記憶 ◆
プレメベーラ・スフェーン伯爵令嬢は度々暗殺者に命を狙われていた。本人は、その自覚が全くなく、奇跡に等しい回避術で暗殺者の魔の手から逃れてきた。
それは、プレメベーラが皇太子の婚約者候補として皇宮に出向くようになってからも何一つ代りはしなかった。
そんなプレメベーラを狙う暗殺者の一人、セイズーンは見張りの目を盗み使用人の姿に化け皇宮に潜入していた。
何百といる使用人に化け、彼女に近づくのはそう難しくなかった。
だが、ある日その変装に気づく人物が現われる。
それは、セイズーンがこそこそと庭でプレメベーラの様子をうかがっているときだった。
「誰ですか?」
セイズーンは、驚き振返る。
しんしんと降る雪のように落ち着いた儚い声色。くすんだ黒髪に、青い瞳を持つ女性がそこにはいた。
見たところ、使用人ではないらしい。しかし、貴族のご令嬢でもない様子……
セイズーンは、平然を装い彼女から距離を取った。暗殺者として数々の依頼をこなしてきたが、背後を取られたのは初めてだった。
まるで雪のように溶けてしまいそうなほど儚い彼女に目を奪われた。
プレメベーラよりもずっと、うんと愛らしい彼女に……
「新人の者で……まだこの皇宮の内部構造を知らないのです」
「今すぐ知る必要があるのですか?」
と、彼女は疑い深い目で見てくる。
使用人が迷子など目も当てられないだろうと、彼女を説得しようとするが彼女は引き下がらなかった。冷たい海の底のような瞳には強い意思があるようで、その水の中で燃える炎のような瞳にまた目を奪われる。
セイズーンは、ちらりと後ろを見、プレメベーラがいなくなったことをさとると目の前の彼女と真剣に向き合った。
彼女は一体何者なのか。
皇宮内を自由に動ける女性がいたことに驚きつつ、さらに驚くべき事は彼女の存在を全く一度たりともここに来てから耳にしていないこと。まさか、幽霊なのかとセイズーンは彼女を疑ったが、足もあればしっかりと息遣いも聞こえる。生きている人間であった。
「何か、私についているのですか?」
「い、いいえ。ただ、その綺麗だなあ……と」
「お世辞ですか?」
と、彼女は眉をひそめた。
その姿一つとっても愛らしく、セイズーンは息をのむ。
こんなに美しく、愛らしい女性がいるのにどうして皇太子は彼女に見向きもしないのだろうとすら思うほどだった。
セイズーンは、彼女をもう一度しっかり見、気づけば彼女の手を握っていた。
「えっと……」
「すみません。できすぎたまねを」
「そんな……気にしないで下さい。私に構う人などいないので」
そういう彼女は何処か悲しげで、庇護欲がくすぐられる。
暗殺者、殺す立場であるというのに守る……トはどういうことなのだろうかと、セイズーンは自分の中の矛盾に頭を抱えた。
しかし、それにしても彼女は――――――――、
「名前は」
「はい?」
「名前は、何というのですか?」
自然と開いた口からは、そんな言葉が出ていた。
彼女のことを知りたいと。これは、運命の出会いなのではないかとすらセイズーンは思った。この機会を逃したら、彼女にもう二度と会えないような気さえしたから。
彼女は困ったような表情を浮べ、それからフッと微笑んだ。
「イヴェール、イヴェール・アイオライトっていいます」
そう彼女が答えた瞬間、セイズーンの心は大きく揺れ、地が揺れるような火山が噴火するような感覚に陥る。
セイズーンは今この瞬間、イヴェール・アイオライトに恋に落ちたのだった。
(略称)タイプじゃないのでお帰り下さいの続編となります。
あちらとは、少し題名が違うので新たにこちらで連載という形になります。
言ってしまえば、こちらは冬華と夏目の恋人編。やっとラブラブするのか……と思いきや矢っ張りそうはいきません。
新たな刺客も交えた、二人のラブストーリーをお楽しみいただけると思います。
前作を読んでいない人は是非、読んでもらえると嬉しいです!
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P.S.
実は私……今日が誕生日なのです。よければ祝って下さ……