8 テレビは消しておくものね……
「ただいま」
「遅かったじゃないか、俺の電話もすぐに切って……」
「子供じゃあるまいし。春音さんと話してたら長くなっただけよ」
玄関で靴を脱いでいると、慌てた様子で夏目が駆け寄ってくる。
私はそんな彼に呆れたように言葉を返す。
すると彼は私を睨みながら、一体何時だと思っているのかとか、心配したのだとか文句を言い始めた。
心配しすぎよ、と言うがそれでも彼は納得しないように眉を曲げる。
「一条と仲がいいんだな」
「友達だからね」
と、私は夏目に言い夕食の支度をするから退くように冷たくあしらった。
彼は渋々、リビングに戻りソファーでテレビを付け時間を潰すことにしたようだ。
そんな夏目の様子を見ながら、早く作ってしまおうと私はエプロンをし調理に取りかかった。
「夏目―出来たわよ」
「今日はオムライスなんだな」
私がテーブルに料理を置くと、夏目は嬉しそうに席に着く。
私は、彼の前にケチャップを置いた。
しかし、夏目はケチャップを付けずじっと私を見ている。
「何よ……じっとみて、食べないの?」
「かけてくれるんじゃないのか?」
「何を?」
「ケチャップ」
「はあ!?」
私は思わず声を荒げてしまう。
夏目は、煩いと耳を塞いでいるが、冗談じゃない。
誰が、メイドカフェのメイドみたいにオムライスにハート……とまではいっていないが、人のオムライスにケチャップをかけないといけないのだろうか。お好みで勝手にかければいい。
そう、言おうとしたが夏目は真剣にこちらを見ていて。
「冷めるわよ」
「冷めても、お前が俺のにケチャップかけてくれるまで食べないぞ?」
「何よ、子供みたいに」
「じゃあ、俺がお前のに描いてやろうか?」
そういって、夏目はケチャップを手に取ると私のオムライスに何やら文字を書き出した。
誰も頼んでいないのに、とだんだん分かってきた文字を眺めて私は絶句した。
「ちょっ……と、何でこんなもの書くのよ!」
「別にいいだろ。ほら、俺は書いてやったんだお前も書け」
「誰も頼んでないのよ!こんなもの!」
私は思いっきり机をバンッと叩いた。付け合わせのサラダにのっていたトマトがころころと机の上を転がった。
私のオムライスの上には真っ赤なケチャップで、愛してる。と書かれていたのだ。
こんなことされたら、食べる気にならない。恥ずかしくて堪らなかった。
ラブラブ新婚夫婦でもここまでやらないだろう……
そして、そんなことをした本人はニヤニヤしながら私を見ていた。これは、私にやれと命令しているに違いない。
「分かったわよ………」
私は仕方なく、ケチャップを手に取り夏目のオムライスにかける。
それを、満足そうに見つめる夏目。
もう、どうとでもなれ。と半分やけになりながら、私はケチャップを思いっきり夏目のオムライスにかけてやった。
「ハハッ……」
「何よ、文句あるの!?」
「いいや、随分と大きなハートだと思ってな」
「悪かったわね」
「俺への愛が強すぎるんだな」
自惚れないでよ。と、私は夏目に叫んでスプーンでオムライスをすくい、口に運ぶ。
口の中に広がるケチャップの味。
正直言って、味がしなかった。恥ずかしさで一杯だったから。
どうして、あんなことをするんだ。
また、夏目のペースに乗せられた。最近ずっとこうだ。絶対に楽しんでいる……
私も何故、あんなはみ出るぐらい大きなハートを書いたのか自分で自分が理解できなかった。ただ、頭に浮かんだのはハートだけで、ハート一択で。
ああ、もう夏目といると自分がままならない。
ちょっぴり憎悪を込めて、夏目を睨むと彼のレッドベリルの瞳と目が合い私の耳は一瞬にして真っ赤になった。
黙っていれば、そうそれなりのイケメンである。俺様キャラとかそう言うんじゃなくて。
「俺の顔に何かついているのか?」
「ついてないけど」
「俺に見惚れていたのか?」
「ま、まさか!」
私が否定すると、彼はふっと笑って食事を再開した。相変わらず、美味しそうな顔で食べている。
それは、それで嬉しいけど……
私は気を紛らわすためにテレビのリモコンを手に取った。
「俺との会話より、テレビか?」
「あーあー見たい番組があったの忘れてたー」
私は見え見えな嘘を、感情のこもっていない言葉を口から吐き出しテレビを付けた。
ちょうど、バラエティ番組が始まったところだった。
その、バラエティ番組のスペシャルゲストにあのオレンジ色の髪の青年が映し出される。
「あっ」
「何だ、いきなり声を出して」
夏目は私の声に反応して、私の視線の先を追い顔をしかめた。
テレビに映し出されたのは、相葉春夏秋冬。この番組の後のドラマに出ているらしく、その宣伝もかねての出演だそうだ。
「夏目、知ってるの?」
「ああ、今人気の若手俳優だろ?知ってるに決まってるだろ」
「へ、へえ……」
そう言って夏目は気にくわないとでも言うようにテレビに映る相葉を睨んでいた。テレビ越しでも嫉妬の火の粉とばすところも相変わらずだった。
というか、もしかして私だけ知らないのではないかとふと疑問が浮上した。疑問というよりかは、もうこれは私だけが知らない、世界にたった一人取り残されているのではないかとすら思った。
春音さんも知っていて、夏目も知っていて……きっと勿論のこと橘さんも知っている筈……
俳優などに疎いため、今日春音さんに聞いて知ったのだけど、どうやら私は相当世間知らずらしい。
私は自分の無関心さに呆れつつ、画面の中の彼を見る。
テレビの向こう側では、最近何かいいことありましたか?と出演者全員に質問が投げかけられているところだった。他の出演者はテレビの出演回数が増えたことやペットを飼い始めたことなど日常の幸せを語っていたのだが、相葉の番が回ってくると彼は自分が一番幸せだと言わんばかりに立ち上がりこう主張を始めた。
『最近、出会っちゃったんですよね。運命の人に!』
「……は?」
思わず、私は声を上げてしまった。
だって、それは、きっと私のことを言っているのだろうから。
何を、此の男は言うんだと馬鹿馬鹿しくなり、夏目に視線を向けると夏目は私の方を見ていた。
「な、何よ」
「いや、いつになく真剣にお前がテレビを見てるもんだから気になって……あの男が好きなのか?」
夏目の瞳は真っ直ぐで、冗談などではなく本気でそう思っているようだった。
この人は、私の事になると途端に鈍感になるのか。
私がそんなわけないでしょと否定して、私はテレビを切った。
「食べ終わったの洗っていい?お風呂もためておいたから、先にはいってちょうだい」
「ああ、そうだな。明日は早いからな」
と、夏目は立ち上がり脱水所へと向かう。
「夜更かしは、明日のデートに響くからな」
「……そ、うね……」
夏目はそれだけ言うと満足しリビングを出て行った。
そう、明日は待ちに待った水族館デートなのだ。
私は、食器を洗いながら明日着ていく服を決めていないことに気づき、どれを着ていこうかと考える。
どれをきていくにしても、彼から貰ったネックレスはしていこうと心に決めたのであった。
「気を引き締めていかなきゃ!」
しかし、この時の私は思ってもいなかった……また彼と再会することになると――――――――