第三話 魔術と魔法と
学園の正門に着いた。ようやくだ、まったく。
正門では新入生名簿と書かれた紙に登校したことをチェックされ、今日の予定表を配られた。
「何々、この後は希望学科の受付に行ってその旨を申告し、その後中庭で式典。それが終わったら各学科に分かれて実力テスト(適正テスト)っと。そして...」
予定表を読んでいると、気安い感じで上級生のお姉さんが声をかけてきた。
「こんにちは、新入生だよね」
「ええ、そうです」
うわぁ結構美人、なんだかちょっと緊張してしまう。緊張なんて柄じゃないんだけど、はは。これも年上お姉さんの微笑みマジックか。
「君はその格好からすると、兵士・衛兵学科希望だよね?」
「はい、そうです」
「じゃあこっちだね」
案内係なのか、そう言って俺の希望学科の受付に導いてくれた。
周りを見てみるが、俺が来るのが遅かったのか、新入生らしき人はまばらにいるだけで、暇そうにしている上級生がちらほらいた。
俺はさっきから「そうです」しか言ってないな。はぁ、目立ってなんぼのド派手に決めてやるつもりが、いかんいかん。
「ミュラー先生、先生の学科希望者を連れてきましたよ」
机で書き物をしているミュラーと呼ばれたガタイの良い男性教師の元に連れてこられた...ん、ミュラー先生?ミュラーさん...あ、元は西方で兵士をしていて、今は傭兵ギルドの職員をしているミュラーさんじゃないか。
「ああ、ありがとうサキ君。で、これまた派手な鎧男だなー」
足元から舐めるように見ながらそう言って顔をあげるミュラーさん。あ、目が合ったよ。
「あれ、お前グレンさんのところの...」
「はい、ファルモアです」
「やっぱり、ファル坊じゃねーか。お前が学園に来るのは知ってたが、なんで兵士・衛兵学科なんだ?」
「衛兵になりたいからですけど」
「いやいや、お前もう衛兵みたいなことしてるじゃねーか。衛兵のみんなが困ってたぞ」
「はぁ」
「それにここに来てもお前に教えることなんて俺は何もないぞ」
「いや、そんなことは...」
「いや無い。ここで教えることはグレンさんの修行より優しい事しかやらん。ただ、攻城戦やら組織としての戦い方やらならあるいは教えられるかもしれんが、それでもここよりお前にふさわしいコースがあるだろうに」
「はぁ。でも、俺は衛兵になりたいんですけど」
食い下がってみた。そもそも、なんで学園の教師に進路を決められなきゃならんのだ。
「いや、だめだ。あ、衛兵になるのは良い。だが、俺の学科に入ってはいかん。そうだ、サキ君。彼をシエナ先生の学科へ連れて行ってくれ、頼んだよ」
「はい、わかりました」
サキと呼ばれた先輩は俺の手を取ってシエナ先生のところとやらに連れて行こうと引っ張る。
「いや、ミュラーさん。俺は衛兵に...」
「いいからシエナ先生のところに行け。卒業したら俺がこの町の衛兵に推薦してやる。何なら俺が元居たペトロパブル連邦国の軍へ推薦してやってもいい」
「マジかミュラーさん」
「ああ、大マジだ」
「わかったよ、じゃあ行ってきます」
サキ先輩はずっと俺を引っ張っていたが、俺が動かないので若干疲れているようだ。
「先輩、案内お願いします」
「もう、こっちだよ」
ミュラーさんとの話がまとまったので、サキ先輩に案内してもらってシエナ先生とやらのところへ向かう。
「君、ファルモア君っていうんだね」
「はい、そうですけど」
道すがらの雑談。
「あのミュラー先生の対応って普通じゃなかったよね?」
「そうですね」
「知り合いなの?」
「はい、傭兵ギルドに出入りしたことがあって、そん時に遊んでもらってました」
「傭兵ギルドって、子供が入るところじゃないよね」
「まあそうですけど、俺は親父の仕事に付いていって出入りしていただけなので」
「お父さん傭兵なの?」
「いや、鍛冶屋で。普通は町の武具屋に修繕依頼するのが普通なんでしょうけど、親父に直接仕事を依頼する傭兵や冒険者も結構いて、それで」
「へー」
サキ先輩に連れられシエナという先生のもとに来てみたが、受付には誰もいなかった。
