第十話 お茶会とチーム結成
カフェリユンのVIPルームは、その名の通りVIPしか入れず、しかもいくら名の通った人でも紹介がないと入れない、一見さんお断りの会員制である。
そんな部屋に、成人したての学園生が五人案内されて座っている。
「なんか落ち着かない」
部屋の中をクルクルと見回しながらティアナはそう言う。
まあ、確かにその気持ちはわかる。ミサキとチカもティアナに同意して頷いている。
「ブルー、お前は何者なんだ?」
単刀直入に聞いてみた。
「ん、俺か?じゃあこの機会に全員自己紹介と行こうか!」
ブルーの提案に全員頷く。
「先ずは俺から」
ブルーがそう言って立ち上がる。
「名はブルー、ブルー・ノーティスて言う」
それを聞いて、俺たちは皆驚く。
「まあ、ノーティスって言ったらこの町と同じ名だ。なんとなくわかると思うが、俺はノーティス家の者だ」
ノーティス家、遡れば最初に町の原型を作った一族で、今の都市国家ノーティスにある四つのギルドの内、傭兵ギルド以外の三つでギルド長を務めている一族。それは、実質この町のトップと言うことだ。
「それで俺は魔術士ギルドのギルド長ブラオの末息子なのさ。だから色々顔が利くって事」
これは本当に驚いた。これほどの大物だったとは思わなかった。
「でも、実は俺は魔術が使えないんだ。家でもギルドでも散々勉強して、訓練もして、色んな先生に師事しても魔術を行使できない。魔術ギルド長の息子が魔術を使えないんだ、とんだお笑い種さ」
こればかりは同情を禁じ得ない。ブルー自身が相当努力してたのは、さっきの試験を見ていればわかる。いや、最初はふざけているのかと思った。何せしっかりツボを押さえた呪文を詠唱しても不発。術式の理論は良いのに魔術は不発と、結果が伴わなかったからだ。
「ただ、そんな俺でも唯一の取り柄がある。それはインスピレーションや直感だ」
みんなの顔に?が浮かぶ。
「小さい頃からよく当たったんだ。ほんの些細な事がよく当たるって家族の中で評判になって。それである時、一族が集まった席で不吉な予感がして、親父たちに言ったんだ。『酒に何か入っているかもしれない。それを飲んで寝てしまうともう起きない』って、それを聞いた親父は飲まなければいいのか?と聞いてきた。だから、『飲んでも、飲まなくても誰かがやってきてみんなをナイフで刺す』と言ったんだ。その後は親父たちが何か動いたみたいで誰も死なずに済んだ。後日、俺のおかげで誰も死なずに済んだ、何かお礼をしたい、ほしいものは有るか?と聞かれたから、今後も俺の話やお願いを聞いてほしいと言ったんだ。そのお陰で俺は一族の中で一定の発言権を得ることが出来た」
ブルーは一人で淡々と語る。
「成人になるにあたって、魔術の使えない俺は、親父に商業ギルドで働かないかと言われた。俺の直感が商売に向いているだろうと」
確かにそれは言えている。
「俺もそれで良いかと思ったんだが、ふとインスピレーションが下りてきて、学園に行くことにしたんだ。そこで生涯の友と出会うと」
そう言ってみんなの顔を見る。
「そして、こうしてみんなに出会えた。これからよろしく、ファルモア、ティアナ、ミサキ、そしてチカ」
大げさな手振りを付け一人一人の名前を呼ぶ。そして満足したのか、着席した。
何とも言えない空気が部屋の中に漂う。ブルー自身は自分の自己紹介の余韻に浸っているようだ。
「なあ、次行く前にお茶でも頼まないか?のどが渇いたんだが」
俺がそう提案すると、皆それに賛同してくれた。
一通り注文したものが揃い、自己紹介を再開しようとブルーが音頭を取る
「さあ、次は大将、君にお願いするよ」
ブルーは俺を指名する。
「あー、その前に。なんだこれは」
俺はそう言い、テーブルに並べられているスイーツ各種について問いただす。
「これかい?これはお近づきのしるしに俺からのおごりだよ。遠慮しないで食べてくれ」
