この度、「勇者よ、死んでしまうとは情けない」と告げる係に任命されました。
楽しんで頂けると、幸いです。
◇で視点変更入ります。
どうか………伝わりますように。
きっと………届きますように。
震える手で書いた、つまらない言葉だけど。
私は此処で待っています。
ずっと、ずっと、待っています。
信じているわ?
だって、貴方は言ったんだもの!
「絶対帰って来る」って。
◇
四歳の頃、だったと思う。
行商人だった父は魔王軍の侵攻に巻き込まれて帰らぬ人となり、私は神殿に売られた。悲劇としてはよくある話だ。
ご飯は毎日食べれたし、頑張れば、神官にだってなれると言う。だから私は、真面目に真面目に仕事を続けた。
そして十年後。
もしかしたら神官見習いになれるかも………という話が出た所で、神官長様に呼び出された。
嫌な予感がしながらも断る事も出来ず、私は神官長様の部屋へと向かった。
―――その先で、私の人生が大きく変わる出来事が待っているとも知らずに。
「今日から君は神官だ。よく務めなさい」
…………はい?
嫌々ながらも向かった先で待っていた神官長は、思いもよらない言葉を告げた。
「神官長様。恐れながら、私は神官になる為の推薦も教育も受けていないのですが……」
「あぁ、今回は特例だから気にしないで良い。君にこれからやってもらう事になる役職に、相応の身分が必要だったと言うだけの話だから」
「はい?」
やってもらう役割?
あ、どう考えても面倒事………
「それに関して話す前に、先ずはこの契約の石板で、『契約内容を漏らさない』と神に宣誓して欲しい。国家機密に属するので、誓約が無いとこれ以上は話せないんだ」
すっと契約の石板が目の前に差し出された。契約の石版を用いて行った契約は絶対。呪いによって物理的に破れなくなるし、無理して破ると死んでしまう。
何に対して誓うかで効力は変わってくるけれど、神の名の下に契約とかしたら一生行動を縛られるレベルの契約になってしまうので普通はやらない。
………つまり、これ使うって事は国家機密レベルの事ですよね?
やだ!絶対関わりたく無い!!
「残念ながら君に拒否権はないよ?すまないが、どうか受け入れてほしい」
…………ですよねー。
「承知しました…………」
うん。どうしようもないな、諦めよう。今日死ぬよりはマシでしょう……多分。
諦めにも似た感情のまま、流されるままに誓約をした。チクッとした痛みと共に手の甲に荊のような模様が浮かび出る。この模様がある限り、私は契約を破る事が出来ない。
………やっちゃったなぁ。
ため息が漏れる。
私の手に出来た契約の証を確認して、神官長様がお話を続ける。
「さて、では君にこれからやってもらう事なんだが……近いうちに勇者が召喚される事は知っているかな?」
「はい」
つい最近、王家が大々的に発表してましたから。
勇者。
王室に古くから伝わる勇者召喚の儀によって異世界から呼び出される、神から愛された存在。人類絶滅を避けるために遣わされる、最強の守護者。
魔法や武術なんかの戦闘力は言うまでもなく、何よりも凄まじいのは生き返る事。
そう。何度死んでも、勇者は最寄りの神殿で蘇るのだ。
絶対に死なない。
故に、最強。
そんな伝説の存在である。
わざわざそんな話をしたと言う事は、勇者関係の事なのだろうか。それなら国家機密と言うのも納得だ。
「察しの通り君には勇者に関係した仕事についてもらうんだが………」
と、急に神官長様がすごく微妙そうな顔をされた。
え、何?何をやらされるの!?
「その………あまり馬鹿にせずに、出来れば落ち着いて聞いてもらいたい。―――君には、勇者が復活する度に“勇者よ、死んでしまうとは情けない”と言う役をやってもらう事になる」
「……………………はい?」
真顔で何言ってるんだ、このお爺ちゃん?ボケたのかな?
