第八話 クラスメイト達と
「では、今日はこれまでとする。明日は午前は休み、午後から個人面談面接となるので、間違えて来ないように。その面談で学科の移動も出来るから、思うところがある者は今晩よく考えるように」
そう言ってアイラ先生は教室から出て行った。
「じゃあ帰るか」
そう呟き、席を立つ。
「待って。この後ちょっとお話したいんだけど」
ティアナがそう言って俺を引き留める。
まあ、この後別に用事が有る訳でもない、何か軽く飲みながら話すか。そう言えばミサキちゃんも後でって言ってたな、誘うか。
「ああ、良いよ。じゃあ、どっかのお店でお茶でもしながら話そうか。あ、ミサキちゃんも良いよね」
俺がそう言うと、ティアナはミサキの方を見て、
「彼女の話も聞きたかったし、ま、良いか」とつぶやいて頷いた。
「じゃあ行こうか。ミサキちゃんも来るよね」
こちらの様子を伺っていたミサキは、
「行く」と、頷いて立ち上がった。
「どこかいい店知ってる?俺学園地区に来るの初めてだからこの辺よくわからないんだ」
「私はここ育ちだからある程度知ってるわよ。そうね、最近できたオシャレなカフェに行ってみようかな。美味しいスイーツとお茶が楽しめるって評判になってるところ」
そんなことを話しながらティアナと並んで歩く。ミサキは後ろをついてきていた。
「ファルモア君」
教室を出ようとしたところで、誰かによび止められた。
そちらを振り向いてみると、チカがこちらにとことこ走ってきた。
「あ、あの、さっきはありがとう。私、その、何もできなかったから...助けてもらって...」
ドギマギしている様子がよくわかる。何か可愛い。
あ、可愛いと言っても小動物のようで可愛いといった意味だ。あ、でも顔も可愛くないわけじゃないよ。好みの問題だから。ホントだから。
「それで...何かお礼を...」
そんな感じのチカの言葉を待っていると、
「邪魔だ、どけよ!」と、悪態連中が話しかけてきた。
...まあ、確かに教室の入り口で止まっていたら邪魔だよな。
「おう、すまん」
そう言って道を譲る。
「チッ」
舌打ちしながら通り過ぎて行ったぞ。俺、何かした?
「何あれ、感じわるーい」
通りずぎていった連中の背中に、ティアナが抗議の声を上げる。ミサキもコクコク頷いている。
「まあ、確かに此処にたむろっていると邪魔になるのは事実だから、さっき言ってたお店に行こう。チカちゃんもね」
そう言ってチカを見る。
首をかしげて、何の話?って顔をしていたが、俺たちが歩みを進めると後ろから付いてきた。
廊下を抜け、正面玄関から正門広場に出ると、兵士・傭兵学科の生徒たちであろうか、精魂尽き果てた表情で至る所に転がっている。
あ、ミュラーさんのしごきに耐えられなかったんだな。お疲れさん。
心の中でそう思っていると、となりにいたティアナが、近くに転がっていた生徒の一人を突っつきだした。
「大丈夫~?」
言葉ではそう言っているが、表情が言葉と合っていない。絶対面白がっている。
突っつかれている生徒は、「や、やめ...」なんて言って、一応抵抗しようとしているが、思うように体に力が入らないようだ。
「こら、疲れてるんだから止めたげな」
そう言って制止する。
「はーい」
名残惜しそうにこちらに来る。
「兵士・衛兵学科って大変なのね」
「そうだな、でも羨ましい」
「何で?」
「将来は衛兵希望だから」
「じゃあ、何でアイラ研に?」
ん?アイラ研?
