第十九話 アイラの昔語り
私の生まれはハッキリしないそうだ。
物心ついた時には、西方の国ヴァダパートの孤児院にいた。
この孤児院にいた経緯も、聞いた話はこうだ。
とある若い娘が、この子(私)を孤児院で引き取ってほしいと尋ねてきた。名前は名乗らなかったそうだが、身なりは悪くなく、子供を養っていくことが困難には見えなかったそうだ。
その娘曰く、「この子は知り合いの冒険者夫婦の子供です。私はまだ若く、それに嫁ぎ先も決まっていて面倒を見ることが出来ません。お願いです、この子をここで育てていただけませんか」
そう言って、少なくないお金を持参してきたそうだ。
当時は孤児院の経営状態は悪かったらしく、大金を目にした当時の院長先生は二つ返事で了承したそうだ。
それからもその娘はちょくちょく顔を出し、孤児院を支援してくれていたそうだ。
私も何度か話したことがある。
その時は、よくわからない話をしてくるお姉さんだと思っていたけど、断片的に覚えている話は、
「あなたには精霊のご加護がついている。文字を読めるように勉強しなさい。そして魔術を練習しなさい。あなたは東方よりきたのです、大きくなったら東方へ行きなさい。支援はします」
そんな事だったと思う。
院長先生も、幼い私に積極的に勉学を教えてくれた。そして、魔術の本も与えてくれた。
それで、初めて魔術を使ってみた時、私の周りに光の球が浮かんで、そして消えた。
私はそれが楽しくてしょうがなかった。
何となく、その光が精霊だと思っていた。
何年かそんな生活をしていたが、突然院長先生が交代して、私は孤児院を追い出されることになった。
自分の年齢はわからないけど、孤児院に来て八年が過ぎていた。
成人はしていなかったけど、ある程度魔術も使えたので、食べ物を得ることは容易に出来た。
ただ住む場所がない。
そこで、行商人の荷物に紛れて東方を目指した。
町から町へ、東に向かう馬車に紛れ込みながら移動していたが、ある時行商人が雇った傭兵に見つかってしまった。
馬車から摘まみだされ、一人街道を歩いていると、一人の商人に拾われた。
何でも、東方の娼館へ女たちを売りに行くのだそうだ。
私も東方へ行きたいから乗せてくれと頼んだら、喜んで馬車に乗せてくれた。
数日馬車に揺られ、東方のシットという町に着いた時、商人の隙を見て逃げ出した。
怒った商人が傭兵を雇って追いかけてきたが、魔術を駆使して何とか逃げた。
数日森の中をさまよい、大きな木の洞で雨宿りしていると、一人の女の人が現れた。
「あら、先客がいたのね。随分可愛らしい子。寒くない?」
そう言いながら洞に入ってくる。
「誰だ?私に近づくな、出ていけ」
そう言うがお構いなしに居座る。
逃亡生活で、神経が尖っていた私は、魔術で追い出そうと、呪文の詠唱を始める。
すると、少しビックリした顔をしたと思うと、すぐ微笑みに変わり、
「こら」
と、優しく言いながら指を鳴らす。
すると、魔術が発動しなくなった。
何度も呪文を詠唱するが、一向に魔術が発動しない。
私はその女の人に恐怖した。
すると、また優しく声をかけてきた。
「寒くない?お腹すいてない?」
私が震えているのは寒さではなく、あなたの得体が知れないからだ。
そうは思っても口には出さない。
何をされるかわからないから。
私は怯えた目をしていると、優しく微笑み、
「ほら」
と言って、暖かな光を放つ光球を三つ洞の中に浮かべた。
だんだん洞の中が暖かくなる。
正直何が起こったのかわからなかった。
急に光の球が出てきたからだ。
「これも食べなさい」
そう言って、掌にパンを出した。
目を見開いて驚く。
どうやって出したんだ?
「早く取って」
そう言われたので、恐る恐るパンを取る。
すると、今度は木の深皿が出てきた。
それを地面において手をかざすと、皿に暖かいスープが現れる。
「これも飲みなさいね」
そう言ってこちらに差し出してきた。
夢でも見ているのだろうか。
パンとスープと女の人を交互に見ていると、また、
「食べなさい」
と言われてしまった。
お腹も空いていたし、逆らう気も失せたので恐る恐る口をつける。
美味しい!
温かいスープに柔らかいパン。
あっという間に平らげてしまった。
「フフフ、美味しかった?おかわりは?」
そう聞かれたので、素直に答える。
「とても美味しかった、出来ればスープをもう一杯飲みたい」
「良いわよ、今度は違うスープにしてみますね」
そう言って空いた皿に肉と野菜がたっぷり入ったスープを出してくれた。
「これを使って」
そう言ってスプーンを手に出す。
どうやっているのか全くわからないが、とにかく凄い。
呆気に取られながらも、スプーンを受け取りスープを頂く。
久しぶりの温かいスープと人の優しさに、スープを食べながら涙が出てきた。
「あらら、大丈夫?」
頷いて答える。
「苦手な食べ物あった?」
首を横に振って答える。
「そう、ゆっくりお食べ」
そう言われて、残りのスープをゆっくり味わった。
お腹が膨れると、心にも余裕が生まれてくる。
「御飯、ありがとうございます。美味しかったです」
一応お礼をする。機嫌を損ねてたら何をされるか解らないし。
「お粗末様」
女の人はそう言って外の様子を見ている。
まだ雨は降り続いていた。
「あなたお名前は?どこから来たの?」
ちょっと踏み込んだ質問をされた。どう答えたものか?