思わず顔に出ていたのか、神官長様が慌てながら言葉を付け足す。
「待ってくれ!君が何を思ってるのかは予想がつく!私だって王家から聞かされた時は“アホか”って思ったよ!!でもこの役目にはちゃんと目的があるんだ!」
「……………お聞きします」
お爺ちゃんがボケてないかは置いておいて、取り敢えず話を聞こう。
「勇者様は何度でも蘇るだろう?それこそが勇者様の特権なわけだが…………何度も何度も死を経験した人間が、正気でいられる訳がない。何度も死を経験すると、少しずつ心が歪んでいくんだそうだ」
「それは………」
成る程、言われてみれば当たり前の話かもしれない。生き返るからって、何度も死んでいたらおかしくなるのは簡単に想像できる。生き物は本来、死を経験出来ないのだから。
「ここだけの話、歴代の勇者様には、狂ってしまって“歩くのが面倒”なんて軽い理由で自殺するようになってしまった方もいたらしい。我々がサポートする必要があるわけだ」
「それはそうですが……」
話としてはよく分かる。自殺云々は置いておいても、勇者様をサポートをするのは当たり前だろう。こちらの勝手を押し付けるのだから。
―――でもそれが、私の意味不明な役割とどう関係するのだろうか?
「そのサポートの一つが、君の役目だ。“情けない”なんて言われるのは人間誰しも嫌だろう?神殿に行くのが嫌な事になれば、自然と死ぬ事を避けようとするものだ。馬鹿みたいな話だが、実際に効果があるそうだよ」
「成る程……」
仰っている事はよく分かった。“でもそれって担当を用意しなくても良いのでは?”と疑問に思ったので聞いてみると、神官長様はちゃんと答えてくれた。
「うむ、それには二つ理由がある。一つ目は、勇者様の弱点を知る者は少ない方が良いこと。特に魔族に知られてはマズイ」
「ですね」
言われてみれば当たり前だ。復活を繰り返すと心が蝕まれるなんて事実が魔族に漏れたら、神殿で出待ちとかされかねない。
「二つ目は君が選ばれた理由でもあるが、この役目は文字が読めないし書けない者がやる必要がある事。悪意を持った人間が、復活したばかりで精神的に動揺している勇者様に変な思想を吹き込んだら大惨事になる。だから君には、あらかじめ決めた言葉しか話せなくなる呪いを受けてもらう。要は、意思伝達手段があっては困るという事だ」
「………よくご存知ですね」
そう、私は文字が読めないし、書けない。私みたいな人は珍しくもないけど、神殿で、かつ神官長も知りうる人でってなると、確かに私くらいしかいないかもしれない。
「―――すまないね。こんな役目を任されても不快だろうが」
「いえ、仕方ない事ですので」
どちらかと言うと、権力で無理やり命令せずに、こうして対話して下さっている神官長様に感謝するべきなのだ。どうせ断れるわけでもない。
「出来る限り努めます」
「すまないね。よろしく頼むよ」
そんな会話があってから一ヶ月程経った頃。勇者様が召喚されたと聞いた。
勇者様の旅の準備を他のサポート役の方々と一緒にしていて忙しかったから詳しくは知らないけど、どうやら歴代でも戦闘力に長けた方らしい。
まだ訓練中で実戦には出ていないけど、そうそう殺される事はないだろうとの話だ。
私も出来れば嫌味なんて言いたくないので、役割が回ってこないならそれはそれで有難い。
―――このまま何事もなく魔王討伐まで行ってくれるかなー、と思っていたのが悪かったのだろうか?
