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13 失体するジルベルト

せめて、週に一度は投稿を続けたい。

「もう、打つ手がない」

 礼拝堂の控えの間で、ジルベルトはひとりごちた。

 しつこく追い縋って来る警護も下げた。留学から帰って来て、まだ新たな侍従も決めていない。見える範囲には、誰もいない。髪を掻き毟った。

 ジルベルトは自棄になって、一年生の全員の前に立つことを選んだ。

「魔道具には黎明の乙女だって食いつくだろう。黙っていられないはずだ。俺は、ヴィー王太子殿下のあんな姿を、見たくない」

 何度振り払っても、ヴィクトールの残像が残っていた。

「ピロティで、木に向かって懸命に話しかけていた。おまけに抱き締めようと手を伸ばしてもいたんだぞ。誰もいない場所で、気がふれたかと思った。それもこれもすべての原因は、黎明の乙女がいないってことだ」

 ヴィクトールが黎明の乙女を求めて止まない思いは、ジルベルトと一緒だと思っていた。タツフジ王国の繁栄を齎す黎明の乙女は、王族が捉えて当然だ。

 小さな違和感が、ジルベルトの心の内に影を差した。

「ちょっと違うんだよな。ヴィー王太子殿はピロティでの話題を避けたし。教えてくれなかった。手元で何か書き込んでいた。見えなかったけどね」

 慌てて隠した先で、ヴィクトールの顔は伏せられて見えなかった。焦った様子のヴィクトールも珍しい。そもそも感情を表出しない教育を、王族は幼い頃から徹底されている。喜怒哀楽を顔にも仕草にも出すなと、ジルベルトは侍従から指摘されてきた。常に手本と挙げられるヴィクトールは、冷徹な王太子を立派に勤めていた。

「まあ、誰にも知られたくない秘密はある。サウルエウ王国の動きもあるしねえ」

 サウルエウ王国は、百キロメートルの国境を接している国だ。国境線としては僅かだが、タツフジ王国の主要な農耕地帯に続く開けた土地だ。サウルエウ王国には、軍事に関するきな臭い噂もある。

 執務室で向き合った時に、ヴィクトールは黎明の乙女の話を殊更に避けていた。周辺国の動きだけを話していた。

「優先順位から行けば、正しい話題だよ。国境線でも、物が動き過ぎている。西部国境にヴィー王太子殿下は春先に行って来たんだしね。ダリルとマチルダが同行したんだよな」

 ジルベルトが留学から帰国する直前に、西部国境の視察があった。

「マチルダの報告が楽しかったって、ダリルと一緒にヴィー王太子殿下は笑っていた。煮炊きの煙と洗濯ロープの増加を、騎士団の会議で真面目に報告した。へへっ、マチルダは変わんなあな」

 ジルベルトはマチルダはラズンマ学園の同級生だった。

「女の視点は侮れないって、事実だよ」

 サウルエウ王国が国境の配備を強化した事実はないが、人員の増加は脅威に繋がる。有力な情報だ。

「ヴィー王太子殿下は、一年前に行ったが何も気づかなかった。どんなに目を凝らしても、歩兵の数も同じだった。武器も増えた様子はない。男には気付き難い視点だ。マチルダを指名する訳だな。ダリルの分析なら、見逃しはないだろうし。俺は学生の身分で過ごす。サウルエウ王国に隙は見せない」

 同級生のダリルを、ヴィクトールは重用していた。執務室でダリルの状況分析を求めるのは、朝の通常業務になっている。

 軽く肩を廻して、ジルベルトは控えの間から出た。

 礼拝堂に駆け込む女子学生がいた。アンナニーナが見えた。ジルベルトは嫣然と顔を上げて前に立った。周囲に如何見えているのか、計算し尽した顔だ。称賛の眼差しが寄せられる。

