第十三話 東の森
朝起きると、日課の走り込みから一日が始まる。
まあ、ただ走っても芸がないので、いつもは身体強化の魔法を使ったり、目に入る物の鑑定を行ったり、呪文の詠唱をしたりして、魔術魔法の訓練もしながら走っていたのだが、今日からは魔術で使っていた火、水、風、土など基本魔術を魔法で再現できないか取り組みながら走っている。
親父や母さんからは、いついかなる時でも魔術の行使ができる心づもりを、と言われているが、魔法の方が良いような気がするので、これからは魔法の訓練も平行することにした。
「でも、いつも同じ所を走っていても、代わり映えしないからなぁ」
そんな事を思った俺は、川の岸辺から対岸を見てみる。
泳いて行けそうな気がするだよなー。行ってみようかな。
あ、このまま行くより装備を整えて行こう。そして東門から学園に行くか。
そう思い、回れ右して家に帰った。
家に着くと、鍛冶場からは鎚を振るう音が聞こえてくる。
鍛冶場の親父に声をかけ、もう出ることを告げる。
「親父、ちょっと早いけどもう行くよ。ちょっと外で魔法の訓練したいから。訓練が終わったらそのまま学園に行くから」
「ああわかった。気をつけて行くように」
親父はそう言うと仕事に戻った。
後は母さんに言ってから出よう。
母屋に入ると母さんが食事の準備をしている。
いつもより早く戻ってきた俺を見て、「どうしたの?」と聞いてくる。
「外で魔法の練習をしたいからもう出ようと思って」
「ああ、それなら」
母さんはそう言って自室に戻っていった。
俺も自室で着替える。
着替え終わって部屋を出ていくと、母さんが食事が入った包みと呪文が書いてある紙を渡してくれた。
「お弁当と昨日言ってた魔力可視化の呪文よ。この呪文は魔法でも使えるから練習してみて。それと、人前では使わないように。まだ魔力の事は誰も理解出来ないから」
「わかった、ありがとう」
お礼を言って家を出る。
さて、行きますか。
家を出て川に向かう。
「泳ぐと濡れるな〜」
自分自身が濡れるのは良いのだが、弁当と呪文の紙は濡らしたくない。
「川に着くまで収納魔法を使えるようになるかな」
走りなが何度か試してみる。が、うまく行かない。
そりゃそうだな。
走るのをやめて歩きながら試す。
別の空間をイメージするって母さんは言ってたけど、別の空間がいまいちピンと来ない。
別の空間って何だ?収納だから箱へ仕舞うイメージかな?でも、これだとさっぱり上手く行かない。
そうこうしていると川に着いた。
「仕方がない、弁当は食べるか」
川辺りへ腰を落とし包を広げる。
中身は黒パンと干し肉、それと根菜を湯通ししたものと塩が入っていた。
パンを川から汲んだ水に付けふやかす。それに野菜に塩を振ったものを挟み食べ、干し肉をかじる。
簡素な食事だが、腹が満たされれば良いといったものだ。
「せめてスープが有ればな〜」
水で流し込み食事を終える。
「じゃあ行きますか」
母さんからもらった呪文の紙は、小さく折りたたんでその上から大きめの葉っぱでくるみ一応防水する。それを頭の上に括り付けて水没を防ぐ工夫をした。
鎧姿で泳ぐのは久しぶりだ。過去に親父の訓練でやったことはある。その時は敢え無く沈んだが、今日の鎧はヒヒイロカネ製で軽いし、魔法で身体強化すれば一気に泳ぎ切れるはず。
クラブル川に目をやって舟の往来を確かめる。
まだ早朝と言う事もあって、舟の姿はない。
静かに入水し、顔を出して泳いでいく。川の流れは緩やかで、天気も安定しているので波もほとんどない。
「この鎧は凄い。まったく違和感なく泳げる」
一分とかからず泳ぎ切り対岸へ上陸し、鎧を脱ぐ。
流木などを拾い集め、火をつけ体と装備品を乾かしながら母さんから貰った呪文の紙を見る。
「どれどれ、魔力可視化の呪文はっと、『内に秘めたるその力を今ここに光となって現せ』か、これをどう解釈してイメージするかだな」
この呪文をただ詠唱しただけでは何も魔術は発動しない。やはり昨日の魔力可視化の現象を再現するイメージが良いのだろう。