勇者様が初めて実戦に出たその日に、私は初めての仕事をする羽目になった。
「―――う、此処は…………」
「勇者よ、死んでしまうとは情けない」
専用の台座から眩い光と共に復活した勇者に、私は規定どうりの言葉を告げた。初めてのお仕事、抜かりはない。
今日死ぬのは完全に予想外だったけど、勇者様が実戦に出たと聞いて控室にスタンバイしてたのが功を奏したみたい。間に合って良かった。
お仕事が出来て安心する私は気付かなかった。
復活して早々に嫌味を言われた勇者様が、青筋を立てていた事に……。
「あぁん?喧嘩売ってんのかオラ?」
「ヒェッ」
初めて見る勇者様は、髪を染め、両耳にピアスを付け、額に青筋を立てた……………随分とこう、お強そうな方だった。
具体的には、治安の悪い地区の裏路地とかにいそうなタイプの……。
―――ちょっと待って、こんなの聞いてないよ!?
ガラ悪い!!
思ってた以上にガラ悪いよ勇者様!!
え、私この人に嫌味言わなきゃいけないの!?
ビックリしているうちに、気付けば胸倉掴み上げられて吊るされていた。私の両足が地面を離れてプラプラと揺れる。
当然、私の眼の前には嫌味言われてブチギレてる勇者様のお顔が……。
ちょ、怖い怖い怖い怖い……
「殺された勇者に対して随分な言い草じゃねぇかオラ?」
ガタガタガタガタ…………
「黙ってねぇでもう一回言ってみやがれやクソアマァ!」
それもう一回言ったらダメなやつですよね!?
でもこれ以外喋れないし!?
混乱する理性を置き去りに、恐怖のあまり私は口走っていた。本来なら、謝罪か命乞いであった筈の言葉を……。
「ゆ………」
「あぁん?」
「勇者よ、死んでしまうとは情けない……」
「良い度胸だコラァ!!」
ですよね!?
でもこれしか喋れないんです!
許して!これがお仕事なんです!
私がやりたくてやってるわけじゃないんですー!!
怒りで顔を真っ赤にした勇者様が拳を振り上げる。
召喚された勇者様の戦闘力は、神様によって強化されている。魔物を片手で殴り殺せるくらいには。
つまり、私なんてイチコロだ。
―――死。
避けられないそれを前に、知らず目を瞑り、体が硬直する。死を受け入れられない本能がもたらした、最後の抵抗だろうか?
しかし、来ると思っていた衝撃が私を捉える事は無かった。
恐る恐る目を開けると、映ったのは呆れたとでも言いたげな勇者様の表情。
「……くだらねー」
ボソリとそう呟き、呆然とする私をポイっと投げ捨てて、勇者様は立ち去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、未だに震えの止まらない体を抱きしめて、心の底から私は思った。
―――もう辞めたい……この仕事。
◇
何の役にも立たないクソみたいな学校生活、「頑張れ」しか言わない両親、何となくでグダグダと群れるだけの友人達。
一言で言うなら、腐っていた。
勉強はできない、素行も良くない、グレてもキレても相手にされない。そんな何処にでもいる不良の下らない毎日は、突然現れた魔法陣によって終わりを告げた。
馬鹿みたいだよな?
平和のために魔王を倒してくれって、ただの不良に言われたんだぜ?
神様から大層なチート渡されてよ。
それでも最初は嬉しかった。主人公になれたみたいで。
騎士共や魔術師共には簡単に勝てた。
それが自信になった。
こんな雑魚ばっかの世界なら、俺だってやれるってな。
人を殴るなんて一度もしたことのねぇ行儀の良い奴らじゃなく、俺みたいな不良だからこそ…………出来ることもあるかもしれないって思ったんだ。
でもそんなわけ無かった!
脅迫ばっかりで格上とケンカもしたことない学生が、いきなりガチの殺し合いなんて出来る訳がねぇ!!
