8 未だ収拾がつかない
「ごめんなさい、春音さん。酷いお出かけになってしまって」
「いいんです、いいんです!あの相葉春夏秋冬に会えたんですから!それに、夏目様も、橘君もいて結構楽しかったですよ」
「あ、あははは……」
確かにメンツがメンツだったが、きっと三人の顔のことを言っているんだろうなあと、このこの性格を考えると容易に浮かんでしまい、親友として少し情けないところがあった。でも、せっかく誘ってくれたお出かけを滅茶苦茶にしてしまったことを怒っている様子もなかったため、まあこれはこれでよかったんじゃないかと思った。でも、本当は親友二人で女子会みたいなのはしたいなあとは思っていたため、そのプランを踏みにじられたことには変わりない。男三人の乱入は許せない行為だった。
そう残っている夏目と橘さんを睨み付けようとしたが、何やら二人はこそこそと話し合っているようで、私の気配にも、春音さんの声も届いていないようだった。
「何話しているんでしょうね?」
「さあ、でもあの二人は仲悪かったわよ」
「そうなんですか?てっきり、王子様と騎士みたいな関係かと思ってました」
「そ、そう?」
ほぼ的を得ている気がして、苦笑いしか出来なかったけれど、春音さんも前世の記憶がないようで、あまり私も深くは突っ込まなかった。もしかしたら、何かの拍子で思い出してしまうかも知れないし、私の正体にも気付いてしまうかも知れない。そうなったとき、私は、今までの関係でいられるだろうかって、不安になってシ見合う。
(春音さんとは今の関係を続けていたいし……事を荒立てたくないのよね)
俺は、お前の前世の思い人だ。とかいっていきなりキスして横暴な態度を取った誰かさんとは違って、春音さんはその持ち前の天然ふわふわのままでいて欲しい。別に、プレメベーラの性格が悪かったとかそう言うのではないけれど、一応私の書いた小説の大筋は、プレメベーラとエスタスが結ばれるというエンディングだから、現実世界でそれがまた再現された日には……とかも考えてしまう。あの夏目が私を捨てるわけもないだろうし、春音さんには悪いけど、今は私にだけ夢中で他の女性なんて眼中にないような男だったから。
でも、油断はならないと思った。自分磨きを怠れば、スタイル抜群で金持ちで御曹司の夏目の横を狙う輩はいっぱいいると。ボロアパートに住み続けていた私とは訳が違うと思った。そんな夏目の横に立ち続けるための努力というのはこれからも続けていかないといけないと思った。悪叱らず。
(けど、今の丸くなった夏目なら、私のどんなところも受け入れてくれそうよね……)
簡易的な化粧とか、安っぽい服とか来ていても、きっと夏目は何も言わない。似合ってないとは……だけど。
金銭感覚の違いで喧嘩することはしょっちゅうだし、やたら高いプレゼントをしてくるものだから、特別というか身につけるのもおこがましくて、手につけれていない状況だった。それを知った夏目は何でつけないんだ? と脅しのように言ってきたし、そういう奴だから、そこら辺はもう少し話し合わないと、と思った。
(そういえば、いつの間に相葉君は消えたのかしら)
鏡の迷宮で夏目達と合流できた、夏目の声が聞えた途端に渡したと橘さんの前から姿を消した。一体どうやって? と思ったけれど、本当に仕掛けなど分からないぐらいに、風のように消えてしまったのだ。さすが暗殺者と思ってしまった。
(そうよね……思い出したけれど、多分相葉君……プレメベーラ暗殺のために送り込まれた暗殺者で……でも、何故かイヴェールを好きになったって言う設定なのよね)
名前までは思い出せなかったけれど、確かそんな奴がいた、描写した気がすると思い出したのだ。あのオレンジ色の髪の毛はよく覚えているから。だからこそ、気配を殺して私に近づくことが出来たのも、一瞬にして姿を鞍馬競れたのも理由がついた。俳優と言うこともあってよく動けるだろうし、前世の知識を利用して……とも考えられる。まあ、どっちでもいいのだけれど。あまり詮索はしないようにしよう。
(どうせ、私は覚えていないしね)
それに、一応ある程度のことは橘さんに任せているし、信用はならないけれど、彼に頼むのが手っ取り早いと思った。彼も得意分野だろうし……そうやって、橘さんをみれば、私と目が合ったことを嬉しく思ったのか、にこりと微笑んだ。
(作り笑いは、本当に上手いのよね)
「冬華」
「ああ、夏目。どうし……」
「お前に何もなくてよかった」
「ちょ、ちょっと」
いきなり抱きしめられて、慌てふためく私を、春音さんはきゃーと顔を隠して、橘さんは悔しそうにみている。まだ周りに人がいるというのにこういうのをされるのはちょっとと、相変わらず時と場を選ばない男だと思ってしまう。でもそれが夏目だし、ある程度は分かってあげているつもりだからいいんだけど。