ブルーはニコニコしながらそう言うが、とても五人で食べきれる量ではない。
「ああそうか、それはご馳走様。遠慮なくいただくよ」
そう言って目の前のスイーツを食べる...めっちゃうまい。
俺が食べ始めると、皆手を伸ばし始めた。
「あともう一つ。俺はお前がノーティス家の人間だろうとへりくだりはしないぞ。もし、俺たちの中で王様をやりたいんなら、お前を半殺しにして帰るからな」
物騒なことを言ってみた。
「ああ、それで良いよ、俺たちは対等だ」
ブルーは何かうれしそうだ。
「じゃあ、対等な俺からもう一言だ。もうこういう事はするなよ」
俺がそう言うと、他の三人も頷く。
「こういう事?」
ブルーはわかっていないようだ。
「VIPルームでお茶とか、食べきれないスイーツを頼むのとかだ。俺たちはまだ成人したてのヒヨッコで学園生だ、そんな俺たちがこんなところで普段から飲食できないだろ。俺たちには、下のテラス席で、小さなスイーツ一つとお茶を二、三杯がちょうど良い」
まあ、そう言ってもブルーの常識はここのVIPルームなんだろうが。
「...ああ、わかった。行き過ぎたときは正してくれ。ただ、俺や俺の持つ力が必要な時は是非頼ってくれ」
「わかったよ、そん時はよろしくな」
その後は、皆自己紹介をし、他愛のない話をしながらスイーツとお茶を楽しんだ。
結構いい時間になったので、そろそろお開きにしようと声をかける。
「じゃあそろそろ帰るか。ブルー今日はありがとうな、それと、スイーツ残しちゃったがすまん」
「いや、俺も楽しかったし。残ったスイーツは包んでもらって皆持ち帰ったら?」
ブルーの発言に女子たちの目が真剣になる。
「いいの?ありがとう」
女子たちがお礼を言う。
「俺も母さんに持って帰るよ」
俺がそう言うと、ブルーが店員さんを呼び、残りをお土産にしてもらうように頼む。残ったスイーツは一旦裏へ持って行って包むようだ。
「そう言えば俺に話があるんじゃなかったか?」
ティアナにそう尋ねる。
「そうよ、そうだった。ブルーのせいですっかり忘れちゃったじゃない」
「え、俺?」
「あんたがVIPルームだの、ノーティス家だの言うからすっかり忘れたの。ああ、もう」
何だか怒っている、まあ確かにブルーの話は衝撃的だった、この部屋も。
「じゃあ、もう一杯お茶を飲みながら話をしよう。それで良いかい?」
ブルーがみんなに聞く。それに皆頷く。
ブルーがお茶を注文し、全員に行き渡ったところでティアナが話し始める。
「今日のファルモア君の魔術をみて確信したことがあって」
俺の魔術?
「やっぱり魔術に精霊は関係ないんじゃないかって事。チカの代理で呪文詠唱したときに引っかかって、魔術創造では完全に精霊を使わなかった。私は元々精霊を信じていないし、ファルモア君もそんなこと言ってたでしょ?」
ああ、確かに言ったな。
「それで、魔力と言う新しい言葉でピンと来たのよ。実際魔力の流れを可視化したあの魔術で、体の中から魔術の力、魔力が出てきたように見えた。つまり人それぞれに魔力は秘められていて、その魔力で魔術を行使してるって事。それなら魔術の呪文ももっと効率よく出来るし、発展させられる」
そう言いながら、俺を見つめてくる。おおっと、そんな目で見つめられるとドキドキするよ。
「ファルモア君、私と二人で一緒にこの学科で頑張って、魔術士ギルドの職員になってくれないかな?」
ん、最後が俺の期待していた言葉と違う。
「いや、俺将来は衛兵になるから。魔術研究は良いけど...」
いや、まさかのギルド職員勧誘だ。
「ちょっと待った!」
突然ミサキから声が上がる。
「どうした?」
ミサキの声が思いの外大きい声だったので、ちょっとビックリしてしまった。
「ファルモア君の力は魔術の研究なんかじゃなく、魔法の研究にこそ必要」
まただ、ミサキから魔法と言う言葉が出た。これについては俺も聞きたいところだ。