騎士共の言う事も無視して碌に訓練もせずに王都を出た俺は、気付けば俺と同じくらいのサイズの狼達に囲まれていた。
その時点でチートを使えば簡単に勝てた騎士共や魔術師共との訓練の中で得た自信なんて、一瞬で粉々にされたさ。
血の臭いが混じった、生臭い吐息
何処からともなく聞こえる、身の毛もよだつ咆哮
俺を囲む狼達が発する、人生で初めて向けられた殺気
体が震えて、碌に戦えなかった。
雑魚だと思って無視した騎士団の連中は普通に戦ってるってのによ。
人間なんて鍛えなけりゃ、ただの被食者なんだ。そんな当たり前の事実を思い知った時には、既に狼の顎が眼前に迫っていた。
―――そして勇者だなんだと煽てられ、調子に乗っていた俺は、あっさりと殺された。
目が覚めると、真っ白な天井が見えた。
ステンドグラスから柔らかな光が差し込んで来る。
話には聞いていたが、本当に復活するらしい。まるでゲームだな。
そんな感傷を抱いた時だった。
俺を馬鹿にする声が聞こえたのは。
「勇者よ、死んでしまうとは情けない」
あぁん!?
多分、ストレスが溜まっていたのだと思う。自分を馬鹿にする言葉に一瞬で腑が煮えたぎって、視界が真っ赤に染まった。
ハッと我に帰った時には、俺は真っ青になって震える少女の胸倉を掴み上げ、拳を振りかぶっていた。
―――今、殴ろうとしてるのか、俺は?
日本にいた頃だって、子供だけは絶対に殴らなかった。信念とかそんなんじゃない、カッコ悪いからだ。
その俺が、こんな少女を、殴ろうとした。
……………………ダッセェな、俺。
ムシャクシャしてた?死んだばっかで不安定だった?
関係ねぇだろ、そんなん。
俺の力でぶん殴ってたら、この少女は今頃死んでたんだぞ?
気分が悪りぃからって、子供を殴るとか、殺すとか……そんなゴミ野郎にいつなったんだよ!
「……くだらねー」
誤魔化すように拳を下ろし、胸倉を掴んでいた手を離して立ち去った。
子供が言っていた事は、単なる事実だ。
「情けない」…………その通りじゃねぇか。理不尽に子供を殴る、ゴミ野郎になりかけてたんだからよ。
先ずは騎士共と魔術師共に、頭下げて鍛えてくれって言おう。
―――じゃなきゃ俺はこの世界でも……何も出来ねぇクズになる。
俺はクズになりかけていたと、そう認めてから毎日は変わった。
嘲笑われるのを覚悟して頭を下げに行ったら、騎士団長からは逆に、「守れなくてすまなかった」と謝られた。
俺が自分勝手に突っ走った事も、「新人は皆通る道だ、気にするな」って笑って許してれた。
鍛え直してもらう中で、妙に無口な奴がいて疑問を持った。別に愛想が悪い奴でもないのに、俺が話しかけると申し訳なさそうに黙るんだ。
騎士団長に聞いてみたら、呪いを受けているんだと言う。俺が妙な思想を吹き込まれないように、信頼できるベテラン達以外は俺に対して決まった事しか喋れなくなっているらしい。
まるで本物のRPGみたいだな。馬鹿馬鹿しい。
止めてくれと言いたいが、解呪の条件が“魔王を倒す事”だからどうにも出来ないと魔術師団長に言われた。
その話を聞いた日の夜に、俺に「情けない」と言ったあのガキが、呪いを受けていたんだと遅まきながら気づいた。自分の馬鹿さ加減に泣きたくなる。
きっとああやって、俺が死んだ事を馬鹿にするのが仕事なんだろう。何でそんな意味不明な事をしてるのかは疑問だが、ただ仕事をしてるだけの子供を、殴ろうとした事実は変わらない。
謝らなきゃいけないと思った。
「ぴぇっ」
神殿を訪ねてきた俺を見たガキの反応である。
そんな“ついに私を殺しに来たんですか!?”的な反応せんでも良かろうに。
「いや、取って食うわけじゃねぇんだから、そんなに怯えんで良い」
ガチガチ震えながら、涙目で逃走経路を探しているガキに頭を下げる。
「その……悪かったな。もう二度とあんな真似はしねぇよ」
