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目指せ!パーフェクト公爵夫人

 夕飯を実家で済ませてきていた私は、屋敷の案内をされたあと、私の寝室だという綺麗な部屋に通された。


 婚約者同士なのに同じ寝室じゃないんだとちょっと驚き、推しの寝顔と寝起きに戦々恐々、よだれを我慢する日々を回避し、なおかつ一応初対面の男性と寝所を共にするわけではないと分かってほっとしている私に、アルバートは「知らないところでよく知りもしない男と二人寝るなんて、年頃の女性なので嫌がるかと思いまして」と言っていた。


 なんて配慮のできる男なんだ。これで十六歳か……恐るべし、アルバート・フォーマルハウト。


 そんなアルバートの気遣いに感動したのち、今日はもう遅いのでということでそこで解散、私は宛てがわれた部屋にメリーと共に下がった。


 着替えもそこそこにぼふんとふかふかベッドに沈む。流石侯爵家、寝具のひとつとっても明らかに桁違いの質だ。しかも華美過ぎないのが最高。アルバートと趣味が合いそうで何よりだと思う。



「ハティ様、眠前のハーブティーなどはいかがですか」

「お、いいね。メリーも一緒に飲もう」

「……では、失礼します」



 メリーが入れてくれたのは、はちみつのようないい香りのする紅茶。ハニーブッシュというハーブの紅茶なのだとか。南の大公国が名産地らしい。……南の大公国ねえ。私は紅茶を飲みながら考える。


 プレレガのストーリーは基本、プレイアデス大陸という大陸の、五つの国で展開される。


 北斗七星の加護を受けた大陸屈指の大国・北の王国と、南十字星の加護を受けたリゾート地・南の大公国、明けの明星に加護される美の国・東の皇国と、宵の明星に加護される科学大国・西の共和国。……そして、悪役令嬢ベランジェールを主とした月に加護された魔術の国、中央の帝国。私やアルバート、主人公・シャルロッテは北の王国の出身だ。


 一応大まかなストーリーの筋は覚えている。協和条約によって友好関係を結んでいた五国の貴族達は、北の王国にある貴族・王族のための学園、ラクテウス・オルビス学園に入学するのが常となっている。それはシャルロッテやベランジェール、お相手候補たちや、無論私も例外ではない。

 私達は学園でそれぞれの専攻する魔法や剣術、錬金術などを学び、同時に貴族としての振る舞いを洗練させたり……ついでに、他の貴族とのパイプを作ったりもする。


 原作開始はシャルロッテ十六歳の春。二年生の初め頃だ。ラクテウス・オルビス学園は大学のように、前期後期、二期制の学園だが、基本前期はステータス上げやレベル上げ、好感度上げ、それから……ちょくちょく起こる、『ファントム』の発生事件の解決に割かれる。


 『ファントム』というのはこの世界における魔物みたいなものだ。その黒幕、元凶は、言わずもがな魔術大国の中央の帝国。悪役令嬢・ベランジェールの国だ。


 私の記憶が正しければ、『ファントム』は元々なにかの生き物に呪いをかけて作られる魔物で、その形は様々、兎だったり虎だったりキメラだったりドラゴンだったりする。本当に強いものは人型だったり、意思の疎通ができたり。まあ元が人なだけあって、魔力とか知力とかあるからなんだろうけど……でも人型は確か後期にならないと出てこないんだっけ? 