ふむ、困った。
「あれ、先生いないね」
サキ先輩も困っているみたいだ。
「ところで、シエナ先生はどの学科を受け持っているんですか?」
「えーと、魔術士一般だね」
「この学科を卒業するとどんな進路があるんでしょうか?」
「この学科を専攻する人たちは、大体西方諸国から来てるから母国に帰ってその国の魔術士になるんじゃないかな。一部の人は冒険者になってるみたいだけど、ほとんどが国に仕えてると思う」
なるほど、ここで魔術を学んでどこかの国に仕えるのも良いか。
「ちなみに魔術士系でノーティスに貢献できる学科は有りますか?」
でもやはりこの町いたい気持ちもある。
「うーん、それなら魔術士ギルド系の仕事になるから、研究系かな。それだとアイラ先生のクラスだね」
「では、そのアイラ先生のところに行きましょう」
「でも良いのかな。ミュラー先生にはシエナ先生のところに連れて行ってと言われたし」
「大丈夫です。ミュラーさんは肉体鍛錬系ではなく魔術系の学科に入れたいみたいなので」
「それなら良いか。じゃ、行こう」
「お願いします」
サキ先輩と連れ立って移動する。なんだか今日はすんなり物事が運ばないなぁ。
そんな予感はやっぱり当たるのだった。
先ほどのシエナ先生受付場から大分歩いている。感覚的には今左側にある塀の外側をさっき歩いて正門に行ったような気がする。というか、普通受付は正門から校舎正面玄関に沿ってあるんじゃないのか。こっちはさっきの非常口に近いぞ。
「アイラ先生ってちょっと変わってて、よく言えば枠にとらわれない、悪く言えば自由奔放って人なんだよ。だからアイラ先生のクラスに入っても、学科の転籍をする人が結構いるみたい。受付の場所も校舎南側付近って言ってたし」
なんだか嫌な予感がする。さっきの不良教師が頭に浮かぶ。
「それじゃあんまり人気がないクラスですか?」
「ううん、地元志向の人は結構いて、だからアイラ先生のクラスと冒険者学科は人気だよ」
「でも転籍も多いと」
「あはは、そうだね。この学園は転籍は自由にできるし。実際学んでいくうちに別の学科を勉強したくなる人も結構いるよ」
「なるほど」
サキ先輩は色々教えてくれる。
緊張も大分ほぐれてきた。サキ先輩を改めて見てみると、服装は町にいる女性と変わらない。この学園は、肉体鍛錬系の学科はそれに合わせて武具を装備し、魔術系なら魔術士ローブを着るのが一般的だ。この学園の教師もそういう格好をしている。
でも、サキ先輩はまるで町娘のよう。
「サキ先輩はどの学科なんですか?」
「ん、どうして?」
「いや、服装が普通なので」
「あぁ、私は密偵・諜報・工作員学科なの。だから普段から街に溶け込む服装をしているの。でも、その場その時に応じて色々よ」
ニコニコしてそう答えてくれた。そんな事まで学べるなんて、この学園って結構すごいのかな。
「あ、あったわよ。こんにちは、アイラ先生」
サキ先輩が机に座っているアイラ先生という人とあいさつしている。
...やっぱりさっきの不良教師だ。
「おや、お前はさっきの問題児じゃないか」
ほぼ初対面なのに随分な評価だ。
「先ほどはどうも、アイラ先生」
そう言って煙草を吹かす仕草をしてみる。
アイラ先生は苦虫をすりつぶした顔をして、
「お前は兵士・衛兵学科志望じゃないのか?何でここにいる」
と言い、俺を他所へやろうとシッシとジェスチャーする。
「ミュラー先生がファルモア君に魔術系の学科に入るよう言われまして」
サキ先輩がフォローしてくれる。
「そういう事です、アイラ先生」
ウインクなんかしてみる。
アイラ先生は額に手をやって
「じゃあシエナ先生の所でもいいだろ」
とため息をつく。
「シエナ先生がいなかったもんですからこちらに...」
サキ先輩も困り顔だ。
そもそも何で教師に拒否されなきゃならんのだ。ミュラーさん然りアイラ先生然り。こうなったら意地でもこの学科に入ってやる...ん、そもそもアイラ先生のクラスは何の学科なんだろう?
