3 勝手に連れてこられました
落ち着かない。落ち着けるわけがなかった。
いや、一度こういう場に似たような所に出席したことはある。でもあれは私や他の受賞者のために設けられた場であって、今回私がいるところは、私が来るのには場意外な世界だった。
「そんなに緊張するな。何、顔を出すだけだろ」
「貴方はそうでも、私は関係無いのよ?本当に、連れてくる奴が何処にいるのよ」
「ここにいる」
「そういうのつまらないから、言わなくて良いの。もう、最悪」
私が髪の毛に手をやろうとしたら「せっかくセットした髪が台無しになる」と手を止められる。そもそも、貴方が連れてこなければこうはならなかったのと言いたかったが、ここで騒いだらもっと白い目で見られるのは間違いなかった。今のところ、誰にもそんな白い目で見られているわけでは無かったが。
「夏目は慣れているでしょうけど、私は、こういう所なれていないのよ。そもそも、人が集まる所とか。ほら、言ったじゃない、注目されるのは苦手だって」
「誰かがお前をそういう目で見ていたら、俺が牽制するから大丈夫だ」
「今の時点でしているじゃない」
と、私は口に出してしまっていた。夏目はそれを聞いて「そうだな」と当たり前のように答えている。夏目が、周りの人にどういう態度で、目で見ているかは、ここに来てからよく分かった。というか、わかりやすすぎた。
牽制を……と言っているけれど、そもそも、誰も御曹司がこんな風に殺気を放っていたら誰も近付いてこないだろうと私は思うのだけど、夏目はそう思っていないようだった。自分がどれだけ注目の的になっているか、どれだけ目立つ容姿なのか。自分の事は、本当にどうでもイイというように振る舞うのだからたちが悪い。
春音さんみたいに、周りの目なんて気にせずに近付いてくる人がこの会場にいないのは幸いだった……夏目が靡かないと分かっていても、信じていても、あの容姿だし、女性の目を集めて染み合うことは容易に想像できたから。
「浮かない顔しているな」
「誰かさんのせいでね」
私がそう言うと、夏目は、肩をすくめた。呆れた、と言うように捉えられるその行動にムッとしつつも、大人しくしていようと思った。早く終わってくれと、願うしかないが、今日、これがどういう集まりなのか全然効かされずに来たもので、全く何も理解できていない。そもそもに、場違いすぎるんだけど。
「今日は、何の集まりなのよ」
「言っただろ。定期的な物だ。三大財閥と、そこの傘下の企業が集まる社交界だな。全く、どの時代も、世界もこういうのが好きなんだな」
と、夏目はため息をつく。
確かに、また前世のことを引っ張り出してきて悪いと思っているけれど、エスタスも皇太子でこういう社交界だったり、パーティーだったりは参加していたというか、させられていた。そのたび、浮かない顔……と言うよりかは、苛立った顔をしていた(というように、私の小説では描写していた)ので、こういう所が嫌いなのはよく分かった。何のために……と言ったらあれだし、親睦を深めるためだったり、他企業、他財閥への圧制、警戒とか色んな意味があって開かれたパーティーだろう。一概に、仲良くなるため、でないことは明確だった。こういう世界って、平気で裏切りやなんやらが起きるから。
(それは、考えすぎかも)
フィクションと、現実の区別がつかなくなっていて、私は首を横に振った。でも、この社交界が、ただの社交界、パーティーという風には捉えられない。どことなく、黒い物が渦巻いている気がする。
「そういえば、貴方は、久遠財閥の御曹司だけど。他にも御曹司ってきているの?」
「ああ、多分な」
「多分って、何でそんな不確定で、曖昧なこと言うのよ」
「別に仲がいいわけじゃない。同年齢じゃないしな。俺よりも年下だ」
そう言って、夏目は、ほら、と目線を動かす。夏目の目線をたどれば、そこには真っ白な髪にルビーの瞳を持った少年? と、黒い髪に大きな阿呆毛を立てた同じくルビーの瞳の少年がいた。彼らが、他二財閥の御曹司なのだろう。
久遠、華月、空澄。この三つが、三大財閥と呼ばれる、財閥のトップで肩を並べて日本経済を云々かんぬん……と言われているのだが、実際の所、ピラミッド、ヒエラルキーの頂点に立っているのは空澄財閥で、久遠と華月財閥が横に並んでいるといった感じなのだ。そこには、明確な差があって、空澄財閥には敵わないという。でも、大きな財閥で、肩を並べるものはいないから、三大財閥というくくりになっているらしい。ここのところは、私も詳しくないし、そういう世界とは全く無縁だったので、聞いても理解できないのだが、夏目曰く、そういうことらしい。
夏目でさえ、こんなにお金持ちなのに、あの黒髪の私達よりも五つぐらい下の子はもっとお金持ちと言うことになる。「
「あの二人仲がいいの?」
「興味でも湧いたのか?それとも、目移りか?」
私が、夏目に尋ねれば、酷く不愉快だと言うように夏目が目を鋭くさせた。何にでも嫉妬を飛ばすこの癖は直して欲しいところである。
