4 現実でもあり得るのね
人がいるところが苦手。人の視線が気になる。
これは、イヴェールもそうだった。だから、それが転生して連城冬華になっても受け継がれているのだと。前世の事なんてどうでもイイが、身体が勝手に反応してしまうときがあるので、前世の自分を恨むしかない。
夏目と私がどれだけ、いちゃついていても(私は別にいちゃつきたいわけじゃないし、勝手に夏目が甘い雰囲気に持っていきたいだけで、私は全然その気じゃないのだが)、誰も目にもとめもしなかった。それだけ、無関心と言うことだろう。ここに、マスコミとか(いるのかもしれないが)いたら、記事に取り上げられるのでは無いかと思ったが、俳優とか芸能人とかそう言うのではないので、別にゴシップにでも何にでもならないのかも知れない。それか、夏目がもみ消してしまうとかも色々考えた。
「そういえば、今日のパーティーって誰が主催なの?定期的な物と言っていたけれど……」
「ああ、今日は珍しく華月財閥が開いている。このホテルも華月財閥が所有している物だからな」
と、夏目は答えてくれた。
こういうのは、本当に役に立つというか、彼に聞けば何でも分かるなあ、何てぼんやり思いつつ、華月財閥の御曹司に目を向ける。あの真っ白な髪の気怠げな子だ。
「珍しいって、どうして?」
「そうだな。いつもは、俺のところが主催……それか、空澄財閥がパーティーを開くんだ。俺のところは、あの二つの財閥と仲良くしたいのだが、それを拒まれていてな」
「仲が悪いって事?それとも、久遠財閥だけはぶられているとか?」
「まさか」
そう、夏目はとんでもないと肩をすくめる。
私は全く知識が無いので、そういうやりとりや、どういう関係にあるのかというのは分からなかった。だが、夏目の話を聞く感じ、久遠財閥は全うで、残りの財閥が可笑しいという風にも捉えられた。まあ、自分の視点から見たらそうかも知れないが、相手はどう思っているか分かった物じゃないけれど。
だが、夏目は、少しだけ険しい顔になる。
「空澄財閥と華月財閥は仲が悪いんだ。いや、一方的に華月財閥が、空澄財閥を敵視していると言った方が正しいか」
「何故?」
質問が多いな、と小言を言われつつ、夏目は、華月財閥の御曹司、華月空翔を見ながら言った。
「技術面や、財力、権力の事で少しな。空澄財閥には、俺達も頭が上がらないわけだが、あまりに優秀過ぎる……まあ、言ってしまえば妬みなんだが。それが、何年、何十年と続いて今も尚……という感じだ。俺も詳しいことは知らない。あそこがどうなっているのかとか、俺達は、飛び火しないようにと努力しているが。俺の父親は二つの財閥の仲を取り持とうとしていてな」
毎度、失敗しているが。と、夏目は鼻で笑っていた。
それは、凄いことなんだろうけど、毎回失敗となると、諦めた方が良いんじゃないかとも思ってきた。でも、大きな財閥が二つぶつかって争いが起きるとなると、同じく肩を並べる久遠財閥に飛び火するんじゃないかって言うのは凄く分かる。だからこそ、色々考えた結果、仲を取り持とうとしたのだろう。
この会場にいる人間がどの財閥の傘下か知らないが、表では笑顔をはっつけて、裏では相手を蹴落とそうとしていると思うと、気持ちが悪いと思った。平気でそれを出来るのが、本当に凄いと、逆に感心する。
「俺と結婚した、巻き込まれる可能性もあるぞ?」
と、夏目は、冷たく笑っていた。結婚したいという気持ちと、それと同時に、財閥のあれこれに巻き込んでしまうかも知れない不安が彼にあるのかも知れない。でも、私は夏目を信じているし、それも一緒に背負いたいとは思っている。
こんな風に自分が変わるなんて、あの時の自分は思っていなかっただろうけど。
(いけ好かない奴で、大嫌い、此奴の事なんて好きになる訳無いし、なってやらないって思っていたのに、どうしてかな……)
あの時の私が今の私を見たら、腰を抜かすかも知れない。それぐらい、大それた事なのだ。運命とか……言葉を使いたくないけど、そんな風に。
夏目はまだ、私の一方的だと思っているのだろうか。もう、こんなにも惚れ込んでいるのに。
「何よ、不安なの?」
私がそう問えば、夏目は何も返さなかった。図星だったのかも知れない。でも、プライド高い彼のことだから、こんなこと思っているなんて知られたら……って口が裂けても言えなかったのかもと。
夏目はそれでいい。プライドが高くて、自分を持っている芯のある男が夏目だと私は思っているから。
それでいいのだ。
「私は不安なんてないわ」
「何故だ?」
「だって、夏目がついてるから。私のこと、守ってくれるんでしょ?」
「何処で覚えるんだ」
と、夏目はハッと乾いた笑みを零す。
まるで、それは頭が上がらないというような敗北宣言をしているようにも思える。
「本当に、魔性の女だな」
「そうかしら?」
「ああ、イヴェールそっくりだ」
「……」
「気を悪くするな。だが、魔性の女というのは撤回できないな。お前の色気に当てられて、自分に気があると勘違いする輩が出てくるかも知れない」
そう言って、夏目は私の腰を抱いた。
