5 唯一の友人は通常運転
「もごもごもごおお!(冬華さんもう一度お願いします!)」
「……春音さん、一旦落ち着いて。呑み込んでから話して」
とある喫茶店にて、新しい玩具を貰った子供のように目を輝かせ、リスのように頬に一杯ケーキをつめた春音さんが私に期待の眼差しを向けていた。
一条春音。彼女とは色々あったが、それなりに仲はよく、私の唯一の友人である。
そんな彼女は、一条商事のご令嬢。かつては、夏目のストーカーをし、私に勝負を挑んできた女性。桃色髪と黄色の宝石のような瞳が愛らしい私なんかよりもずっと可愛い子である。
春音さんは、口に含んでいたアップルパイを呑み込んでカフェラテを一気に飲み干すと、またあのキラキラと宝石の瞳をよりいっそ輝かせ私を見つめてきた。
「だから、曲がりが度まがったら人とぶつかって……一目惚れしたって言われて」
「やりますね、冬華さん。さすがです」
何が流石なのか全く分からないが、とりあえず私はアイスティーを一口飲む。
すると、突然目の前にいた春音さんの目がギロリと光り、まるで獲物を見つけた肉食獣のようにこちらを見ていた。
「しかし、本当に冬華さんってモテますね。夏目様が嫉妬してしまいますよ!」
「……別にいい」
「よくありません!夏目様に嫌われてしまいます」
そう言って、春音さんはぷんすか怒っていた。
と言われても、私自身が何かしたわけじゃないし、私は相手側に早く帰りたいから離してくれとも言ったし……それに、私の恋人は夏目で、夏目以外好きになる予定も今のところない。まあ、それを言ったら夏目が調子に乗るから言わないのだけど。
それにしても、昨日であったオレンジ色の髪の男の事が脳裏に焼き付いて離れないのは何故だろうか。
「兎に角!冬華さんはもっと危機感持たなきゃダメです!また、襲われてしまいますよ!」
「分かってるわよ……でも、心配してくれてありがとう」
「いえいえ!友達として当然のことをしたまでです!」
そう言って、春音さんは満面の笑みを浮かべていた。……この笑顔を見てると、少しだけ元気が出てくる。別に落ち込んでいたわけではないのだが、やはり彼女は癒やしキャラである。
「それで、そのオレンジ色の髪の男の人……何処かで見たことあるような気がして」
「前世とかですか!?ロマンありますね!」
「……違うわよ。何で前世って言葉が出てくるのよ。あり得ないわ、フィクションの中だけよ」
私はそう吐き捨てたが、実際私も夏目も春音さんも橘さんも皆前世持ちで、前世から繋がりがあった者達である。
だから、私が知らないだけで実は他にもそういう人達がいるかもしれないけど……それは今考える必要のない事だ。
「その人の名前って聞きましたか?」
「ええ、まあ……確か、相葉春夏秋冬って言ってた気が……」
「相葉春夏秋冬!?」
その名前を聞いた瞬間、春音さんがガタンと音を立てて立ち上がった。
周りの客や店員が一斉に春音さんの方を見る。私は、慌てて春音さんを席に座らせた。
そして、春音さんに小声で話しかける。
「春音さん、声が大きい」
「す、すみません。興奮しちゃって」
そう言いながら、春音さんは頬を赤く染め、手で顔を覆っていた。そんな彼女を見ながら、私はまた絶対やるだろうと思いつつため息をついた。
初めはもっとお淑やかなイメージだったのだが……いや、あの日彼女と出会った瞬間そのイメージは全てぶち壊されたんだった。小動物のようにせわしく、喜怒哀楽が分かりやすく子供のような女性、それが春音さんである。
そんなことはさておき、春音さんの反応を見るとどうやら昨日の相葉という男は有名人らしい。私は全く知らないのだが……
(ああ、でも野次馬……出来ていたわね……)
「春音さん相葉春夏秋冬って人知ってるの?」
「ええ!勿論です!超超超有名人ですよ!」
そう言って、春音さんは目を輝かせていた。
私と春音さんが話していたのを周りにいた人は不思議そうな顔で見ていたり、ひそひそ話をしていたが、私の知ったことではない。
それよりも、そんな有名人だったんだ……と思う以外、私は感想を持てなかった。
「その相葉春夏秋冬っていうのはどういう人なの?」
私が聞き返すと、春音さんはそんなのも知らないの!?的な顔で私を凝視してきた。
ちょっとムカつくけど、ここは大人になってスルーしておくことにしよう。
すると、春音さんはまるで自分が説明できるのが嬉しいかのようにドヤ顔をした。そして、語り始めた。
「相葉春夏秋冬さんは、今人気の若手俳優でドラマや映画、CMなど引っ張りだこです!彼は高校生の時にデビューしたのですが、その演技力とルックスであっという間にトップ俳優として君臨しました。そして、最近では主演映画の興行収入は歴代最高記録を打ちたてたりしています!」
「へ、へぇ……」
熱弁する春音さんに対し、私は引き気味で答えていた。そんな私の反応に気づかず、春音さんは更に続けた。
「しかもですね……彼、今まで付き合った女性は1人もいないんですよ!?」
「ふーん」
「凄くないですか!?」
「いや、別に……だって、今売れている俳優ならそういう噂が立つとイメージダウンしちゃうものなんじゃない?」
私がそう言うと、春音さんは確かにと頷いた。
「でもでも、高校とか中学でも付合った人がいなくて、今二十歳なんですけど、モテた経験はあっても誰とも付合ってないって凄くありませんか!?」
「まあ……それは確かに……」
「それに、あの容姿でしょ?女性の方が放っておかないと思っちゃいますよね」
「まぁ……そうかもね……」
昨日あった感じでは、確かにただならぬオーラを感じたけど……周りにイケメンというか美形が多すぎて、何とも素直に頷けない。
それじゃあ、俳優でもない夏目は一体どうなるのだろうか。
と、私の頭に夏目の顔が浮かび上がると同時に私は頭を振り払った。
何を考えているんだろう……彼氏自慢がしたいわけじゃないのに。
それにしても、春音さんは顔を赤らめてまるで恋する乙女のように語っている。前も思ったのだが、やはり春音さんは面食いなのではないかと思う。
「後、彼……実は、冬華さんの小説のファンなんですよ!」
「へー……って、ええ!?」