「いいえ、そういうわけじゃないけれど……本当に、すぐに嫉妬して面倒くさいわね。貴方」
「冬華のことになるといつもそうだ。いい加減こういう物だと、俺を受け入れろ」
「そういう所が傲慢だって言っているのよ。脅しているつもり?」
「……」
私がそういえば、夏目は黙ってしまった。少し行きすぎた行動をとってしまったと、反省しているのかも知れない。そう思うと、何だか可愛くなってきて、私はクスリと笑う。
「何を笑っているんだ」
「いいえ、可愛いところもあると思って」
「俺が可愛い?」
「ええ」
夏目は困惑したように首を傾けた。
まあ、多分夏目にこんな感情を抱くのは私だけだろうけど、と思いつつ、私は先ほどの事を訂正する。
「興味を持ったのは事実よ。でも、勘違いしないでね。財閥に興味を持っただけ。あの子達、と言うよりかは、貴方の生きている世界に興味を持ったの。今は、皇太子……皇帝エスタス・レッドベリルじゃなくて、久遠夏目。その久遠夏目って言う男が生きる世界に興味を持った。これで満足?」
と、私が言うと、その答えがふさわしかったようで、夏目はニヤリと笑って、胸をはる。
「そうか」
言葉は短かったけれど、その顔や、様子から嬉しいというオーラが滲み出ていて、亦笑えてきてしまった。本当に単純で分かりやすい男だと。それが、可愛いのだとも。
まあ、それは良いとして、本当に場違いな所にいることには変わりなかった。
私よりも小さい子が……というのはあれかも知れないが、そういう子達が、もうこういう大人がいる場に出ているなんて、本当に大変だなあと客観的に見てそう思った。大人の私であっても慣れないのに、彼らはもっとじゃないだろうかと。でも、私と生きている世界が違うから、彼らにとってこれが普通なのかもと。
「夏目も、昔からこういう場に参加していたの?」
「うん?ああ、そうだな。面白い物じゃなかったぞ」
「そう……」
「お前は、前世の話を嫌うだろうが。昔からそうだった。こういう場は好かない。つまらないというのもあるが、表面上仲良くやろうと、裏では、弱みを握れる、懐には入れる、利用できる、利益になるって考えている大人が数え切れないほどいるからな。皆が皆、そういうわけじゃないのは分かっているが、どうも感くぐってしまう。信頼できないといった方が良いか」
「……」
夏目の言葉を聞いて、彼が如何に苦労してきたか分かった。人を信じられないというのは分かる。人を信じられないから、人の愛も信じられなくて、自分の信じた愛が本物だと思って。少し虚しく感じつつも、彼から見えていた景色を考えると、仕方ないのかも知れないと。
汚い……醜い大人の世界にいち早く放り込まれて、嫌なものを一杯見てきたのだろう。辛いに違いないし、つまらないと思っても仕方がないと。
(自分が信じた物を、愛と呼ぶ……か)
自分でそう考えていると、ふととある人のことが頭の中をよぎった。もしかしたら、そういう可能性も、そう思ってそう信じて生きてきたという可能性もあるのではないかと思ったのだ。一度聞いてみたいところだが、こちらからアクションを起こすのも……
そう考えていると、夏目が私の顔を覗き込んできた。久しぶりに間近で見た宝石の瞳に、私は思わず肩を上下させる。
「っ……」
「どうした?俺の顔に何かついているのか?」
「い、いえ。というか、近いのよ。吃驚したじゃない」
「驚いただけか。何か考え事をしているようだったが、俺の事以外考えること何てあるのか?」
「……あるわよ。それは一杯」
「ほう」
「仕事のこととか、将来のこと……とか?」
私が、将来のこと、と口に出せば、夏目はまた驚いたように目を丸くした。何で私がそれを言ったらいけないのよ、と思うぐらいに驚いているので、思わず足を踏んづけてしまう。夏目は一瞬眉をピクリと動かしたが「悪い足だな」と言っただけで、溶くに怒ることも無かった。思えば、その靴というのも新調した高いもので、私が踏んづけて良いものでは無かった。私が一応弁償できる物だが、弁償すればそれだけで何十万とか飛んでしまいそうだとも思う。
「お前が、将来のことを考えるなんて珍しいな」
「珍しいって言い方、嫌。これでも、考えているわよ。これからも、こうやってパーティーに連れてこられるのかと思うと……そういう覚悟って言うのも必要じゃない?」
「そこまで気を張る必要は無い。お前がどんな人間でも、俺が選んだ女なんだ。誰にも文句を言わせない」
「私だって……」
貴方の隣に立っても恥ずかしくない人間でいたい。とは、思っている。と、口には出来なかったが、そういう意味で夏目を見た。夏目はフッと笑って、分かっているというように私の額にキスを落とす。
誰かに見られているんじゃ無いかとも思ったけれど、これぐらいは許してあげようと。
それぐらい心の広い人間にならないと、夏目と何てやっていけない、と私は思った。広い会場で、私達が、こんなことをしていても、誰も気にも留めなかった。そう、誰も人の恋愛に興味が無いのだと、そう思えるほどに……