4 何でここにいるの?
「冬華先せーんせっ!久しぶりですね。水族館以来ですか?」
「……」
パレードから離れた所で、私は相葉に絡まれていてた。
サングラスを外し、彼はニコニコとした笑顔を貼り付け私の顔を覗いてくる。
(何で此奴がここにいるの……!?)
まさか彼も私を付けてきたんじゃ。そう思ったが、彼と出会ってまだ3回目だ。だから、そんなことはあり得ないはずだと自分の中で言い切る。
相葉から私を遠ざけるように、夏目は私の前に出て彼を睨み付けていた。橘さんも同じく。
「ちょっと、退いてくださいよ。俺は、冬華先生と話したいんです」
「ダメだ」
夏目がそう言うと、相葉は不機嫌そうな顔になる。
私はため息をつくと、彼を見た。鮮やかなオレンジ色の髪に、ラピスラズリの瞳。目立つ顔立ちとオーラは何処か影があるようにも感じた。
「相葉……さん、君?はなんでここに?ロケとか?」
「いえ、ロケではないです。ちょっと気晴らしに……ここから俺の家近いんで」
と、相葉はにこりと笑った。
そんな彼の笑顔を見て私はまた溜息が出た。
正直言って、面倒くさかったのだ。
それに、こんなにも人がいる中で目立つようなことをするのはごめんだった。
周りには人がたくさんいて、いつバレるか分からない状況。精神的にもかなり疲れるし、もしこの事が明るみになったら大変なことになるだろう。
私はそれを想像して、頭が痛くなった。
そんなことを考えていると、相葉の視線を感じる。それはとても気持ち悪いもので、私は彼に背を向けた。
これ以上関わらない方がいいと思ったからだ。
「冬華先生~!一緒に回りましょうよ」
「連れがいるので結構です」
「そんなこと言わずに!あ、ジェットコースター乗りました?あれ、凄く楽しいんですよ」
「もう乗ったので、ほんと結構です」
しつこく絡んでくる相葉に、いい加減イラつき始めた。そのせいで口調が荒くなる。
すると、隣にいた夏目と橘さんが前に出てきた。
そして、二人同時に相葉に話しかける。
その様子はまるで、ヒーローのように。
しかし、それさえも鬱陶しいのか彼は表情を歪める。
「何なんだよっ!俺の邪魔ばっかりして!」
「それは、貴様の方だろ。俺の彼女に手を出して……ただで済むと思っているのか?」
そう言うと、夏目は私の肩を抱き寄せた。
その行為が嬉しくて頬を緩ませそうになるが今はそんな場合じゃないと思い直す。
(でも、嬉しいものは仕方がないよね)
そう思いながら、夏目を見ると彼と目が合い、夏目はフッと微笑んで大丈夫だとでも言うかのように私の肩をさらに抱き寄せる。
「ほら。冬華は俺にしか興味がないんだ。お前の入る隙はない」
「……」
「分かったなら、さっさと消え失せろ。これ以上、俺たちに関わるんじゃない。これは警告だぞ。次は容赦しないからな?」
「……チッ」
そう言い捨てると、相葉は舌打ちをして夏目を睨み付ける。その目はまるで、夏目を殺さんとばかりの勢いだ。
「冬華先生は、いいですよね。だって、こんなに一緒に園内回ってるんですから一人ぐらい増えたって」
「……いやよ」
そう言っても、相葉が引く様子はなかった。
むしろ、ニヤリと笑って私の方を見てきたのだ。その笑顔にぞくりと粟立つ。
いい加減諦めてくれないかな……と私は心の中で思った。このままでは本当に厄介なことになってしまう。
すると、橘さんが私と相葉の間に割って入ってきた。
そして、相葉を鋭い眼光で睨む。橘さんのその行動はありがたかった。
私は私で、夏目に守られているし、私達二人を守るように橘さんは前に出てくれるし……それはまるでフィクションの世界のお姫様みたいな。
「相葉春夏秋冬さん」
「何だよ。つか、アンタ誰?」
「連城先生の担当編集者ですが……貴方の行動、身勝手すぎませんか?周りにも迷惑かけて。それは連城先生だけではなくて、ファンの方にも」
橘さんの言葉に、相葉は眉間にシワを寄せた。
それは怒りなのか呆れているのか、どちらか分からない。しかし、彼がイラついていることは確かだった。
彼は不機嫌そうな顔をしながら口を開く。
その声色は低く、苛立ちを隠していなかった。
「アンタのこと嫌いだわ」
