表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

目が覚めたら推しになっていた

 あまりにも遅すぎた、とまず思った。せめて署名してしまう前にして欲しかった。


 目の前には一枚の書類があって、そこには「ハリエット・アルニラム」と記されていた。今の私の名前だ…そう、今の。


 

「……ハリエット様、どうかなさいましたか?」



 固まってしまった私を心配してか、傍らに控えていたメイドがそう声をかけてきた。私はぎこちなく「大丈夫」と返す。


 ああ、頭がぐらぐらする。思い出したのだ。思い出してしまった……私の、「前世」を。


 自動車の喧騒に深夜帯のビル灯り、仕事帰りにコンビニで発泡酒と焼き鳥を買って、家で一杯、お疲れ様。それが私の日常だった。あの日、不慮の事故で死んでしまうまでは。


 夏の茹だるような熱帯夜だった。いつもの様に度数の低い発泡酒を買った私は、あまりの暑さに耐えきれず、道中プルタブを押し上げ酒を飲んでいた。


 キンキンに冷えた安い果実酒の味と、炭酸の弾ける爽やかな感覚は今でも鮮明に――おっと、話が脱線してしまった。


 ともかく酒をちびちび煽りつつ夜道を歩いていた私は、背後から迫る自転車に全くもって気づいていなかったのである。疲労が蓄積してたのもあるだろうし、なによりその自転車が無灯火だったのもあるだろう。


 私は背後から盛大にぶつかられて吹っ飛ばされた。それはもうめちゃくちゃ飛んだ。ホームランで場外に吹っ飛んでいく野球ボールくらい飛んだ。道がこれまた運悪く下り坂で、私はゴロゴロと落石の如く坂を転がり落ちていった。多分頭の打ちどころが悪かったのだろう。そこからの記憶が無いのだ。


 つまるところ恐らく私はポックリ逝ってしまったのである。そして、生まれ変わってしまった。ハリエット・アルニラム――いや、侯爵家の貴族と婚約関係を結んだ今は、『ハリエット・フォーマルハウト』となる運命である彼女、現・私に。


 前世で人気ゲームだった『プレイアデス・レガリア』……略してプレレガ、その登場人物に。


 マジかと驚き三十秒。人間もはやどうにもならんと悟った時、案外なんでも受け入れられるものである。


 魔法と科学と錬金術、それらが溢れる世界で繰り広げられる学園モノ恋愛RPG。それがプレレガだ。ハリエット・フォーマルハウトは侯爵家に嫁いだ伯爵家の令嬢で、魔術の才能を持っている。フォーマルハウト家は錬金術に秀でた家系だったと記憶しているが、詳しくは分からない。


 なぜならハリエット・フォーマルハウトは、サブキャラだからである。


 さらさらの蒼い黒髪を長く伸ばし、きらきらした琥珀色の目をした、確かにそれなりの美女である。齢わずか十五で嫁いだという若妻設定もいい。むしろハリエットは私の好きなキャラ、推しといっても過言ではないキャラだった。


 ただハリエットは主人公・シャルロッテの幼馴染、そして助言役的なポジションでしかない。ショップで「何を買うの?」って聞いてきたり、チュートリアル画面で説明してくれるタイプのキャラだ。戦闘パーティに組もうにも二周目じゃないとプレイアブル化しなかったり、サブストーリーを読むにも何人かのルートを掛け持ちしなきゃいけなかったりで、結構大変だった覚えがある。


 まあそれは置いておいて、だ。私は再三書類に目を移した。相変わらずきっちり綺麗に記されたままの私の名前。その横にそろりと視線をずらす。いわゆる「夫となる欄」に書かれた、私とはまた違う筆致の、その名前。私は恐る恐る顔を上げる。ゆっくりと目線を上げた、先に、その人はいた。かちりと視線が絡まって、私はビビり倒して肩を縮こまらせた。


 私と目が合うのを待っていたように、その人は静かに話し始める。あっ、微笑まないでください。顔がいいんで。



「アルニラム嬢、婚約関係を結んで下さったこと、感謝致します」

「こっ、こちらこそ、フォーマルハウト卿」



 カチコチになりながらなんとかそう返答すれば、彼はまた優しく微笑んで「これからよろしくお願いします」と言った。顔がよすぎて発狂するかと思った。前途多難である──私は密かに汗を拭った。


 アルバート・フォーマルハウト。月光の如く美しい白金の髪、星屑の輝きを持つ銀灰色の瞳を持つ、それはもう素晴らしく顔のいい侯爵家の跡取り息子である。


 錬金術を得意とし、海辺に領地を持つ、王室に代々文官として就いている一族の嫡男。温厚で誠実。銀縁のモノクルと臙脂色のクロスタイを着こなす色男。なんとこの顔で現在おそらく齢十六歳。


 そして何より、生前の私の最推しである。


 何を隠そう、私は生前アルハリガチ勢オタクだったのだ。友人達が皆他の攻略対象キャラに心惹かれる中、私だけは断固としてアルハリを推していた。


 誠実で優しいアルバートと一途で可愛いハリエットのカップルは仲睦まじくて可愛くて、私の人生の癒しだったと言っても過言ではないほど尊い。まず二人で並んでるだけでハチャメチャ絵になるんだよね!


 そうとは言えども、サブキャラカプにはスチルどころかサブストーリーも与えられなかったので、涙を飲んだ夜は数え切れない訳だけれども。


 ハリエットが私だというのはぶっちゃけ解釈違いもいい所だが、それはこの際目を瞑ろう。むしろ私がアルバートとイチャコラすればそれが即ち公式アルハリ! 来ましたよこれ私の時代ですよ。


 なにはともあれ、転生しちゃったのは仕方ない。記憶が戻ったタイミングも、最初は最悪じゃねえかと思ったがむしろ結果オーライである。最初から夫婦コース一直線ならアレコレ引っ付くために苦心しなくていい。


 つまりこれから好きなだけアルハリ堪能ライフが私を待っている。前世で堪能できなかったアルハリをここで貪ってやる。たとえ嫁の方の自我が百パーセント私だったとしても。


 かくして、私は決意した。


 原作では見られなかったアルハリの隅々まで、喰らって喰らって喰らい尽くしてやるのだと……!!

・ハリエット・フォーマルハウト

人気恋愛RPG『プレイアデス・レガリア』に登場する、魔術に長けた伯爵令嬢で、主人公の幼馴染。もとい、転生者。

旧姓はアルニラム。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