お勉強も花嫁修業の一環です
朝食後、すぐにやってきた服屋さんに上から下まできっちり採寸されたのち、各二時間の演習と講習を終えた私。やっとの思いで自室に戻り、へとへとになって時計を見ると、なんともう夕方の五時を過ぎるところだった。
え、もうこんな時間? まだダンスレッスン残ってるのに?
これじゃあ、書庫を漁ってこの世界の勉強をするのは、どうにも深夜帯になりそうだ。睡眠不足はお肌の大敵だが、背に腹はかえられない。
この世界の王族、貴族のことや各国の名産品なんかも調べておきたい。フォーマルハウト家は王家お抱え錬金術師の家系だから、錬金術の事ももっと知っておくべきだ。他国の錬金術についても調べてみたいな……ああ、時間が足りない。
「時間を止める魔法でも開発しようかな……」
「それができれば表彰ものでしょうね」
「うう、でも悪用防止に術式を複雑にしたり解読を簡単に出来なくしたりしなきゃいけないな……作るメリットより作るまでのデメリットが大きすぎる……」
魔術師としては最強ランクのキャラだからだろうか、ハリエットは頭がいい。そして勉強すればするほど頭に入る。それらの知識を応用すれば、私が彼女の経験を元としてそういった魔法を開発することは可能だろう。
でもよく考えたら魔法を作るほうが夜更かしして勉強するより遥かに面倒だ。私はぐたり、と机に伏せる。
疲れを和らげようとしてくれたのか、メリーがホットミルクを淹れてくれた。
「ハティ様、あまり根を詰めすぎないようになさいませ。お勉強がしたいとのことでしたので講習を増やしましたけれど、厳しいようでしたら少し頻度を減らしますので」
あ、今日のハードスケジュールはそういう事情があったのね。私の付き人有能すぎやしないか? 昨日の夜じゃん、その話したの。
「ううん、平気。それよりもダンスレッスンの時間、そろそろじゃない? 講師の先生まだかな」
「ああ、それでしたら──」
メリーがなにかを言おうとした時、こんこん、と部屋の扉がノックされる。講師の先生かな。私が「はい」と言ってそれを受け入れると、静かに部屋の扉が開く。
私は愕然とした。そこに立っているその、すらりとしたシルエットに見覚えがあった。
美しい白金色と優しげな銀灰色。アルバートだった。
「あ、アルバート様、ど、どう……!?」
「ダンスレッスンということで、私が教えられることもあるかと思いまして」
「アルバート様はダンスもお上手でいらっしゃいますから、ハリエット様に教えて頂くのにちょうど良いかと」
そう言うメリーの顔はしてやったりというふうににっこり笑っていて、そこで私はようやく気づく。こいつ、嵌めやがった……!
私がアルバートと仲良くなれるようにとかどうとか考えているのかもしれないが、こっちとしてはたまったもんじゃない。だってアルバートはたとえ腐っても私の最推し! 推しとダンスレッスンなんて正気でいられるわけがない。いやだって社交ダンスって、密着するじゃん、ほぼゼロ距離にアルバート!? ……耐えられる気がしない。
「ということで、僭越ながら私が教鞭を執らせて頂きます。至らぬ所もあるかもしれませんが」
「い、いえっ、私こそダンスはあまり、あの、お手柔らかに」
アルバートはふわりと微笑むと、私の手を実に自然な流れで取って部屋から連れ出した。
多分行き先はボールルームだろう。どうしよう、ハリエットってダンスも得意なんだろうか。微妙だ。足とか踏んでしまわないかな。心配ばかりが先に経つ。というか手取られちゃってるな、やばい、手汗とかかいてないだろうか私。
「あ、足を踏んでしまったらごめんなさい……」
悩みに悩んだ末、予防策として先に謝っておくことにした。しかしそれを受けたアルバートはまたも優しく微笑んで、「貴方に足を踏まれるくらい、なんてことはありませんよ」と言ってくれた。紳士が過ぎないか。私はアルバートのあまりの優しさに、思わず目頭を抑えそうになった。