第十七話 魔術実演 あ、つい魔法でやってしまった
「......い」
「...きろ」
なんか揺さぶられている。
「..んか、ファルモア」
スパンっと頭を叩かれた。
「...ん、んあ~」
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
日干ししたローブに包まっている。
「いい加減起きんか!面接は終わったぞ」
アイラ先生が起こしてくれたようだ。
「あ、すいません。寝てしまっていたようで」
そう言いながら上体を起こす。
欠伸をし、日干ししたローブで顔をゴシゴシしながら立ち上がった。
「あ、魔術は完成していますので、ご安心を」
そう言いながら、魔術の術式を書いた紙を取ってアイラ先生に渡す。
「ああ、ご苦労。では学園長の所に行くぞ」
若干引き攣った顔でアイラ先生はそう言う。
なぜだ?俺何かへんか?
「はい、わかりました」
日干ししたローブをベットにおいて、アイラ先生の後に付いて学園長の元へ行く。
面接時と変わらない場所に学園長は座っていた。表情は若干疲れているように見える。
「学園長、ファルモアが魔術を完成させたようです」
そう言って術式が書いてある紙を学園長に渡す。
「おお、それは素晴らし。飛行魔術が完成したのですか?」
学園長は疲れた顔を引っ込めて、嬉々として聞いてくる。
「あ、いえ、飛行魔術と言うほどのものではありません。少し浮かび上がれるだけの魔術です。飛行魔術は開発に時間がかかりそうで、この短時間ではそれでやっとでした」
俺の説明に学園長はややがっかりした様子だが、頷いて、
「いや、それでも凄い事ですよ」と、言ってくれた。
「その割には寝ていたようだが?」
アイラ先生からは鋭いツッコミが入る。
そんな言い方しなくても良いのに。
ちょっとムッとした顔をして、
「お言葉ですが、この短時間で飛行魔術は本当に無理です。この浮遊魔術でも、閃きがあったから出来たもので、それがなければ無理だったかもしれません。それに、結構疲れるんですよ、この魔術。何度も試験浮遊をしたんですから、少しぐらい休んでいても良いじゃないですか。誰が散らかしたのかはわかりませんが、汚部屋の掃除もしておきましたので、気持ち良くてついついウトウトしただけです」
ふん、どうせあの部屋を使っていたのは目の前の不良教師だろ?少しは感謝しろよな。
あ、日干ししたローブもアイラ先生の物か。俺それで顔を拭いてしまったな~。それでさっき顔が引き攣っていたのか。
「まあ、アイラ先生。そんな事より、魔術の検証をしようじゃありませんか」
学園長は早く魔術を見てみたいようだ。
「まずはどちらから行いますか?学園長。俺のおすすめは、接着魔術からの方が良いと思います」
「ほう、それはなぜ?」
「浮遊魔術は成功するまで時間がかかる場合があります。それと、非常に疲れます。足腰が立たなくなって気を失うかもしれないので」
「なんと、そんなに大変な魔術なのか?」
「はい、ですので先ずは...」
「わかった。では、アイラ先生。接着魔術の検証から行いましょう」
「はい、わかりました」
二人で俺が書いた接着魔術の術式を見ている。
一通り読んでから質問が飛んできた。
「この魔術は物と物を接着させるものですか、接着を司る精霊が光と闇の精霊となっています。これは私達も聞いたことがありません。何故、何処でこの事を知ったのですか?」
俺は頭を掻きながら、
「正直に申し上げても?」と、確認する。
「ええ、どうぞ。その方が今後の精霊研究に役立ちます」
学園長が真面目な顔で答える。
俺は頷き、
「実は、この魔術の精霊は何でもいいんです。と言うか、ほとんどの魔術の場合、精霊は関係ありません。精霊はいるでしょうけど、こと魔術に関しては、その殆どが魔術士自身の魔力が発動の肝となります。ですから、火の精霊に水の魔術を請うても発動するのです」
そう言って、呪文を詠唱する。
「我がファルモアの名において請う、火の精霊よ、その熱き炎を持って、水の球を放て」
頭の中のイメージは水球を掌から出すといったもの。
言葉では、呪文では火の精霊に力を請うているが、実際は水球が掌から出る。
「このようにです。なので、接着魔術でも、どの精霊でも良い、又は不要なのです」
二人とも言葉が無いようだ。
「もう質問は終わりですか?」
俺が尋ねると、二人が我に返る。
