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「またお会いしましたね。使用人さん」
「はい、久しぶりです。イヴェール様。今日も美しいですね」
セイズーンはすっかり皇宮の使用人として溶け込み、素の口調が出ることもなくイヴェールと親しくなっていた。
本来の目的を時たま忘れそうになるのだが、彼はプレメベーラの暗殺の機会を狙いながら徐々にイヴェールと距離をつめていたのだ。
しかし、そんなある日事件は起きる。
セイズーンとイヴェールはいつも通り人気の少ない皇宮の庭で談笑していた。
セイズーンは、貴族ではなかったため平民の噂やら、貴族の裏噂話をよく知っていた。そして、そんな彼の話は面白いのか、いつの間にかイヴェールは彼の話を楽しみにしている。
イヴェールから何かを話すことはなく、セイズーンの話に相槌を打ったり、時々感想を述べたりする程度だったがセイズーンはそれでも良かった。
彼女と関わるうちに、彼女が消極的で物静かな女性であることを知ったからである。
そして、今日もセイズーンは旬な話題を持ってイヴェールに会いに来たのだが……
「それで、イヴェール様。今度帝国に平民も通える学校が出来るらしくて……」
「そうなんですか、セイズーン。それは楽しみです」
「イヴェール様」
と、セイズーンとイヴェールの会話を遮るように一人の男が話しかけてきた。
振返るとそこにいたのは、黒髪に孔雀石の瞳を持つ騎士、イェシェインだった。彼は、いつものような笑顔ではなく、眉を寄せ険しい顔でイヴェールを見ていた。
イヴェールはどうしたのかと、イェシェインに尋ねようとしたがその前に彼が口を開いた。
「そちらの方は?」
そうイェシェインは言うとイヴェールの隣に座っていたオレンジ色の髪の男セイズーンに視線を向けた。すると、セイズーンは慌てて立ち上がりイェシェインに向かって礼をした。
セイズーン・スランは言ってしまえば、使用人になりすました暗殺者。
しかし、これまでバレたこともヘマしたことも無い為、今回もごまかせるだろうと高をくくっていた。
従順で、存在感のないただの使用人を演じれば……
そう思っていたのだが、イェシェインはさらに眉をひそめ、可笑しいですね。と首を傾げる。
「最近使用人を雇ったという記録はないんです。それも、オレンジ色の髪の使用人なんて……可笑しいですね」
と、まるでセイズーンに探りを入れるかのようにイェシェインは言う。
イヴェールは状況が理解できず、セイズーンとイェシェインを交互に見る。
しかし、セイズーンは焦った様子もなく口元を緩ませ微笑むと、記録し忘れたのでしょう。とあたかも自分はここの使用人なのだとしらをきる。
その様子を見て、イェシェインはそうですか。と深いため息をついた。
「それでは、貴方は庭師ですか?それとも、掃除夫でしょうか?」
セイズーンは一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐに無表情に戻し、はい。と答える。
そして、イヴェールの方を見ると、彼女はセイズーンの方を不安げに見つめていた。そんな彼女にセイズーンは大丈夫ですよ。と言い聞かせるように優しく微笑みかけた。
一方、イェシェインはと言うと何やら顎に手を当て考えている様子で、セイズーンへの疑いが完全には晴れていないようだった。
しかし、ここで下手に動くわけにはいかないと判断したのかそれ以上は何も言わず、また後で来ますね。とだけ言い残して去って行った。
セイズーンは、イェシェインがいなくなると、はぁーっと大きくため息をつくとその場に座り込んだ。
「セイズーンさん?」
「すんません、ああいう視線……慣れてなくて」
危なかったあと言うように、セイズーンは胸をなで下ろす。
いいや、きっとバレていたに違いない。とセイズーンは考えを改める。あの目は、自分の正体に気付いている目だと。
しかし、何故彼は自分を見逃したのだろうか。
もしかすると、彼もまた人にバレたくない事情があるのではないかと……セイズーンは考える。だが、幾ら考えたところでも結論は出ず、安易にイェシェインを探ろうとするのも危険である。そう判断したセイズーンはイヴェールの方を向き直った。
「セイズーンさん?どうかしましたか?」
今はただこの美しい女神のような少女の隣にいられるなら。セイズーンはそう思いながらイヴェールに向かってにっこりと微笑んだ。
それから暫く経ち、セイズーンはイヴェールと共に庭に出て花壇に水をあげていた。
セイズーンは、イヴェールから何か話を振られるかもしれないと思い期待していたが全くそんなことはなかった。
彼女はいつも自分ではない誰かを思っているような、彼女の瞳に自分が映ることはなかった。勿論、あのイェシェインとかいう騎士でもない。
一体誰を思って彼女はこんなにも美しく微笑むのだろう……その笑顔を向けられている相手はどんな奴なのか……
セイズーンは、少しイラつきを覚えながらも作業を続ける。
そして、ふとイヴェールの顔を見ると、やはり彼女は幸せそうに微笑んでいた。
「この花、殿下が好きな花なんです」
と、無口な彼女が口を開いたのだ。
その時セイズーンは身体に雷が落ちるような衝撃を受けた。
彼女が笑顔を向ける人は、彼女の思い人を知ってしまったからである。
それは、自分では勝ち目のない相手。
「その、イヴェール様は皇太子殿下の事が好きなのですか?」
「え……あ、えっと」
セイズーンはわかりきっていたが、気になってしまいイヴェールに尋ねた。
すると彼女は頬を赤く染め、俯きがちになる。
その姿を見たセイズーンは確信する。
嗚呼、やはりそうなのかと。
そう思うと、胸の奥底から黒い感情が生まれてくる。
嫉妬だ。醜い感情だ。
しかし、次の瞬間イヴェールは暗い顔になる。
「ですが、所詮私は元とはいえ奴隷の身分なので」
と。そして、悲しそうな顔をして笑うと、セイズーンに背を向けた。
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