「まあ、何となく察しはつくけどね」
そう言って、外を見ながら鼻歌を歌う。
察しがつくなら聞かなくても良いのに。
そんな事を思ってしまう。
「...名前はアイラ、ヴァダパートから来ました」
正直に答えてみた。
「アイラちゃんね、随分遠くから来たのね。ここまでは一人で?」
「いいえ...あ、はい...実は、娼館へ女の人を売りに行く馬車に乗ってシットまで来ました。そこで逃げ出して、一人で森に隠れています」
「あらあら、ご両親は?保護者はいなかったの?」
「あ、孤児院を追い出されてしまって」
「そう、大変だったわね」
「それで、東方で仕事を見つけて暮らそうかと思って」
ポツリポツリと身の上を話していく。
女のひとは真剣に聞いてくれた。
一通り身の上話をすると、
「それなら、ここから東に行くと川があるから、その川沿いの南側にノーティスって町がある。
そこの魔術士ギルドに行って、学園に入らせてくれるように頼んでみたら?あなたならきっと大丈夫だから」
そう言って微笑みかけてくれる。
「それと、その格好じゃ流石に浮浪児と間違われるから」
と言って、ローブを出してくれた。
サイズは大きかったが、裾を結ぶと何とか引きずらないで済んだ。
「それじゃあ私はもう行くね。必ず魔術士ギルドに行くのよ」
そう言って女の人は洞を出て行った。
慌てて追いかけて外に出たが、その人はもういなかったし、雨もやんでいた。
あの女の人は精霊様ではないか?そうに違いない。そう思った。
とても人では行えない奇跡を何度も見せられたからだ。
それから私は、あの女の人の行ったとおりに進み、町につく。
町の入口には衛兵がいたが、魔術士ギルドに行くと言ったら通してくれた。
そしてギルトに行って...
「そしてギルドに行って、後は今に至るんですが...」
「なるほど、ここからは私も知っているところですか」
学園長がゆっくり頷きそう言う。
「はい。ですので、私を助けてくれた精霊様がいるのです。自分が顕現した精霊に会っているので...」
「精霊を否定できない。魔力を受け入れられないと」
「はい...」
学園長は顎に手をやり、少し考える。
アイラは、再びタバコを出すと、火をつけ一息吸う。
「ではこうしましょう。ファルモア君達の魔力研究には、私が顧問となり進めます。ギルドに、面白い事を言う外部講師もいますので、その方と一緒に見ていきましょう。アイラ先生は、精霊を介した魔術の開発に重きを置いて下さい。我々二人で同時に研究しましょう。まあ、先程言った二本柱の方針ですが、担当を分けるという事で」
学園長はそう言うと、椅子の背に手をついてなんとか立ち上がる。
そのままそろそろと自分の机に向かい葉巻を取り出した。
「やはり私はこっちが好みですな」
椅子にドカッと座ると、魔術で火をつける。
「おお、今度は成功しましたよ」
プカーっと煙を出してそう言う。
「しかし宜しいのですか?学園長もお忙しいでしょうし」
「まあ四六時中ついている訳には行きませんが、時間があるときは顔を出しますよ。なに、彼らも自由行動したいみたいですし、その分魔術研究をきっちり進めてもらえば良いではないですか」
「そう言う事ならば。あともう一つ。外部の講師と言っていましたが、何者ですか?外に漏らすのは得策ではないように思うのですが」
「それは大丈夫ですよ、彼女は。ああ、女性なんですよ。彼女は非常に魔術に造詣が深く、あらゆる魔術を行使できる人で、人格も素晴らしい。魔術士ギルドの魔術士ではありませんが、上位魔術の講師をしてもらっています。教え方や考え方が独特で面白いですよ。それに、ここノーティスに住んでいますから。アイラ先生は会ったことがなかったですか?」
「無いですね。ギルトへはあまり顔を出さないので」
アイラはバツが悪そうにそう言う。
「ハハハッ、そうですね。今度学園にお呼びしたときにお話を聞くと良いでしょう。精霊についても独特の捉え方で話されますからね。『まるで精霊が見えるように話す』これが講義を受けた者の感想です」
「はあ、機会があれば」
精霊が見えるねぇ、眉唾だ。
アイラはそんなことを思う。
「では学園長、私は戻ります。明日以降のカリキュラムを組まないと行けないので」
そう言って立ち上がる。
「アイラ先生、あまり無理をしないように」
「学園長も。それでは」
そう言って部屋を出る。
「明日からどうしたものか」
そう呟き、別棟の自室へ帰る。
元々考えていた魔術関係の授業は、すべて研究開発に使うとして、学園の共通のカリキュラムは、彼らに合わせて見直さないといけない。
魔力の研究だったか、それも魔術関連の時間で行うべきだろう。そうすると、時間の割り振りをどうするかだが。
歩きながら色々考えていると、自室に到着した。
考えることをやめずに部屋に入り、ベットに横になる。
ベットに置いてあったローブから、日干しした匂いと、自分以外の人の匂いがした。
「ファルモアか、厄介な生徒だ」
そう呟いて目を閉じると、そのまま微睡の中に意識が埋没していった。