ヘタレマスターに召喚されたんだが
目が覚めると、知らない部屋にいた。
目の前には15~16歳くらいの、気弱そうな男が立っている。
あれ? だれだっけ、こいつ。
俺は僅かに首を傾げた。
なんでこんなにビビってんだろう。俺を凝視する目には涙が溜まってるし、顔色はゾンビかってくらいの土気色、しかも面白いくらいにガタガタ震えている。ぶっちゃけ今にも倒れそうだ。
人の顔を見て倒れそうとはいきなり失礼なヤツだな、と思いつつ頭を振って考えれば、うっすらと記憶がよみがえって来た。
え~っと……。
ああ、そうか。
「俺、召喚、されたんだよな。あんたがマスターか? よろしくな」
そうだよ俺、召喚に応じたんだった。今日から立派なダンジョンモンスターだ。
「……!」
俺が言葉を発した途端、そいつの肩が、大きくビクン! と跳ねた。
大きく見開いた目からは、既に涙がボロボロとこぼれている。精神的に限界でも迎えていたのか、「ホントに出てきた……」と呟いたそいつは、くしゃっと顔を歪めると糸が切れたように座り込んだ。
部屋には他に誰もいない。膝に顔をうずめ、たぶん泣いているんだろうこいつがマスターで間違いないだろうが……やれやれ、俺のマスターは随分とヘタレのようだ。
しかし困った。
会ったばかりでどんなヤツかも分からないだけに、かける言葉が何一つ見つからない。他にする事も思いつかなくてマスターの背中をとりあえず軽くさすりつつ、気持ちが落ち着くのを待つ。
まあ実際俺だってまだ混乱してるんだ。考えているうちに白く靄がかかったような頭が徐々にクリアになっては来たが、一番直近の記憶は「召喚に応じるか」との問いに「応じる」と答えた、ただそれだけだ。
その瞬間、白い濁流にのまれたような感じがして気が付いたらここに立っていた。
正直記憶が全体的にあいまいで、白い霧に包まれた中でうっすらと記憶の欠片が浮いて来るような感じだ。
親兄弟の記憶なんかいくら考えても思い出せない、なんなら自分の名前すらも分からない。
俺を今支配しているのは「強くなりたい」と強烈に思った、その気持ちだけだった。
召喚に応じたら記憶がどっさり抜かれるなんて聞いた事なかったけどなあ。これって一時的なモンなんだろうか、それとも……そう思うと急に不安になってくる。
もしかしたら、マスターもそうなのだろうか。
そうだとしたら、俺よりも年下だろうそいつが、不安で泣きたくなっても仕方がないのかもしれない。
そう考えた俺は、目の前で蹲って肩を震わせているそいつを怖がらせないよう、とりあえずゆっくりとした動作を心がける。どう見ても俺よりも相手の方がテンパってるしな。
出来るだけ優しい声で話し掛けてみれば、そいつはポツリポツリと俺を召喚するまでの経緯を話してくれた。
目が覚めたら見覚えのない、真っ白な窓も扉もない部屋に閉じ込められていたこと。
記憶があいまいで、自分の名前すら分からないこと。
部屋にあった手紙に、彼自身は異世界から召喚されたなどという、信じられない内容が書かれていたこと。
そして、その手紙には彼がダンジョンマスターとして召喚されたとあり、なすべきことと、その手法が記載されていたこと。
馬鹿らしいと思って最初は出口を探してみたり、夢ではないかと二度寝してみたり、思いつくことはやったらしいがそれでも状況が好転しない。
狭い真っ白な部屋でひとり悶々とするのに耐え兼ねて「召喚」してみたら、俺がいきなり目の前に現れたって寸法らしい。
マスターが異世界から召喚されたってのは驚いたが、そうなるとがぜん話が面白くなってくる。
よくは分からないが俺を召喚したって事は、俺はダンジョンモンスターとして、その、ダンジョンマスターの仕事を手伝うんだよな?
うん、わくわくしてきた!
はやる気持ちを抑え、なるべく冷静に話を進める。
「で?実際ダンジョンマスターって、何やりゃあいいんだ?」
「……一ヶ月以内にダンジョンを作って開放して、あとは秘宝を狙ってくる冒険者と戦うみたいで」
マスターは得たばかりだろう知識を辿って懸命に答えてくれる。とりあえず嫌なヤツではなさそうだ。
「秘宝?」
「うん、これ。このダンジョンコアっていうのが秘宝なんだって」
マスターが透明な球を見せてくれた。凄い魔力は感じるな、確かに。
「ダンジョン造る時も、カタログで欲しいもの……モンスターとか、トラップとか宝箱とかを選んで、このダンジョンコアにオーダーするだけで実現するらしいんだ。ポイントさえあれば」
へ? 世の中のダンジョンって、そんな仕組みなのか? なんだその便利システム。しかも。
「ポイント?」
「うん。ダンジョンポイントっていって、ダンジョン造るためのポイントがあるんだってさ。最初1000ポイント貰えてて、後はダンジョンに来た敵を……殺すか撃退すると増える」
「へえ、どれくらい?」
「相手の強弱でも貰えるポイントが変動するし、敵を殺せば撃退しただけの時より三倍のポイントが入るんだって」
「なるほど。強いヤツをより多く殺れば、ポイントが増えてダンジョンが強化出来るんだな?」
「そうだけど……」
マスターは心底、イヤそうな顔をした。
「僕、虫もマジで殺せない。人間なんて絶対に殺したくない……! 僕、ムリだよ……」
お願い殺さないで、と涙ながらに訴えてくる。
ダンジョンマスターのくせに何を甘ったれた事言ってるんだ!
俺は絶望した。