「?……………!!」
ワタワタ、バタバタ
「ブハッ」
不思議そうな顔をしてから、何かに気付いたように大慌てするガキの姿に吹いた。
「プ……ブハハッ。いや、俺が頭下げたくらいでどうこうならんぞ。ちょ、面白いからそんなに慌てんなって」
「ゆ、勇者よ!!死んでしまうとは情けない!!」
何やら抗議するように真っ赤な顔で両手をブンブン振り回しながら、少女が叫ぶ。
笑うんじゃないって抗議してんな、これは。
「すまんすまん。いや、もう笑わんから許してくれ」
「勇者よーー、死んでしまうとはーー!!」
次やったら許さないんだからー!!って感じかね。
「分かったって。もうやらんから許してくれって」
いやぁ、面白いなぁコイツ。
それからも訓練の合間に何度か会いに行った。
毎回会いに行くたびに反応が面白くて揶揄ってばかりだから怒られるけど、小動物みたいで可愛かった。
そんなこんなで、二ヶ月程経った頃。
王都の外で、実戦に出向く事になった。
王国中を巡りながら戦うことになって、騎士団や魔術師団と一緒に、あの少女もついて来た。
「いや何でお前もついて来るんだよ!?」
「勇者よー、死んでしまうとはなさけなーい」
“はぁ、知らないの?やれやれ”みたいな仕草しながら言ってきやがる。ナチュラルに腹立つな、こいつ。
「ったく、泣き虫の癖に生意気な!お前みたいな奴にはこうだ!!」
「ゆゔじゃー、じんでじまうとはー!!!」
両手で頭ぐりぐりしたら、ちょっと涙目になりながら叫びだしたので程々にしてやって、微笑ましそうに俺たちを見ていた神官長殿に何故こいつが此処に居るのかを聞く。
どうやら、俺が死ぬ度に馬鹿にするのがこいつの仕事で、俺が実地訓練で死ぬ可能性があるから、復活場所である最寄りの神殿でスタンバイする為について来たとのこと。
何だそのアホらしい理由。
「はぁ、分かったよ。こいつに危険が無いならどうでも良い。どうせ会う事もねぇだろうしな」
要するに、死なない限りこいつに馬鹿にされる事はないって事だ。なら多分大丈夫だろ。二ヶ月前の俺ならともかく、今の俺ならそうそう死なないって。
―――そう思っていた時期が俺にもありました。
「勇者よー、死んでしまうとは……情け…ブフッ……ない」
「うっせー、笑うんじゃねぇ!ゴブリンと戦ってたら後ろからドラゴンに襲われるとか予想できねぇっつうの!!」
俺が「どうせ会う事もねぇだろ」とかフラグを建てたその日に死に戻ったので爆笑している少女にキレる。
あんなん無理に決まってんだろ!畜生!!
因みにドラゴンは俺を倒した後、特に何もせず帰って行ったらしい。魔王軍とも関係ない野良の竜らしく、何故わざわざ俺を襲ったのかは完全に謎だそうだ。神の悪意を感じる。
フラグ建てたから回収にでも来たのか!?
あー、腹立つ!!
結局それからも、実地訓練中に何度か死ぬ羽目になった。
半分以上は俺が、騎士団長と魔術師団長に、できるだけ早く強くなりたいから、死人が出るくらいスパルタでって言ったせいだ。だって魔王軍の進行状況的に悠長にしてる時間無かったし。
代表的な死因としては、
サキュバスに魅了されてホイホイついて行って死んで、「勇者よー、死んでしまうとは情けなーい」って色気のいの字もないお子ちゃまにメチャクチャ馬鹿にされたり、
怪鳥に攫われたガキを助けに行った先で力尽きて、「ゆうじゃよー!!じんでじまうどは、なざげない」ってヒナ鳥の餌になりかけてた少女にギャン泣きされながら言われたり、
なかなか強くなれない事に焦って無茶な戦い方して死んで、「勇者よ!死んでしまうとは情けない!!」ってブチ切れたガキに説教されたりした。―――いや、「勇者よ、死んでしまうとは情けない」しか言ってないのに、何で説教されてる内容が分かるんだ?こいつ………何処でこんな無駄に高度な技術を!?
