程があり男女で同じ授業になる場合もある。二年からは専攻科が始まる。

 その専攻科に進まない女子学生が多い。一年次でラズンマ学園を修了し、領地に帰ったり結婚をしたりする。デビュタントをし、華やかに社交界デビューをする女性もいる。一年次の修了は、デビュタントの条件にもなっている。

 今ではラズンマ学園の教育課程が認められ、アンブロシウス大陸の各国から留学生も多いと、入学式で伝えられた。

 雨が小降りになったピロティには、雨を避けた新入生の声がする。屋根のある校舎を目指して、楽しげな声がした。

「なあ、今年は雨が降ったから、黎明の乙女がいるのかな?」

 雨と黎明の乙女に、どんな関係があるのだろうか? シャルロッテは雨音に掠れる声を、懸命に拾った。

「童話の信じているとは、可愛いね。黎明の乙女って、色々いるんだろう? 例えば、騎士団の先陣を張って、隣国をぶちのめした怪力の乙女だ」

「騎士団を叩き直したの乙女は、山を崩した赤毛ですね?」

 事実を少しだけ掠って、ほとんどが間違っている。

 愚痴が零れそうになったシャルロッテは身を竦めて、男子学生から離れた。目立たぬように、息を潜めて歩く。小雨がシャルロッテの肩を湿らした。

「赤毛だけじゃあないです。鉄紺色の髪の童話もありましたわ。御存じかしら?」

 花の刺繍がボレロに二つ付いた女子学生が、男子学生の話に加わった。学年は、女子学生は肩にある刺繍の数で示される。

 男子学生の学年の見分けは、シャルロットには、まだ分からなかった。姿を見るのも怖ろしかった。制服は、トラウザーズに長靴を合わせて、上衣は飾りのほとんどない騎士服のようなサーコートだ。

「男子学生が、本当に多いです。うわあ、消えてしまいたい。父様と兄様以外に男性と話をする機会は、ほとんどなかった。辛いです。男臭いですわ」

 シャルロッテは、ガルガドル伯爵領から出た経験がなかった。伯爵家の広大な庭で遊び、邸内の不知火神殿へ参拝した。学ぶ場所は乙女ギャラリーで、刺繍も歌舞も全て私邸で事足りた。

 剣術はハンスから指導され、ダンスはマチルダからの指南があった。数学を筆頭に学問の基礎は、ダリルが分かり易く教えてくれた。使用人と家族だけの満ち足りた生活だった。

 今まで同年代の男性との出会いは、なかった。ラズンマ学園に来て、初めて目にする同年代の男子学生の姿にシャルロッテは怖気づいていた。

 進む先に、常に男子学生の姿がある。顔を上げると、親し気に微笑まれる。濡れた髪に手巾を差し出された。傘を傾けた男子学生から逃れ、シャルロッテは蹲りそうになった。おまけに男子学生は、黎明の乙女の話をしている。消えてなくなりたい。

