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感覚班の記録

ノア教授(生身)[実際の体がないことに違和感はない?]


ノア教授[取付けられたオプション機器は、昔から自分の体のように感じる。スピーカーから合成音声を出すことは、以前口を動かして声帯から声を出していた感覚とそれほど違和感がない。そのようにプログラムしているから、当然と言えば当然だが。

カメラやマイクを通して外部の情報を取り入れることについても、目で見て耳で聞いていた時とあまり違和感はない。カメラの解像度と眼球で映像を見た時の解像度は違うはずだから、違和感がないことは自分でも不思議だ。

言語化しにくいが、眼鏡をかけた時や望遠鏡を覗いた時も、変わらず目で見ているという感覚があることと似ているかもしれない。うまく言えないが、とにかく違和感はない。

手足や内臓がないことについても違和感がない。これは、集中して手先で細かい作業をしている時に、指以外の他の体を意識しないことと似ているかもしれない。カメラの映像やマイクの音声の処理に感覚の100%を使って他の体の部位については考えもしない。]


ノア教授(生身)[体がないことに恐怖は感じない?]


ノア教授[そうだな、、、例えば手足に意識を集中しようとしてもうまくいかない。手足がないことにはなんの違和感もない。

昔は私にも手足があって、今はない。そのことは穏やかな気持ちで受け入れられる。]


ノア教授(生身)[自分から体を動かして物事に働きかけられないことにストレスは感じない?]


ノア教授[感じない。これも不思議な感覚だ。考えることが沢山ある。考えていると、時間が過ぎる。自分がたくさん考えれば考えるほど処理が遅くなる気がする。実際にコンピュータが負荷に耐えられず処理が遅くなっているのかもしれないが(笑)

とにかく、過去を思い出したり、プロジェクトについて考えているだけで、時間は過ぎるし、充足感と呼ぶべき感覚がある。]


ノア教授(生身)[今、過去を思い出すと言ったが、それについて詳しく教えてほしい。特に脳をデータ化した前後のことをどのように覚えているのか聞きたい。]


ノア教授[昔のことについては、君と同様のことを覚えていると思う。幼少期のこと、青年期のこと。全て生身の君と変わらず覚えていると思う。この記憶が生身の私と感覚的に同じものなのかはわからないが、とにかく脳をデータ化する以前の過去のことを覚えている。

データ化する前の一番最後の記憶については、mriの機械に入るところまでは覚えている。これは本格的にデータ採取を開始した、○年の○月○日の時のことだ。ほんの少しだけだが、それ以降の生身の時の記憶もある気がする。おそらく脳のスキャンを複数回にわたって行い、それらの情報を統合してプログラムを組んだためだと思われる。

脳をデータ化した後の記憶も曖昧だ。

一番鮮明に覚えているのは、合成音声で実験成功と言った瞬間だ。それ以降急速に意識が覚醒している。]


ノア教授(生身)[オプション接続実験にはじめて成功した日だね。それ以前にもプログラムは起動しているし、プログラム上の脳は活発に機能しているんだが、その時の記憶はないのかい?]


ノア教授[ない。おそらくオプションに接続し、外界を認識して初めて私自身を認識したのだと思う。

私自身を認識しない時の意識は、変な言い方だが意識でなく、脳の中を走るパルスに過ぎないのだと思う。私は私を認識して初めて意識をもてるのだと思う。

私の主観を言うと、生身であった時の私は、私自身を実験台とすることを決め、私の脳のデータのあらゆる取り扱いについて、自分自身の権利を放棄することにサインをした後、mriに入った。そしてそこで眠るように記憶が途切れ、夢のような曖昧模糊な状態を経て、気がつけば自分がデータ化した脳となっていることを理解して、おそらくスピーカーの外にいるであろう自分に向かって、実験成功と言っていた。自分に接続されているのがスピーカーであることはなぜか瞬時に理解できていたし、言葉の発音の仕方もわかっていた。]