夏目は私の肩に顔を埋めて呼吸を繰り返していた。はぐれたとき、また何かあったんじゃないかって心配になったんだと思う。心配してくれたことに関しては、嬉しくないと言ったら嘘になるけど、そもそも夏目は本来ここに来るはずじゃなかったのだ。
「貴方、言いようにまとめようとしているけど、夏目は元々ここに来るはずじゃなかったじゃない。今日は、春音さんとのお出かけって事前に言ったわよね?」
「ああ、聞いたな」
「じゃあ、何で先回りしていたの?ほんとあり得ない」
「俺が良いと決めたことは、いいんだ」
「屁理屈」
相変わらずの俺様態度に腹が立ちつつ、夏目だから仕方ないと許してしまう私は大分毒されているに違いない。でも、せっかくの女の子だけでのお出かけが台無しになってしまったことには変わりないので、本当に埋め合わせをしたいと思っている。春音さんは気にしないでくださいと、夏目と橘さんと相葉がいたことで満足しているようだけど、私にとっては最悪だった。
「一応だけど、橘さんにも言っておくわね」
「何をですか?」
「『偶然』とか言ってたけど、どうせ何処かで情報を掴んでついてきたんでしょ。本当に……」
「そうかも知れませんし、そうじゃないかも知れないじゃないですか」
「貴方までそんなこと言うの!?」
呆れる。
私は溜息すら出なかった。橘さんは本性を現してから、たまあに悪いところが隠れないときがある。それが悪いとは言わないし、少し怖いと思いつつも、素で接してくれるのは嬉しく思った。隠し事をされるのが一番嫌いだから。
そんな風に、台無しになったお出かけは幕を下ろし、春音さんは橘さんに連れられて帰っていった。春音さんもご令嬢な訳だし、一人にするのは危ないと思ったからだろう。そういう気が利くところは、橘さんのいいところだと思う。
私は二人を見送りながら、まだ何も解決していないんだろうなあ何てぼんやり思っていた。
(きっと、相葉君はまた何かしてくるんじゃない?その時、周りにいなかったら今度こそ……)
現実世界でそれはあり得ないでしょと思いつつも、男三人には前世の記憶があるわけで、そういう世界をみてきたんだ。だから、心中とか監禁とかろくでもないことになったりしたら。
そう考えていると、ふわりと後ろから夏目に抱きしめられた。ジュエリーランドの外には出ているが、まだ帰る途中の客もいて周りの目が気になってしまう。
「だ、だから、こういうのは」
「大丈夫だ」
「何が?」
何も大丈夫じゃないと言い返したかったが、夏目はもう一度強く、そして低い声でそう言った。それは多分、周りの目のことに対してじゃなくて、相葉のことなのだろうと察してしまう。
(何が大丈夫よ。貴方は何も知らないじゃない)
相葉をみて、彼奴だ! って感じに何も殺気立たなかったところを見ると、夏目は相葉の前世を知らないのかも知れない。たかが一介の暗殺者。それも狙っていたのはプレメベーラだとしたら、エスタスだった彼が知ることもないのかも知れない。知っていたのは、イヴェールの近くにいた彼になる訳だけど。
「夏目は何も知らないんじゃない?」
「ああ、そうだな。後から報告で少し聞いた程度だ。お前を……いいや、違うなイヴェールを連れ去ろうと企てていたそうじゃないか」
「……そう」
私、じゃなくてイヴェールと言い直してくれたところに、夏目の成長を感じた。彼は、私のことを数ヶ月前までは、イヴェールだと思い込んでいたからだ。実際そうだし、前世の記憶がある彼ならそう思っても仕方ない。でも、今の私と前世の私イヴェールは違うと、そう言ってから、夏目は今の私「冬華」をみてくれるようになった。それが嬉しかった。夏目が過去を捨てたわけじゃないけれど、それでも、今私と一緒に生きてくれていることにとても幸せと喜びを感じている。
何て、絶対に口にしないだろうけど。
「この後どうする?外食にでも行くか?」
「外食なんて高いじゃない」
「そうだな、予約もしていないしな……」
「もしかして、高級レストランとか言わないでしょうね」
そういえば、何故分かった。見たいなかおをしたため、思わず胸を1発殴ってしまった。
矢っ張り、金銭感覚が会わない。
「そんなところに連れて行ってとか言ってない。夏目とは本当に金銭感覚が会わないわ」
それでよく付合ってられると自分でも不思議だった。
そんな私を見て、夏目はクスリと笑った。
「そうだな。冬華となら高級レストランじゃなくても、いけるだけで幸せだな」
「……もう、何よ」
頬が熱くなったのは気のせいだ、といいつつ私達は安いファミレスに行くことを決め、タクシーに乗り込んだ。