「必ず、焙り出してやる」

 黎明の乙女を得ることは、王族の悲願だ。

 ジルベルトは甘い笑顔を振り撒く。親し気で、高貴な態度をひけらかす。耳目を集めて、注がれる思いを丹念に精査していった。

 ジルベルトの目論見通りに『鏡カメラ』を知っている一年生は少なく、楽しい時間が過ぎた。『鏡カメラ』で何を映すかは、ジルベルトの選択だった。

 相撲が映し出された時に、礼拝堂の様子は一変した。

 男子学生は激しい身体の鬩ぎ合いに、大歓声を上げた。

 多くの女子学生は、顔を伏せていた。

「獣人の繰り広げる相撲は、人間のレディには刺激が強いかな?」

 レスラリー王国でも、人間のレディへの対応は懸念されていた。が、瞬く間に受け入れられ、相撲を楽しみ応援するレディをジルベルトは見てきた。

 顔を上げている女子学生は、三人だ。

「アンナニーナは流石に知っていたね。横で顔を上げているのは、仲良しのオリヴィアだけど、あれ? 眠っている。器用だね」

 首が横に船を漕いで、オリヴィアの目は閉じていた。

「もう一人は、まだ話したことがない」

 真っ直ぐに前を向いて、三つ編みに黒眼鏡の女子学生が身を乗り出していた。ぱっとしない地味な姿だ。

「ガルガドル伯爵家のシャルロッテだったかな?」

 優秀な女子学生で、良く質問攻めにあっていた。ジルベルトが話しかけようとすると、遠くからでも踵を返してしまう。

「何が気に入ったのかな? シャルロッテ」

 ジルベルトは、身体から湧き出す微かな衝動を感じていた。



―――☆彡☆彡☆彡―――



 青踏の集いが終わって、質問を繰り返す男子学生も引き上げた。デートに誘って欲しそうな女子学生もやっと諦めた。

 静まった礼拝堂の扉が開いた。

「待っていたよ。側に来てくれたね」

 眼鏡で隠されて、瞳の色はくすんでいる。

「おさげを揺らして可愛らしい様子だと、いつも見ていたよ。さあ、側にお出でよ」

 髪も乾いた赤毛だ。全身が貧相で、ジルベルトの好みではない。黎明の乙女の示す姿とも懸け離れている。ちんけな女の子だ。

「王太子殿下の思し召しだ。全ての十六歳の女子学生は調査対象だしね」

 零れる愚痴を押し込めた。

 渾身の笑みを向ける。

 首を傾げて、礼拝堂の薔薇窓から降り注ぐ陽が髪を象牙色に光らせる角度を狙った。瞳の瑠璃色も煌めいているだろう。女子学生がうっとりと呆ける姿を思い浮かべた。

「御前を、失礼いたします。ガルガドル伯爵家のシャルロッテでございます。お教えくださいませ」

 ジルベルトの顔に呆けることもなく、シャルロッテは話し出した。

「何の指南が欲しいんだい」

 デートに誘って欲しいのか? 真面目な女子学生だから魔道具を見たいのだろうか? 教えるのなら恋でいい。

「相撲をもっと、見せてください」

 近づいた唇が牡丹色だと、ジルベルトは気付いた。

「へえ、相撲を知りたいんだ。ガルガドル伯爵令嬢は、変わった趣味をお持ちだね。今度、生徒会室においで。王族が在学中は、生徒会に関わるんだ。待っている」

 頷いたシャルロッテは、おさげを揺らして立ち去った。

 扉近くで待っていたのアンナニーナに軽く手を挙げる。シャルロッテとアンナニーナを促して、外に出て行く女子学生が、大きな欠伸をしていた。

「嗜みが足りないのはオリヴィアだな。さっきも寝ていた。アンナニーナはあからさまに好意を示すし、シャルロッテは見栄えがイマイチだ」

 黎明の乙女がいない。ジルベルトは首を振った。



お読みいただきまして、ありがとうございます。


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