両親よ、どうか人目を憚ってくれ
私は興奮と混乱で半ばぶっ倒れそうになりながらも、必死に平静を装いながらアルバートと別れ、やっとの思いでアルニラム伯爵家に帰ってきた。心労と疲労が半端じゃない。これから私生きていけるだろうか。死ぬんじゃなかろうか?
「ハティ、おかえりなさい!」
豪華絢爛な玄関を通ると、腹部にタックルしてくる者がいた。凄い勢いだった。「ゴフッ」て声出たもん、およそ令嬢の出していい声じゃないよ今のは。
ゴホゴホと噎せながらなんとか息を吸い、その人を見る。きらきらした空色の瞳に蒼い黒髪。下手したら前世の私より若く見えるんじゃない? なんて思う。この人は──……
「お母様、ただいま帰りました」
そう、私の、もといハリエットの母である。なんとこの美貌で御歳三十三。おかしい、やはりおかしい。美人ってのは歳をとっても最盛期のままなのだろうか。顔面が形状記憶しているのか……?
「アルバート様はどうだった!? 婚約の話が来てからというもの、なかなか会いに来られないし貴方も会いに行けなかったものね! 寂しかったんじゃない?」
「さ、寂しいも何もフォーマルハウト卿と私はそもそもほとんど初対面で……」
「あらあそんなの関係ないわよ〜!」
お母様は自分の肩を抱きしめながら、くるりくるりと乙女チックに回り始める。一人でワルツでも踊っているかのようだ。「私もフォードとはほとんど初対面で結婚したけれど、今ではこ〜んなにラブラブなのよ〜?」とか言って(フォードとはクリフォード、つまり私の父のことだ)、父のことでも思い出したのかきゃっきゃ言いながら身をくねらせている。
このゲームの誰よりも乙女なの、実は私のお母様なんじゃなかろうか?
「それに貴方初対面だなんて言うけど──……」
「ビヴァリー! ハティが帰ってきたって!?」
母がなにやら言いかけたのを、突然扉をぶち開け入ってきた父が遮った。美しい赤毛を丁寧に撫で付け、琥珀色の瞳をきらきら輝かせるその人も、やはり今年四十になる人には全くもって見えない。むしろ二十代でも違和感がないレベルだ。
サブキャラの両親の顔面レベルがこれなのだから、主要キャラの顔面なんてものはもうお察しの通りである。こんなイケオジ伯爵(一児の父)がいてたまるか。
父を見るや否や母は「貴方〜!♡」などと甘えた声で父に抱き着き、父は父でそれをデレデレドロドロの笑顔で抱き留めてはくるっと一回転してみせる始末。
ハリエットとしての記憶が無かったら微笑ましく見られただろうが、今の私にはばっちりハリエットとしてこの二人に育てられてきた記憶がある。
そろそろ落ち着いてくれねえかというのが十五の娘の切実な気持ちであるのだが、この二人にその思いが届くことは多分永劫ないだろう。
「ああハティ、可愛い娘! フォーマルハウト卿は良い人だったろう?」
私に話しかけるならお母様をぐるぐるするの一旦お辞めになってはお父様。などとは言いません。しかし回転速度がすごい。鉄球投げの選手もかくやのスピード感だ。たまに分からなくなるけど、父、四十手前だよね?
「うん、お優しそうで、利発な方で」
「好ましい方で良かったよ、ああ、そうか、今日からハティはフォーマルハウト家に行ってしまうんだなあ……」
「感慨深いわねえ、あはは貴方もっと速く回って頂戴!」
「よ〜し飛ばされるなよビビ!」
「あ、荷造りがあるので私部屋に戻りますね……」
両親が本格的に遊び始めてしまったので、私は一応声を掛けて踵を返した。自分の両親が目の前で何も憚らずにイチャつくのわりとキツイな。ところでただでさえ結構なスピードで回ってたのにこれ以上と言ったか母よ。コーヒーカップとか全力で回すタイプだな、うちの両親は。
すかさずメイドさんが私の後についてくる。目をやると苦笑いを浮かべている。私は速やかに悟った。あ、彼女も被害者なんだな……と。
「私が居なくなっても、あの二人を見捨てないであげてね……」
「ええ、アレさえ目を瞑れば良いご主人達ですから……」
「苦労掛けてごめんなさい本当……」
私は見た。メイドさんの目が明らかに死んでいくのを。そして、ちょっと見なかったふりをした。貴方を置いていく私を許してくれ。グッドラック、メイドさん。
・クリフォード・アルニラム
・ビヴァリー・アルニラム
ハリエットの両親。バカップル親バカ。