第九話 職員会議
正面玄関から右へ入り、中程にある階段を最上階まで登り、その階段の正面にある部屋。
そこには第一会議室と書いてある札が掲げられている。
アイラはその部屋の入口に立ち、ドアをノックする。
「魔術研究開発のアイラです、入ります」
「どうぞ」
中から入室許可の返事が帰ってくる。
ドアを開け入室すると、コの字型にテーブルと椅子が並べられていて、すでに殆どの教師が揃っていた。その中の自分の割り当てられている席へと向かう。
「どうですか?今年の新入生は」
上座に座っている学園長からそう声をかけられた。
「ええ、中々大変と言いますか、一言では言い表せない者が数名おりました。詳しくは後ほど報告します」
そう言いながら自席へ向かい、言い終えると同時に着席する。
「そうですか、アイラ先生が入学してきたときも中々大変でしたよ」
学園長はそう言いニコニコ微笑んでいる。
その当時からいる教師たちは何やら思い出し笑い、いや思い出し苦笑いをする。
「アイラ先生が大変な生徒と言うからには余程なんでしょう。ねぇ、アイラ先生」
アイラの横に座っている女の教師からそう声が上がる。何か含みのある言い方だ。
「まぁ、後で報告を聞くとしましょう、シエナ先生。我々の気持ちが判って頂けたのですから。」
そのシエナの向かい側に座っていた男の教師がそう言う。こちらも含みがかった言い方だ。
「シエナ先生もマルス先生もその辺で。お二人共一番の被害者なのはわかりますが、アイラ先生も既に教師。我々の同僚なのですから」
学園長の隣に座っている男の教師が二人を嗜める。
「いえ、そんなつもりで言った訳ではないのですよ、教頭先生」
「そうです。もしそう聞こえたなら謝罪します、アイラ先生」
二人からそんな言葉がアイラにかかる。まあ、謝罪の意思など感じない言葉だが。
「いえ、謝罪など必要ありません。実際に先生方には迷惑をかけていましたし、特にお二人には相当ご迷惑をおかけしました。今日の事でお二人の気持ちも痛感しました。当時は若気の至りとはいえ、数々のご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
アイラはそう言って教師たちに謝罪する。
謝罪された教師たちは少し慌てる。
「いや、いいんですよアイラ先生。過ぎたことですから」
教頭が慌ててフォローする。
なんとも言えない空気が会議室に流れた。
「あ、後は新任のミュラー先生だけですね」
空気を変えようと、マルスの隣に座っていた男の教師からそう声が上がる。
「そうですね、毎年魔術研究開発が最後でしたから。兵士衛兵なんて、いつもは最初の方に来てたのに」
「まあ、傭兵ギルドから本格派の講師を招けたのですから、いつもとは専攻科試験もやり方を変えたのでしょう」
「確かに、正門広場はさながら戦場のような喧騒でしたしね」
次々と教師たちから声が上がる。皆あの空気がいたたまれなかったのだろう。
アイラの謝罪で面食らっていたマルスも、教師たちの会話の中に入って空気を変えようとしていた。
アイラの横のシエナはムスッとした顔をして黙っている。
アイラもその後は静かに座っているだけだった。
暫くすると、ドアがノックされ、ミュラーが参上したことを告げた。
「どうぞ」
その声にミュラーが入室してくる。
「いや遅くなり申し訳ありません。新入生の戦力評価に手間取りまして」
ミュラーはそう言うとあてがわれている席に座る。
「全員揃いましたね。では、新入生評価会議を始めます。まずは共通試験の評価から...」
教頭の音頭で会議が始まった。
「では、共通試験では、男女比や身体能力、魔術能力のバランス等も例年通りと言う評価ですね」
学園職員、共通試験担当教師からの説明を受けて、教頭が全体評価を下した。
「ええ、概ね例年通りです。専攻科試験の結果次第ですが、今年も冒険者と魔術士一般に多くの生徒が流れ込みそうです」
試験後に生徒が希望学科を移るのは毎年の事となっている。
「私から別途報告します。今回の身体能力試験では優れた資質を持つ生徒が一人おりました」
