第十八話 魔術の余韻
すっかり遅くなってしまった。
学園長とアイラ先生に浮遊魔術をレクチャーしていたら、もうすぐ日が落ちる時間になっていた。
「これじゃ、みんなは帰っただろうな」
そう呟いて教室に戻る。
「随分遅かったじゃないか」
教室に戻ってきた俺に、ブルーが声をかけてきた。
よく見ると、みんな待っていてくれたようだ。
「なんだ、待っててくれたのか。遅くなってすまない」
そう言いながらみんなの下へ行く。
「実はな、全員の面接が終わったあとに先生が来て、お前はまだ時間がかかるって教えてくれたんだ。だから今日はギルド地区に行くのはやめて、大将を待っていようってみんなで待ってたんだよ」
ブルーがニコニコしながら話してくる。他のみんなも微笑んでいる。
「何だか申し訳ないな、じゃあギルド地区には明日行くのか?」
「そうしようかと。明日はこの学科の具体的なカリキュラムが発表されるから、どうなるかはわからないけどな」
「そうか。でも、多分大丈夫だと思うよ。比較的時間は取りやすくなるだろうから」
俺はそう言ってニコッと笑う。
「何で?」
ティアナが聞いてくる。
「ああ、それはな、ちょっとした勝負に勝ったからな」
「何それ?」
「まあ、帰りながら話そうか」
そう言ってみんなの帰りを促す。
「大将、そんなに焦らなくても大丈夫だろ?俺たちはもう成人したんだから」
ブルーが呑気にそう言う。
「いや、俺の家は城壁の外に有るからさ。日没と共に閉門になるんだよ。昨日は衛兵隊の御厚意で出れたけど、流石に二日連続でお世話になるのは不味いよ」
そう言うとみんなの顔が、あ〜それはしょうが無いといった顔になる。
「ならもう行かないと」
「そうだね、もうギリギリかも」
「じゃあ、みんなで西門まで送るよ」
ブルーがそう言う。
でも、西門はギルド地区にあるので、女性陣には遠回り。と言うか、無駄に付いてきてもらうことになる。
「それは悪いよ」
俺はその提案をやんわり断る。
「いや、大丈夫だよ、ね、みんな?」
ブルーがみんなに同意を求める。みんな頷いて答えた。
「という訳だ。元々ギルド地区に行く予定だったんだ、ギルド地区の雰囲気をみんなで味わうだけでも良いだろ。じゃあ行こう」
そう言ってみんなで席を立って帰路につく。
「何か悪いな」
「良いってことよ」
軽口を言いながら、みんなで教室を出るのであった。
日が落ちると、ギルド地区は夜の雰囲気に包まれる。
日がある内は、活気づいているメインストリートだが、日が落ちた今は、露店はとうに店じまいをしてしていて、数件のお店がチラホラ営業しているだけだ。
西門への道すがら、俺は今日の出来事をみんなに聞かせていた。
朝の東の森の出来事から、先程の魔術開発の件まで。
みんな驚いていたが、これからチームで動ける事になった事を話すと、喜んでいた。
「しかし大将、俺達の知らないところで随分な賭けをしてくれたな。上手く行ったから良いものの、失敗してたらどうしてたんだ?」
ブルーが気安くそう言う。
「ウ~ン、正直深くは考えてなかったかな。失敗しても何とかなると思ってたし」
「何じゃそりゃ」
皆んなで笑いながら歩いていると、西門に着いた。
西門では、メインの入り口の施錠作業を行っていて、住民用の入り口で、母さんが衛兵と話をしていた。
「あ、母さんがいる。じゃあ帰るよ、ここまでありがとう」
そう言ってみんなから離れようとすると、ブルーが肩を掴んでくる。
「まあ待て。俺たちも挨拶ぐらいするさ」
そう言ってぞろぞろ着いてくる。
俺を見つけた母さんが、こちらに声をかけてくる。
「あらあら、お友達?」
「そうなんだ、学園で知り合って」
何だか照れる。
今まで友達なんかいなかったからな〜。
「こんばんは、大将のお母さん。俺はブルー·ノーティスと言います。大将とは仲良くさせて頂いています」
ブルーが挨拶の口火を切る。
それに続いて、みんな順番に挨拶している。
「なあ、いつまで掛かる?そろそろ締めたいんだが」
衛生さんに声をかけられた。
「ああ、すいません。もう少しで出ますんで」
衛兵さんに頭を下げ、母さんを呼ぶ。
「母さん、そろそろ閉めるそうだよ」
「あらあら。それじゃあ今度みんなで遊びに来てね。あの子今まで友達なんていなかったから、これからも仲良くしてね」
そう言ってみんなに手を振ってこちらに来る。
「じゃあ行きましょうか」
「ああ」
みんなの方に向かって手を振って城壁の外に出た。
「みんないい子たちね」
「そうだよ」
他愛の無い話をしながら、二人でで家路につくのであった。
魔術研究·開発学科の面接会場から、アイラに支えられ、学園長はやっとの思いで自室へと戻ってきた。
学園長室に入ると、一先ず応接用のソファに腰を下ろす。
アイラは、学園長を座らせると、机に置いてある水差しから水を注ぎ学園長へ手渡した。
「すいません、お手数をおかけします、アイラ先生」
そう言ってグラスを受け取ると、一気に水を呷る。
プハーっと息を吐き、グラスを置くと、立ち上がろうとするが、やはり足腰に力が入らなかった。
「いや、歳ですかね。魔術を使用しただけでこうなるとは」
学園長は肩で息をしながらそう言う。
「歳は関係ないのでは?あまりに強力な魔術を使ったからだと思いますよ。私も時々、今の学園長のようになりますから」
アイラはそう言って、タバコに火をつける。
「私にも一本頂けますかな」