「あのー、アイラ先生のクラスってなんの学科ですか?」
チョンと手を上げて聞いてみる。
「お前なぁ、そんなこともわからずにここに来たのか」
「ええ、魔術系だとは聞きましたけど」
アイラ先生が貧乏ゆすりをし始める。タバコなんかやめればいいのに、ニコチン切れか。
「ここは魔術研究・開発学科だ。広く魔術を研究し、魔術士が使用する魔術を開発することを目的とした学科だ」
随分しっかり教えてくれた。
「じゃあ魔法は研究しないんですか?」
ちょっと疑問。魔術とは魔法をよりわかりやすく簡単に行使するための術式を、口述での呪文または巻物、魔法陣などで行うものである。と、母さんから習った。
だから思念のみで発動・行使する『魔法』を研究開発した方が良いのではないかと。
「ほぅ、ちょっとは物を知っているみたいだな」
あら、見る目が変わってくれたかな。
「魔法というのは魔術の根源を指す言葉だ。魔術を行使したときに発現する事象、これは人知を超えたもので、現在の魔術士は精霊の力を呪文を唱えることで借りて行使している。その為、目には見えない精霊が行使する人知を超えた力を魔法と定義している。だから精霊ではない我々人間は魔法そのものを直接研究できないんだ。わかったか」
アイラ先生、なんか得意げな顔だ。
そんな先生には悪いけど、間違ってる...いや、知らないだけか。何故なら精霊ではない俺は魔法を使える。身体強化と鑑定だ。人間でも魔法は使える、ちょっとだけ教えてあげよう。
「アイラ先生、魔法は人間でも使えますよ。何故なら俺がちょっとは使えますから」
「何を言っている」
あら、かわいそうなやつを見る目だ。
「ちょっと見せますね」
そう言って自分の鎧につけてある隠しナイフを抜いて机に置く。
「今から自分に身体強化の魔法をかけます。種類はそうですね...肉体の硬度を鋼並みにします。それでナイフでは切れなくなります。その前に、魔法をかける前はナイフで切れることを証明しましょう」
そう言って鎧の左腕を外す。
「馬鹿なことをするな」
アイラ先生がちょっと怒っている。
「大丈夫です」
そう言って机の上のナイフを持ち、左前腕を軽く切りつける。
いてて、ちょっと痛い。あー、結構血が出るなー。
「馬鹿者、何してる」
アイラ先生が椅子から立ち上がってこっちに来る。すごい剣幕だ。
「ファルモア君...」
サキ先輩もドン引きしている。なんかすいません。
「大丈夫ですって、ここからが魔法です」
そう言って左腕全体、肩から指先まで硬質化させるイメージで魔法をかける。心で思う、イメージするのだ。
魔法の効果で少し光っているが無事硬質化できたようだ。ナイフを左人差し指で少し叩いてみる。キーンと少し高い音、鉄と鉄を軽くぶつけたような音がする。
「これで魔法がかかりました。では、骨を断つ勢いで切り付けてみます」
そう言って右手に持っているナイフで左前腕を思い切り切りつけた。
今度はパキンと音がしてナイフか折れた。
「っと、こんな感じです。呪文の詠唱なしで巻物なども使わず使えます。アイラ先生、治癒魔術が使えたらお願いできますか?」
「馬鹿者、治癒魔術は高等魔術だぞ。私の守備範囲外だ」
そう言って自分のハンカチで傷口を縛ってくれた。
「しかし...未だに信じられん...本当に人間に魔法が使えるのか...」
今度はブツブツ言いながら机に向かう。
「まあ良い。ファルモア、お前は私の学科で預かる。今後は色々協力してもらうぞ。サキ、こいつを中庭に連れて行ってやれ。もうすぐ式典が始まるからな」
そう言いながら何やら書類に書き記して非常口の方へ歩いて行った。
また煙草か、不良教師め。
「ファル君大丈夫?」
おっと、サキ先輩の俺への呼称がファル君にレベルアップしたぞ。ちょっとドキッとした。
「はい、このくらいの傷は日常茶飯事なので」
俺的にキラキラした笑顔でそう返事をした。
「じゃあ行こっか」
サキ先輩はそう言って中庭に向かう。俺のキラキラ笑顔はスルーですか、そーですか。
ふう、それにしても学科を決めるだけでこれか~、やっぱり色々あるなー。
なんだか前途多難な感じ~、大丈夫か俺の学園生活。