一人の職員が手を上げ発言する。
「ほう、それは良い報告ですね」
学園長が興味を持ったようだ。
「はい、身体能力試験全体で一番タイムが早く、さらに鎧案山子の弱点と言いますか、脆い箇所に正確に剣を入れ、案山子を破壊したのです。まるでそこを責めると破壊できるのがわかっていたかのように」
職員が嬉々としてそう告げる。
「その生徒の名は何と言いますか」
「はい、ファルモアと申告していました」
その名を聞いてアイラがビクッと反応し、さらにミュラーも「おおー」と声を上げた。
「私も見てみたかったですね。共通試験は時写しの秘宝を使用しませんでしたから、残念です」
学園長は肩を落とす。すると、別の職員からまた手が上がった。
「あの、よろしいでしょうか」
「はいどうぞ」
教頭が先を促す。
「そのファルモア君ですが、魔術適性試験でも報告がありまして」
学園長が目で先を促す。
「魔術適性試験では無作為に選んだ呪文を詠唱し、行使できるかを見るのですが、そのファルモア君が引いた呪文が治癒魔術でして」
学園長が目を見張る。
「まさか、治癒魔術を発現できたのですか?」
「はい、そのまさかです。彼は左前腕を結構酷く切るケガしていたのですが、ちょうど良いと言ってそのケガを、切り傷を直してしまったんです。これには私も驚きました」
その話を聞いて、ミュラーが自分のことのように喜び、アイラは頭を抱えて塞ぎ込んだ。
「おお、それは素晴らしい。剣と魔術両方の能力に秀でているとは。この学園が出来て十二年、これほどの能力がある生徒は初めてですね」
学園長が凄く興奮しだした。
「誰かその生徒を知っている先生はいますか?その子の話をもっと聞いてみたい。そうだ、どの学科を希望したのでしょう?」
学科を受け持っている教師たちにそう語り掛ける。
しかし、誰も反応しない。
「誰もいないのですか?そんなわけないでしょう」
学園長は更に追及する。
「あの、私は彼を子供のころから知っておりまして」とミュラーが話し始める。
「おお、ミュラー先生。それで、その子はあなたの学科を希望したのですか」
「いえ、それが...最初は私の所に来たのですが、彼をシエナ先生の元へ行けと追い払いまして...」
「なぜそんなことを?」
学園長は語気を強めてそう聞く。
「はい、先ほども申しましたとおり、子供のころから彼を知っているのですが、彼の武の才能は目を見張るものがあります。私も昔は西方の国で軍隊に所属し、数々の戦場を潜り抜け、そしてその後、傭兵稼業でこれも大陸中を駆け回りました。それなりに腕に自信もあります。そんな私ですが、実を申しますと、剣の勝負では彼に勝てません。今現在でも十分腕の立つ傭兵として活躍できる能力を持っています。だから、魔術の才能を伸ばせば良いと思いそうしたのです」
ミュラーが早口でそうまくし立てた。
これに学園長も圧倒され、そしてシエナの方を見る。
「いえ、私の学科には来ておりません。もし来ていたら、治癒魔術を行使できる生徒を見逃すはずはありませんわ」
シエナは心外なと言わんばかりにそう言う。
「ではどこに。まさか帰ってしまったわけではないでしょう」
学園長は少し焦りだした。そしてその時、アイラが手を上げる。
「私の所に来ました」
ものすごい小声だ。
「どうしました、アイラ先生」
学園長まで声が届いていない。
「私の学科に来ました」
今度は顔を上げ大きな声で言う。
「おおそうでしたか、それで専攻科試験でも優秀だったんでしょ?」
学園長のテンションが上がる。
アイラはすこし涙目で、学園長に返事をする。
「ええ、ものすごく優秀...なのでしょうね。私では推し量れません。ものすごく大変な専攻科試験でした」
「おお、そうですか。では専攻科試験評価は魔術研究開発学科から報告して頂きましょか?いいですね、教頭先生」
学園長が教頭を見る。
「ええ、そうしましょう。ではアイラ先生よろしくお願いします」
「では、今からお配りする試験成績表などの資料と共に説明します」
アイラはそう言って立ち上がり、資料を配る。
