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7 ええ、相談する相手はあってるわよ?




「――――ということもあって、何だか最近誰かに監視されているような気がして」

「何故、それを僕に?」




 早朝と言うこともあり、カフェのテラス席はいつも以上に静かだった。

 そんな静かな空間で、私と橘さんは紅茶をを飲みながら話をしていた。


 私が、昨日あった出来事を話すと、彼は首を傾げて尋ねてきた。

 どうして、彼にそんなことを言ったのか、と聞かれれば、ただ単に1番相談しやすい相手が彼だからである。



 確かに、過去の彼の私への言動が取り消されるわけでもないし、忘れ許すことは出来ないけれど、こういうのは夏目よりも橘さんに相談した方が良いと思った。他にも候補で春音さんがいたが彼女は当てにならないというか、彼女は巻き込みたくなかった。


 ……なんてこと、夏目にバレたらただじゃすまないだろうけど。


 私は紅茶を啜りながら、橘さんの意見を聞くことにした。

 彼はいつも以上に険しい顔で、考えている様子だった。




「俳優の相葉春夏秋冬ですか……あの目立つオレンジ色の髪の」

「ええ……結構前にぶつかって、その時一目惚れだって……ほんと、今の若者ってどうかしてるわ」




 私は、そう言いながらため息をつく。本当にどうかしてるとしか言えない。

 相葉の言動はどれもかなり目立つ。この間の水族館デートの時もそうだったけど、人目を気にしないあの態度。かなりの大物だと思った。 


 普通人気急上昇中にあんな事すれば反感を買うだろうに。スキャンダルになりかねないようなことをわざと……




「連城先生、失礼ですが最近変わった夢を見ませんでしたか?」

「変わった夢?」

「はい……例えば、イヴェール・アイオライトの夢……とか」




 そういって、橘さんは真剣な表情で私を見てきた。


 普通なら、何を言っているんだと、フィクションの話だと片付けるのだが、この話ばかりはそう簡単に流せるようなものじゃなかった。

 それに、橘さんの言っていることに頷けてしまう自分がいる。


 最近、やたらとイヴェールの夢を見るようになったのだ。前世の私の夢を……




「……はい、また最近。でも、あれはもう終わったこと……の筈で」

「その夢に出てきませんでしたか?オレンジ色の髪の暗殺者」

「え?」




 私はその言葉に驚く。


 橘さんの言うとおり、オレンジ色の髪の男が頻繁に夢に出てくるのだ。

 何故橘さんがそれを?と疑問に思っていると、橘さんは私が質問する隙もなく話を続けた。




「連城先生、この件が解決するまでなるべく誰かと一緒にいて下さい。貴方の身に危険が迫っています」

「そんな、だって……あり得ないでしょ」

「連城先生」




 そう、切羽詰まった様子で言ってくる橘さんに押され私は小さく頷いた。

 彼がそこまで言うのは珍しい。というより、初めてかもしれない。


 私はとりあえず橘さんの言葉を信じることにした。

 けれど矢っ張り実感が湧かない。身の危険がとか、それこそフィクションである。


 だって私はただの作家で、一般人で……




「でも、連城先生がこの話を僕にしてくれて本当に良かった」

「……どういうことですか?」

「これは、彼と春夏秋冬の問題ではなく、僕と春夏秋冬の問題だからです」




と、橘さんは訳の分からないことをいいだした。


 ただ、彼……夏目とは今回関係無いようでそれは何だか安心する自分がいた。

 また夏目を巻き込むことになるのなら……そう思っていたため、橘さんの言葉を聞いて何だかほっとしてしまった。


 しかし、そうなると誰が一体?どういった経緯で橘さんと春夏秋冬に関係が?と思い首を傾げるが、橘さんは答えてくれなかった。 



 ただ言えることは、これは前世からの因縁が関係していると言うことだけ。

 それにまた、イヴェール・アイオライトが関係していると。


 本当に、前世の自分ではあるが、どれだけ面倒な事に巻き込まれているんだと私は心底イヴェールを恨んだ。



 私は連城冬華で、イヴェール・アイオライトではないのだから。




「とにかく……今は様子を見るしかないですね」

「はい……」




 そう言って私は、紅茶を一口飲む。




「それにしても、橘さんって矢っ張り優しいんですね」




と、私はふと思った疑問を口に出す。すると、彼は少し悩んだ後、優しく微笑みながら言った。




「矢っ張りって……僕が優しくするのは、優しくしたいのは冬華さんだけですよ。今も、昔も」




 そう、照れ臭そうに言う橘さんを見て、私は何も言えなくなってしまった。

 きっと、この人は私が気づかないだけで今まで沢山傷ついているのだろうな…… 橘さんの言葉は嬉しいけど、私には応えられない。




「私は貴方の気持ちには応えられない……」

「分かってますよ。それでもです」




と、橘さんは真剣な眼差しで私の手を握った。



 それに、ドキッとする。


 そういえば、ぼんやりとだがイェシェインはイヴェールに触れてこなかった気がする。

 それは、関係が崩れるのが怖かったからなのか、それとも―――――




「僕が永遠の忠誠と愛を捧げるのは、貴方だけです」

「……忠誠って、貴方はもう騎士イェシェインじゃないんだから」

「……」




 そうだ、イェシェイン・マカライトという男は常にイヴェールに対して誠実で優しい騎士だった。策略家だったが、それ以外は優しい、騎士としての忠誠を誓う男だった。


 けれど、今の橘さんはイェシェインではない。橘秋世は騎士という鎖から解放されているのだから、イヴェールという女性ももういないし……新たな恋を見つけて、幸せになってほしいものだと思う。



 でも、橘さんは私のことを……




「癖なんです……けど、これでも、欲深くなった方なんですよ。冬華さんに触れたいとか、自分のものにしたいとか……結局は叶いませんでしたけど」




と、橘さんは悲しそうにいった。


 そんな顔をしてほしくて言ったわけではないのに……



 私は、思わず橘さんの手を握り返した。

 橘さんは驚いた様子でこちらを見る。


 それに私は笑って見せた。


 だって、私は知っているのだ。彼が本当は誰よりも優しくて温かい人だということを。


 あの時のことを許すわけではないし、橘さんを好きになる事はないだろうけど……もし、夏目と出会う前に橘さんが思いを伝えてくれていたら、本当にもしかしたら未来は変わっていたかも知れない。



 けど、もうそんな未来は来ない。

 私には心に決めた人がいるから。


 一瞬にして私の脳内を塗り変えていく眩い金色に宝石よりも価値のあるレッドベリルの瞳。

 俺様キャラで、でも子供っぽくてすぐ嫉妬しちゃうような人。でも、時々格好良くて独占欲が強くて……私はそこにいて良いんだと、愛してくれるそんな人。




「ありがとう、橘さん。貴方が私の編集者で良かった……貴方に出会えて良かった」

「冬華さん……はい、僕も貴方に出会えて良かったです」




 そう言って橘さんは笑った。そして、彼はゆっくりと立ち上がると、次の仕事があるので、と言ってお金を置いてテラス席から去ってしまった。

 その背中はどこか寂しげで、今にも消えてしまいそうな程小さく見えた。 



 それでも私は追うことは無かったし、カップに残った最後の一口を飲んで息を吐いた。





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