何ヶ月も王国中を巡る旅をしていると、自然と他の人間との距離感も変わって来る。
特に仲が良くなったのはやはり神官の小娘で、近所のクソガキくらいの距離感が気付けば妹くらいの距離感になっていた。
小娘の方も怪鳥に攫われた後助け出された時くらいから、街の外に出る時は俺のそばを離れなくなった。どうやら本当に怖かったらしく、身を挺して助けた俺の好感度が爆上がりしたようだ。信頼されてるなーと嬉しくなる。
信頼できる相手が出来ると、自然と他の人間には言えなかった悩みが口から出るようになった。
この少女、普段は仕事がないからと懺悔室で聞き手役をしているらしく、聞き手として優秀なのだ。
元の世界では腐ったクズだった事、親や教師は「頑張れ」しか言わなかった事、何をしたら良いのか分からなくて毎日苦しかった事…………
誰にも言えず、澱のように溜まっていた不満や不安を吐き出して行くと、「勇者よ、死んでしまうとは情けない」しか返答が無くても、心が少しずつ上向きになっていくのを感じた。
そして、王国に召喚されてから一年ほど経った頃。
「勇者よーー!!死んでしまうとは!!!」
「いや、『やだ!私もついてく!!』って言われても仕方ねぇじゃん?そろそろ魔王倒しに行かないとマズイって言われたんだからよ。それに、お前みたいなガキを連れてけるわけねぇだろ?」
泣きながら服にしがみつく少女に、おれは苦笑しながらも別れを告げる。もうすぐ始まる魔王討伐の為の遠征に、この少女を連れて行くわけには行かないのだから。
言っちゃ何だが、これから旅立つ俺たちは決死隊だ。可愛い妹分を、一緒に死地に連れて行くわけにはいかねぇだろう?…………それにしても、何言ってるのか随分とよく分かるようになったもんだなー、俺も。
「ゆーうーしゃーー!!」
「いや、駄々捏ねられても困るんだって。お前の役割は聞いたけど、俺が呪いの件も復活の欠点も知った以上、わざわざ他の神殿に連れて行く必要がないって王様から言われてるんだよ」
てか、既に説明と謝罪を受けてる筈だよな?
いくら王家に伝わる伝承に書かれていたからって、意味不明なことして悪かったって。
いや、まぁ意味が無いとまでは言わないけど、洗脳されないように話せる言葉を制限するとか、死にたくなくなるように神殿で嫌な思いをさせるとか、効率悪いでしょ。
人にもよるだろうけど、俺は単純だから直接注意してくれた方がありがたいよ。
………“復活を怖がり王都から出ようとしなくなった勇者”とか、“『俺は大丈夫だ』って言って見事に洗脳された勇者”とかが昔いたからだって聞いたから仕方ないとは思うけどさ。
「大丈夫だって。絶対帰って来るからよ」
あの世界には、二度と帰れないと聞いている。それに帰れたとしても………あそこに俺の居場所は無い。
俺が帰る場所は、もう此処しか無いんだ。
だから、どうか泣かないでくれ。
お前が泣くのは、その…………嫌なんだ。
「そ、そうだ!手紙を書くよ!!国王への報告のついでにさ!だから、待っててくれ。魔王を倒すまで、何度でも送ってやるからさ!!」
魔王討伐の旅の途中でも、手紙を国王への報告と一緒に送るくらいなら出来る。適当な神官に読み聞かせてくれるよう頼んでおこう。―――多分、神官長あたりが喜んでやるだろう。あの人、孫感覚で可愛がってたから……。
「ゆうしゃ?」
「あぁ、本当だ。約束する」
だから、待っていてくれ。絶対大丈夫だからさ!