「あ、いや...まあ、精霊のことは置いておいてだな。術式に書いてある、精霊の力同士を結び付けると言う事はどういう事だ?」
「精霊の力と言うのは、魔力のことです。この魔術の本質は、接着させたい物を魔力で包み、その魔力同士をくっ付けると取れなくなるというものです。なので、例えば、右手と左手に魔力を付与すると、両手はくっ付きとれなくなります。ただ片手のみの付与だと接着できません。このように、例えば建材に予め魔術で魔力を付与しておけば、釘や粘土などは必要なく、また、通常通り建築した建物に、改めて付与することで、建物の変形や倒壊を防げるものになります」
二人は何故か頭を抱えている。
「...つまりだ。君が開発する魔術は、この魔力と言うものがないと使えないと言う事か?」
「そうですね。この世の殆どの魔術がそうなると思います。魔力のない者は、いくら魔術を練習しても行使できないのです」
「では、我々魔術士は魔力を持っていると言う事だね?」
「ええ、個人差はありますが、そうなります」
「ふむ、ではその魔力はどうやればわかるのかな?個人差があると言っていたが、その差はどうやって測る?」
う~ん、殆ど母さんの受け売りだからよくわからないぞ。
「魔力の有無は、魔力可視化の魔術があるので、それでわかります」
「あれか、昨日やって見せた光るやつか?」
「ええ、そうです。ですが、魔力自体は俺もよくわからないところがあるので、これから研究していきたいのです」
「なるほど。では、この魔術の術式の精霊によるところは、魔力と読み替えればいいのだな」
「はい、そうなります」
「そうなると、魔力を纏わせたものがくっ付きますとしか読めないのだが」
「そうですね、その通りです」
「これでは魔術を行使出来ないのではないか?」
「読み替えてしまえば出来ないでしょう。あくまでも、魔術で行使するなら、精霊のまま理解するしかないと思います。しかし、魔法で行使するなら、魔力と読み替えたほうがいい。魔術も魔法も発展させていくなら、魔力と言うものを理解し研究していくことが一番早いはず」
二人はなんとも言えない顔をして困惑している。
あまりにも率直過ぎたか?
「魔力の理解のために、お二人の魔力を見てみませんか?」
そう提案してみる。
向かい合って小声で何やら相談しだした。
もう一押ししてみよう。
「もし、この魔力というものを研究・発展させることが出来れば、魔術において西方への大きなアドバンテージになると思います。たとえ、ギルドが分裂しても、東方の魔術士は、この大陸で一番になると思います」
俺の発言に二人ともこちらを向く。
「ファルモア君、君は一体どこでその事を...」
学園長が言い淀む。まあ、言いたいことはわかる。
「西方の動きは何となく聞いています。西方の魔術士が独立したがっている事、独自に魔術士育成に力を入れている事。それと、何やら戦争が起きそうな事など。ある程度各ギルドに顔が利く人ならもう知っていますし、断片的な情報で憶測ぐらいできます。ブルーも友人ですしね」
「...なるほど。それで、その話を聞いても精霊批判ともとれる発言をするのかね?今、ギルドを動揺させることは非常に良くない」
「わかっています。でも、だからこそ魔力研究が重要なんです。公には精霊ありき、今の魔術形態で良いのです。が、開発に時間がかかるし効率も悪い。いざという時のために我々だけは新しい試みに挑戦し、備えておいても良いのではないかと。魔力という概念で研究開発をすると、とんでもなく早く新しい魔術が出来ます。これはギルドにとっても非常に有益じゃないですか?」
学園長は腕を組んで考えだす。
「ファルモア、お前たちのチームにはチカもいる。彼女は西方出身だ。西方へ情報が流れる可能性もあるが、そこはどう考えている。もはや学園生活どうこうの話じゃないんだ、政治的な話になっている」
アイラ先生が鋭い目つきで聞いてくる。
「それは...今はチカを信じるしかないとしか。例えばですが、この学園には密偵だか諜報なんとか学科がありますよね?そこ出身の密偵にチカの身辺を探ってもらって、情報流出の危険性を検討してみるとか。一族郎党を東方へ引き込むとか」
「そんな金と労力をかけれると思っているのか?チカをここから排除した方が早いではないか」
「それじゃあ俺たちが納得しませんし、もしそうなったら協力は一切しません」
