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2 やり直しデートは順調



「か、可愛い……」




 私は分厚い水槽に手を当てながら強化ガラスの向こう側にいるペンギンを目で追っていた。


 休日の早朝であったが、水族館は混んでおり家族連れや学生達……そして何よりカップルで溢れかえっていた。そんな中、私達はゆっくりと館内を見て回っていた。

 そこで、ふらりと立ち寄ったペンギンのブースで、ぺたぺたと短い足で歩くペンギンの可愛さに胸を撃ち抜かれてしまった。


 この水族館はかなりの大きさで、リアルなぬいぐるみを販売していることも有名なので是非買おうと私は心に誓った。

 それにしても、人が多くて下手するとはぐれてしまいそうだった。




「夏目は、見たいものあるの?」

「いいや、特にないな。だが、冬華がはしゃいでいる姿は見たい」

「……うわ」




 思わず本音が漏れてしまった。


 別に嫌なわけではないのだが、あまりにもストレートすぎる発言に引いてしまった。

 しかし、そんなことを気にもせず夏目は私の隣に立ちじっとこちらを見ていた。




(私だけがはしゃいでいるみたいで、なんか嫌だ)




 夏目も楽しみにしていてくれたんだろうと思っていたが、彼が楽しみにしていたのはあくまでデートだけだった。そりゃそうかも知れないけど、やっと二人で水族館にこれたんだし、もっと魚をみたり、ペンギンとかイルカとかも見るべきだと思う。


 私は、夏目の視線を無視しながら再びガラスに手を当てた。そうして、ふとガラスに映るイヴェールの姿に私は目を細めた。




(あの時、全て終わったはずなのに……)




 橘さんの事も、夏目のことも……全てあの数ヶ月前に解決したはずだった。

 前世の柵を振り切って、私達は前に進んだ……筈だったのに。



 最近また夢を見るのだ。

 イヴェールの夢……靄がかかって思い出せないが、鮮やかなオレンジ色の髪の男のことも。




「冬華、冬華?」

「あ、ああ、何?夏目。どうかしたの?」

「いや、お前こそ声をかけても反応しないから……心配したんだぞ」

「そう、ごめんなさい。考えごとしてて」




 そう言って、私はもう一度ガラスに手を当てる。すると、隣にいた夏目が私の手に自分の手を重ねてきた。驚いて彼を見れば、夏目は真剣な表情をしていた。

 何か言いたいことがあるのかと思い、黙って彼の言葉を待っていると彼はゆっくりと口を開いた。




「他の男のことでも考えていたのか?」

「何で、そうなるのよ」

「……以前、お前は彼奴とここに来ていた」




と、夏目は低い声で言った。


 ああ、彼が少し乗り気じゃなかったのはそういうことか。

 私は、彼の方を向き貴方も同じじゃないと睨み付けてやった。




「貴方だって、以前春音さんと着てたわよね」

「……っ」




 私がそう言うと、夏目は顔を歪めた。


 夏目には悪いが、ざまあみろと思った。


 夏目と喧嘩別れというか、あの時夏目は私を私としてみていなかった。イヴェール・アイオライトとして私を見ていた彼は、私との意見の食い違いで喧嘩し約束していた水族館デートが出来なかった。

 そうして、今度は遊園地デートの二の舞いにはならないぞと予行練習だと言って春音さんを連れてここに来ていた。


 まあ、言っちゃえば私も橘さんに誘われてきていたからお互い様なのだけど。


 だから、お互い気まずいのだ。


 あの時でもお互いを思っていたからこそ、違う人と来るのは気が引けたし、何より私は夏目と別れた後も夏目のことが好きだったから春音さんと水族館に来ていた夏目をみて酷く胸が締め付けられた。

