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4 少女漫画的展開は望んでないのよ



「良かった……セールに間に合った。やっぱり、この時間はお総菜だったり、卵だったりが安くていいわ」




 スーパーからの帰り道、私はそんな独り言を呟きながら、両手にさげたビニール袋を揺らしながら大変満足な笑顔で歩いていた。


 丁度、冷蔵庫の卵を切らしており安く二パック買えたのは幸運だった。ただ、一つやらかしたことがあるとするなら買い物に出かけると言いながらエコバックを忘れたことだろうか。無駄な出費である。


 また、こんなことを夏目に話したらけちくさいだの言われそうだが仕方がない。夏目と出会う前まではずっとこうだったのだから。

 離婚し出て行った父親が養育費を払ってくれていたは良いものの、それ以外は自分でバイトして稼ぐしかなかったのだ。母親は愛人を作っては遊び、別れを繰り返していたものだから家に殆どいなかった。



 そう思うと、今の暮らしは最高に贅沢で夢のようなのである。


 だから、夏目には贅沢させてやるし贅沢しろと言われるのだが、あの時の貧乏癖はそう簡単には治らなかった。


 歯磨き粉とかも最後の一滴まで使いたいし、野菜の皮も有効活用したい。



 夏目はずっと贅沢しながら暮らしてきただろうから、私の貧乏節約癖を見て奇妙なものを見る目で私を見てきた。それが嫌なわけではないが、外食に行こうと結構な頻度で誘ってくる夏目とはやはり少し合わない気がした。

 それでもまあ上手くやっているのだから問題はない。


 私の料理を美味しいと言って食べてくれる夏目を見ていると、作って良かったなあという気にさえなるから。




「ジャガイモとニンジン一杯手に入ったし、ビーフシチューのもと残ってるから、ビーフシチューにしようかしら」




 当初の予定では、ホワイトシチューにしようと思っていたのだが(もしかするとそこまでビーフシチューとホワイトシチューに大差ないかも知れないが)、ビーフシチューが食べたい気分なのでそちらを作ることにした。


 帰ったら早速取りかかろうと、決め曲がり角をまがるとドンッと衝撃が走り、尻餅をつく。


 どうやら誰かにぶつかったらしい。


 私は、痛む腰をさすりながら自分の周りに転がったジャガイモを見て悲鳴を上げそうになった。




「大丈夫食べれる、洗えば平気ね……って、ジャガイモは洗って調理するものよ」




 私は、そう言いながらジャガイモに手を伸ばすが何故かその手を掴まれてしまった。

 私はその手に驚いて顔を上げるとそこには見覚えのない青年の顔が。


 黒いグラサンをかけ、今流行のファッションなのかよく分からないが白シャツの上に紺色のジャケットを着ている。

 それより、何より私の目を引いたのは鮮やかなオレンジ色の髪だった。あきらかに染めたのだろうが、染めたような不自然な色ではなく、地毛のように思える。その髪の色があまりにも鮮やかすぎて、私は思わずその青年に見惚れてしまっていた。


 そのせいか、私はその人物がいつの間に私に近寄っていたのか全く気がつかなかった。




「悪ぃ悪ぃ……前見て無くてさ」




 そういって、私の周りに転がったジャガイモを親切に拾ってくれる青年。しかし、その口調というか態度は生意気なもので私を馬鹿にしているようにも感じられた。


 それにしても、その派手な髪色はなんだろう。何処かで見たような気が……


 私はその派手で目立つ髪の色が気になり、まじまじとその青年を見つめていた。

 そして、その視線に気づいたのか、その青年は私に話しかけてきた。




「俺の髪色気になる感じ?」

「え、ええ。まあ……地毛じゃないだろうに、とても綺麗で鮮やかで」

「染めるコツあんだよ。教えてやろっか?」




 そういって、青年は私に近づいてくる。

 距離の詰め方が異常だと、私は思わず後ずさりしてしまう。




「いえ、染める予定はないので」




 私はそう言って、立ち上がると青年から距離を取ろうとするのだが、何故か青年が腕を伸ばしてきて私の肩を掴む。その行動の意味がわからなくて、私は眉間にしわを寄せる。


 青年は、サングラスを取ると私の顔をさらにグッと自分の顔を近づけ見つめてきた。

 黒いグラサンで隠れていた瞳はとても美しいラピスラズリの色をしており、私は思わず息をのんだ。


 そして、やはり何処かであったような親近感を覚える。




(会ったこと……ない筈なんだけどな)




 そう思いつつ、青年を見ていると青年はいきなり顔を片手で覆い悶えるような仕草をする。

 一体どうしたのだろうか? と、私が思っていると、青年は突然私に向かって叫んだ。

 それは、私に対して向けた叫び声というよりは何かを堪えるような、そんな響きを持っていた。




「アンタ超美人だな。惚れた、一目惚れだ!」




と。彼は唐突にそう言ったのだ。


 私は、彼が何を言っているのか分からなかった。いや、言葉は聞き取れたのだが……

 初対面の筈なのに……あ、一目惚れと言ったか。だが、一目惚れなど私に?フィクションの中だけだろうと、私の頭の中に居るリトル冬華が叫ぶ。


 しかも、こんな往来で。


 私は、呆然と彼を見るが、彼のラピスラズリの瞳は夕日の光を帯び赤く青く激しく眩しい光を放っていた。




「あの……ごめんなさい、ちょっと言っている意味が分からなくて」

「だーかーら、惚れたっつってんの」

「誰に」

「アンタしかいないだろ」

「まさか」




 私は、この男が何を考えているのか理解できず、ただただ混乱していた。

 しかし、周りからの好奇の目線やざわめきが気になり私は慌ててその場を立ち去ろうとするが手を掴まれ引き止められた。




「何処行くんだよ」

「あの、帰りたいんですが、離してもらっていいですか?痛いです」




 彼が掴んだところは、出かける前夏目に捕まれたところである。


 外傷はないと思っていたのだが、後々確認してみるとアザになっていた。帰ったら説教してやると思っていたところ、さらに追い打ちをかけるかのように青年に捕まれ私は苦痛で顔を歪めた。


 注目されるのは苦手なのだが……




「ああ、悪ぃ……名前だけでも」

「何故?」

「運命だから」




 その一言で私はさらに困惑する。


 運命なんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。曲がり角でぶつかって、そのぶつかった人がイケメンで一目惚れなんてできすぎている。

 私はパンを加えていたわけじゃないし、両手にジャガイモ、野菜だったし。


 私は、彼を睨みつけながら、ため息をつく。名前を聞けば離して貰えるのかと思い、私は渋々彼に自分の名前を教えた。




「冬華。連城冬華」

「冬華…冬華!いい名前だな。俺は……」

「聞いてない」

「相葉春夏秋冬」




 そう言って、青年は聞いてもいないのに自己紹介を始める。


 珍しい名前に、やはり何処かで聞いたことがあるようなないような何とも言えない感覚に襲われる。

 しかし、考えても結論は出なかったので相葉に背を向け私は歩き出した。追ってくる気配はなかっただけまだよかった。




「……冬華か。俺、あの人と結婚したい……いや、必ず手に入れる」



 そう彼が呟いたのを、私は知るよしもなかった。




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