「なぜそこまでこだわる?昨日会ったばかりだろ?」
「極私的な理由です。でも、この五人じゃなきゃダメなんです」
「しかしだな...」
「ギルドにとって何が一番の利益になるか、よく考えてください」
そうは言ってみたが、簡単には結論は出ないだろうな。
でも、この二人の態度を見ていると、西方の動きは思ったより相当悪いのかも。
「ところで、魔術の方はどうします?」
何か西方絡みの話で時間が掛かりそう。話を戻さないと。
「ああ、そうだったね」
「では、この魔術は私が試してみます」
アイラ先生が立ち上がって、書棚から二つの文鎮を持ってくる。
「これを接着してみます。ファルモア、呪文はお前の記述通りで良いのか?」
「それでも良いですし、ギルド式の呪文に直しても良いです。重要なのは文鎮が接着するイメージです」
アイラ先生が頷きで返す。
「では」
そう言って、文鎮を机にやや離しておいた。
「光を司る精霊よ、闇を司る精霊よ。今我が望むのはこれなる物の接着、その大いなる力で、ささやかなる慈悲にて、我に力を貸したまえ」
アイラ先生が呪文を詠唱すると、文鎮同士が引き寄せ合いそしてくっ付いた。
「おめでとうございます、成功したようです」
俺はそう言って拍手をする。
「ほう、これは凄いですね」
目の前で起こった現象に、学園長は素直に驚く。
「で、これは半永久的にくっ付いたままなのか?」
アイラ先生が聞いてくる。
「ええ、そのはずです。これを剥がすには、術者が解除するか、これを破壊するしかありません」
「なるほど、物理的に破壊すれば解除されるのか」
「いえ、魔術が解除されるわけではなく、文鎮を二つに割ることは出来ると言う事です」
学園長が文鎮をもって引っ張ったりしている。
「ふむ、接着面から割れるのではなく。文鎮自体が割れると言う事ですか。では、強固な素材同士を接着すれば、割れる心配もないと言う事ですね?」
「そんな感じです」
「なるほど、これは色々使えそうですね。ではアイラ先生、解除してみてください」
「はい、解除」
アイラがそう言うと、文鎮が離れる。
「おお、素晴らしい。使い方の研究はギルドで行っても?それとも自分で行いますか?」
学園長が聞いてくる。
「ギルドにお任せします。これが実用的になれば、第三都市の建設にも役立つでしょうから」
「そうですか。では、こちらで引き受けます。次に浮遊魔術ですが」
「はい、こちらは非常に難しいです。先ほど提案した魔力可視化魔術を施さないと、成功しないと思います」
そう言って相手の出方を伺う。これでも魔力に忌避感を抱くようなら、今回の取引は負ける可能性が高い。
学園長の好奇心や探求心が勝つことを願う。
「ふむ、アイラ先生。どう思いますかな?」
「昨日、私自身が受けた感じでは、そう危険なものではない気がします。先ずは、ファルモア自身に実演してもらいましょう」
「そうですな。ではファルモア君、やって見せてください」
「はい、わかりました」
そう言って一呼吸置き、魔力可視化を魔法でかける。
自分の心臓付近がまぶしく輝きだす。
「この光が魔力です。この光を全身に纏わせます」
そう言って全身に纏うイメージをする。そうすると、光が体中に広がっていく。
その光景を、二人は目を見開いて凝視している。
やがて全身が輝きだすと、
「では浮きます」
そう言って浮かぶイメージをする。
徐々に浮かび上がり、拳二つほど浮き上がった。
「今はここまでしか浮きません、これ以上は今後の課題です。それでは動きます」
そう言って前後左右斜めに動いて見せる。行きたい方向をイメージするだけだ。
「どうでしょう?こんなものですが」
そう言って着地し、二人を見る。
二人は目を見開いたまま固まっていた。
「結構...いや、相当疲れますけど、やってみますか?」
二人同時に頷く。
「では、色々説明しながらやりましょうか」
そう言って二人に近づいて行くと、
「ファルモア、呪文の詠唱が無かったようだが、これは魔術なのか」と、問われた。
あ、ヤベ。魔法で行使してしまった。
「あ、ええ、魔術でも出来るはずです。俺は魔法の方がやりやすいのでそうしましたが」
苦笑いしながら、そう言って頭を掻く。
学園長はまだ固まったままだ。
「あのー、どうします?」
改めて聞いてみると、学園長はコクリと頷き、
「是非とも!」と、大きな声で返事を返してきた。