体と装備品が乾いたのは約一時間後のことだった。
その間、魔法と魔術の練習をした。座って集中していた為か、火、水、風、土そして雷系の魔術を魔法で再現することには成功した。今まで自分が魔術として使っていたものや、他人が使っていたのを見たものはイメージしやすく習得がしやすい。
その点、母さんからの課題については、まったく成功しなかった。
乾いた装備を着て火を消す。水の魔法で水球をだし消火した。
「では、初の東の森へ行きますか」
川に目をやると、バモーへ行く舟が数隻上流へ向けて走っていくのが見える。
その光景を背に東に向けて駆け出した。
ノーティス東の森、そこは木々が鬱蒼と茂り、木漏れ日も僅かしかなく、薄暗いところだった。
昨日の式典で学園長が東に行けば川があると言っていたが、どれくらい行けば有るのかは明言していなかったので、そこは目指さず、ノーティスからあまり離れないだろうところに留まってあたりの気配を探る。
クラブル川の西側でも動物や魔物は多少出て、親父に連れられて討伐なんかもこなしていたけど、川の東側は更に気配が濃い。
そう言えばどんな魔物が出るか調べてなかった。
好奇心が勝り、成人したこともあってここまで来たけど、やばいのは出ないよな。
普段冒険者が普通に出入りしている森だとしても、俺は今一人。何かあったら不味い気がする。
そう思いノーティスへ戻ろうと歩みを進めると、何かがこちらへ向かってくる音が聞こえる。
「ん、こっちに何か来るな」
刀が振るえるところまで行こうと駆け出すが、だんだん音が大きくなる。
「まずいな、迎え撃とう」
音のする方へ体を向け、抜刀する。派手に動くと刀が木に当たりそうなので、横降りではなく縦降りで迎撃できるよう構えて、雷球を三ついつでも放てるように周りに浮かせておく。
迎撃準備が整ってから数秒後、それは姿を現した。
「ビッグボアかよ」
ビックボアはそのまままっすぐ突っ込んでくる。
俺は雷球を放つが、ビッグボアにはあまり効いていないようだ。
「ちっ」
ギリギリまで引き付け、左にかわす。
あれ?思ったより早くない。
かわしながらビッグボアの右前足を切りつけると、バターを切るかのような感触で切断できた。
ブヒヒヒイイイイィィィ!
右前足が急になくなったビッグボアは、勢いのまま前へつんのめり転がっていく。
うお、足を切断できた。自分でもびっくり。
俺は、転んだままジタバタしているビッグボアのそばまで行くと、首に刀を突きさしとどめを刺す。
ビッグボアは断末魔の悲鳴を上げ、そのまま絶命した。
「ふう、いっちょ上がり」
額の汗をぬぐう仕草をして一息つく。まあ、汗はかいてないけど。
しかし、これどうしよう。
町まで持って帰れば、冒険者ギルドで買い取ってもらえるかもしれないけど、体調が四メートルはありそうだ。
「吊るしておくか」
身体強化魔法で筋力を強化して、蔓状の丈夫な植物で後ろ足をくくり、近くの木に吊るす。
腹を裂いて内臓を出し、土魔法で穴を掘ってそこに埋ようと内臓を運んでいると、何か固いものがあることに気づいた。
「なんだこれ?」
それを取り出してみる。水魔法で綺麗に流してみると、赤黒い石の様なものだった。
「うーん、何かわからんけど一応持っていこう」
ハンティングトロフィー代わりに持って帰ることにした。
その後は内臓を埋め、ビッグボアを水魔法で綺麗に流す。
一連の作業が終わりかけたその時、何かが接近してくる気配を感じる。
「何か来るな、ボアより小さい」
抜刀し辺りを見回す。
姿は見えないが、数匹の魔物に辺りを取り囲まれているようだった。
「これはまずい、どうするか...」
狙われているのがビッグボアなら、そのままくれてやるけど、俺まで狙われているならやるしかない。
ビッグボア狙いなら、俺が離れた反対側からビッグボアに近づくはず。
それを期待して、そろりそろりと少しずつ離れる。しかし、期待虚しく三方向から襲いかかられた。
「クソ!」
シルバーウルフか!
