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8 終止符を




「とうとう、ストーカー行為にまで手を染めるようになったか。こんなのがとられたら、それはもう大層なスキャンダルだな」



 そう、興味が無い風にいった夏目の声からは、確かな怒りが感じられた。暗くなっている道路で、逆光になった夏目の顔をよく見ることが出来なかった。それでも、握られた拳が震えているのを見て、私はこれは不味いと思った。

 傷害罪にでもなったら、夏目であってもどうにも出来ない。芸能人を殴った御曹司とか最悪すぎる。

 そんなことを考えつつも、私ではない、イヴェールに思いを馳せる相葉を前にどうすればいいのかと思った。もう、答えは出ているし、こうなるかも知れないと思って、夏目の家を出るときには、橘さんに連絡は入れてある。彼のことだからもう少しで、来るだろう。最後のピースが。



「おい、聞いているのか、パッとでの俳優」

「夏目、待って。煽らないで」



 ずいっと前に出た夏目を抑えつつ、私は相葉から目を離さなかった。彼は、自分を見てくれている私に対して、頬を赤く染めていた。夏目よりも、自分を選んでくれたんだ、っていうのが彼の顔から伝わってくる。でも、私は相葉よりも夏目の方が大切だ。それが揺らぐことはない。



「冬華先生、俺を守ってくれてるんですか。俺の事、好きになってくれたんすよね」

「……」

「じゃなきゃ、そいつを野放しにしてるはずですもん」



と、夏目のことをそいつ、呼ばわりして、恍惚の笑みを浮べる相葉。気味悪いったら仕方ないけれど、彼は今狂気に犯されている。自我を失っている……とまでは行かないけれど、前世に囚われすぎているのだと。


 私は、だんだんと可哀相になってきて、ため息をついた。それを受け手、相葉は首を傾げた。



「何で、溜息なんてつくんですか?」

「貴方が、可哀相に思えたからよ」

「可哀相?」



 相葉は分かっていないようだった。この状況は、相葉が自ら作り出したのではなくて、私達が用意した状況なのだ。夏目もそれを分かっているはずなのだが、どうも、感情のコントロールが下手なせいで、こうなっているだけ。

 相葉は、踊らされていた。私達の手のひらの上で。

 未だ状況が理解できていないのか、相葉は「俺の事好きになってくれたんですよね?」といっている。ああ、本当に惨めだと思う。



「人のデート邪魔して、人のお出かけを邪魔して……そんな人を好きになるわけがないじゃない」

「じゃあ、何で」

「何でって、何に対していっているか、私には理解できないけれど、私が貴方を好きになる事はない。それだけは、まず伝えておくわ」



 そういえば、相葉の顔は、一気に歪んだ。自分が望んでいた言葉じゃなかったようで、それはもう酷く顔を歪ませる。こうなったのは、自分のせいだろうに。

 橘さんは、探偵かというくらい情報を集めてくれた。私は、メディアに疎かったし、芸能界とかそういうのにも興味が無かったから、相葉がいつ芸能界にはいってどんなことをしたのかとか、全く知らなかった。だけど、橘さんから送られてきた資料を読んで理解した。勿論、表面上の相葉と、橘さんがどんな手を使って調べたか分からない、彼の家庭環境や出生まで。仕事の合間に、こんなことを進めてくれる橘さんは本当に出来た人だと思う。でも、酷い言い方をすれば、怖い人で、どうして、そこまで調べられたのかと、不思議になるぐらいに。


 だから、相葉のことを理解した上で、私は今彼と向き合っている。


 夏目の父親との顔合わせもすんで、夏目が大学院を出次第、結婚だって考えている。本人とはまだ話し合っていないから、これからどうなるかとかはまだ未定な部分が多いけれど。



「何で、だって、イヴェール様は、俺と同じで」

「だから何度言わせるの。私は、イヴェール・アイオライトじゃない。私は、連城冬華よ。貴方が好きなのはどっちなの?」



 この問いは、つい数ヶ月前に夏目に問いかけた物だった。後ろで、夏目が分が悪そうに、頭をかいているのが分かった。まあ、彼は、答えを出してくれたからよかったけれど。

 相葉は、何を言われているのか分からないようで、「え、え」と言葉を詰まらせている。やはり、ごっちゃになっていたのだ。私のことが好きなのか、イヴェールのことが好きなのか。

 イヴェールは確かに人の人生を狂わせまくった女だった。そして、前世の記憶があるからこそ、まだ自分は前世の自分だと言い張っている人もいるわけで。夏目も、橘さんも似たように前世と今世が交わってしまっているのだ。そこから、脱出しなければ、今の自分がかわいそうだとも思う。



「俺は、冬華先生の本が好きで、でも、イヴェール様を助けたくて、イヴェール様は、俺と同じで愛されない人間で」

「……」



 相葉の言葉がたどたどしくなっていく。自分が結局誰が好きだったのかとか、自分の思いは何なのかとか、そういうのが分からなくなってきているというのは誰が見ても分かる。

 相葉は、頭を抱えながら、その場にうずくまった。もう、諦めた方が良いだろう。私を追い回しても、前世のイヴェールがここ似るわけでもないし、相葉はただ私のファンなのだ。それだけのこと。



「イヴェール様……」

「私は、イヴェールじゃない。貴方は、前世に囚われているだけ」

「違う。俺は、アンタが好きで」

「イヴェールは、確かに表面上は愛されない人間だった。でも、人を愛していたの。それが、前世の貴方と違う所じゃない?愛されない人間同士集まって、愛されるのかといったらそうじゃないでしょう」

