終極の中で
絶望の淵にいた。世界も、人も、神も、天使も、この世の全てを何もかもを呪って、怨んで、憎んで、嫌って、厭忌して、そして、絶望した。何もかもが嫌になって、見えている世界から色が消えて、全てを信用できなくなって、こんなくだらない世界なんて壊れてしまえばいいと思った。そんな風に思っていつも泣いていた。絶望し、慟哭した。なんで私がこんな目に合うのだと、元の平凡な日常に戻りたいと、膝を抱え、そう泣き叫んだ。
しかし、それは叶わなかった。私という存在は元の世界から完全に消えていた。記憶、経歴、その他諸々から全てだ。どうしようもなかった。唯一、無にならないために、私が私ということを覚えておくために、私の負の情念は膨らんでいった。そんな時だった。
「かわいいかわいいお嬢さん。君はどうして泣いている?」
ほとんど虚ろになってしまった心に、リズミカルなテンポで声が響いた。
私が抱えた膝に伏せた顔を上げると、そこには黒いシルクハットに片眼鏡をかけ、燕尾服に身を包み、金色の懐中時計と黒いステッキを持った一匹の白い兎がいた。
「う……さぎ?」
なんでこんなところに兎がいるのか……そんなこと考えても私には分からなかった。
「そうそう、私は白兎。通りすがりの白兎」
そう言って、目の前の白兎はシルクハットを取ってペコリとお辞儀をする。
「さて、私は今、軽く自己紹介をした。それでは、そろそろ。どうして泣いているのかと、理由を聞かせてくれないか」
なんだろう。まあ、いいか。私は私に起きたことの全てをこの白兎に話した。
「なるほどなるほど。そういうことか」
リズミカルな口調を崩さず、白兎は何かを悟ったように頷いた。
「それでは君は、悲劇を忘れ、一から全部やり直す?」
「悲劇は何度繰り返しても悲劇にしかならないよ……。私はそんな無駄なことしたくない」
「繰り返しじゃない、繰り返しじゃない。上手くいくまでやり直そう。何度でも、そう何度でも。私なら、君の時間を巻き戻せるよ。始めっから何度でも、何度も何度もやり直そう! 真の終わりを迎える日まで、何度も何度も何度でも!」
「でも、どうやって……」
「それはあなたが考える。何度も何度も間違えて、何度も挑戦して、正解を、掴み取るまで繰り返そう! 私はさ、絶望の先で待っている。絶望して、再挑戦したいと思うなら、そこで私に言うといい。さてさて、どうする? どうします?」
白兎の質問に私は少し戸惑った。この提案を受けたら、私はあの悲劇を全て忘れて、また平凡で幸せな日常が返ってくる。でも、巻き戻しということは、それはつまり、また今と同じ絶望を味わうことになる。それをトゥルーエンドに、私のハッピーエンドに至るまで永遠と繰り返すということだ。それを是と捉えるか非と捉えるか、ということだろう。
私は長い沈黙と思慮の後、ついに結論を出した。
「その提案、受諾します。私を始めに戻して!」
「了解しました。それでは、再挑戦開始します」
最後まで続けるんだ、その口調……。白兎はシルクハットを被り直し、ステッキで地面を突いた。それと同時に、私はだんだんと意識を失っていった。