山田(偽名)と山田(鏡)
それは日本がバブルに浮かれていた頃だっただろう。ある男が、世界中を飛び回り、各地の遺跡に眠る宝を次々と掘り起こしていた。彼の名前?山田太郎とでもしておこう。彼は名前を人に知られるのが好きではないのだ。彼は宝を見つけてはすぐに売りさばき、その分をすぐに次の宝探しに回していた。
彼の行為は広く知られていたが、彼がなぜそのような行動をとるのかは、誰にも分からなかった。冒険そのものが目的となってしまったのかもしれないし、そもそも、彼自身目的を見失っているのかもしれなかった。
これから語るのは、そんな彼の入り込んだ遺跡の中の一つの話である。
ある日、山田は、ヨーロッパにあると言われている古い神殿を探していた。山田が森の中を探していると、急に空が暗くなり始め、雷鳴が轟きだした。このまま続けるのは困難だと思い、引き返そうと思ったそのとき、やけに大きな城が目の前に現れた。木や岩で巧妙に視界をさえぎり、周りから見つかりにくくしてあったらしい。
「……匂うな。」
決して城が臭かったわけではなく、怪しいとふんだのだ。普通の建物は、絶対に隠されたりはしない。そんな簡単な事などは、山田が一番良く分かっている。だから、みるからに怪しい建物を見て、中に入ろうなどと思うなど、するわけが
「うぉっと。雨だ。やっぱり降ってきやがった。仕方がない。少し雨宿りさせてもらうか。」
…………あった。
城の中に入ってみると、予想に反して清潔に保たれていた。彼の経験からすると、このような城などは大抵既に忘れ去られていて、埃や泥で見るも無残な状態になっていることが常だった。しかし、この城はまだ誰かによって定期的に整理されている跡があり、埃もそこまで積もってはいなかった。。
「ここは一体どうなってるんだ、こんなところに通う人がいるはずがない。何か隠されたものがあるな?」
と山田が言うと、彼の後ろから、
「大正解なのであ~る!」
と返す声があった。
尾行されていたかと思い、山田が恐る恐る振り返ると、そこには…………一枚の鏡がかけられていた。形は立て四十センチ、横二十五センチほどの楕円形で、シンプルなデザインをしていた。ただし、そこに映っている山田の像はひとりでに、にやにやと笑っていた。
「我こそが~、この城の宝の守り主にして、この城の~所有者! この鏡に宿り、お前のような輩を拒み、この城を管理し、…っておい! 奥に勝手に行くのでない! 我の話を最後まで聞くのであ~る!」
一人で先に進もうとする山田を必死に止めようとする山田(鏡)。
「え、でもここには宝があるんだろ?だったらお前なんて無視して宝を見つけに行くしかないだろう。あ、でも、道案内程度になら使えるか。」
そういって山田(鏡)をつかむと、山田は雨宿りついでに宝を探しに行くのであった。
この時、彼はまだ、この先にどんな恐ろしい罠が仕掛けられているのかなど、知るよしもなかった。
部屋その一
「まずは蒸し焼きの部屋なのであ~る! この金網の下には、常に高温の蒸気を発する温泉があり、その熱で通るものを蒸し焼きにしてしまう恐ろしい部屋なのであ~る! 料理されたくなければ、このまま引き返すのであ~る!」
「……。」
「え?部屋の出口まで二十メートルもないからすぐに抜け出す?そんなことはないはずなのであ~る! 我の鏡が曇っていて見えてないだけ?そんな事があるわけないのであ~る!」
「……。」
「お前が喋っている間にもう通り過ぎて、さらに途中でぶら下げてあった温泉卵も持ってきた?誰がそんな物を用意したのであ~る…。」
山田はこの時こう思った。もう、この鏡置いていってもいいのではないかと。この鏡が話し続けるせいで、さっきから何も言えていない。それを心が読めてすごいととるか、ただうるさいととるかの選択肢があるが、山田は後者を選んだようだった。
しかし、この時、彼はまだ、この次にどんな恐ろしい罠が仕掛けられているのかなど、知るよしもなかった。
部屋その六
この部屋にあるのは、人の顔の形をした扉と、その額にはめ込まれた五枚のタイルだけだった。
「これは、私が作った鉄壁の扉、名付けて~ゴーレムドアであ~る! 生きている限り永久に宝を守るゴーレムとして作ったのであ~る!」
「そうか。ならすまないが、通してもらうか。」
タイルには、右からH、T,E、M、Eと彫られていた。
山田は迷わず一番左を取り外した。
ゴーレムドアの口が開いて通れるようになった。
「な、なぜこの仕掛けを知っているのであ~る?これは私が古い文献から見つけた物をベースに作ったものであ~るのに!」