「任せろ!俺は、最強の勇者様なんだぜ?」
◇
あの人は行ってしまった。
私を王都に残したまま。
あの人は、私を子供扱いするけれど、私だって十五歳になるのだ。『勇者パーティー』が、決死隊だって事くらい知っている。
沢山の死を繰り返して、勇者を魔王の元まで届けるためだけに結成された部隊だと、そんな真実を知っている。
あの人は何度だって蘇るけど、あの人の仲間はそうじゃない。
あの人は…………
何度も殺されて、
何度も仲間を失って、
それでも死なずに………いや、死ねずに、前に進み続けるのだ。
失った者達の死を背負いながら。
その死を、無価値にだけはしない為に。
それは、どれ程残酷な事だろう。
私には分からない。
分かるなんて、きっと言っちゃいけない。
だから私は、此処で待っていなきゃいけないんだ。
彼の手紙を、宛先不明にさせない為に。
いつか、傷だらけで彼が帰ってきた時に、「情けない」ってまた言うために。
私に課された役割は既になくなった。もう二度と、「勇者よ、死んでしまうとは情けない」なんて言う必要はない。
それでも、一人の神官として、この神殿で彼を待とう。
そう考えて、時々届く彼の手紙にクスリと笑いながら、一神官として働く日々を過ごした。
『元気か』とそう聞かれるたびに、言葉でしか伝えられない事を、どうにか伝えようと必死になって。
インクで取った手形を送ったり。
黄色のマリーゴールドを送ったり。
いつか帰るあの人を待つ日々は幸福で、だけど何処か……空っぽで。
けれどそんな日常は、あまりにもあっさりと崩れ落ちた。
忘れていたのだ。
日常は、壊れ物だという事を。
◇
「王都が襲撃された!?」
魔王城まで後、少し。
何人も仲間を失って、それでも此処まで辿り着いた。
そんな矢先に齎された知らせは、俺たちを動揺させるに十分だった。
「あの子は?あの子はどうなったんだ!?」
「勇者よー!!」と泣きながら俺を見送った少女が脳裏に浮かぶ。
「………分からない。王都も混乱しているようで音信不通だ。俺もついさっき、他の町からの連絡で知ったんだよ」
きっと守ると、そう誓ったのに………俺は果たせなかったのか?
「どうする?今なら引き返すのも可能だ」
仲間が俺に尋ねる。
確かに、今なら不可能じゃない。
…………ただ、もし引き返したら、今までの旅路で散った仲間達の命は、何だったのだろうか?
本音を言うなら、引き返したい。
早く引き返して、彼女の無事を確認したい。
けれど此処で引き返すのは、彼らの死を無にする事だ。
悩む俺に、仲間が声をかける。
「そうだ、また手紙が届いてるぞ」
手紙………。そう言えば、そろそろ届く頃だったな。
タイミング的に、魔王軍の襲撃前に送ったのだろう。
彼女が送った、最後かもしれない手紙。
開くとそこには、彼女らしいメッセージが綴られていた。
『がんばって』
ミミズがのたくったみたいな、汚い字で。
きっと、誰かに習ったのだろう。
たった五文字の言葉を、どうしても伝えたいと。
俺が嫌いだと言った言葉を、それでも伝えたいと。
自然と頬が緩む。
つまらない言葉だ。
聞き飽きた言葉だ。
誰も彼もが無責任に、その言葉を紡ぐのだから。
だがそれでも………
彼女が、
文字の書けない彼女が、
必死に紡いだ言葉なら。
文字でしか伝えられないからと、思いを託した言葉なら。
―――任せろ!
―――俺は、最強の勇者様なんだぜ?
「―――行くぞ、魔王を倒しに」
そして、会いに行こう。
ずっと、待たせてる奴が居るんだ。
◇
魔王軍の襲撃で、焼け焦げた神殿の奥。
割れたステンドグラスの光を浴びて、
傷だらけの台座に向かって、
火傷を負った両腕で、今日も少女は祈るのだ。
情けない勇者様が、帰って来る日を夢見て。
※ 誤字報告、ありがとうございます!