資料を配布し終わると、会議室の真ん中にある装置に何か宝石のような鉱物を差し込む。すると、その装置から光が放出され、会議室前方にあるスクリーンに映像が投影される。
ミュラーなど、「時写しの秘宝」を初めてみる者たちはその光景を見て少し驚いている。
「それでは始めます、まずは試験成績ですが、魔術ギルドのA~F評価基準で評価すると、先ほどから名前が挙がっているファルモアと他二名が評価不能となります」
アイラのその言葉に教師たちが戸惑う。
「治癒魔術を行使できる者が評価不可ですか?」
学園長がそう尋ねる。
「はい、ギルドの常識では評価できません、まずは時写しの秘宝で写した映像をご覧ください」
そう言って映像を再生させるのだった。
「と言う事で、ファルモア並びにティアナ、ミサキの三名は魔術ギルドのA~F評価基準に当てはめると、EまたはFとなります。ただし、映像で見ていただいたように、実際に魔術を自在に操っているようにも見えます。この為、私には評価を下すことが出来ません。以上となります」
そう言いアイラは自席に戻る。
映像を見た教師たち、とりわけ魔術系の教師は絶句している。
「で、では、魔術研究開発はその三人をどの様にします?他の学科へ移動させますか?」
教頭のその言葉で他の教師がギョッとする。
「いえ、このまま魔術研究開発で預かります。流石に他に行けとは言えませんので。能力は並外れたものがありますが、いささか常識が欠如しているところもありますので、その辺から指導したいと考えてます。それで、この三人以外の生徒を他の学科で引き受けて頂きたいのです。三人の巻き添えは私一人で十分です」
アイラはそうまくし立てる。他の教師は難しい顔をしているが、受け入れには吝かではない様子だ。
「では、アイラ先生、よろしく頼みます。何か不足が有れば学園がしっかりバックアップしますので。命だけは大事に」
「ありがとうございます、これも何かの罰が当たったのだと諦めます」
アイラはそう言うと、また顔を伏せてしまった。
その後の会議で、魔術研究開発学科からの転籍は本人の希望をそのまま受け入れることで纏まった。
兵士衛兵学科希望の生徒も大量転籍になりそうだと言うこと以外は概ね例年通りの会議となった。
「それでは会議を終わります。明日午前は、各科の面接準備、午後の面接終了後またここで調整会議となります。私と学園長は午前中はギルドで来賓と会合となりますので、用がある場合は学園に戻ってからお願いします。」
教頭の締めで会議が終わる。
「アイラ先生、なんと言って良いか分かりませんが、頑張って」
シエナがそう言って席を立った。
その後、次々と声をかけられるが、どれも頑張れといったものであった。そして教師たちがほぼ退室すると、ミュラーが挨拶に来た。
「アイラ先生、ミュラーと申す。会話をするのはこれが初めてですが今後ともよろしくお願いします」
「初めまして、アイラです。よろしくお願いします」
アイラはそっけなく返す。
「アイラ先生、実はファルモアの事で色々アドバイス出来ればと思いまして。あの映像での奴の心理だとか、どう思っていただとかは、付き合いが長いせいか何となくわかるのです。今後の指導の参考になればと」
「ありがとうございます、明日午前に時間が取れるようなら、こちらからお伺いします。ミュラー先生はどちらに居られますでしょうか?」
「ああ、明日なら正門広場か兵衛科の詰め所...じゃなくて、準備室に居ますので」
「わかりました、その際は宜しくお願いします」
アイラがそう言うと、ミュラーは軽く手を挙げて去っていった。
「アイラ先生、この後お時間ありますかな?」
最後まで残っていると、学園長が声をかけてきた。
「ええ、こちらからお声がけするつもりでした」
アイラはそう答える。
「うむ...これは...大変な事になりそうですな」
学園長が唸りながらそう言う。
「ええ。ギルドですか?それともここで?」
「ギルドへは明日私が報告します。学園長室でお願いします」
「わかりました」
アイラと学園長は、会議室を出ると連れだって移動するのであった。