第6話 未知の領域
目が覚めると、見知らぬベッドの中にいた。身体中に倦怠感があるが、脚の痛みはすっかり無くなっていた。違和感に思い私は掛布団を捲り、自身の脚を確認する。
「治ってる...?」
骨まで貫いた傷跡はすっかり無くなっていた。まさかとは思ったが、問題無く動かすことが出来た。もしかして、完治する長い間ずっと眠り続けていたのか──?
「...お父様とお母様は──?」
「二人とも無事だよ。メイが目覚めるのずっと待ってる」
ドアが開き、そこから藤島さんが入ってきた。
「あの、すみません、ここは...?」
「俺ん家。メイの家、だいぶ壊れてたから説明して使ってもらうことにしたんだ」
「そうなんですね...」
「しっかし驚いたよ。キャロテル家が襲われてるって聞いて駆けつけてみたら、部隊全滅の黒曜賊と意識無くしてぶっ倒れたメイがいるんだもん」
「全滅...えっ全滅?」
「覚えてないの?複数人部隊の黒曜賊、メイが全部やっつけたんだぜ?」
私が...?一体どういうこと?そんな記憶私には──
───勝利の女神の名に置いて、貴方の勝利を約束しましょう───
ふと、ネックレスに視線を落としてみると、いつもよりも光が弱まっていた。まさかこのネックレスが何かしてくれたのだろうか──?
「あ、そうそうそのネックレスな。その魔法陣について、何となくだけどどういうものなのか見えてきたよ」
「え...本当ですか?私あれから細かく調べているのに全く分からないのですが──」
「まぁその話は今は置いといて...動けそうか?」
「あ、はい、特に問題は無さそうです」
「そっか。粗末な飯だけど出来てるから、食べにおいで。メイの両親も待ってる」
そういうと、手を振りながら部屋を出ていく。私の内に突如現れた力に、私は興味と共に恐怖も覚えていた。知識に無い、自分だけで扱いきれない能力を、本当に私が持っていて良いのか?今は少しでも多く、この力について調べないといけない。──けど...。
「お腹も空きました...」
お腹が空いては何も捗らない。一先ずご飯を貰いに行こう。
「おぉ!!目覚めたかメイ!!」
「はい!!お父さんもお母さんも平気そうで何よりです!!」
「貴方が助けてくれたのですよ。貴方が無事で本当によかった...」
「私が...」
「しかし驚いたぞ。いつの間にそこまで強くなったとはな」
記憶は無いが、やはり私があの状況を打開したらしい。時が進む度、力への興味と恐怖が増すばかりだ。一体私は何をしたと言うのだろうか...?
「さて、メイも飯を──っと、そういや普通に接してきたから気にしてなかったけど貴族の人らだった──んです...っけ?」
「いや、気にしないでいい。君も恩人に変わりない」
「事後に慌てて連れてきただけなんですけども...」
「あそこに放置されて残りの賊が来てしまえば、私達だけでは対応できませんでした。万が一に備えて私達を避難させて頂いたこと、とても感謝しています」
「そこまでは考えてなかったんだけど...それよりこんなボロ屋ですみません、うち貧乏なもんで今は母が仕事に出ていて挨拶もできず...」
「私達は助けられた身、贅沢は言えません。寧ろ今こうして安息の場所を頂けて感謝しかありません」
「まぁ、不自由あったら言ってくれて構わないんで...」
お父さんとお母さんへの対応に少し困っているようだ。私も特に気にしてはいなかったが、貴族には礼儀正しい行動を慎むこの世界の慣わしは、あまり私は好きではない。
「じゃあ俺は席外しますんで...後は御家族でごゆっくり〜」
そう言って藤島さんは部屋を出ていった。
「彼の家庭も大変なようだな。こんな状況でなければ支援したいところであったが...」
「全て焼き払われてしまいましたからね。今は大人しく甘えることにしましょう」
「しかし、彼もまた不思議な男だ。ここに来る道中も不思議な力を用いて我々の移動を楽にしてくれた」
「魔法...ではないですよね?よく分かりませんが、魔法を扱うには詠唱が必要だと本で読んだことがあります」
「それに、そもそも魔法を扱う人間というのも聞いたことが──」
「いえ、魔法は実在します」
そう言って、火の消えていた蝋燭に魔法で火を灯した。
「なっ...!?」
「詠唱も実は必要ありません。魔法を使った戦闘の際にわざわざ詠唱していては隙だらけですし」
「いやそうじゃなくて...何故魔法を扱える!?魔法は本当に実在したというのか!?」
「遠い国、大陸では魔法を扱えることは当たり前、戦闘においても、魔法を駆使した戦闘が主流なのです。黒曜賊は、そのような大陸からやってきた者達なのです」
「なんと...」
「藤島さんは魔法の存在を私に教えてくださったのです。それからは、お互い情報を出し合いながら少しずつ魔法について調べていき、少しは扱えるようになったのですが...」
今はまだ、知らないことが多すぎる。
「しかしそうなれば、我々も、そして街の人達にも、魔法の知識を着けていかないと、またいつこのような事が起こるかは分かりません」
「そう...だな...。しかし、メイが読んでいたであろう魔法の本は既に焼けてしまっているだろう...」
既に隅々まで読み終えているとはいえ、あの本を失ったのは確かに惜しい。知識は忘れるもの、復習が出来なくなると困る。
「藤島さんは少なくとも一冊は持っているはずです。お借り...しますか?」
「そうか...しかし、このような高待遇を受け、更に借り物までするのは──」
「そのような心配はいりませんよ〜」
藤島さんが部屋に戻ってくる。その手には、二冊の本があった。
「その本...」
「娘さんの持っていた本よりは詳しくないうえに汚いですけど、魔法についての本二冊、良ければお譲りします」
「し、しかし、さすがにそこまでしてもらうのは──」
「いいんすよ、同じ本二冊持っていても意味無いんで、遠慮なく持っていっちゃってくださいな」
そういうと、彼は手渡した本と全く同じ物を二冊取り出した。
「街の人々に魔法の知識を覚えさせることには賛成です。黒曜賊のような魔法戦闘が主流の賊がまたいつ現れるか分かりません。しかし俺とメイの二人では魔法を広めることは不可能に近い。利用しているように聞こえてしまっては申し訳ないですが、貴族の人間であり、実際に魔法戦闘の被害に会い、魔法を使い撃退した今のキャロテル家が協力してもらえれば、魔法についての知識が広まるのは速いはずです。彼等に好き勝手やらせない為には御二方の協力が必至です」
「...はっはっ、本当にメイの同い歳なのか君は...?」
「まぁ普段は万事屋やってますんで、協力が必要でしたらいつでも呼んでくださいよ。さすがに貴族様相手に金をせがむのは気が引けるんで無償で大丈夫ですんで...」
「いや、是非とも恩返しはしたい。協力を要求することはあるかもしれないが、そうなった場合は是非お礼をさせていただきたい」
「そんな...って言ってもその方がこちらは有難いんですけどね...」
そういうと藤島さんは苦笑いを浮かべる。藤島さんが協力してくれるのなら心強いが、出会ってから私は彼にお世話になりっぱなしだ...。
「そうだ、メイ。後で時間取れそう?こっちの本はまだ読んでないっしょ?」
そういうと彼は、二冊持っていた片方の表紙を見せた。