「何?アイラ研って」
「二、三年前位からかな?アイラ先生が魔術研究・開発学科の責任者になってから、この学科の私物化が酷くなったって噂で。それで今ではアイラ先生の魔術研究・開発クラス。略してアイラ研って巷で呼ばれるようになったみたいだよ。学園地区ではみんな知ってる話」
「へーそうなんだ、みんな知ってた?」
ほかの二人にも振ってみる。フルフルと首を横に振っている。
良かった、俺だけ知らないのかと思った。
「で、何でアイラ研を希望したの?」
「ああ、それは色々あってさ。たらい回しにされて、行き着いた先があそこって感じ」
顔に?の表情が浮かんでいる。
「まあ、俺の希望じゃないけど、将来衛兵になるにはここに来るしかなかったってとこ」
そんな話をしながら正門に来ると、何人かの生徒が楽しそうに喋っていた。
お、あれは悪態連中じゃないか。それと、ブルーと...執事っぽい服装の人ががいるな。
そちらの方を見ていると、ブルーがこちらに気づき、
「よう、大将たちじゃないかー」と手を振って近づいてきた。
大将って誰だ?ん、俺を見ながら言っている...ってことは、俺のことか?
「よう、大将。可愛い子連れてどこ行くんだ?」
ブルーは馴れ馴れしく俺の肩に手を回し、ティアナ達を見ながらそう尋ねてきた。
「大将って何だよブルー」
そう言って肩に回っている手を退ける。
「いや、お前の魔術が凄かったからさ。俺の中では将来の大将軍って感じでビビッと来たんだ。だから、大将軍、略して大将だ」
ほう、中々どうして見る目があるじゃないか。
「じゃあ、こっちの女性陣はどう見えた?」
「そうだなぁ」
すこし考える素振りをして、三人を評価する。
「ティアナは天上天下唯我独尊って感じだったけど、公開採点中に何か感じが変わったな。将来は遊撃隊隊長って感じ?」
「はぁ?何それ?」
「ミサキは御上りさんだな。気持ちが浮ついてて詰めが甘かった感じだ。将来は筆頭宮廷魔導士って感じ」
「御上りさんって、失礼な」
「チカは...そうだな...」
何を言われるんだろう。って顔で、チカはブルーを見つめる。
「マジ天使だ、こんな子は今まで会ったことがない。将来は俺の嫁になってくれ」
何かとんでもない事を言い出した。
チカは顔を真っ赤にして、
「な、なななな、何を言い出すんですかー」とティアナとミサキの後ろに隠れる。
ブルーは、「あはははー」と頭を掻いて苦笑いを浮かべている。
「お三人さんはブルーをどう思う?」
一応聞いてみた。
「軽薄~ないわ~」
「唯のバカですね」
「皆に同じこと言ってそうです」
あらら、三人からは酷い評価だね。
その評価を聞いても、まだ、「あはははー」を続けている。
「じゃあ、俺たちは行くから」
先を急ごうとすると、
「え、俺も行くよ。良いよな、な、な、な」と確認してくる。
俺は悪態連中の方を見て、
「でも、友達が待っているんじゃないのか?」と尋ねる。
「ああ、大丈夫だ。あいつ等は」
と言って、悪態連中に向けて
「じゃあまたな」と手を振った。
...何か滅茶苦茶睨まれてるんですけど、俺が。本当に大丈夫なのか?
「じゃあ行こう」
と、ブルーが俺たちの背中を押して進もうとする。
すると、執事風の人がいつ間にか近くにいて、
「坊ちゃま、この後の予定が」と、声をかけてきた。
「セバス、坊ちゃんはやめてくれって言ってるだろ。それに、俺の予定じゃなくて親父の予定だ。今日、この時を逃したら俺は一生後悔すると思った。だから良いだろ」
セバスと言われた人は、ほんの少しの間逡巡すると、
「わかりました、旦那様には私から伝えておきます」と下がっていった。
「じゃあ、今度こそ行こうか。それで、どこ行くの?」
俺たちの背中を押しながら聞いてくるのであった。
学園地区のメインストリートを五人で歩いて目的地に向かう。
同世代と町を闊歩するが初めてな俺は、一人で気分が上がっていた。
「なあ大将、ちょっと。」
ブルーがそう言って俺を引っ張る。
「何だ」
女子三人の後ろに回って俺の肩に手を回し、
「で、誰狙いなんだ、好みは?」と小声で聞いてきた。
「あ~、これが青春か~」
うん、こういうの何か良いよね。
俺はしみじみ噛みしめる。
