第一話 学園初日、朝我が家にて
この大陸では十五歳になると男の子も女の子も一人の大人と見なされる。
つまり成人だと。
自分で責任をとれる『人』になったのだと周りからみられるし、そう扱われる。
なので十五歳になる前、つまり子供でいる内に成人後の身の振り方を決めておくのが常識なのである。
一般的に男は、家業がある場合はその仕事に就き、女は結婚し嫁いでいく。家業が継げないものは独立し仕事をするか、公務員や傭兵、一攫千金を狙って冒険者となる。女の場合は水商売に就く場合もある
。
ただ、ごく稀に、学園に入学し勉学に励む者もいるのである。
今年、はれて15歳になった俺は、朝日とともに目覚め、日課の走り込みから我が家へ帰ってきた。
家を出る前はまだ火入れをしている所であったが、今は小気味の良い鎚を振るう音が、併設されている鍛冶場から聞こえてくる。
「おはよう、親父」
「ああ、おはよう」
いつもならここで大鎚を持って相鎚を打つのだが、今日は刀剣の類いを打っているのではなく、農具の修繕を行っているようだ。
「今日はこっちは良いから自分のを仕上げろ。今日から学園じゃろ。きっちり磨いていけ」
「はいよ」
自分のとは、ここ一月余りかけて自分で打った刀の事である。
幼いときから親父の手伝いで鍛冶屋のいろはを叩き込まれ、一人である程度出来るようになった俺は、学園入学が決まってから自分で使う武具一式を一人で揃えるよう親父に言われていた。
最初に兜を作っていたとき、親父からある鉱石を渡され、それを製錬する所からを求められた。
まず何の鉱石で、どの金属を精錬するのかを考えなければならず、それをまだヒョッ子の俺にノーヒントでやらせるのだ。
俺の鑑定魔法はまだ精度が良くなく、母さんにも手伝ってもらってようやく、親父が抽出させたい金属が何なのかわかったのだった。
その金属は『ヒヒイロカネ』と呼ばれ、もはや伝説の金属だった。
そんなものを含んだ鉱石を親父は一体何処から持ってきたのか、そしてそれを俺に扱わせるなんで、どうかしてるとしか思えない。
母さんと一緒に正体を突き止めた時、親父の方を見ると「お前になら扱えると思ったんじゃ」とボゾっとこぼし、「儂と母さんの子のお前なら、高純度で精錬できるじゃろ」と一つの金属塊を持ってきて見せた。
「これは、儂が精錬したヒヒイロカネの鋳塊じゃが、混ざりものを取り除けんかった。製錬止まりということじゃな。ここからは何をやっても純度を上げれんかった。試していないのは魔力を込めること。こればかりは儂では無理じゃ。そこで、お前ならと」
なぜ俺なのかと思ったが、母さんは学園の講師も教えを請いに来る魔術の達人だ。その血を引く俺もいくらかの魔法を教えてもらってはいて、実際に身体強化系の魔法、鑑定の魔法、火の魔術、雷の魔術を使うことができる。
「高純度の鋳塊を精錬出来たらお前にやる、それを使って一式誂えてみろ」
親父はそう言って仕事に戻っていき、母は何故かニコニコしてこっちを見てるし、入学までの日にちを数えながら、俺はやる気半分、不安半分で複雑な気持ちだった。
そこからは目まぐるしい日々だった。
日々の鍛錬、家業の手伝い、魔法・魔術の修練に親父からの課題。
ヒヒイロカネの純度を上げる精錬工程が思うようにいかず、大分焦りもしたが、母さんにアドバイスをもらって、魔力の使い方や調整の仕方を工夫することによって、何とか良い素材として精錬できていった。
素材が揃ってからは早かった。
親父の手伝いで武具一式、農具や台所用品など、金物の製作・修理はある程度出来ていたし、その中でも一番多い依頼は冒険者や傭兵からの武具関連の仕事だったので、思うように作業が進んでいった。
完成した防具に自分好みの意匠をし、武器はソードではなく刀を選択し鞘や鍔の意匠も凝った。これで今日からの学園生活は派手に目立ってやる。
なんたって学園には大陸中から生徒が集まる。その中で優秀な成績を収め、かつ派手に目立てば各国の軍にスカウトされるかもしれないし、ここ地元の都市国家の衛兵となれるかもしれないし。
将来に夢を馳せながら、仕上げ研ぎをするのであった。
朝の日課を終え、親父と二人で母屋の扉を開けると、スープと焼けたパンの香りが迎えてくれる。その香りで、腹がすいていることを体が認識し、ひな鳥が餌を強請る様に腹が鳴り出す。
「さあ、食べましょう」
朝食を食べながら今日の予定を家族で話し合う。
「儂は商業ギルドに修理品の納品をし、その足で冒険者ギルドと傭兵ギルドによって何ぞ鍛冶仕事がないか御用聞きじゃの。何もなければ帰ってきて武器屋へ納品するものでも打ってるかの」
「私は午前中はお庭の手入れ、午後は魔術士ギルドで講義して夕方には帰ってきます」
「俺は今日から学園に通う。多分帰りは夕方かな。なんで、家の手伝いは朝しかできなくなるかな」
「わかっておる。外に出すと決めた時からそれも織り込み済みじゃ」
子が一人しかいない我が家は、普通なら家業を継ぐのが当然だ。でも、親父も母さんも俺が生まれた時から、いや結婚した時から男でも女でも外に出すと決めていたらしい。
「でも鍛冶屋はどうするの。俺が継がないと家業が途絶えるよ」
「無論、そんなことはわかっておる。じゃがここでの鍛冶屋はやめても、お前がその時いるところで鍛冶仕事はできるじゃろ。技術の継承は少しはできておるし、学園卒業まで時間もある。お前がどこぞに行くまでにみっちり仕込んでやるから安心しろ」
