第七話 公開採点その② 魔術創造って、そりゃ自分に都合よく作るさ
「では続いて、魔術創造の評価採点に移る」
アイラ先生の声が若干上擦っている。
無理もない。ミサキが巻き起こした衝撃は未だ教室内を席巻していた。
すべてごく短い詠唱、規模も威力も大きい魔術。あの不思議アイテムの幕がなければ、今頃教室は吹っ飛んでいたに違いない。
そんなすごい魔術を行使したのに、ミサキは涼しい顔をしてさも当たり前のようにしていた。
ミサキの後の人達?特に印象にない。誰も彼も魔術を行使できなかったからね。
詠唱魔術の採点を終えた後、前に出ていた俺たちも自分の席に戻り、魔術創造の採点に備えていた。
「まずはこちらで見させてもらった。その結果、すでに魔術として既知のものを書いてあった者が数名いた。それ等については不正解とする。ただし、効果の範囲や強度、威力などで既知の魔術と差別化できるものはその限りではない。では、名前を呼ばれたものは前に出てオリジナルの魔術を行使するように。呼ばれないものは残念ながら不正解だ」
そう言って同級生たちの名前を呼ぶ。
呼ばれた生徒は前に出て自分の考えた魔術を解説しながら行使しようとするのだが、魔術が発現するものがいない。
そりゃそうだ、素人がすぐ魔術なんかを作れた日にゃ、世の中魔術士だらけになっている。
一人二人と順番に披露していくが、誰しもが最後で失敗するので、同級生たちの表情が安堵の表情に変わっていく。
生徒の表情が柔らかくなるのに反比例して、アイラ先生の表情は厳しいものになっていた。
「では次、ティアナ」
「はい」
俺の隣の席に座っていたティアナが返事をして立ち上がる
お、精霊いらず呪文のティアナちゃんだ。これは期待できる。
ティアナは前に出て魔術の解説を始める。
「まず、私の考えた魔術を披露する前に、私の、魔術の常識に関する考えを述べたいと思います」
「ほう、ティアナが考える魔術の常識とは。か」
アイラ先生が合の手を入れる。
「はい」
ティアナは教室の隅にいる先生に返事をすると、こちらに向き直しこう続けた。
「今の魔術の常識は、精霊の力を借りなければ魔術の行使はできないとなっています。しかし、先ほど私が放った魔術の呪文には精霊の力を借りるとか、呼びかけるだとかの文言は有りません。つまり、魔術の行使に必ずしも精霊の力を借りなければならない、といった事はないのです。その事を念頭に置いて、今から行う魔術を見てください」
ほう、俺と大体同じことを考えていたようだ。
「まずは基本となるのは私の得意な風属性の魔術。風で渦を巻いてそれに火弾と水弾を重ねて相手にぶつけるというもの」
おお、それを発現出来れば凄い。
火に水を掛ければ消えるし、水を火で炊くとお湯に変わり、やがて無くなる。これは火の精霊と水の精霊がお互いを殺し合う関係だからとされている。
その相性の悪い精霊同士の力を、同じ場所で発現させてしまおうというのだ。
「もし精霊の力を借りるのであれば、お互い反発し魔術として失敗するでしょう。でも、私は精霊の力を借りないので同時に存在させます。そして、火は消えず、水はお湯にならないはず」
ティアナはそう言って、両腕を前に突き出し半ば広げ、呪文の詠唱を始める。
「風よ巻け、そして火と水よ乱舞し敵を討て」
短い呪文の詠唱。
そしてそれが終わると、両腕の真ん中で風の渦ができ、さらに左右の掌から火弾と水弾が現れる。その弾それぞれが風の渦に引き寄せられ掌を離れると、またそこに火弾と水弾が現れる。
それを、何度か繰り返すと、風の渦が火と水の渦に変わる。
「これが私のオリジナル魔術です。精霊を呼ばず、相反するものを同時に発現させました」
魔術を維持しながらティアナはアイラ先生に向けてそう言う。
よく見ると、火と水がお互い交差し合っているが、打ち消し合っているようには見えない。
「なるほど、これは見事だ。実用性が有るか無いかは別としてな。では終了するように」
「はい」
頷き返事をし、幕に向けて魔術を放つ。幕に当たると魔術は吸収されたようだった。
ティアナの様子を見てみると、少し汗をかいて疲れているようだ。
隣の席に戻ってきたティアナに慰労の言葉をかける。
「お疲れ様。凄かったな」
「えへへ、ありがと。まあ、ちょっと疲れたけど大丈夫だよ。それよりファルモア君もすごい魔術をするんでしょ?」
笑顔で返してくれる。ファルモア君『も』と言う事は、自分『は』すごい魔術をしたからあなた『も』すごい魔術をしてね。と、言われているみたいだ。
まあ、若干煽られてる気もしないでもないが、可愛いから許す。
「ああ、ある意味凄いと思うよ。でも、派手なものじゃない。あんな不思議アイテムがあるのを知っていれば、もっと派手な魔術を考えても良かったけど」
「あ、そ、そうだよね。あの幕がなかったら教室が大変な事になってたかも」
頭を搔きながらティアナがそう言うと、ティアナと反対に座っていたミサキが少しビクッとした。
ん?どうした?