「割と有名な話だ。ゴーレムは、、どこかにEMETH(真理)と刻まれていて、そのEを削ってMETH(彼は死せり)とすれば、停止させることが出来るという伝承がある。まあ、最近では無視されがちな設定だけどな。」
と言った後、どこで知ったかなどは説明する必要もないことだと思い、山田は適当にごまかすことにした。
「昔仲間から聞いた話だけどな。それにしても、お前が用意した罠って言うのはせいぜいこの程度で終わりなのか?」
……この時、彼はまだ、この先にどんな恐ろしい罠が仕掛けられているのかなど、知るよしもなかった。
部屋その十九
廊下を歩いていき、次の部屋へと続く扉を開けると、壁だった。
どこをどのように見ても壁だった。
近くで見ても、離れて見ても壁だった。
ご丁寧に、レンガを一つ一つセメントで固めた跡が残されている。通す気はないという意志の表れだろうか。だとすると、たかが一人の男を通せんぼするためにかかった労力を考えると涙が溢れそうだ。ふと見ると、山田が抱えた鏡の中で山田(鏡)が努力が報われた顔をしている。どうやら、彼がやった事らしい。それを見た山田は微笑んで、それから前を向き、
その隣の部屋に入った。
「何をするのであ~る! そこは潔く諦めるべき所のはずなのであ~る!」
「プランAがダメでもアルファベットは二十六文字あるって言った人がいるだろ。それを忠実に守ろうとしてるだけだ。」
山田は、山田(鏡)の希望を守る気はさらさらないようだった。
この時、彼はまだ、この先にどんな罠(?)が仕掛けられているのかなど、知るよしもなかった。
部屋その二十四
山田(鏡)は、一応万が一のために罠をこちら側にも仕掛けてあったらしい。いくつかの部屋を抜けると、坂になっている床のうえに、たっぷりと油が広げてあった。
「油って、だんだんしょぼい罠になってきてるけど大丈夫なのか?本当に宝なんてあるんだろうな?」
「宝は本当にあるのであ~る! しかも、この罠を突破したものは今までに一人もいないのであ~る!」
「はあ、そうか。」
その言葉を聞いた後、何事もないかのように上り始める山田。石やレンガで出来た城で、垂れて来ない訳がない。しかも、かなり古いようで、油がたっぷりと広げて「あった」ことを示すシミが残る程度で、大半はドアの下を抜け、絨毯などに染み込んだりしてしまっていた。
こうして、彼は油の坂を通り抜けることに成功した。
この時、彼はまだ、この先に罠が仕掛けられているのかどうかなど、知るよしもなかった。
部屋(?)その二五
坂を上りきると、そこはバルコニーだった。城にふさわしく、広くて丈夫に作られていたが、飾りが少ない所為か、少し殺風景に見えた。
「ここが最後の試練を行う場所になっているのであ~る!」
「初めから気になっていたんだが、その変な話し方は何なんだ?あ~る!とか叫ぶやつ。」
「それは我の口癖だから無視するのであ~る! そんなことより、我をあの柱に掛けるのであ~る!」
誰に教わったんだよ、その日本語。と思いながら山田が山田(鏡)を掛けると、突然鏡が輝き始め、中から山田(鏡)が出てくると、山田の前に鏡写しになるように立った。
「最後の試練は俺に勝つことだ! もし勝てれば魂映しの鏡はお前にくれてやろう。」
「喋り方がぶれてるぞ。」
あ~る!が忘れられている。
「おっと。最後の試練は我に勝つ事であ~る! もし勝つことが出来れば、我が入っていた鏡をお主にくれてやるのであ~る!」
それを聞いた山田は、
「よし、ならさっさと貰うか!」
といって走り出す。すると、山田(鏡)もこちらへ向かって走ってくる。真正面からぶつかる際に、右手を伸ばしたが、それは完璧に対称になる形で伸びてきた左手に防がれる。
「何をどうしようが、自分に勝ることは出来ないのであ~る! 我は、絶対に負ける事は無いのであ~る!」
それを見た山田が右手を上げると、山田(鏡)は左手を上げる。斜め右後ろに下がれば、向こうは斜め左後ろに下がる。それを見た山田は、もう既に勝負は決まったとばかりに、来た道を戻り始めた。
「はーっはっは! そう、そうやって諦めるのが一番であ~る! はーっはっは! は?」
そして、山田(鏡)はそれと対称になるように、山田がさっきまで進んでいた方向に進んでいく。
「ま、待つのであ~る~! お、お主、正々堂々戦うのであ~る!」
無視する山田。あくまで山田(鏡)の希望を守る気はさらさらないようだった。
そして、山田(鏡)はそのまま鏡にぶつかり、元の世界へと吸い込まれていった。
その三日後、映った姿が勝手に動く不思議な鏡が市場で売られていたと言う噂が話題になったという。