「奇遇ですね。僕も貴方のことが大嫌いです」
バチバチと火花を散らす2人の様子はとても怖い。
特に、橘さんなんて笑顔なのにオーラがどす黒い気がする。
そして、相葉の方はと言えば、完全にキレていた。今にも殴りかかりそうだ。
私は、どうしようかと思った。
「そ、そうだ春音さん。春音さんは相葉君と一緒に回るとか……その」
「私は全然いいですよ!寧ろ、ラッキーじゃないですか!」
ふと、このテーマパークに行くことを提案した春音さんの意見を聞いてみようと彼女に話を振ったのだが、彼女は意外にも簡単にOKを出してしまったのだ。
まあ、確かに春音さんが相葉のことを好きなのは知っていたけど……まさかここまであっさり了承されるとは思わなかった。
春音さんは相葉を見てキラキラと目を輝かせていた。
(そ、そうだった……彼女は面食い)
彼女の好みの顔である相葉とデート(デートではないが)できるという喜びに満ち溢れた表情をしている。
そんな彼女を見ると、何だか複雑な気持ちになった。
別に、春音さんが幸せならばそれで良いのだけど……何故か、モヤっとした感情が湧いてくる。
いや、それは彼女が初めに私と二人きりでジュエリーランドをまわりたいといったからであって、そうでなければ私もそこまで何も思わなかったのだが。
そんな春音さんを見て不満ありげな表情を浮べる二人の男。
「おい、一条どういうつもりだ。恋人の俺ならまだしも、全く無関係の奴まで一緒にまわりたいというのか」
「そうですよ。一条さん。僕ならまだしも、相葉春夏秋冬も一緒にまわりたいなんて何考えているんですか!」
「……う、うぅ。私、そんなつもりで言ったんじゃ」
と、夏目と橘さんに責められ、泣きそうになっている春音さん。
相葉は一緒にまわれるかも知れないという期待を抱き初め、ニヤリと笑っていた。
「そーですよ!皆でまわった方が楽しいです」
「「お前は黙ってろ/貴方は黙っててください」」
相葉が笑顔で言うが、それを遮るように橘さんと夏目が同時に言う。
相葉はムッとした顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
「冬華さんは、ダメですか?」
と、涙目で私を見てくる春音さん。
「え、えーと。私?うーん……でも、今日は二人でくるっている約束だったから、まあ何か二人増えてるけど……できるなら、二人でまわりたい、かな?とか思って」
「そ、そんなあ。せっかくのチャンスなのにぃ」
私が断ると、春音さんは残念そうな顔を浮かべる。
そんな彼女の残念そうな顔を見ていると心が痛む。でも私は春音さんと2人きりで出かけるのを楽しみにしていたから。
そこまで考え、春音さんを何度か見て私は大きなため息をついた。
「少しだけなら……」
「いいんですか!冬華さん!」
「おい、冬華っ」
「連城先生っ!」
私が渋々承諾すると、橘さんと夏目は驚きの声を上げる。そして、春音さんは嬉しそうにはしゃいでいた。
私は、その様子を見て思わず苦笑いをする。
出来るなら嫌だけど。いや、もう逃げ出したいし帰りたいけど、唯一の友達である春音さんのためだと私は苦渋の決断をすることにしたのだ。
それに、ここで断れば春音さんが傷つくかもしれない。
それは私としても避けたかった。だから、私は仕方なく了承したのだ。
すると、私が決断したと同時に空気が一変……ある一場所だけが太陽のように眩しく熱くなりだしたのだ。
「そんじゃまあ、冬華先生の許しも出たって事で……」
と、相葉が呟いたかと思うと彼は夏目を突き飛ばし私の腕を掴むと一目散に走り出した。
突然の出来事に慌てる私。そんな私にお構いなく、どんどん進んでいく。
「俺ここの年パス持ってるんで、良いスポットとかおすすめのアトラクションとか、冬華先生に知って欲しいところ滅茶苦茶あるんですよ」
「引っ張らないで」
私はそう言いながら、強引に私を引っ張っていく相葉の手を離そうとするが、意外にも力が強く離れない。
その様子に気付いたのか、橘さんが慌てて私達を追いかけてきた。
だが、相葉の足は止らない。
そうして、相葉に連れてこられた場所はあの鏡の迷宮だった。