 今ではそれは、腹立たしいこととしてすますことが出来るのだが、当時の私は辛かった。

 結局エスタスと同じように、イヴェールではなくプレメベーラを選んだのかと。




「いいわよ、私もあの人ときてたしお互い様。それをずるずる引きずって、ここで出さないで。私に当てないで」

「お前は……」

「蒸し返されるの嫌いなの。今は、楽しみたい。ようやくこれたデートなんだし……それに」




と、私は周りに少しばかりの野次馬が出来ていることを夏目に目で伝えた。


 小声で話していたはずが、いつの間にか誰が見ても分かるぐらいの痴話喧嘩に発展していたのだと反省する。

 夏目は、苦虫を噛み潰したような顔をしたがすぐに自分を抑え、分かった。と渋々了承してくれた。


 元はと言えば、夏目の方が悪いのに……そう思いつつ、口に出すことなく私達は次のブースに回ることにした。



 この間はこれなかったイルカショーを見たいのだ。






「席はどうする?」

「うーん、なるべく前で見たいけど……でも水被っちゃうかも知れないし」




 そう言って悩んでいる間にも、イルカショーの会場にはぞろぞろと人が入ってきていた。




「せっかく来たんだ、前で見ればいいじゃないか。俺は別に水がかかっても文句は言わない」

「そう?じゃあ、前で見ましょう」




 私は、夏目の言葉に従い前に座った。


 それから程なくして、司会の女性が出てきて挨拶をし、ショーが始まった。

 この水族館で一番の人気者だというイルカが数頭出てき、トレーナーの指示の元、見事なジャンプを披露する。 

 会場からは拍手と歓声が上がった。




「凄い。ドルフィントレーナーについて少し調べてみようかしら」

「小説のネタか?」

「あ、ああ、まあ……職業病」




 そう言いながら、私はイルカ達の動きやトレーナーを観察してメモを取る。 

 やはり、イルカ達の動きは素晴らしい。人間の感情を読み取り、その通りに行動できるなんて……まるで、人間みたいだ。


 そうして、私の興味がイルカ達に向いているうちに夏目は私の頬に触れてきた。




「な、何?ここでは、ダメよ」

「何のことだ?まさか、キスされるとでも思ったのか?」

「ち、違うわよ。馬鹿」




 私がそう言うと、夏目はクスリと笑った。

 いつもの流れならキスしてくるだろうと思ったからだ。




(期待……してた?いや、そんなわけない)




 いつもの流れでされると思っていたのもあり、きっと心の何処かでキスされることを期待していたのだろうと恥ずかしくなってしまった。

 それほどまでに夏目を求めている自分がいる。夏目は余裕ぶっていて、私だけが乱されている。


 何だか悔しい。




(惚れた方が負けなはずなのに……好きだと自覚して、いざ恋人になってみたらこう……)




 知らない自分が引きずり出されるような感覚……少しそれが恐ろしく思えてしまった。


 連城冬華という女は、恋愛作家でありながら氷のように冷たくて、心は凪いでいる……そんな感情なんかに振り回されない大人の女性だと自分でも思っていたのに。


 だから、私は気づかぬフリをしてそのままショーを眺め続けたのだった。





 イルカショーが終わった後、私達はお土産コーナーに足を運んでいた。

 イルカやペンギンなどのぬいぐるみ、キーホルダーなど沢山の種類があり、目移りしてしまう。 

 その中でも、特にメンダコのキーホルダーに目が行き私は思わずそれを手に取った。




「それが欲しいのか?」

「青と赤……色違いだし、私と貴方でつけたら可愛いかな……とか」

「ほぅ……ペアルックか」

「ぺあ、る……ああッ!違う、そう言うんじゃなくて!その、違う!」




 そう言って、私は慌てて手に持っていたメンダコのキーホルダーを棚に戻した。

 ペアルックって、カップルがやるものでしょ!?と、一人で突っ込みを入れていると、夏目はニヤリと笑って私を見ていた。 


 顔に熱が集まってくるのを感じる。

 確かに、カップル……恋人だからペアルックをしても可笑しくはないのだが、全くそういう意図なく発言してしまったため、恥ずかしさが余計に増す。


 夏目は、買えばいいじゃないか。と言って私が戻したメンダコのキーホルダーを赤と青の2つを持ってレジに行ってしまった。



 そんな夏目を呆然と眺めながら、私の周りでお揃いのマグカップやらTシャツやらを買っていくカップル達を見て私はなんとも言えない気持ちになり、気まずくなったので夏目に黙ってショップの外へと出た。


 この水族館の隣には大きな公園がある為そこを見て待っていようと思った。


 また、公園には色とりどりの花が咲いており、季節によって様々な色に染まり公園をよりいっそ美しく見せる。今の時期だと春の花、桜だ。

 まだ満開ではないが、それでも綺麗な花を咲かせていた。他にもチューリップやパンジーなども咲いている。

 そんな花達を見ながらベンチに座っていると、先程購入した商品が入った袋を持った夏目がやってきた。




「早かったわね。混んでなかった?」

「並んでいた奴らが、順番を譲ってくれたんだ」

「へぇ……」




 そんなことを言いながら夏目は私の隣に腰を下ろした。 

 私達の間に沈黙が流れ、風に運ばれ桜の花びらが膝の上に落ちてきた。




(何で何も話さないのよ……!?)




 いつもなら、夏目の方から話しかけに来るくせにと夏目を見ると、彼は桜を眺めているようで私のことなど眼中にないようだった。

 それがまた腹立ったが、私は何とかこの沈黙を破ろうと口を開いた。すると、次の瞬間何やら公園の方で女性達の黄色い歓声があがったのだ。




「気になるのか?」

「え、まあ……芸能人でも来ているのかなって」

「見に行くか?」




と、夏目は立ち上がり私に手を差し伸べた。


 別に、そこまで興味があったわけではないし、行くとは言っていない。けれど、ここで断れば変な雰囲気になってしまうかもしれないと思い、私は渋々その手を取った。


 夏目は私の手をギュッと握ると、私の歩幅に合わせて歩き出した。





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