第十二話 家族団欒
西門の広場でミュラーさんと別れ、住民用の通用門へ向かうと、その途中に衛兵のカールさんが私服姿で立っていた。
「あれ?カークさん、私服でどうしたんですか?」
俺は話しかけてみる。
「お前、今何時だと思っているんだ。学園がこんなに遅くまでやってないだろ?」
「ええ、今日はちょっと野暮用で遅くなりました」
「そうだろ、そんな事だと思ったよ。いいか、この西門は通常日の出と共に開門し、日の入りと共に閉門するんだ。だから、もう閂に鍵をかけて閉めているんだよ」
あ、忘れてた。そう言えばそんなことを聞いたことがある。
「その顔は忘れてたな。ったくしょうがないなー、そんな事だと思って、遅番の連中に話を通しておいたよ。いいか、今日だけ特別だ。こんなこと上役に見つかったら俺たちがやられちまう」
カークさんはそう言って、衛兵詰所へ入っていく。そして、中から衛兵さんと連れ立って出てきて俺も一緒に通用門に向かった。
「悪いな、こいつが言ってたグレンさんの息子だ」
そう言って俺を衛兵さんたちに紹介する。
「ファルモアです。今日は遅くなってすいませんでした、明日からは気を付けます」
「ああ、今日から学園だったんだって?それじゃ浮かれててもしょうがない。次からは駄目だからな」
衛兵さんたちはそう言って笑いながら鍵を開けてくれた。
「ありがとうございます。ではまた明日」
俺はそう言って外に出る。
振り向いて中を見ると、カークさんや衛兵さんたちが手を振りながら、扉を閉めるとこだった。
「じゃあな」
その言葉と同時に扉がしまる。
それを見届けて我が家へと走って帰った。
「ただいまー」
玄関を開けて家に入る。
食卓には既に食事が並んでいて、両親が座って待っていた。
「遅いぞ、何をしておった」
「ごめん、友達と色々喋っていたら遅くなった」
そう言いながら食卓に座る。
「あ、それとこれ、お土産」
そう言って包んでもらったスイーツを母さんに差し出す。
「あらありがとう、何かしら?」
そう言って包みを開けて中を見て、パーっと笑顔の花が咲いたのだった。
そんなこんなで、遅くなった夕食を取りながら、お互い今日の出来事を報告し合う。
親父は朝の予定通りだったそうだ。ただ、商業ギルドで嫌な噂を聞いたらしい。
「西方で戦争があるかも知れんっと言う事じゃった。なんでも、武器防具の類が結構売れておるらしい」
「へー、それって西方のどこの国?」
興味本位で聞いてみる。
「マフラクと言う国じゃ、マフラク王国。この国は北側に西方最大のデルヴェ王国と国境を接し、南を死の砂漠に接しておる。西は魔の山々と言われておる『シャイターン山地』があり、東はハイール国などの中央諸国連合に接しておる。そこまで小さい国ではないが、その国が買い求めておると言う事のようじゃ」
「それってどこかの国に侵略するのかな?それとも砂漠の探索?」
「若しくは自衛のためかもしれんな」
「どこかに攻められるかも?」
「可能性じゃよ」
そう言って親父はこの話を打ち切った。
「ところで、お前の方はどうじゃった?」
「朝から結構いろんなことがあってさ...」
親父と母さんに今日の出来事をかいつまんで聞かせる。
「てな感じで、朝はバタバタで、希望とは違って魔術研究・開発学科に行くことにしたんだ」
ところどころ相槌を打ちながら話を聞いてくれる。
「なるほどのぅ、魔術の方か。なら、学園の勉学は母さんに聞いた方が良いじゃろうな」
親父がしみじみ言う。
「あれ、ファル。あなた少し変ね」
母さんが俺をまじまじと見てそんなことを言う。
「何が?どこも変わってないけど」
うーんっと目を細めて俺を見ていた母さんが、突然思いついたように、
「あ、まさか」と言ってこちらに手をかざす。
そして聞きなれない言語で呪文を詠唱すると、俺から何かが抜ける感覚があった。
「あなた、母さんのとっておき魔術を使ったでしょ?」
母さんがそう言う、非難の色が入った響きだ。
「うん、ちょっと特殊な試験があってさ...」
俺はさっきの話の続きをして、説明をした。
「なるほど、それで使ったと」
「うん」
「まあいいわ、本当は駄目だけど。今後は使わないように。それで、魔力可視化しかしなかったのね?」
「うん」
「わかったわ。じゃあ、魔力可視化の魔術を作っておくから今後はそれを使うように、良いわね?」
「うん」
母さんが怒ることがないので、何だか神妙になってしまった。「うん」しか言ってない...ってか言えない。
「その、なんだ。まあ、お前も今後は気を付けるように。それにしても魔術の呪文短縮をこなすお嬢さんがいるとは、学園には多彩な者たちが多いのかのぅ」
親父は空気を換えるように俺に話の続きを急かす。
「あ、そう言えば。さっき話した単語詠唱の子が、魔法って言葉を使ったんだ。これから見せるのは砲台魔法ですって」