「ミサキちゃんどうかした?」
声をかけてみる。
「い、いえ。なんでもありません」
こちらを向きもせず、そう言ったっきり黙り込んでしまった。
まあ、いいか。
「でも魔術と精霊の考え方については俺も賛成だね。精霊の力を必要としない魔術(と言うか魔法だけど)は俺も知っていたから。でも、火や水属性の魔術でも精霊の力なしで行使できるなんて知らなかった。単純に驚いた」
再びティアナに向き合ってそう言った。
「だよね、でも本当は魔術の行使に精霊は関係ないんじゃないかって思ってる」
「マジで、興味深い」
「ええ、ちょっと長くなるけど聞いてくれる?」
「もちろん」
「これは本当に偶然知ったことだけど。小さい頃、一人で言葉遊びをしていた時に、偶然魔術を行使してしまった時があって。で、それが面白くて隠れて一人で魔術を使って遊んでた」
「ほうほう」
「でもそれが魔術だって知らなくて、自分が何か不思議なことができるようになったことがうれしくて。で、一人で遊んでいるうちに色々なことが出来るようになってきて。自分が心の中で思ったことを言葉にすると出来ることがだんだんわかってきたんだ。でも、人と違うことが周りにバレたら家を追い出されるんじゃないかってそう思って黙ってた」
相槌を打ちながら聞く。
「で、間もなく成人になるって時に、聞かれたんだ。どうするのかって。それでこの町でずっと暮らしたいと思って、育てのお母さんに聞いたんだ。この町にずっといたいけどどうすれば言いか?って」
ん、育てのお母さん?
「そしたら、魔術士になればいいって言われて。それで、魔術士のことを調べだしたら、今まで使っていた不思議な力は魔術だったんだってわかったの」
えーと、え?。
「それで、魔術は精霊の力を借りて行使するものって常識があることを知った。でも、今まで精霊の力なんて借りたことなかったし、精霊って大地に実りをもたらし、日々の糧を与えてくれる存在。日頃の感謝を捧げる存在だったから、力を借りるっていまいちピンと来なくて」
あー、育てのお母さんが気になって話が入ってこない。
「だから、私は魔術の行使に精霊は関係ないと思ってるんだ」
なるほど、察するに幼いころにどこかに預けられて育ったんだな。で、そこの育てのお母さんがとても素晴らしい人だって事だ。裕福なとこに預けられたんだろう、この学園に通う費用は結構高い。
「...ちゃんと聞いてた?」
ティアナがそう聞いてくる。
「ああ、聞いてたよ。素晴らしいお母さんだね」
ティアナは不思議な顔をして、
「ええ、そうだけど...」とつぶやいた。
「次、ファルモア」
二人でそんな事を喋っていると、俺の出番が来たようだった。
「はーい」
そう返事をして前に出る。
ティアナが「がんばって」と送り出してくれる。
前に出て同級生たちに向き合う。
「ではさっそく魔術を披露したいと思います。アイラ先生少し手伝ってくれますか?」
アイラ先生は怪訝な顔をして、
「何をだ、魔術の行使には手を貸せんぞ」と言いながら近づいてくる。
「いえ、魔術行使そのものではないです。ただ、今から行う魔術がインチキでは無いことの証明を手伝って頂ければと」
不敵な笑みを浮かべてみる。
「ああ、それなら分かった」
アイラ先生は若干ひきつった顔をしている...なんで?