「魔法って何?魔術とどう違うの?」
ティアナは知らないのだろう、魔法を。
「魔法って言うのは、魔力を使って色々な術を行使すること。魔術と違って呪文の詠唱なしでね」
ミサキはそう言って、掌に光の玉を出す。
これには全員驚いた。
「これはライトの魔法、呪文なしでこのくらいはできる。ファルモア君も魔法を使えるんでしょ?魔力を知っているなら」
ミサキの鋭い視線が俺を射抜く。
「ああ、確かに使える。俺は身体強化と鑑定魔法だけだが」
俺は素直に答えた。
「これは驚いた。俺も魔法は...いや、魔法って言葉は知っていたけど、ギルドでは精霊が行使する力とされているから。ミサキちゃんと大将が使える魔法は、その、魔力ってやつで行使するって事だろ」
俺たちはブルーに頷く。
「なら、今までの考え方...魔術って、精霊ってのは何だったんだ?」
「魔術っていうのは、魔法を簡単に行使するために呪文なんかを使って行うものだよ。魔法って言うのはいわば人の思いやイメージで行使するもの。ただ、イメージを魔法にして行使しろって言われても普通はできない、人は魔力を持っているって知らないから。だから、人知の力が及ばない精霊の力を、呪文を唱えることでイメージしやすくして行使しているんだ」
簡単に解説してみるも、ブルーはますます混乱しているようだ...あ、チカもだ。
「じゃあ、私の魔術は自分がイメージがしやすい呪文で詠唱していたから出来ていたって事?」
ティアナも驚きつつ、そう聞いてきた。
俺とミサキは頷く。
「多分、ブルーやチカよりも魔法の行使に一番近いのはティアナだ。今ミサキがやった様にライトの魔法...っていうか、掌に光の球を浮かべるイメージをしてみな。出来るかもしれない、俺もやってみるから」
俺はティアナにそう言って、自分もイメージをする。
掌に光の球...
すると、心臓付近から光が掌に集まり、それが離れると光の球が出来上がった。
「おお、出来た。すげー」
自分でやって自分で驚いた。他のみんなも驚いている。
ティアナを見てみると、苦戦しているようだ。
「...出来ない。何で...?」
「魔力の流れをイメージするんだよ。俺がやったみたいに」
そう言って光の球を空中に放ると、ティアナの肩に手を置く。
すると、ティアナの心臓付近に光が輝く。
「見える?これがティアナの魔力。これを掌から出すようにイメージして、掌から出るときに光の球になるようにイメージして」
ティアナに優しく語り掛ける。
眉間にしわを寄せながら、ティアナはイメージしているようだった。
数分そうしていると、ティアナの光が掌に移動して、そして光の球を発現させた。
「...出来た」
ティアナはちょっと嬉しそうにぽつりと呟く。
「良かったよ」
そう言ってティアナから手を放す。
「なあ、俺にも出来るかな?俺にもやってくれ」
「わ、私も」
ブルーとチカがそう言うので順番に肩に手を置いてみる。
チカは小さいけど光が輝いた。けど、ブルーに関しては、一瞬ぼんやり光るだけで、その後は光らない。
魔術の詠唱や、イメージなんかも試してみるが、やはりブルーだけはうまくいかなかった。
「なあ、魔力って個人差が有るのかもな。だから俺は何をしても魔術が使えなかったのかも...」
ブルーが肩を落とす。
「ま、魔力も鍛えれば大きくなるかもしれないし、気を落とすなよ」
こんな言葉しかかけてやれない。
「そうよ、それより明日からは私たち五人でチームを組んで色々しましょうよ。学園の勉強や研究、それに放課後に集まって魔法の研究とか鍛錬とか」
ティアナは我ながら言いアイデアだと言わんばかりに提案してきた。
みんなで顔を見合わせ、頷く。
「そうだな、この事はギルドを揺るがしかねない。学園を卒業するまで、ギルドを納得させられるまで、俺たちはチームだ」
ブルーがそう言い、みんなでおーっと相槌を打ち、お店を後にした。