「でも……」



 言い訳を続けようとしたが、相葉は、私の後ろにいつの間にか立っていた人物を見て、目を見開いた。それは、あの黄金の髪じゃなくて、本当に何処にでもいるようなダークブラウンの髪色だった。



「……灯華……灯華、どうして、ここに?」

「兄貴、もう良いよ」



(よかった、間に合ったのね……)



 橘さんが呼んでくれたのだろうとは思うけど、そこにいたのは、相葉の弟である日比谷灯華だった。彼は、うずくまる相葉を見て、悲しそうな目をしていた。自分の兄が、犯罪一歩手前のことをしていること、そして、一人孤独で愛されない存在だと嘆いていることに対して、心を痛めているのかも知れない。

 相葉春夏秋冬と日比谷灯華は兄弟だ。だが、両親の離婚を機に離ればなれになってしまった。相葉の前世のことについては、橘さんから聞いたとおりで、親に見捨てられ生きる為だけに全てを捧げた男だったと。殺しもしたし、盗みもして。愛なんて感じることのない世界で生きていたと。だからこそ、家族や、愛に飢えていたと。

 それが、今世も引き継がれて、愛に飢え続け今にいたったというのだ。

 前世イヴェールだった私を見つけて、今度こそは愛して貰いたいと、そう思って近付いてきたのだろう。でも、私は前世なんて覚えていないし、相葉を愛する気は無かった。そして、今、こうして兄弟同士顔を合わせているところを見るに、二人の間に確かに兄弟愛という物は存在していたんじゃ無いかと思った。



「騙すようなことして、ごめん兄貴。あと、忙しいっていう理由であまり会いにいけなくてごめん」

「……ま、待て、灯華。何で、ここに……騙す?」

「今日、この状況は兄貴が作った状況じゃなくて、全部ここにいる人達によって仕組まれたっていうか……うーん、俺あまり上手く言えないけど」



と、そこまで言って、灯華くんは相葉の方に歩いてきた。相葉は、少し逃げるように後ろに引く。灯華くんのような光を目の前にして、自分の汚さを自覚したのかも知れない。言い方は悪いけど。



「兄貴、ずっと寂しかったんじゃ無いかなって思って。いや、俺も寂しかったんだけど。両親が離婚してから、兄貴は元俺の母親の言いなりになっているとか聞いて。本当は、ずっと一緒にいたかったんだけど」



 両親の離婚を機に、相葉は母親に引取られた。そもそも離婚の原因というのが、相葉が芸能界にはいってそれからお金に目が眩んだ母親が相葉を縛り付けたい、もっと稼がせたいという一方的な思いからだった。それに耐えられなくて、というか、目立たない灯華くんを母親は捨てたいと思ったのだろう。だから離婚した。まあ、端的に言ったらそうだ。


 親の一方的な思いで引き裂かれた兄弟。


 仲がよかったのにあるひいきなり引き裂かれて。相葉は、兄弟思いだったと聞いた。だからこそ、引き裂かれてから数年間、ずっと苦しかったんじゃないかと。だから、他人に愛を求めた。愛してくれた弟のことを心の隅に追いやって。



「俺、兄貴のこと遠い存在だって感じて、何処か引いてたのかも。ごめん」

「灯華……謝らないで、欲しい。つか、俺が、俺が……」



 相葉は私の横を通り抜けて、灯華くんを抱きしめていた。相葉は初めこそチャラい奴だなあと思っていたけれど、中身は子供で、愛を知らない、愛に飢えた人間だったのだと思った。こんなにも近くに愛してくれる人がいたのに、気付けなかったんだと。

 こんな遠回りになったが、前世のことと、今世のことが相まってそして、拗れて遠回りして、私が好きだと勘違いしていたんじゃ無いかと思った。

 これは、全部私の憶測だけど。

 定期的に会っていたらしいが、それでも自分の思いを伝えることはしなかった相葉と灯華くんは、灯華くんの肩を借りて相葉は泣いていた。灯華くんは、高校生らしい顔をしていたが、泣きはしなかった。初めから分かっていたからじゃないかなとか思ったりする。



「うちの兄貴がご迷惑おかけしました。あとは、こっちでどうにかするので。本当に、今回のこと、申し訳ありませんでした」

「貴方が謝ることじゃないわ。貴方も大変だったんでしょ。家族のこととか」



 私がそう、灯華くんにいえば「そうですね」と考えた後、首を横に振った。ああ、この子は強いこなんだなあと思うと同時に、相葉と全然違って、灯華くんの方が兄に見えた。

 そんな風に私が見ていれば、雰囲気をぶち壊すように夏目が口を挟む。



「全くだ。お前の愚兄のせいでこっちは迷惑していたんだ」

「ちょ、ちょっと夏目」

「まあ、だが……俺の大切な従兄弟の気もこれで晴れるだろうからな。そこは、感謝しているぞ」



と、夏目は最後笑っていた。


 夏目の従兄弟なんて単語初めて聞いたが、全てを理解したらしい灯華くんはコクリと頷いた。私には全く理解できなかったけれど、二人の間でわかり合う何かがあったんだろう。

 それから、灯華くんはまだ泣いている相葉を釣れて、帰って行った。残された私と夏目は互いに顔を見合わせてフッと微笑む。



「これで、一件落着ね」

「そうだな……冬華」

「何よ」

「いいや、今ここでプロポーズするか考えていたんだ」

「は……はあ!?」

「だが、やめておこう。こんな突然言われても困るだけだろうからな」



 そう言って、夏目は歩き出す。

 別に今いってくれてもよかったけれど、まだ早いかなとか……一件落着したというそういうタイミングで、と言うのもあったからこれ出よかったのかも知れない。

 私は、先を行く夏目に追いつこうと駆けだした。




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