 ラズンマ学園全体が、雨に浮かれ、黎明の乙女を望んでいた。

 望まれても、シャルロッテが興味を示すものは何もない。目標も立たない。歴代の黎明の乙女と同じことを勝手に求められても、昏惑が増すばかりだ。

「黎明の乙女って、唯の伝説じゃん。本当の姿なんて、誰も知らないんだぜ」

 シャルロッテは、おさげにした髪を見た。正しく伝わっていないが、黎明の乙女には共通点があった。赤銅色の髪に牡丹色の唇と鉄紺色の瞳だ。

「我が家の本は、麦色の髪に牡丹色の目だったわ」

 微妙に色も顕出する位置も違う。長い年月の中で、黎明の乙女は姿形を変えて伝説となったらしい。

「教えてやろう。乙女の寵を得るために起こった内紛をきっかけに、騎士団が整備された三百五十四前の『騎士の乙女』は、鉱山も増やしたんだ。知っているかい?」

 確かに『騎士の乙女』は三百五十四年前で正解だ。ただし、鉱山の開発は三百二十年前の『豊国の乙女』の話だ。ごちゃごちゃになっている。

「黎明の乙女は、誰もが美女だったらしいですよ。逢いたかったですね。さあ、教室へ向かってください」

 手を叩いて生徒を迎えたのは、担任になるイザックだ。教師であるにもかかわらず、間違っている。美術教師で美術史専攻だから、美醜に注目するのだろうか。

 黎明の乙女は歪みながら伝わり、タツフジ王国では子供向けの童話になっているらしい。

「どんな童話を読んだのかしら? 私は、黎明の乙女の童話を読んでいません。何が、書いてあるのでしょうか?」

「王族と黎明の乙女は、一心同体。忠誠は美人に捧げられたんだ」

 違う。シャルロッテには、光明が見えた。

「美人ではありません。そう、バレていなんです。隠された真実は、全てガルガドル領の乙女ギャラリーにのみに残されています。静かにして、一年間を無事に過ごすのです」

 シャルロッテは、黒縁の眼鏡を顔に押し付けた。

 乙女ギャラリーには、黎明の乙女の記録と様々な魔道具が遺されていた。眼鏡とおさげを結ぶ組紐は、乙女ギャラリーから与えられ、持って来た魔道具だ。

「輝きのみ抹消する魔道具の威力は、父様とマチルダ姉様が嘆くほどでした。効果は抜群です」

 色を変える魔道具はなかった。黎明の乙女の髪や瞳が正しく伝わっていないなら、輝きだけ押さえれば目立たない。

「体型も問題ないありません。素晴らしき、ツルペタンで寸胴の幼児体型。胸と尻に装着しても苦しくない魔道具ですわ。ダリア兄様の確認済みです」

 胸と尻には、手巾の魔道具を装着していた。膨らみが押さえられている。

「あちらは騒々しいですこと。第二王子殿下がいらっしゃいましたわ」

 女子学生が黄色い囀りを交わす。

 聞き咎めて、シャルロッテは顔を上げた。考える前に声が出ていた。

「教えてください。私はガルガドル伯爵の娘で、シャルロッテと申します。あの第二王子殿下は二十歳でいらっしゃるのに、学生なのですか?」

 シャルロットは、思わず話しかけた。避けるべき王族の動きは、気になる。

 穏やかな木賊(とくさ)色の瞳が振り向いた。山吹色の明るい髪は真っ直ぐで、少し太めの身体をゆったりと動かす女子学生だ。

「留学のために長く休学して、復学なさったって話よ。私はイングラハム伯爵家のオリヴィア。シャルロッテは放っておけない感じに、幼いわね」

 何故か、シャルロッテの髪をオリヴィアが撫でだした。

「ガルガドル領は王都から近くて、羨ましい。うちは田舎なの。兄様が多くて煩いのよ。領地に残るか、入学するか、兄様達が揉めてました」

 イングラハム領は北にある。馬車で三日はかかるとオリビアが、丸い身体を揺らした。嘆いても、薄紅色の唇から笑みを零して楽しそうに話す。

「私はガルガドル領から、お近でしてよ。ハイドランド公爵家のアンナニーナです」

 アンナニーナは、珍しい兎獣人だった。微かな薄紅色は混じる獣耳は垂れて、揺れている。

「社交界とラズンマ学園は違うから、爵位に関わらず仲良くしていただきたいわ。レスラリー王国から、ジルベルト第二王子殿下は、急遽お戻りになりましたの。父上からの話です。王族の話は、誰でも興味がありますのね。お伝えしますわよ」

 刈安色の細いアンナニーナの髪は、緩やかに弧を描いて肩にかかる。常磐色の瞳で優雅な仕草で嫋やかだ。同じ制服が、典雅なドレスと見紛う。

 艶やかに手を伸ばして、アンナニーナがシャルロッテの肩を抱き寄せた。

 髪を撫でられ、肩を抱かれる様子に、男子学生が頬を赤らめて通り過ぎていく。

「可愛いですわ」

 アンナニーナの呟きに、オリヴィアが激しく頷いている。

 周囲の様子に戸惑いながらも、シャルロッテの口からは気になった言葉が口から滑り出た。

「レスラリー王国は、アンブロシウス大陸の東の端にある国ですよね」

 シャルロッテのツルペタンとなっている胸が、何故か弾んだ。

「シャルロッテは勉強家なのね。入学を躊躇するほど、勉強は苦手だもん。私は知らないわ」

 オリヴィアが肩を竦めた。

 レスラリー王国はタツフジ王国とは、国境を接していない国だ。馬車の移動では一か月以上かかると聞いた。不知火大神殿があり、近年、注目を集める魔道具を生み出している。

 胸の弾みは、王族への警戒だろうか? 魔道具ツルペタンで押さえたのに自棄に、うきうきと高鳴る。王族のジルベルトに近づく訳にはいかない。黎明の乙女の危機に直面してしまう。

 シャルロットはおさげを掴んで、決意を新たにした。常に、王族の動きを掴んでいく。先んじて、王族を避ける。

「また、アンナニーナ様のお話をお聞かせください」

「敬称はおよしになって。シャルロッテってお呼びしても良いでしょう? ねえ、オリビアも一緒に、お話しましょうね。ジル兄様は――」

 腕組みをした女子学生が、校舎の扉の前を塞いでいた。

 銀鼠色の真っ直ぐで滑らかな髪が雨で輝く。制服と同じ藤色の瞳が睥睨している。漲った胸が、シャルロッテの前に突き出された。

「カレン・マクレガーよ。冴えない眼鏡で、やぼったいわね。髪も艶がないし、みすぼらしい。そちらは太めね。肌艶はまあ、見られる程度だわ。爵位は関係ないって言っても、見目の良い友人を選んだほうが賢いわよ。さあ、アンナは私と一緒にいらっしゃいな。ジル様の話を聞かせてよ」

 マクレガー家は、王都から離れた北に領地を持つ男爵家だ。

「すでに愛称で呼んでいます。王族も公爵も、学園内では関係ないのでしょうか?」

 呟くシャルロッテに、オリビアが口を曲げて見せた。

「さすが男爵令嬢は、どこでも勢いがある。アンナニーナの丸い尻尾も震えて、労しい。私は眼鏡が好きよ、シャルロッテ。仲良くしてね」

 縋る常磐色の瞳のアンナニーナが、引き摺られていった。




お読みいただきまして、ありがとうございます。

明日と明後日の投稿をお休みします。通院など体調を整えて、木曜日には投稿再開する予定です。どうか、また読みに来てください。よろしくお願いいたします。

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