「少し語らせていただきます」
そう言って周りを見る。皆静かに聞いてくれるようだった。
「では、魔術と精霊の関係ですが、先程ティアナさんが言ってたように、私も精霊の力が必ずしも必要であるとは思っていません。何故なら、私も精霊に呼びかけなくても魔術の行使ができるからです。そこで、今回は精霊が魔術の行使にあまり関係ないことをお見せします。と言っても、先程ティアナさんも同じことを言って実行しました。なので、アプローチを変えてやってみます。その後、オリジナル魔術を披露します」
皆注目してくれている。あの悪態を吐いてた連中もだ。
「では一つ質問です。魔力と言う言葉を聞いたことがある人いますか?」
ミサキが小さく手を上げている。ティアナは知らないようだ。他の同級生も同様だ。
アイラ先生を見ると神妙にうなずいた。良かった知っているようだ。
「魔術とは精霊の力で発現する。と言うのは今の常識となっていますが、本当は魔力で発現させているのです。まず第一に、魔術を使っている精霊を見たことがある人いますか?いないですよね。精霊がいないとは言わないですし、魔術に精霊がかかわっていないとも断言はしませんが、少なくとも、さっきのティアナさんの魔術には精霊がかかわっていません。これは精霊の力ではなく、ティアナさんの魔力が起こした魔術なのです」
教室はしーんとしている。ミサキだけがこくこく頷いている。
何だ、ミサキちゃんは全部知っているかのようだぞ...まあいい。
「精霊の力はお見せすることが出来ないですが、魔力はお見せすることがでます。ではまず私の魔力の流れを見せましょう」
そう言って右手を突き出し、掌を上に向けて母さんのとっておき呪文を詠唱する。
「こねくしよんあどみにすとれいたあなんばあぜろふあいぶぜろぜろわんぜろぜろふあいぶあぷろおぶざびじゆあらいぜいしよんおぶまじかるぱわあ」
すると、俺の体がほんのり光を帯びる。
「これで魔力を見ることが出来るようになりました。では、実際に呪文を詠唱して魔力がどう流れているか見せます」
そう言って幕に右の掌を向ける。
「土よ、槍となりて我が敵を討て!」
土槍のイメージをし、ティアナの呪文を借りて詠唱する。
すると、心臓の辺りが激しく光りだし、その光が右肩、右上腕、右前腕と移動して右掌から外に出ると、土の槍先となって幕に向かって飛んで行った。
結構はっきり見えたな。自分でも結構驚いた。
「...と、この様に、魔術は魔力で発現させているのです」
周りを見てみると、全員絶句している。アイラ先生もミサキも同様だ。
よし勝った...何に?
「では次に、アイラ先生の魔力の流れを見てみましょう」
そう言ってアイラ先生の後ろに回り込み、肩を掴んで幕に正対させ、
「何か魔術を行使してください」とお願いした。
「な、なにを...」
アイラ先生はひきつった顔をしている。さっきからこの顔をよくするなあ。
「魔術を。何でもいいんで、早く」
ちょっと急かしてみる。
アイラ先生はこくんと頷くと、呪文を詠唱しだした。
「火を司る精霊よ。今我が欲するは火弾、その大いなる力で、ささやかなる慈悲にて、我に力を貸したまえ」
すると、俺と同じようにアイラ先生の心臓の辺りが光だし、そして同じように掌から外に出ると火弾になって幕に飛んで行った。
「これが魔力とその流れです」
そう言って先生から離れた。
「では次に、オリジナル魔術を行います」
そう宣言するが、誰一人今の事態についてこれていないようだ。
「ではアイラ先生、お手伝いをお願いします」
俺は悪い顔をしてお願いする。
「ああ、何をすればいい」
先生も先ほどの一件で少し呆けているようだ。
「じゃあ俺に抱き着いて離れないようにしてください。正面から後ろに手をまわして何をしても絶対離れないように」
悪い顔は継続しているのだが、先生は気づいていない。
「何のためにそんなことを?」
「これは俺のオリジナル魔術の実験です。これが成功すれば、色々役に立ちます(俺が)」
「そうか」
そう言って、正面から俺を軽く抱きしめる。
「これでいいか?」
「まぁ、はい」
うーん、少し残念だ...鎧越しなんだよなぁ。
「では呪文を詠唱します」
「いいぞ」
では遠慮なく。
「我がファルモアの名において請う、光と闇を司りし精霊よ、この尊い者たちを離れぬよう接着させよ」