学園長がそう言い、アイラは一本渡す。
学園長は、魔術で火をつけようと呪文を詠唱するが、火がつかなかった。
「おや、これは?魔術が発動しませんね」
学園長は何度か繰り返すが、やはりつかない。
代わりにアイラが火をつけてやる。
タバコを一息吸い、学園長は目を瞑って、先程の魔術を思い出していた。
アイラは立ち上がり、灰皿を持ってきて、学園長へ差し出す。
「学園長、やはりファルモアの条件をのむしかなさそうですね」
学園長は目を開け、もう一息吸うと、灰皿でタバコを消した。
「致し方ないでしょう、ファルモア君は偉大な結果をもたらした。彼が言っていたように、何が我々の利益になるか、よく見定めて考えなければなりません」
そう言ってまた目を瞑る。
「魔術士達の悲願、人が空を飛ぶことへ一番近いのはファルモアですからね」
アイラはそう言ってタバコをスゥーと吸い、豪快に吐き出す。
「何とも豪快な吸いっぷりですな。婚期が遅れますよ」
アイラを見て学園長が笑いながら指摘する。
「とうに諦めてますから。私の人生は魔術に捧げますよ」
そう言って、ハハっと笑う。
そう言ったっきり、無言の時が暫く流れる。
「では、そろそろあの魔術について、検討してみましょうか」
「はい、魔術と言えるか?と言う問題もありますが」
お互い顔を見合って、ハハハっと笑い合う。
「一応ファルモアは、魔術の体をなした術式を書いています。しかし、この呪文では浮遊は発動しなかった」
「ええ、そうですね」
「学園長が浮遊を成功させたのは、魔力を可視化してから。自身の魔力操作で浮いたと言うことですね」
「そうなりますね、やっぱり」
「学園長が魔力の操作に長けていたのは驚きでした。私はあの光を全身に纏うことが出来なかったのですから」
学園長は苦笑いをしながら、
「いえ、魔力操作に長けていた訳ではないのです。我々世代の魔術士は、精霊降霊の術と言いますか、精霊を感じる練習をさせられたものなのです。その感覚を思い出してやってみたら上手く行った、と言うわけです」
アイラは怪訝な顔をして、
「それでは、学園長世代の魔術士は精霊を感じる訓練で、魔力を感じていたと言うことですか?」
学園長は頷きながら、
「今日の事を思えば、そういう事になりますな...何とも、私自身が精霊を否定するような事を成してしまった」
部屋の空気が重い。
「しかし、逆に考えれば、西方への大きなアドバンテージになりえるかもしれません。ファルモア君が言っていた通り」
学園長は前を向いてはっきりとそう言う。
「ですが、私はいまだ半信半疑です。魔力だというあの光でさえも、精霊が顕現したものではないかと思っています」
アイラは魔力を肯定する気にはなれないでいた。これには、自身の過去の体験が大きく影響している。
「アイラ先生の気持ちもわかりますとも。ですが、我々だけでも新たな試みとして、そう、言うなれば、精霊と魔力の二本柱で魔術の発展に尽くしていこう。そう思うようになったのです」
学園長は、これから始まる新しい魔術の可能性に胸を躍らせている。
アイラとしても、尊敬する学園長に全面的に賛同したいところではあるが、自便の中で折り合いを付けられずにいた。
「やはり、ただの人間が魔力を使って、魔法を行使することはどうしても受け入れられない。精霊様への冒涜、背信のような感覚になってしまいます」
「ふむ、アイラ先生は西方出身でしたな。やはり精霊信仰が根底にあるのですかな・」
学園長が訝しむ。
「いえ、西方のそれとはまったく違います。西方の精霊信仰は、精霊様を金儲けの道具にしています。それは本当に許せない。私の場合は純粋に崇拝する対象としているだけです。それ以上でも、それ以下でもありません。だからこそ、混乱しているというか、折り合いがつかないのです」
「なるほど、そこまで精霊を崇拝しているとは。だからアイラ先生は精霊に愛され、魔術も優れているのでしょう」
「人より優れている自負はありました。しかし、昨日からその自信が無くなっていきます。ファルモアたちが『顕現した精霊』であるなら、私は喜んで力を貸しますし、協力を惜しみません。ですが、本人たちが人間だと言っている。精霊様はどこへ行ったのでしょうか?」
「昨日も言っていましたね、顕現した精霊であれば良いと。この伝説に登場する精霊は、自信を精霊だとは言っていません。ノーティス家の先祖が、あれは精霊だ、精霊に違いないと言っているにすぎないのです。もしかしたら、精霊の掟で、人間には精霊と名乗ってはいけないと定められていて、実はファルモア君たちも精霊なのかもしれませんよ」
学園長はにこやかにそう言う。
「それでは学園長も精霊になってしまいますよ」
アイラが疲れた顔でそう指摘する。
「おお、そうですな。これは失敬」
学園長はアハハと笑って頭を掻く。
アイラは煙草を袖からだし、咥えて火をつけようとする。しかし、火をつけるのをやめ煙草をしまうと、ポツリとつぶやく。
「学園長...実は...」
「どうしました?アイラ先生」
「実は、幼少のころ、精霊様に会ったことがあるのです...」
その言葉に学園長が驚く。
「それは誠ですか?見間違いなどではなく」
アイラは自信をもって頷く。
「はい、間違いありません。あの...少し昔語りをしても良いでしょうか?」
「ええ、是非聞かせてください」
その言葉に、アイラは語り始めることで答える。
「私の生まれは...」