正面からと左後ろ、右後ろから少しの時間差で襲い掛かってくる。
正面には土槍の魔法を飛ばしけん制し、左後ろに振り向きざま下から切り上げ首をはねる。そして、その勢いで右後ろ、今では左側のシルバーウルフを袈裟切りし頭を割る。そしてそのまま前転して、最初の一匹に対応しようと顔を上げると、土槍で串刺し出来ていた。
お、土槍って結構刺さるんだ。
魔法で魔物を倒したのは初めてだった。
まだ、何匹かいるはず。
気を緩めず辺りを探る。仲間がやられたのでか殺気立っているのがわかる。
「これだけ殺気立っていれば位置はもろバレなんだよな」
こちらに殺気を飛ばしているところに向けて土槍を順番に放つ。
次々に命中していき、シルバーウルフの断末魔が聞こえだす。
うまく躱したものもいて、こちらに襲い掛かってくるが、組織立っていない攻撃は脅威にならず、刀で次々切断していく。
結構大きい群れだったようで、シルバーウルフの気配がなくなってから倒した数を数えると、二十三匹いた。
それを一匹一匹集めてくる。これも肉は食べないが、毛皮は売れるはず。
そう思い一匹目を解体すると、シルバーウルフからもさっきの赤黒い石が出てきた。
「これってホント何なんだろう」
そう思いながら三匹目の解体が終わり、四匹目に取り掛かろうとした時、また何かが近づいてくる気配がある。
「今度は何だ?結構大きいぞ」
またまた抜刀し気配の方を向く。さっきと違って一匹のようだ。
土槍を放つ準備をして身構える。
姿を現したのはビッグボアより大きい熊だった。初めて見る魔物で名前がわからない。
大きい熊は俺を見ると大きな声で咆哮する。
「うるさい」
そう言いながら土槍を放つ。が、毛皮に阻まれたのか大したダメージを与えれなかったようだ。
大きい熊は激高して突進してきた。
「やばいな」
体が大きいわりに早い。
俺はビッグボアの時と同じ要領で躱そうとするが、右手で俺を追ってきたので一太刀入れられず、ただ左に躱しただけになった。
熊が体制を立て直して俺に正対しようとする。
その瞬間、熊の顔めがけてミサキが使っていた爆裂魔法をイメージして放った。
ドーンっと大きな音を出して火の玉が爆裂する。
熊は顔面から煙を出し、仰向けでぶっ倒れた。
「やったか?」
俺は恐る恐る近づく。
近くまで来て熊の様子を確認すると、気絶しているだけで死んではいないようだ。
「とどめを刺すか」
脇から胸に刀を一突きし、その後口から脳天に向けても一突きする。
これで大丈夫だろう。本当は首をはねたかったが、一枚物の毛皮が取れそうだしな。
これも後で解体するとして、シルバーウルフの解体をやっつけるか。
シルバーウルフの解体を再開して、十二匹目を解体していると、またまた何かが近づいてくる気配がする。
「今度は何だ?もうそろそろ学園に行かなきゃならないのに」
抜刀して気配の方を向く。
「あれ?魔物じゃない気がする。人か?」
そのまま来るまで待っていると、六人の冒険者パーティ?らしき集団がやってきた。
「おーい、大丈夫か?」
そう声をかけながら男が近づいてくる。
「はいそこで止まってください」
そう言って刀を向ける。
「おいおい、ちょっと待ってくれ」
両手を上げて男は止まる。後ろに続いていた冒険者?かもしれない人たちも止まった。
「冒険者の様ですが、野盗やその類でないことを証明できますか?」
俺は刀を向けながら訪ねる。
「ん、ああ、出来るとも。俺たちはノーティスの冒険者ギルドを拠点に、この東の森を主に探索している『明けの明星』ってチームだ。俺はそのリーダーのガイルってんだ」
そう自己紹介しながら冒険者ギルド発行のギルドカードをこちらに提示してくれる。
「これはご丁寧にどうも。俺は学園生のファルモアと言います。今日は午前中暇だったんで、森で修行してました」
そう言いながら刀を収める。
「は?学園生だって?お前一人でこれをやったのか?」
この状況を見てガイルが驚く。
「ええ、何だか集まってきてしまって、しょうがなく。それで皆さんは何故ここへ?」
「大きな炸裂音がしたから、誰が困っていれば助太刀をと思って来たんだが...こりゃまいったな」
「ええ、参ってます。まもなく学園に行かなきゃならないのに、こんなに一人で運べないので」
「...いや、そういう意味じゃないんだがな。まああれだ。俺たちで良ければ運ぶの手伝うぞ」
明けの明星の人たちが頷く。
「それは助かります。そうだ、俺はギルドに登録してないので、これらは皆さんに差し上げます」
「良いのか?結構な金になるぞ」
「ええ、大丈夫です。ただ、一つお願いがあって」
「何だ?」
「魔物の腹の中に有る石が欲しいのです、これなんですが」
そう言って既に取り出した赤黒い石を見せる。
「え、そんな物欲しいのか?」
「はい、何か気に入っちゃって」
「ああ、わかった。じゃあ解体したらそれを届けるよ。学園に居るんだな」
「はい、アイラ研にいます。学園が終われば、今日は武具屋か魔術ギルドに」
「わかった、解体はギルドでやってもらうから、それが終わったら持っていくよ。もしすれ違いで会えなければ、ギルド地区にある『まわる車輪亭』を常宿にしてるからそこに来てくれれば渡す。捨てないで取っておくさ」
「はい、ありがとうございます」
その後、明けの明星達と軽く話をして学園へと向かった。
何だか体が血なまぐさいが、仕方がない。
学園に入る前に川に入って汚れを落とそう。
「あ~、でも毛皮とか勿体なかったかな〜」