第3話 藤島 俊
「さて、残った君はどうするの?」
そう言うとゆっくりと謎の少年は敵の男の子に目を向ける。男の子は少し呆れた顔を浮かべ、そのまま何処かに消えてしまった。
「あ、ちょっと──」
「逃がしていいんじゃね?多分だけどあいつは戦闘手段を持ってない。ヨーヨー一つ貸すからこいつら縛るの手伝って」
「え、あ、はい!!」
そう言うと手渡されたヨーヨーを一つ手に取り──
「って重っ!?」
「特注品だから、うっかり足元に落とさないようにね」
玩具のヨーヨーと違い、とてつもなく重い。まるで凝縮した鉄塊を片手サイズに収めたような重さだった。その重量に驚きながらも、倒した男二人を縛り、襲われていた女性が大人を呼んでくるのを待った。
「しかし、無謀だねぇ君」
「す、すみません。父にも逃げるように言われたのですが...」
「そうじゃないよ、魔法の一つも覚えずに騎士を目指すなんて言ってさ。そんなんじゃ弱い盗賊一つも退けることできないよ」
「魔法...ですか?それは童話や物語の話だけなのでは...」
「いいや現実さ。実際、ここから遠い大陸では魔法を扱うのが当たり前の世界なんだ。あいつら──黒曜賊って言ったか?あいつらもその遠い大陸からやってきた奴らでさ、ここらの大陸じゃ、魔法戦闘が主流じゃないことをいいことに好き勝手暴れ回ってるわけよ」
「でも...信じられませんよ!!そんな御伽噺みたいなこと!!」
「自分の武器燃やされたってのによく言うよ...そうだなぁ...」
そう言うと、彼は指を鳴らし、次の瞬間──
バシャァアッ
「冷たっ!?」
「これで少しは信じてもらえた?」
鳴らした指の先から冷たい水が私の顔に目掛けて放出された。
「外の世界の魔法は万能なんだ。今みたいなチンケな水鉄砲なんかじゃない、火炎放射だの、竜巻だの、人的な災害も人の手で行えてしまう。騎士志望ってんならそうだなぁ...例えば獲物を切りやすくなったり、斬撃波を飛ばす魔法だって存在するんだ」
「そ、そんな世界がこの世にあるって言うんですか!?」
「あぁ、というか、その気になればアンタにだって扱えることができるさ」
「わ、私にも...ですか?」
彼はニヤリと笑顔を浮かべると、紙切れを一つ、私に投げ渡した。
「興味があるなら、暇がある時にここに来なよ。俺も知らないこと多いけど、俺程度なら教えられるからさ」
丁度、女性が近くの兵士を呼んできてくれたタイミングで、彼はその場を立ち去ろうとした。
「あ、あの!!お名前をお伺いしてもよろしいですか!?」
「...藤島 俊だよ。来てくれることを期待してる」
そう言うと、彼はその場から完全に消え去った。
「藤島...」
聞いたことがない姓に、私は首を傾げる。この街にそのような姓の人はいなかったような──
その夜、黒曜賊に接触してしまったことをお父様からこっぴどく叱られたが、幸い無傷であった為、外出禁止を言い下されることは無かった。今回、黒曜賊と接触したことの詳しい詳細を話し、ついでに藤島という姓についても聞いてみた。が、どうやらお父様も藤島の姓は聞いたことは無いと言っており、確認してもらったところ、この街に住む人ではないと分かった。その翌日、剣術の稽古も無かった為、私は紙に記された場所に行ってみることにした。そこは、街の隅、小さな路地裏を進んだ先にある、塀に囲まれた空間だった。
「よくこのような場所をご存知ですね」
「普段はここで仕事してんのよ、万事屋って言うんだっけな、家貧乏だから少しでも稼がないとね」
「凄いですね!!見た感じ私と同い歳に見えますが...」
「そういや何歳なの?」
「5歳になります!!」
「なんだタメじゃん。敬語使わなくてもいいのに」
「一応貴族の身なので言動は慎まねばと──」
「えっ貴族なの?通りで身なり綺麗だとは思ったけど、貴族なのに騎士志望なんて変わってるね」
「よく言われます」
...と言った感じで、最初はお互いのことについて話し合った。藤島俊、隣の街に住んでいる少年で、彼が生まれる前に商人であった父が他界、現在は母と妹の三人で暮らしているらしい。妹は生まれてまだ半年も経っていないらしく、日中はこうして彼が街に出て金稼ぎ、日没になると彼の母が酒場の店員として働き、交互に妹の世話をしているらしい。
「大変...なのですね」
「お互い様だよ。立派な騎士になるんだろ?それだったら今のままじゃ駄目だもんなぁ」
「...って、私と無駄話していていいんですか?仕事があるのでは...」
「今日はここに来るまでで依頼三つ解決したよ、いつもより稼ぎ出てる」
「そ、そうなんですね...」
「──さて、本題に入ろうか。前にも話した通り、遠い大陸では魔法を使った戦闘が主流となっているんだ。多分、その大陸の人らが今からここを襲いに掛かったら秒でここらは砂漠になるだろうね」
「そんな恐ろしいものなのですね...」
「まぁ今は戦争も無いような平和な世界なわけだけど、いつ何が起こってもおかしくはない、昨日の件みたいにね」
確かに、黒曜賊は最近この辺りで活発に活動しているそうだし、いつまたこの街に現れるか分からない状態だ。前みたいに戦う手段を無くされてしまっては、いつまで経ってもこの街を護りきれるようにはならない。私は少しでも強くならないといけない。
「ならばどうするか、俺らも魔法を使えるようにならないといけない」
そう言うと、彼は一冊の本を取り出し──
「今、何処からその本を...?」
「これも魔法の一部さ。『収納魔法』、その大陸じゃあ旅人なら皆覚えている魔法。荷物が少なくなる分、急な敵襲やモンスターに襲われても対応しやすくなる、ってね」
そういって手渡された本のページを少し捲ってみる。『火球』、『氷球』、『疾風』、『放水』、...など、そこには様々な魔法の名前が書かれており、魔法陣や、その書き方などもそこに記されていた。
「まぁ実際は魔法陣は特に関係無いんだけど、これらの魔法は基本誰でも扱えるんだ」
「誰でも...ですか?私も何回か試したことはありましたが、一度も──」
「自分の中の魔力は感じられる?」
「じ、自分の中の魔力...?」
「魔法を扱える輩と接触してるんだ、他の人とはまた違う気が流れてただろ?それと同じ気を自分の中から探し出すんだ」
「同じ気を──」
自身の身体に集中してみる。藤島さんやあの大男から感じ取れた気、あれと同じものを自分の中から──
「あった!!」
「それが魔力、魔法を扱う上で重要な力。その気の流れを覚えるんだ。まずは自分自身の魔力を感じることが大事」
「う、う〜ん...」
魔力──の、流れを──しっかりと───
「──っはぁっ!!はぁっ...はぁっ...」
身体に疲れが生じ、私はその場に膝を着いて倒れてしまった。
「まぁ初めは慣れないもんさ。少しずつ身体に覚えさせよう。大丈夫、最初は誰だって上手く出来ずにバテるもんだって書いてあるしね」
どうやら先は長そうだ...