 確かベランジェールは国の宰相だか兄王だかにその類稀な魔力と実力を利用されて『ファントム』量産機みたいな扱いをされ、挙句魔力を搾り取られて、使い物にならなくなったからって、『ファントム』に変えられてしまって死んじゃうんだっけか……そう、後期は確か、敵側であることが判明したベランジェールを打ち倒すために、四国が協力して中央の国に攻め込む展開だったはず。

 王女であるシャルロッテは反対されるけど持ち前の負けん気と強気と強さで押し切って、お相手候補たちを引き連れて中央の国に進軍するんだよな……


 ……なんとか、ベランジェールを助けられる術はないかなあ。私はそんなにお人好しな方ではないが、ベランジェールはキャラデザが可愛いし実はただのツンデレ説もあったし、なんかちょっと可哀想すぎるし、死ぬには惜しいと思う。それにその未来を知ってて助けないほどの薄情ではないつもりだ。

 うーん、未来視の魔法を開発したとか言って……だめか、流石に。術式を説明しろとか言われたら詰むもんな。



「うーん……?」

「……お口に合いませんでしたか?」

「うん!? 違う違う凄く美味しいよ! もっと別のことで、考えごとしてただけ」



 危ない危ない、メリーに余計な心配をかけてしまうところだった──「ところで、一人でお悩みになるのもよろしいですが、誰かに相談してみるのも良いのではないかと。私でよければ伺いますし」……いやいや無理、無理だよメリー何言ってんだ。というか私が前世の記憶を持ってるなんて言ったら多分医者を呼ばれる。


 なんと返そうか、あーとかうーとか唸りながら答えあぐねている私に、メリーが「もしかして」と声を潜める。



「……旦那様の事ですか?」

「だ」



 だんなさま。旦那様!? 噎せそうになって慌てて紅茶を飲み込む。目を白黒させている私を、メリーは心做しか面白そうに目を細めて見ている。生暖かい目で見るな! 違う! いや違うと言っても信じてくれないな、この顔は!



「だって、そうでしょう? ハティ様はフォーマルハウト卿の奥方になるんですもの。ね、旦那様と随分仲良くなられたように見えましたけれど、実の所旦那様をどう思ってらっしゃるのです?」



 メリー、めちゃくちゃグイグイくる。最早絶対面白がってるだろというようなニヤニヤ顔だ。十五歳であるだけあって、彼女も年相応に恋愛ごとが好きらしい。



「ど、どうって、まだアルバート様のことよく知ってるわけではないし」

「よく知らずとも第一印象くらいはあるでしょう。見目がどうとか」

「……すごく、すごくお綺麗な方で、私だけじゃなくてメリーにも気を遣って下さって、やさしかった。……でも私が婚約者に選ばれた理由だって、私の魔力や魔法が理由に決まってる。だから、自惚れないようにしなくちゃ」



 自分で言って気がついた。アルバートが好きになったのは、私の要素なんて一ミリも入っちゃいない『ハリエット』だ。


 前世の記憶なんて余分なものを持った私を、果たして彼が好きになることなんてあるだろうか。……急に不安になってきた。魔法や魔力が優れている伯爵令嬢というだけで、今は一応婚約者として置いてもらえるだろう。だがもし、私より優秀で、高貴で、可愛らしくて純粋な子が現れたら? ……考えたくはないが、有り得る話。単に魔力が多い貴族なら、他にいくらでもいる。


 不安になってきた。魔法の勉強だけじゃない。他のことだってきちんとやらなきゃ、愛想を尽かされて婚約を解消されちゃうかもしれない。



「ハティ様……」

「こうなったら勉強しまくって立派な侯爵夫人になってやる! 内面は実力でカバーだ! そうと決まればメリー、明日から書庫の本読み漁って勉強しまくるよ!」

「あ、そっちに行かれるのですね、見た目をどうとかではなく」

「確かに侯爵夫人ともなれば見た目も大事。でも見た目より使えるかどうか、利用価値があるかどうかが結局重視されるでしょ。綺麗なだけのお荷物なんてまっぴらだもの」



 そう言い放った私を、メリーは引きつった顔で見る。けれどやがて大きく息を吐いて、「ハリエット様が仰るのなら」と頷いてくれた。

 よーし勉強頑張るぞ! 見捨てられないように!



(……旦那様のハティ様を見る目、明らかに好意増し増しだったんだけれど、案外この人鈍いのね……)



 そんなことを呆れ顔で考えているメリーの哀れみの目など、使える女になってやる、と燃えている私にはついぞ届くことは無かった。


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