すると、先生が密着するように引き寄せられる。
「!!!」
言葉にならないようだ。
「成功しました」
「あいああ、あいあへいおうあんあ?(何がだ、何が成功なんだ)」
アイラ先生は、ジタバタしようとするが密着していてうまく動けない。
そりゃ、腕から胸からお腹から足からみんな俺にくっ付いてるし。俺にくっ付いてしまって足は床から離れちゃってるし。
それに、左頬を俺の胸板(鎧の)にくっ付けちゃってるからうまくしゃべれないみたいだし。
「接着魔術ですよ。この魔術は半永久的に対象物同士を接着させるというものです」
「あ、あいおいえうんあ~。ああへー(な、何をしてるんだ~。離せー)」
アイラ先生が離れようともがく。
「いや、くっ付いてるのは先生の方ですよ?」
「おんああえあうあー。(そんな訳があるかー。)」
その光景を見ている同級生たちもざわざわしてきた。
「じゃあ一つ貸しって事で。その代わり、この魔術は先生に譲渡しますから。多分色々役に立つと思いますよ」
「ああっあ(わかった)」
「解除」
そう言うと、アイラ先生が離れ、どさっと尻もちをついた。
「大丈夫ですか?」
手を貸して立たせてあげる。
「お前ワザとだろ?みんなの前で恥をかかせおって」
小声で抗議してくる。ご立腹だ。
「いや、そうですけど。でも、先生めちゃくちゃ可愛かったですよ」
悪びれもなくそんなことを言う。
「死ね」
そう言って俺の脛を蹴り飛ばしてきた。
まあ、俺は鎧を着てるから痛くないけど、先生は痛かったんじゃないかな?
アイラ先生を見てみると、向こうを向いて俺から離れていく。
「ファルモアは席に戻れ。では次、ブルー」
あらら、本当に怒ったかな。
「疲れた。特に丁寧な言葉遣いが。」
そう言いながら席に戻ると、両隣から同時に声をかけられた。
「やるじゃん、さすが!魔力って言うのね」
「あなたは何者、さっきの呪文は何?」
ティアナとミサキはお互い見合って、そして同時に、
「「後でね」」と言って黙ってしまった。
ん?了解。
前を見ると、ブルーがまたおふざけ半分で話をしだしたところだった。
はぁ~、あと何人いるんだろう。疲れてきた。
机に突っ伏して目を閉じる。
...
...
...
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
なんか揺さぶられている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
今日は少し気疲れをしていたかもしれない。
目を開けると、ミサキが起こしてくれてたようだった。
「ああ、すまん。寝てた」
「知ってる。だから起こした」
前を見てみると、たった今オリジナル魔術が不発で、トボトボ席に戻る生徒の姿が見えた。
あれは悪態連中の一人だなぁ~。
「次、ミサキ」
お、次はミサキちゃんか~。なに、俺に見てほしくておこしたのかな?
ミサキは返事もせずに席を立って、前に出ていく。
「ではオリジナル魔術をします、解説は特に有りませんが、強いて言えば砲台魔法です。見てくれればわかります」
そう言って幕に両手をかざす。
何、魔法?今、魔法っていったよな!?
「爆ぜろ!そして貫け!」
それだけ言うと、両手の掌に特大の火弾が現れ、それを幕に向かってゆっくり飛ばした。さらに、体の周りに光の球が数個でき、それ等から光の筋...光線がいくつも幕に向け飛んでいく。
光線は幕に吸収されると、光の球から新たな光線がまた出てきて、それが止めどなく繰り返される。
また、特大の火弾は掌から離れると、また新たな火弾が生成されて飛んでいく。
火弾は幕に到達すると、激しい閃光と爆発音を轟かし、またも教室内は阿鼻叫喚の騒ぎとなるのであった。
五発の火弾を撃ちだすと手を下ろしアイラ先生の方を向く。
最後の火弾が炸裂し、教室に静寂が訪れると、
「以上です」とアイラ先生に向かってペコリとお辞儀をした。
「あ、ああ。戻ってよし」
先生はそう言うので精一杯のようだった。
あ、そういえば、ティアナと話をしていた時に、ビクッとなっていたのはこれか。妙に納得した。
こんなの、あの幕がなければ学園崩壊で死人が出るレベルだ。
「ミサキだけは怒らせないようにしよう」
俺はそう心に誓うのだった。