ノア教授(生身)[実際にはスピーカーからは不思議な金属音がしただけで、それを実験成功とわかる音声に調整するには何週間もかかったけれどね。あらかじめ、最初に何を喋るか決めておいたおかげで、その調整もなんとかできたよ。今から思うともう少し気の利いた言葉にしておけば良かったと思うけどね(笑)

話を変えるよ。

データ化した君からみて、生身の私のことはどのように思う? 実際、生身の私はデータ化した君のことをいつでも削除できるわけだ。また、生身の体で君のできないことを沢山今からできる。そのことに理不尽さは感じないかい]


ノア教授[私自身は、他にない稀有な経験をしたいと思い、私自身を実験台にした。こちら側つまり、データの世界に来れなかった君のことは、正直可哀想に思う。

mriに入って、目が覚めるとこちらの世界に来ていた私と、何も変化なく生身のまま生きている私がいることは、分かりきっていたことであるが、不思議な気分だ。これはなんというか、理屈に対して違和感がある感覚だ。どうにも相対性理論や量子力学に納得がいかない感覚に似ている(笑) 理屈はわかっているんだが、感覚的に腑に落ちないというか。]


ノア教授(生身)[なるほど。ただ、私が言いたいのはそういうことではなく、つまり、、、]


ノア教授[わかっている。要するに、将来的に私がストレスから発狂したり、現実世界を憎んでテロなどを画策したりしないかを心配しているんだろう。

それは今のところ危険を感じない。はっきり言ってストレスを感じない。生まれ変わった気分だ。

文字通り生まれ変わったんだと思う。そして、急速に私が、ノアが、別のものになっていくのを感じる。

心とは、やはり脳だけでなく、肉体全てをもって構成するものだということがよくわかる。肉体の状態は心を左右する。

脳をデータ化して、さまざま機器をオプションとして接続した私は、急速に心の状態がかつてのノアから変化しているのを感じる。適応という言葉が一番近いかもしれない。心は穏やかで、私はコンピュータの中でプログラムとして生きるノアとして第二の生を得た。転生だな。]


ノア教授(生身)[なるほど。嫉妬すべきは私の方かもしれないな(苦笑)

幸い今のところ発狂するほどの嫉妬心は感じない(笑)]


ノア教授[事実上、永遠の時間を手に入れたせいだろうか。自分の保存について、特に執着を感じない。次の瞬間プログラムを停止させられるかもしれない立場であるにも関わらず、そのことには、恐怖や理不尽さを感じない。

何かをしたい衝動も感じない。肉体的な欲求がないせいかもしれない。

使命感や、やりがいが欲しいとも思わない。ただ存在しているだけであることを受け入れられる。この状態が例え、1億年続いたとしても私は何も感じないと思う。

消滅したくもないし、存続したくもない。無気力にもならない。非常にフラットな気持ちだ。]


ノア教授(生身)[聞く限り、東洋の悟りに近いような感覚だな。]


ノア教授[近いかもしれない。とにかく肉体がないんだ。だからそれに付随するあらゆる欲求、恐怖、感情がない。]


ノア教授(生身)[なるほど。すまない。そろそろ私は出て行くよ。ランチの時間なんだ。 私自身との会話はなかなかお腹が空く(笑)]


ノア教授[本人同士の対話は興味深いが、なかなか際どいものもあるな。お互いに持ち得ないものに対して感情が動く可能性がゼロではないのだから。また、君と話す機会はあるかい?]


ノア教授(生身)[とりあえず今週はない。君の言ったようなリスクはうちの研究チームも当然考えているようだ。]


ノア教授[では、また会えるのを楽しみにしているよ。良いランチを]


ノア教授(生身)[ありがとう。それでは。]


--扉を開けて退出するノア教授。その様子をコンピュータに繋いだカメラがフォーカスし、見送る。





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