「で、どうなんだ」
ブルーは更に追及してくる。
「ちょっと、何してるの。置いてくわよ」
ティアナがこちらを振り向いて声をかけてきた。
「あー、男同士の話をちょっとね」
「何よそれ、早くしなさいよ」
ティアナさん、ブルーにちょっと冷たいですよ。
「店は『カフェリユン』だろ。場所はわかるから先行ってても大丈夫だよ」
ティアナに手を振りながらブルーはそう言う。
「まったく」
女子三人はキャッキャウフフと笑いながら先に行ってしまった。
「で、大将。そろそろ聞かせろよ」
ブルーがしつこい。
「そうだなー、あの三人も可愛いしとても魅力的だけど、今日学園であった中ではサキ先輩が一番好みだったな」
素直に告白する。
「サキ先輩?うーん...あ、密偵のサキさんか。お前凄いところに目を付けたな。いや、さすが大将と言っておこう」
そう言って、ブルーはうんうん頷いている。
「何がだ。顔の好みの話だろ?」
「いや、俺は誰狙いか聞いたんだ。それがサキさん狙いとは...」
あーあれか、惚れた腫れたの類の話か。
「いや、俺はそういうのは...よくわからん。それより、そういうお前はどうなんだ?」
ブルーに聞き返す。
「よくわからんって、俺たちもう成人だぞ。結婚して所帯を持っている奴らもいるというのに」
何だか残念やつを見る目でこちらを見ている。
「俺のことはもう良いだろ、それより早く答えろよ...あ、あれか。さっきの感じだとチカちゃん狙いか?」
冷やかし半分でそう聞いた。
「ああ、そうだ。今日見て一目でビビッと来たぜ」
堂々とそう言い放った。
おお、男らしい。
その態度に敬意を表して、チカちゃんとのロマンスは自重しよう。そうしよう。
「でもなぁ~、サキさんか~、そうか~」
二人で並んで歩いているとブルーがブツブツ言っている。
「うるさいぞ、それより店はどこなんだ?」
この話をあまり引っ張りたくない。
「ああ、あそこの路地を右に入っていって、すぐ左に入る路地を曲がったところだ」
へー、人気店なのにメインストリートじゃないんだ。
「メインストリートは歴史や格式なんかの色々なしがらみがあって、おいそれと店を構えることが出来ないんだよ」
俺の考えを読んでか、ブルーはそう言い、続ける。
「今日行くカフェリユンは、本店がギルド地区にあるんだが、花街通りにあってさ。それでオーナーが元娼婦なんだよ」
なるほど、花街通りは聞いたことがある。色々な水商売の店が軒を連ねる眠らない町だ。
そこ出身のお店ではメインストリートできないことも、先ほどの説明で納得だ。
「でも、女性ならでは気遣いがあって、内装も料理もオシャレ。花街通りには入りずらい人たちにとっては、学園地区のお店が気兼ねなく通えるところって事さ」
ブルーの話を聞きながら路地に入る。
さらに左に入ったところで行列が出来ていた。
行列の最後尾にはティアナ達が並んでいた。
「ようやく来たね。これどうする?結構並んでて入るまで時間かかるけど」
確かに二十人弱は並んでいる。
「別のお店にする?」
ティアナ達はそれでも良さそうだ。並んでいるときに話し合っていたに違いない。
「違うとこでも良いよ」
俺はそう答えたが、ブルーがそれを止める。
「いや、ちょって待って。カフェリユンにはVIPルームがあるはず。そこなら空いているかもしれない」
そう言って一人店の中へ入っていった。
「VIPルームって俺たちみたいな庶民が入れるの?」
みんなに聞いてみる。
「お金を払えば入れるって部屋じゃないと思う。それこそVIPの人だけだと」
「商会のお偉いさんとか、ギルドの幹部とか、外国の大使とか、それなりの肩書がある人じゃないと入れないと思う」
チカとティアナは口をそろえてそう言う。
そんな話をしていると、ブルーが店から出てきた。
「やっぱり空いてたよ。じゃあ行こうか」
そう言って俺たちを案内しようとする。
「大丈夫なのかよ」
「そうよ、私たちお金もそんなに持ってないし」
その言葉に皆頷いている。
「大丈夫、俺って結構町に顔が利くから」
ブルーはそう言って俺たちの背中を押す。
そんなブルーに案内されて、裏手にあるVIPルーム専用の入り口から店に入るのであった。