魔性の女なんて言い過ぎた。というか、絶対そんなのではないと、私は思っている。夏目の目が腐っているのではないかと思ったが、実際、イヴェールはそういう女だったから仕方ないとも思った。でも、私は違う。
今では、前世の話は軽いジョークになりつつあるし、私も大分なれつつあるが、イヴェールと私を重ねるのも、比べるのも許してはいない。夏目がたまに、無意識的にそういう発言をするので、そういうときは訂正させるが、そうでなければ、軽く流すようになった。適応というのは、本当に恐ろしい物だと思う。
「私を好きになる男なんて、もの好きぐらいよ」
「じゃあ、俺はもの好きか?」
「さあ?」
「さあって、酷いな。お前の恋人のことを、お前は悪く言うのか?それに、お前は、他にも色んな奴から好かれているじゃないか」
と、夏目は目を鋭くさせていった。言われればそうなのだが、もう眼中にないのだから、いい加減に忘れて欲しい。
夏目が殺気を放つたびに、周りにいる人がちらほらとこちらを見始める物だから嫌になる。夏目は気にしないが、私は気にする。
「それに、そろそろけりを付けろ」
「何に?」
「あのオレンジ頭のことだ」
「最近は、付けられている感じもないし。何のアクションも起こしてこないのよ?もう、諦めたんじゃない?」
「彼奴が諦めると思うか?」
と、夏目は問うてきた。勿論、諦めるような男じゃないことは私も分かっているんだが、夏目も神経質になりすぎている。このままじゃ、禿げるだろうと、私は思いながら、けりを付けろ。という言葉を復唱する。
(確かにね、でも、まだ……)
まだ、少し足りない。
泳がせているという意味ではそうなのだが、確実に皆が手を回して、諦めさせようとしているのだから、最後のとどめを刺すぐらいにしなければと私は思った。今は、ロケ中。だからいないだけで、またよってくる可能性もある。暫くは、橘さんに任せているし、私が知らないとでも思ったかという話なのだが、夏目も橘さんと協力してあれこれやっているみたいで。聞いた話に寄れば、相葉の弟にも何か言ったらしく、その弟さんが可哀相に思えた。まだ高校生らしいから、夏目の圧に負けて胃を悪くしていないと良いけれど。
そんなことを思っていると、会場のスタッフらしき人が、慌てて走ってくるのが見えた。
「皆さん、今日のパーティーは中断させて貰います。トラブルがありましたので、会場から出て行かないようお願いします」
と、必死の形相で、声で言っているのが聞え、何かあったのだと、すぐにでも分かった。
私は、何かあったとは思ったが、こんなことってよくあることなのかと、夏目を見れば、夏目も険しい顔をしていた。本当に恐ろしい顔をしていて、声をかけるタイミングを逃してしまう。
「冬華、俺から絶対に離れるな」
「え……夏目、何があったのか、分かるの?」
「いや……だが、ああ、何となく……な」
そう、歯切れの悪い言葉で、濁して私の腰を強く抱いた。離れるなという意味なのだろうが、少し彼の手が汗ばんでいるのに気づき、これはただ事ではないと、私は固唾をのむ。
会場もざわめきだし、何があったのかと議論を繰り広げ始める。だが、偉い人達は気づいているのか、何事もないようにスンと顔から感情を消していた。未だに、私は何が起っているのか理解できない。答えが欲しくて、夏目を見れば、夏目は、はあ……とため息をつく。
「珍しいって言っただろ?」
「珍しい……華月財閥がパーティーを開いたこと……え、でも、そんな」
「多分、お前は全部理解しえないだろうが、しなくていい。いざこざに巻き込まれるのは嫌だろう」
夏目はそう言って、会場全体を見渡した。
理解している人間の顔からは、何が起ったか読み取るのは不可能で、慌てている人達は理解していない人達、若しくは、被害に遭った誰かのことを想像して慌てているといった感じだろう。
仲が悪いからと言ってそこまでする必要があるのだろうかと。
私の頭の中には、財閥の人間に手を出した、襲撃、という文字が浮かんでいた。
この日本でそんなことあり得るの? と頭は言っているけど、夏目のただならぬ雰囲気と、会場の雰囲気から考えるに、それは大いにあり得そうなことだった。
最悪なことに巻き込まれたと思いながら、私は夏目にもたれ掛る。
「大丈夫か?」
「ええ、少し目眩がしただけ」
「そうか……俺にもたれ掛っていると良い。どうやら、まだこの会場からは出られそうにないらしいからな。座る席もない……」
「うん」
「……悪いな、こんなことに巻き込んで。連れてこなければよかった」
と、夏目は酷く傷ついたように言った。それが、何だか申し訳なくて、夏目のせいじゃない、と言いたかったのに口は動かなかった。
私は、ただ目を閉じて、夏目に身を委ねた。
これは、後から聞いた話だが、空澄財閥の御曹司が、何ものかの襲撃を受けて運ばれたと。意識不明の重体に陥ったと。これは、ニュースでは報道されていない。大人によってこの事件は闇に葬り去られたと。改めて、財閥の闇を見た気がして、私はその夜悪夢に魘された。




