朝から緊張MAXである
翌朝。メリーによって叩き起された私は、彼女の手によって着替えや洗顔やヘアセットを終え、なんとも清楚で愛らしい令嬢へと変身した。
ハリエットがいくら美少女であるとはいえ、寝起きはやはり頭もボサボサのすっぴんで、言ってしまうととてもじゃないが令嬢には見えないのだ。それをメリーは丁寧に整え、軽く化粧をし、髪をくしけずり、「本日は清楚なお召し物に致しましょうね」とか言ってさっとドレスを着せてくれた。
メリー、万能すぎる。なにか出来ないことがあるのか逆に聞いてみたいレベルだ。
「本日は二ヶ月後の入学式に向けて制服の採寸と、魔術講習、魔術演習、錬金術講習、大陸史講習と、ダンス練習のご予定が入っております」
え? 入学式二ヶ月後なの? 初めて聞いた。てか予定、多! 流石侯爵家だな。魔術系が多いのはやっぱり私が魔術特化型だから?
「ありがとう、メリー」
「朝食はアルバート様と、フォーマルハウト侯爵、並びに侯爵夫人とお摂りになる手筈となっております」
「ひええ、ご両親……ま、間違っても粗相のないようにしなきゃ……」
「テーブルマナーはご実家で叩き込まれていますし、大丈夫ですよ。参りましょう」
半ば引きずり出されるようにして部屋を出、メリーの案内(連行)でダイニングへと向かう。
正直怖くてたまらない。前世でだって婚約者のご両親と朝ごはん食べたことなんて無い。未婚でぽっくりだったからな。
どんな人だろう、怖い人じゃなければいいなあ。できれば優しい、アルバートみたいな人なら……
「フォーマルハウト侯爵は温厚なお人柄で知られていますし、文官でいらっしゃいますから見た目が厳ついとか恐ろしいとかそういうことは無いかと」
「メリーって読心術でも使えるの?」
「ハティ様がわかりやすいだけではないですか」
どんどん不躾になるな君。泣くぞ。
そんな不躾メイドのメリーに手を引かれ、たどり着いてしまいましたダイニングルーム。
確かにお腹は空いてるしいい匂いが漂っても来るけれど、それより何より緊張が勝る。許されるなら帰りたいが……まあメリーが許さないだろうことは自明の理、私は腹を括って深呼吸、背筋を伸ばしてダイニングルームへと足を踏み入れた。
「おはようございます」
「おはようございます、ハリエットさん」
ダイニングテーブルについていたアルバートが、私を見てすっと立ち上がり、私を導いて隣の席に連れていく。椅子を引き、座らせるまでパーフェクトなエスコート。流石次期侯爵、スマート……! 危うく惚れてしまうところである。
いや、私がハリエットなんだから別に惚れてもいいのか?
「貴方がハリエットさんね! アルから話は聞いてるわ」
「ああ、この度は婚約おめでとう!」
「あ、ありがとうございます……!」
そしてご両親、めっちゃフレンドリーである。正直こんなにウェルカムオーラ出されてしまうとは思わなかった。アルってアルバートのことだよな、え? アルバートから聞いてるって何? 何を? そんな人に聞かせるような醜態晒したはずは無いのだが。
こっそりアルバートに目をやると、若干恨めしげな視線をお義母様に向けながら、少し、本当に少し、むっつりとした顔をしていた。初めて見たがそんな顔!? そんな年相応な顔できたの!? ちょっと待って倫理とか言ってる場合じゃないマッハで写真に残したい。駄目かな……駄目かな〜〜〜……! 私しか見ないから……!
「さ、頂きましょ! うちのコックは腕がいいのよ」
お義母様がそう言うので、私はやっと食卓に目線を移す。朝食も実にシンプルなものだった。フレンチトーストとベーコンと軽いサラダ。飲み物はコーヒー。……コーヒーかあ、私あんまり得意じゃないんだよな、苦いの。
まあ、出された手前残すわけにもいかない。顔を顰めるほど苦手なものは出ていないし、寧ろ美味しそうな朝食だ。コーヒーさえ飲み切れば問題ないのだし、幸い砂糖やミルクも用意されている。うん、大丈夫だ。
促されるまま口に運ぶと、やはり美味しい。フレンチトーストの甘味と塩味、ふんわりとろとろ加減などは見事なものだし、ベーコンはカリカリに焼き上げられ、噛めば噛むほどじゅんわりと旨みが広がる。サラダの野菜も今朝とってきたばかりのようにみずみずしい。
うーん、アルニラム家のご飯も負けてなかったけど、フォーマルハウト家のご飯、めちゃくちゃ美味しいな……!
