第5話 戦神開放奥義
底無しの沼から命からがら這い上がってきたかのように飛び起きた。最悪の目覚めだった。思い出すだけでも全身が苦しくなる。そして、今までの出来事が全て夢であることを願いながら辺りを見回す。崩壊していない、私の部屋だ。
「嫌な夢...」
見慣れた光景に安堵する。と同時に、今まで悪夢を見てこなかった私は、夢での光景が忘れられず、再び恐怖した。
「──ということがあったんです」
私は昨夜起こった出来事、その夜に見た夢の全てを藤島さんに話した。魔法のことについては一番詳しいのは彼だろう、そう判断し、剣術の稽古の前に相談しに来た。
「なるほどね...確かにそのネックレスに刻まれているのは魔法陣だ。ん〜だけど、この魔法陣──いや、見覚えはない、初めて見る陣式だなぁ」
「藤島さんでも分からないですか…ますます気になりますね」
「その見つけたって本には書いてなかったん?」
「はい...その後読み切ってみたのですが、それらしい記述は特には...」
「う〜ん、魔法陣が刻まれたそのネックレスが魔力を帯びてるってことは、無意味な魔法陣ではないと思うけどなぁ...手頃な黒曜賊ひっ捕らえて説明させるか?」
「なんて恐ろしいことを...」
「一括りに黒曜賊と恐れられていても、弱い奴は普通に倒せる。情報聞き出すにはその情報に一番触れている奴から吐かせるしかないっしょ」
「一理ありますけど…」
「メイも気になるっしょ?依頼料くれたら今日中にでも捕まえて──」
「い、いえいえ結構です!!他人にそんな危ないことさせるなんてできません!!」
「ざ〜んねん、こっちもお金が必要な身なんだけどなぁ」
「そ、そうは言いましても...」
結局、その日は特に分かったこともないまま話は終わってしまった。そのまま剣術の稽古に向かったが、頭の中は昨日のことでいっぱいになっていた。
稽古を終え、帰路に着いた私は、魔法についての本を読み込みたい一心で頭がいっぱいになっていた。いつもより歩くスピードが速かったのか、周りの人達は驚いた顔でこちらを見ていた。──らしい。いつも周りからの視線を気にしている訳ではないからよく分からない。ただ、家に近づくにつれ、段々と人が多くなってきた為、自分でも周りから見られている感じはした。
「──でも、この辺に人が多く居るのは珍しいですね。昼間でもそこまで人は居ない筈なのですが...」
「あぁ、キャロテルさんの嬢さんかい、今はあっちに行かない方が身のためだと思うぜ」
「?何があったんですか?」
「あ〜いや、何かあった訳じゃあないんだが...どうやら嬢ちゃんのこと探してるらしいんだが──」
「そうなんですか?じゃあすぐに会いに行かないと──」
「待て待て!!探してんのは普通のヤツらじゃねぇ!!黒曜賊だよ!!」
「え──」
「嬢ちゃんがキャロテル家のモンだってバレたのか、黒曜賊の厳ついヤツらがアンタにちょっかい掛けられたって嬢ちゃん家に押し入って──」
聞き終わるや否や、私は走り出した。
「ちょ、お嬢ちゃん!?!?」
家族が危険な目に合っているのは自分の責任だ。自分のことで家族が傷付くのだけは許せない。
「お借りします!!」
「えっちょっ!?」
丁度人集りの中にいた剣士の方から剣を拝借し、一直線に私の家に走る。相手は黒曜賊──私じゃきっと敵わないかもしれない。それでも───
「お父様、お母様...無事でいて!!」
家の前まで着くと、そこには剣を携えた長身の男がいた。見ただけで分かった。彼も黒曜賊の仲間だ。
「やっとご帰宅か。メイ=キャロテル」
その後ろに、身体を縛られた両親の姿が見えた。
「お父様!!お母様!!!!」
「ふむ...情報によれば当事者は二人と聞いていたが...残念ながら他人だったか。もう少し情報を集めるべきだったか」
もしかして、藤島さんのことも探しているのだろうか?
「に、逃げなさい...メイだけでも...逃げなさい...!!」
「私達のことは構いません!!貴方だけでも逃げるのです!!」
「そ、そんなこと──」
「できるはずがない、だろ?幼く、身なりこそ小さいがお前、立派な騎士志望なんだろう?」
そういうと長身の男は剣を鞘から抜き、近付いてきた。
「お父様とお母様を今すぐ解放しなさい!!」
「勿論、我々はお前以外に用は無い。すぐに解放してやる」
「ならすぐに──」
「が、俺らの目的はお前の処分。我々に楯突いた報い、死を持って償ってもらう」
相手が剣を構えると共に、私も鞘から剣を抜き、戦闘の体勢を取る。
「お止めなさい!!今すぐに、今すぐに逃げて!!」
「私は...私はこの街の人達を守る為に騎士を志しているのです!!」
「良い心掛けじゃねぇか。──しょうがねぇ、ハンデをやろう」
「ハンデ...?」
「俺はこれから魔法を使わねぇ。これで対等に戦えるだろう」
相手は魔法を使わない...?それならまだ勝算はある。
「来いよ、騎士志望」
私は一直線に男の懐に潜り込み、横払い──しようとしたが、あっさりと受け流され、少しよろけてしまった。しかし諦めず、次の一手を放ったが、それも綺麗に躱され、繰り出された反撃が頬を掠めた。
「どうした。その程度か?」
「くっ...」
今度は少しづつ剣術を変えて斬り掛かる。今まで教わってきた幾つもの剣術を全て使い、全て躱されてはいるが、翻弄させようとした。
「ほう...剣術や剣筋は見事なものだ。子供にしちゃあ上出来だな。だが──」
今まで躱されてばかりだった剣に急に重い衝撃が加わり、完全にバランスを崩してしまった。そしてよろけた身体に蹴りを入れられ、呆気なく吹き飛ばされてしまい、私は壁に叩きつけられ、そのまま地面に落ちた。
「所詮子供は子供。動きは遅い、力も弱い。まだまだ騎士には程遠いな。まぁ、騎士なんざ俺らの敵になんざなりゃしないがな」
男はこちらに近付いてきて、剣を振り上げてそれを──
ドシュッ
「あああぁぁぁぁぁああああああ!!」
力強く振り落とされたその剣は、私の右脚を貫いた。剣を引き抜かれた傷口から鈍い痛みと共に溢れ出す流血で、私の周りを紅く染めていく。
「い...痛──くっ...」
立ち上がろうとしたが、筋や骨まで切断されたのか上手く脚を動かせない。
「地獄でも忘れるな。黒曜賊に反逆することの恐ろしさを」
そういうと、今度は私の首元目掛けて剣を突き刺そうと、男は剣を振り上げた。動けない私は逃げる手段が無い。壁に叩きつけられた衝撃で剣も手放してしまった。
「い、嫌...助け──」
ダメだ!!私が諦めてどうする!!何かできることがあるはずだ!!何か、何かこの状況を打破する方法が──
───今こそ力に目覚める時です───
ガキッ!!
「──なっ!?」
自分でも何が起こったか分からなかった。気付いた時には、動かない筈の脚で動き、剣を手に取り、男の攻撃を弾き飛ばしていた。
「き、貴様、一体...!?」
───勝利の女神の名に置いて───
「目覚めよ!!『戦神開放奥義』!!」
───貴方の勝利を約束しましょう───
「『不敗之舞』!!!!」