第4話 宿すは戦神の加護
結局、その日は私は自身の魔力の流れを上手く感じ取れずに終わってしまった。が、彼が言うには、「今日一日で習得できるとは思ってなかったし、暇ならまたおいでよ」との事だった。しかし、私は強くなる為に少しの時間も惜しいと思っていた。黒曜賊に為す術なくやられそうになった自分が悔しかった。家に帰ると、早速魔法に着いて記された本が無いか、書斎を探し回った。魔法についての本、それらしいものは幾つか見つかったが、あまり役に立ちそうになかった。
「見つからないなぁ、お父様も遠い街や国へ足を運ぶようなお方ですし、もしかしたらと思いましたが…」
ふと、視線を上に上げると、本棚の上に一冊の分厚い本と、小さな箱が置かれているのが見えた。もしかしてあれなのだろうか?
「でも、あそこは私じゃ届きませんね...」
「おや、探し物か?」
丁度、そこにお父様が通りかかった。
「お父様、あちらの本を読んでみたいのですが、お取りしていただいてもよろしいですか?」
「ん?あの本棚の上の本か?ちょっと待っててくれ」
そう言うと、お父様は梯子を持ってきて、その本と箱を取ってくれた。本の表紙には...魔法陣が描かれている。この本には何か書いてあるかも!?
「これで良いか?──ふむ、魔法か、そんな本がここにあったんだな」
「ありがとうございます!!」
「この箱の中身はネックレス...アルスの物だろうか?」
アルスとは、私の母、アルス=キャロテルのことだ。お母様も、その美貌と優しさで、この街に知らない人はいない。私も大好きだ。
「アルスに聞いてみるとしよう。私もその本が気になるが、先に読んでいてくれ」
「ありがとうございます!!」
魔法の扱い方について書かれている本であるなら、家にいる間も魔法について練習をすることができる!!早速読んでみると──
「...あのネックレス...」
不思議と視線はネックレスに釘付けになっていた。というのも、箱の中に入っていたネックレスは、強い存在感を放っていた。その存在感は、気配と言うより、もはや光のように輝いて見えたのだ。そっとネックレスの入った箱を手に取り、開きかけの蓋を開け、ネックレス全体を見る。光を放っていること以外は特に変わったところの無いネックレスに見えた。小さな鎖の輪の先に、サファイアのように青く光る宝石が付いていた。
「...あれ?よく見たら宝石に何かが描かれて──」
よく見ようとネックレスに手を触れた瞬間、私を覆う世界が真っ白になった。──いや、光で覆われたと言うべきだろうか。そしてその光の中に、僅かながら影が見える。人に近い影が───
───誠実な騎士を目指す少女よ───
影の見える方向から声が聞こえた。誰かがいるのだろうか。呼びかけようとしたが、何故か声を発することができない。
───魔法という存在を認知し、その力を会得せんと励む少女よ───
何もできない空間で、ただ声だけが聞こえてくる。強まる光と激しい頭痛が私を襲い、今にも気を失いそうだ。
───近い将来、貴方の身に絶望が降りかかります。貴方はそれを避けることができず、今の私の力ではこの絶望は止めることができません───
絶望...?何のことを言っているんだろう?避けることのできない絶望...?
───貴方はその絶望を乗り越え、民達を、この街を護らなければなりません。永遠に巣食うであろうその絶望を、貴方は払拭しなければなりません───
段々と意識が遠のいていく。唐突な負の言葉の羅列が私を混乱へと招く。
───今こそ、勝利の女神の名に置いて、絶望を祓う力を手に入れなさい───
そこまで聞こえると、私は気を失ってしまった。
次に目が覚めると、私は自分のベッドの中だった。まだ少し痛いままの頭を抱えながら時計を確認する。どうやら3時間程気を失っていたらしい。
「目覚めましたか?」
「...お父様、それにお母様も...」
「心配したぞ、アルスを連れてきてみればネックレスを握ったまま倒れておったのだ」
「...そうだ、あのネックレスは──」
「貴方の首にかけてあります。すぐに外すべきだと考えたのだけれど、どういう訳か、貴方の身体から離れないもので」
そう言われて、自分の首元を確認すると、先程のネックレスがかけられていた。すっかり弱まったが、光は放ち続けている。お父様とお母様にはこの光は見えないのだろうか。
「持ち主から離れない道具...まさかこれは呪いの道具──」
「いえ、もしそうだとしたら、禍々しい力というものを感じるはず。私達はそれを感じられません」
「だとすると何故...?」
「この本をご覧ください。『神聖なる魔道具、志強き者の意思に宿りて邪を祓う』。そのネックレスには魔法陣に似た紋章が描かれていました。騎士を志す強い意志が、このネックレスを引き寄せたのかも知れませんね」
「強い...志...」
勝利の女神は、私が騎士になりたいという夢を応援してくれる...ってことでいいのかな?その後、魔道具について、魔法の扱い方について等を取ってもらった本で読んでみたが、疲れていた為、実戦してみるのは明日にしようと、その日はぐっすり眠った。
───この世の全てを破壊し尽くせ───
気が付くと、私は砂漠の中にいた。辺り一面見渡すが、何もない。少しだけ、壊れたレンガの塀が立っているだけだ。まだ疲れっぱなしの身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。砂漠と言えど、何処かには居住地があるはずだ。私は、無限とも言える何もない砂漠を歩き始めた。何処までも、何処までも、何処までも──喉が乾いても──お腹が空いても──疲れで膝が痙攣し始めても──それでもゆっくりと歩き続けた。何処までも、何処までも、何処までも──
どれくらい歩いただろうか。朦朧とした意識の中、うっすらと家のような形の影が見えた。もしかして、民家が近くにあるのかも──そう思うと、私は歩を速めた。もう身体は壊れる寸前かもしれないが、それでも懸命に歩き続けた。ふと、家の影の前に、人影があることに気付いた。家の主がいるのだろうか。もう限界にまで達していた自身の体力を振り絞り、人影に近付いていく。人影がはっきりしてきたところで、私は大声でその影を呼んだ。
「すみません!!ここにお住まいのお方ですか!?疲れてしまって...ひと休みさせてもらっても──」
人影は、私の方へゆっくりと振り向き──
「全ては新世界の為に──」
そう言うと、彼はこちらに手を伸ばし──気付いたら私の身体は炎で燃え上がっていた。
「──え?」
よく、分からなかった。何が起きたのか理解できないまま、私の身体から火が──
「ああああああああぁぁぁ!?」
疲労で麻痺していたのか、皮膚が爛れるのを視覚で感じ取ってからようやく激痛に気付いた。全身でその激痛を感じ取り、疲労した身体にこれでもかという程の追い討ちがかかる。
「熱いっ...い、痛...い...たす...け──」
「全ては新世界の神の為に──」
燃え盛る炎は、私の意識までも溶かし尽くす。最後にうっすらと見えたのは、家の影の正体───崩壊した私の家だった。