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セイズーンは、プレメベーラの暗殺の機会を狙うと同時にイヴェールとお近づきになれればと淡い期待を胸に抱きながら日々を過ごしていた。
依頼を長引かせれば長引かせるほど、危険であるのは分かっているのだがイヴェールの姿を見たい彼女と話したいという欲に負け、プレメベーラの暗殺のことなど頭の片隅に仕舞い、偽の使用人として働いた。来る日も来る日も。
そんな折、イヴェールが珍しく一人で歩いているのを見つけ、セイズはチャンスだとばかりに声をかける。
セイズがイヴェールに話しかけると、彼はとても驚いた様子でセイズの方を振り返った。
「ああ、前に会った使用人さん」
「おぅ、久しぶり……久しぶりです。イヴェール様」
セイズーンは、いつもの口調で話しかけてしまったことに慌てて気づき、すぐに言い直す。イヴェールは可笑しいな、と小首を傾げたがそれ以上何も追求してこなかった。
彼は、貧民街で暮らしていた孤児であった。
生きる為に人を殺し、盗みを働き……そうして生きる為に身につけた知識を使い、凄腕の暗殺者にまで上り詰めた。決して、名誉なことではない。
だが、セイズーンにとってそれは生きていくために必要不可欠で、唯一無二で信頼の置ける自分の力だった。
自分の手は年を重ねることに血で染まり、洗い流せない後戻りできないところまできてしまっていた。それでも、良かった。いいと思っていた……イヴェールと出会うまでは。
(美しすぎる……コレまであってきた誰よりも)
髪はくすんで焼け焦げたような黒髪をしていたが、日の光を浴びるたび金色に輝くのだ。自分の目を疑いたくなるほど、黒と金では天と地ほど差があるというのに。
そう、セイズーンはイヴェールに見惚れていると、彼女はどうしたんですか?とセイズーンの顔をのぞき込んできた。
「いいいや、いえ、イヴェール様は今日も美しいと、見惚れてしまっていたのです」
「……ありがとうございます。それが、お世辞でも嬉しいです」
と、イヴェールは困り眉で答えた。
「お世辞じゃねえ」
お世辞?そんなわけないと、セイズーンは彼女の言葉を否定した。
感情にまかせ叫んでしまい、セイズーンはしまったと思った。彼女は怯えたような表情で自分を見、小刻みに震えていた。
「も、申し訳ね……ございません」
「い、いえ。大丈夫です。慣れているので」
セイズーンの言葉に、イヴェールは慌てたように答える。
その反応を見て、セイズーンは違和感を覚える。
ここにきて、イヴェール・アイオライトについて調べた。しかし、彼女に関する記録は一つもないのだ。第一皇子の妃、若しくは婚約者なのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
そして、彼女は元奴隷だったとか。
元奴隷にしては、あまりにも綺麗な身なりをしている。まるで、貴族……皇族にも匹敵する美貌の持ち主だった。
なのにもかかわらず、ここの使用人達は彼女へ強く当たっており無視を決め込んでいる。それがここ数日の間に分かったことであった。
噂では、第二皇子が拾ってきたというのだが……
自分に自信のないようなその表情、怯えた瞳にセイズは心を奪われそうになる。
こんなに美しく、そして愛らしい彼女がどうして虐げられなければならないのか?疑問に思うのと同時に、この屋敷にいる使用人共をどうにかしなければと思うのであった。
もし、彼女の蒼い瞳から涙が流れるようなことがあるとするなら――――
「イヴェール……」
「イヴェール様っ」
彼女に手を伸ばしかけたその瞬間、とある男の声でセイズーンは我に返った。
現われたのは、黒髪の騎士。イヴェールは彼を見るなり、安心したような表情を浮べる。
「イェシェィン?如何したのですか?」
「先ほど男の声が聞こえたもので……イヴェール様に何かあってからでは遅いと駆けつけたのです」
「そう、なんですか……それなら、先ほど使用人の方と……あれ?」
「どうされました?」
イヴェールは先ほど話していたはずの使用人……セイズーンの姿を探したが、彼の姿は何処にもなく。イェシェィンは、イヴェールに誰かいたんですか?と尋ねた。
「はい……オレンジ色の髪の使用人が」
そういうと、イェシェィンは首を傾げる。
オレンジの髪をした使用人など聞いたことも見たことも無かったのだ。それなりに、記憶力のあるイェシェィンは妙ですね。と口にし、本当にいたのかとイヴェールに尋ねるが、彼女ははい。と答えるだけで、何か危害を加えられたことはないと付け足した。
しかし、使用人にしては口が悪かったとイヴェールは呟く。
「一応、確認しておきますね」
「悪い人ではないと思いますけど……」
「念のためです。イヴェール様に何かあったら大変なので」
と、イェシェィンはイヴェールに微笑んだ。
その様子を、遠目でセイズーンは見踵を返し暗い廊下に姿を消した。
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