「俺は遍歴鍛冶師にでもなれってか」
「そういう事ではないが、それでも食いっぱぐれんか」
「あのなぁー」
「いや、お前の希望はわかっておる。どこぞの軍隊に入っても、ここの衛兵になるにしても、いざ戦となったとき道具の手入れができるものが隊にいるのといないのでは違いがある。まあ、ここの衛兵になるのなら町の鍛冶師が仕事をするじゃろうが、西方の国に仕えて、もし戦になった場合は戦えない鍛冶師を行軍に連れて行くのと、戦える鍛冶師がいるのとではその運用...」
「あーわかったよ立派な兵士兼鍛冶師になるように勉強してくるよ。ご馳走様」
親父の話を遮って席を立って自室へ戻る。
「話が長いんだよなー、親父は」
そう言いながら自分で拵えた鎧を着用する。
「中々良いじゃないか」
鏡で全身を確認し、ちょっとにやついてみたり、ポーズをとったりしているとドアをノックする音が聞こえた。
「そろそろ出ないと遅刻するわよ」
母さんが呼びに来たみたいだ。
「今行くよ」
肩にマントを装着し、太刀紐で刀を固定し、兜をもって部屋を出る。
「本当にその格好で行くのか」
親父が呆れた顔でそう聞いてくる。
「もちろん、目立つだろ」
「そりゃそうじゃが、儂がはずかしくてのぅ」
「大丈夫、俺が良い行いをすれば誇らしくなるよ」
「悪目立ちだけはせんでくれ...」
親父はそう言って、ずずずとお茶を飲む。母さんはニコニコしている。
「じゃあ行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
親父と母さんに見送られて学園に向かう。
学園はここ『都市国家ノーティス』の中央部からやや東側に位置している。ざっくりここノーティスを説明すると、町の中心を北から南にクラブル川が流れていて、その西側をギルド地区、東側を学園地区と呼んでいる。学園があるのももちろん東側の学園地区だ。
学園地区は主に学園と町の公務員たちの住居がある。また、学生や住民たち用のお店なんかもちらほらあるが、商業や行政の中心は西側のギルド地区だ。
そして、ノーティスには衛星都市が二つあって、一つは、クラブル川に沿って三日ほど北上するとある『バモー』という都市。ここは、冒険者ギルドが中心となていて北部の未開地探索の拠点となっている。
そしてもう一つは、ノーティスから西に延びているというか、西からノーティスに延びている野心街道を西に二日行ったところにある都市『シット』。ここは傭兵ギルドが中心になってる。
因みに我が家はギルド地区側の北側にあるのだけど、ノーティスを囲う城壁の外にある。一応我が家から城壁は見えるよ、一応。だから我が家はノーティスにあるって言っても嘘じゃない、嘘じゃないはず。
親父もノーティスの商業ギルド所属だし。
そんなことを考えながら走っていると、ノーティスの西門が見えてきた。
ノーティスは野心街道の終点の地であり、未開地開発の拠点にもなっている。ここの北、東、南に未開地があり、冒険者が探索に入り、いろいろな物品をここに集めてくる。その貴重な未開地産の品物を商取引するのに、または一山当てたい商人や冒険者たちが西門に列を作っていた。
俺はそんな列を横目に、住民用の入り口に向かう。
「カークさん、エロルさん、おはようございます」
「お、ああ、おはよう」
書類を見ながら何やら話し込んでいた衛兵のカークさんが、一瞬怪訝な表情を浮かべて返事を返してくれる。
「お前グレンさんとこのファルモアか?なんだその格好は。冒険者か傭兵にでもなる気か」
エロルさんが小ばかにするようにそうゆうと、持っている槍の石突で鎧の脛を突っついてくる。
「いやいや、今日から学園なんで。気合い入れて新調したんですよ。人生目立ってなんぼですから」
「ああ、お前も十五歳か。でもグレンさんも鍛冶屋継がせないでお前を学園に入れるんだから、ちょっと変わった考えの人だよな」
カークさんが同情するようにそう言ってくる。
「いや、いいんですよ。親父も母さんも昔から決めてたみたいだし。それに、鍛冶屋も好きですけど、やっぱり誰かを守る仕事に憧れるじゃないですか。学園を優秀な成績で卒業して、俺もこの町の衛兵になりますから、そん時はかわいい後輩だと思って飯おごってくださいよ」
「ああ、わかったよ。この時間は人通りも馬車も多いから気を付けて学園地区まで行けよ。それと、お前にも一応言っておく」
「何ですか」
「ギルド地区は人も物も金もよく動く。それに、学園には西方の国々からも入学する人も多い。だが西方から学園に入学するって事はそれなりの身分の人や金をそこまで使える人たちだということだ。比較的治安のいいノーティスでもそんな人や物や金を狙って悪さをする輩はたくさんいる」
俺は神妙にうなずく。
「一部の噂だが、盗賊団や犯罪ギルドもここに潜伏しているらしい。お前のその鎧も十分金持ちのボンボンに見えるから、狙われかねない。頼むから俺たちの仕事を増やすようなことはしないでくれよ」
「わかりました、なにもされない限り何もしません」
「頼むぞ」
「はい、それじゃあ行ってきます」
そう言って俺は西門をくぐった。
「そうだ、成人したんだから今度うまい酒を出す店に連れて行ってやるよ」
エロルさんが俺の背中にそう声をかけてきた。
「期待してまーす」
笑顔でそう答えて学園へ向かった。