そして、その後の出来事を話す。
「ノーティス家のブルーじゃと!」
親父はそこで大いに驚き、
「あら、魔力と魔法と魔術の関係を理解できる子たちがいるなんてねぇ」
と、こちらは母の専門分野の話に驚いていた。
「ってな感じでお土産をもらって帰ってきたってとこ。あ、明日も放課後はみんなでギルド地区で買い物や魔術士ギルドに行って勉強をする予定。それと、ブルーとチカに剣術を教えることになった」
「お前が剣術を人に教えるか...まあ、教えながら自分も成長できるじゃろ、やってみろ」
親父の許しが出た。
「明日の午後も私はギルドへ行くから、ひょっとしたら会えるかもね」
母さんはいつものニコニコ笑顔でそう話す。
「そうだ、一つ聞きたかったんだ。ブルーとチカの魔力の光が小さかったんだけど、魔力って個人差があるの?」
母さんに聞いてみる。
「良い質問ですね!ファル。その事に気づいた人は、まだいないのよ。魔術士ギルドにも」
「じゃあ、魔力を伸ばすっていうか増やす鍛錬や修行ってあるの?」
「あるわよー。でも、魔力の存在に気づいてないとそもそも出来ないから、今までやった人はいないけどね」
「へー、そうなんだ。じゃあ、今日友達になった四人には是非鍛錬してもらおう。皆がやるって言ったら、母さん教えてくれる?」
「あら、良いわよー。ちょっと楽しそうね」
いつもの我が家の食卓の雰囲気になってきた。
「そう言えばファル。ライトの魔法が使えたって言ってわね」
「うん、できたよ。イメージが上手くいったのかも」
母さんはうんうん頷く。
「じゃあ、少し難しいけど、収納魔法を覚えてみる?」
「収納魔法?」
「そう、こういうの」
母さんはそう言って食卓の上にあったパンに手をかざす。すると、パンが一瞬でどこかへ消えた。
「これで収納完了。で、これを」
そう言いながら席を立ち、俺の隣に来てスープの皿の上に手をかざす。すると、スープの中にパンが出現した。
そう、上から落ちてきたわけでもなく、突如スープの中に現れたのだ。
「これで取り出し完了っと」
そう言ってスープの皿を俺に差し出す。
「全部食べてね」
まあ、俺のスープだし、パンもスープに浸して食べるけど...ま、良いか。
「うん」
母さんの魔法も驚いたけど、この仕打ちも驚いたよ。
「他の空間へ収納するイメージ、そこから取り出すイメージよ。しばらく練習すれば必ず出来るようになるから」
母さんはそう言って自分の席に戻る。やっぱりまだ怒ってるのかな?親父を見てみると、若干だがいつもと表情が違う。ホンの少しだけど。
「母さんはどうだった?」
親父が斬り込む。
「いつもどおりでしたよ。朝の予定通り、午前中は庭いじり、午後から魔術士ギルド」
ウンウン頷いて聞く。
「そう言えばギルドで変な噂を聞いたかも」
親父と同じことを言い出した。
「何じゃろう?」
「魔術士ギルドの本部はここよね?」
「ああ、そのはずじゃ」
「西方魔術士ギルド設立の動きがあるとか何とか」
へぇ~、西方の魔術士は独立のするのか〜。
「これは又、きな臭いのぅ」
親父は腕を組んで考え込む。
「なんでも、西方に拠点が欲しいみたいよ。冒険者ギルドと傭兵ギルド、商業ギルドの本部はデルヴェに有るのに魔術士ギルドだけはここでしょ」
「しかしのぅ。元々魔術士を追放しといて、有益になったら手元に置きたいとは、デルヴェ...いや、あの三国なら考えそうじゃな」
あの三国?どこの事だ?
「あの三国って?」
聞いてみた。
「デルヴェ、ヴェルグル、ブフテアの三国じゃよ。この国等は王族が強い血で結ばれておる。そして、その強力な軍事力で、強制外交紛いの事をしておる」
そう答えて親父が顔をしかめる。
「そういえば今日の来賓祝辞で、デルヴェの王太子が、西方でもここの学園みたいなを作るって言ってたなぁ」
ギルド職員なんかがザワザワしてたしな。
「これは益々きな臭い、西方独自で魔術士を育成する気じゃな。これは荒れるじゃろうな」
ふーん、西方は戦争でも始まりそうだな。
「まあ、お前が一人前になるまで何事もなければいのぅ」
「ええ、ホントに」
親父と母さんが俺を見てそう言う。
「戦争が始まるかもって言っても西方の西の方でしょ?そんな所の軍隊がこの町まで来るのに半年はかかるでしょ。軍隊が動けば噂も広がるし、対策も出来るだろうから大丈夫だよ」
「普通はな。まあ、西方の学園が機能しだして十分な魔術士隊が出来んことには、こちらには仕掛けられんじゃろ」
「それまでに俺たちはやれることをやっとけば良いか」
「そうじゃ、そんな事は大人に任せて勉学に励め」
「いや、俺も成人したし」
「まだまだヒヨッコじゃよ」
いつものやり取りをして、その後は楽しく食事をした。
この先戦争なんてなく、平和に過ごせればいいな。