「美味しいです」
「でしょう? ハリエットさんが気に入ってくれてよかったわ。わたくし朝から沢山食べられないから、食べやすくて丁度いい量を作ってもらってるの」
「そうですね、私もあまり沢山食べる方ではないので……このくらいの量が一番いいと思います」
お義母様はそうよねそうよね、と嬉しげに頷く。
「もし食べきれないなと思ったら、アルに食べてもらっちゃって」
「!?」
あぶねフォーク落としかけた。急にどうしたこの義母。私の母みたいなこと言い出したぞ。アルバートが私の食べ残しを食べる? あってはならねえ。
私が百パーセント混じりっけないハリエットであれば私も喜んでGOサインを出したが、そのハリエットは今や私でありただの旦那オタクである。キャッ旦那って言っちゃった! まだ旦那ではないのだった。
「母上……」
「あらあ、いいじゃない。わたくしだって、食べきれなかったらアレスターに食べてもらってるわよ?」
「そうだぞアル。嫁は甘やかしてこそだ」
「やだあアレスターったら!」
もしや私実家出ても延々とバカップル見る羽目になんのか。流し目で背後に控えるメリーを見ると、やはり「またか……」みたいな諦観の目をしていた。だ、大丈夫だメリー、君は私の専属メイドだから、義両親の世話はしなくてもいいはずだ。多分。
義両親はそれを皮切りに人目を憚らずイチャコラしはじめた。もう完全にうちの両親ルートだ。私は、流石に子とその嫁の前でイチャコラしまくる両親にはなりたくねえな、と心から思った。
「……ハリエットさん、早めに片付けてしまいましょうか」
「仲が……よろしいですね……」
「そうですね、仲が良いのはいい事なのですが……それにしても、もう少し落ち着いて欲しいですね……」
アルバートは半ばげんなりした表情で、もさもさとサラダのレタスを食み始めた。私も多分似たような顔をして、砂糖とミルクをふんだんにぶち込んだコーヒーを啜る。
両親の仲が良すぎるとかいう、アルバートとの微妙で意外な共通点を見つけてしまった。こんなに嬉しくない共通点が未だかつてあっただろうか……
「ところで本日のご予定は?」
レタスを嚥下したアルバートが、私にそう問いかけてきた。私はちらりとメリーに目配せをする。メリーはそれを受けてしゃんと背筋を伸ばした後、よく通る綺麗な声で私の予定をアルバートに伝えた。
「本日のハリエット様のご予定は、二ヶ月後の入学式に向けて制服の採寸と、魔術講習、魔術演習、錬金術講習、大陸史講習と、ダンス練習です」
「そんなに? 勉強熱心ですね」
「いいえ、魔法しか能がないので、そこをひたすら伸ばすのです! フォーマルハウト家は錬金術に長けた一族とお聞きしていますので、錬金術の勉強もしなくてはなりませんし、なにごとも知識や経験を積んでおくに越したことはありませんもの。まだまだやることは沢山あります」
私がそう返すと、アルバートはぱちくりとその綺麗な瞳を瞬かせたのち、少し困ったような顔をした。
「努力家なのは素敵ですが、どうかあまり無理をしないでくださいね。貴方が私の、……一族のために努力してくれるのはとても嬉しいけれど、貴方が身体を壊してしまうのは、駄目です」
その困り顔と困った声は狡くないか!? 私は心の中で暴れ回るオタクの私をふんじばって黙らせ、必死で淑女的な微笑みを顔に貼り付けた。
「お気遣い頂きありがとうございます、アルバート様。私は平気です」
「……それなら、良いのですが」
アルバートは若干納得していないような顔をしたけれど、それ以上言及してくることは無かった。