3 邪魔者、やな者、お邪魔虫
公園に着くと、既にかなりの人混みが出来ており、私は夏目の後ろに隠れるようにしてついて行った。
こんなに人がいては有名人の顔なんて分からないだろうと肩を落とすと同時に、何だかそれとは別に安心感を覚えた。嫌な胸騒ぎが先ほどからするからである。
「何かの撮影かしら」
「さあ。どうせこの人数じゃ見えないだろう」
「……まあ」
夏目は興味なさげにため息をつき私を見た。彼のレッドベリルの瞳は、ただ真っ直ぐ私を見ていて、私しかうつっていなくて……その瞳に吸い寄せられるかのように私は夏目を見つめ返した。
そして、暫くの間見つめ合っていると、急に周りにいた人達がざわめきだし、それに驚いて夏目の背中に隠れてしまった。
「キャー!春夏秋冬君!こっちみて!」
「春夏秋冬主演の撮影現場に来れるとかマジ最高!」
「握手して下さいっ!」
「サインお願いします!」
と、女の子達が騒いでいる声が聞こえ、恐る恐る前を見ると人混みの中、あの鮮やかなオレンジ色の髪がちらりと見えた。その髪色で、圧倒的な存在感で、そこに今人気急上昇中の俳優、相葉春夏秋冬がいるのだろうと私は気づいてしまった。
(な、何でここに―――――!?)
私は夏目の後ろにさらに身を小さくし隠れた。
そんな私の様子に気づいたのか、夏目は後ろを振り返り私を庇うようにして前に出てきた。
私は、夏目の服の裾を掴みながら顔だけ出して様子を伺った。
どうせこの人の量じゃ私の事なんて見つけられっこない、と安堵していると一人の女性が夏目に向かって
「もしかして、モデルですか?」と声をかけ、それに釣られるよう何人かの女性も夏目の周りに集まってきた。
夏目は、困惑する様子もなく視線の集まる相葉の方を見ている。
(そうだった、夏目も存在感が―――――ッ!)
夏目の容姿は、そこら辺のモデル以上で整った目立つ顔立ちに、長い脚、それと眩いほどの金髪にレッドベリルの瞳。
相葉とはまた違う存在感のある男性だった。
遊園地の時のデジャブである。
夏目は目立つ。何もしてなくても、その容姿と圧倒的な存在感で。それは、まるでスポットライトを浴びているかの如く光り輝いている。
しかし、夏目はモデルでも俳優でもない。一般人と言えば一般人……かの有名な財閥の御曹司ではあるのだが。人気俳優がいる、こんな人混みの中でも彼の存在は目立ってしまうのだ。
そんなこんなで、公演には相葉と夏目を囲う2つの輪が出来てしまった。
完全に私は空気である。
いや、この際空気の方がいい。
(自分の恋人がモテるというか格好いいって言われるのは嬉しいけど、何だか複雑)
ここで胸をはって大きな声で、彼は私の恋人です。と言えたのなら、夏目を囲む女性達を一掃できるのかも知れない。しかし、夏目と並ぶには私の容姿は圧倒的に平均値過ぎるのだ。
もしこれが、春音さんだったら……文句は言われないのだろうけど。
そう思っていると、相葉の声が聞えてきた。
「いいよ。今ちょーど、撮影前の休み時間だからさ。サイン?並んで、並んで」
相葉の言葉で周りにいた人達は、一斉に列を作り始めた。
まるで、アイドルだな……と私は思いながら人混みの中に出来た隙間から相葉を見ていた。すると、その僅かな隙間から彼のラピスラズリの瞳と目が合った。
「あ……ッ!冬華先生じゃん!」
と、春夏秋冬は声を上げる。その声に反応して周りの人混みの中からこちらを見る人もいた。
私は慌てて夏目の背中に隠れようとしたが、夏目に手を掴まれてしまった。
そして、こちらに向かって手を振りながら歩いてくる相葉。
「俺のこと覚えてます?この間、ぶつかった……」
そう言いながら、私の目の前までやってきた。
忘れるわけがない。あんな強烈な出会い方。忘れられるはずもない。
そうでなくとも、彼は今をときめく俳優……超有名人だ。
それでも私は関わりたくなく、目立ちたくもなかったので夏目の背中に隠れながら顔を逸らす。
「ひ、人違いじゃない……かしら……」
私がそういうと、相葉は一瞬驚いた表情を見せた後、すぐに笑顔を作る。それはまるで、無邪気な子供そのもの。そして、私の腕を掴み無理矢理引っ張り出した。
いきなり引っ張られたのと、身長差のせいで足がもつれて転びそうになる。
それを受け止めたのは、相葉ではなく夏目だった。
支えてくれたお陰で倒れずに済んだのだが、ありがとうと言おうとして夏目を見上げたら彼はかなり、いやもう格好いい顔が台無しになるんじゃないかと言うぐらい怖い顔をしていた。
「俺の彼女に何のようだ」
「え、冬華先生って彼氏いたの?」
と、相葉は驚いている様子で私を見る。
以前の私なら、恋愛自体くだらない、興味がない、夏目の言葉を全て否定していただろう。
しかし今は、夏目の彼女で、夏目の彼女扱いされるのは少しだけ嬉しい気持ちもある。
だが、私の口から彼氏ですだの恋人ですだの言えない……勇気がない。
私がそんな風にたじろぐと、夏目は一度冷たいレッドベリルの瞳で私を見下ろすとすぐに相葉に視線を向けた。
かなり怒っている。顔を見なくてもその空気だけで。
「俺は、彼女とのデートを邪魔されて酷く機嫌が悪い。それに、俳優は恋愛禁止なんじゃないのか?」
と、夏目は低い声で春夏秋冬に言った。すると、相葉は眉間にシワを寄せる。
「……俺は生憎アイドルじゃないんで。そんな法律もルールも存在しない」
相葉は肩をすくめ、挑発的な笑みを夏目にむけた。